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第二章 農村開拓編

訓練

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 翌朝、東の森に向け、『いざ出発!』と意気込んで歩き始めたところ、いきなり、500メートル地点でフェンテたちは足が止まった。 


「何……これ……!」とフェンテは信じられない、と口に手を当てる。


 そこまでの500メートルは鬱蒼うっそうと樹木が乱立して光を遮り、薄暗く不気味な様相を成していたのだが、そこから先はまるで世界が変わったかのように明るかった。日の光が燦々さんさんと降り注いでいる。

 なにせ樹木が1本もないのだ。いや、よく見ればある。が、それはいずれも倒れており、草やつるに埋まっていた。
 見渡せば、その地は巨大な円形型にはげているようだった。樹木のない部分はずっと先まで続いており、数キロ先を見通せるほど広い。

 樹木がない代わりに草や蔓がこれでもかと生い茂っていた。普通そんなに密集して生えていれば養分の取り合いになり、ある程度は枯れるはずなのだが、その円形内の植物はいくら近距離に他の植物が隣接していようとも、そのどちらともが立派に育っていた。
 それはまるで緑のカーペットのように見えたが、円内に入ってみると草の高さは腰まであり、非常に歩きにくい。


「足元の視界が悪いから、注意して。スモッグスパイダーなら全身隠れられるよ」


 ロドリの一言で緊張が走る。
 フェンテは戦いは得意ではない。一応護身用のナイフを構えてはいたが、一人でスモッグスパイダーに遭遇でもしようものなら蜘蛛の餌になるのは確実だと言えた。
 びくびく怯えながら草をかき分けて進む。


「あ!」とロドリの声が響いた。


 フェンテはビクッとして、バランスを崩して尻もちをつくと、視界が落ちて、目と鼻の先に草が来た。その草の上に赤黒い大きなバッタがおり、「なんだコイツ」とでも言いたげにフェンテをじーっと見つめていた。


「ひゃぃィイ」とフェンテのけぞる。バッタはどこかに跳んでいった。


 ロドリはそんな腰を抜かした護衛対象を放置して、艶やかな黒が映える小さな草の実をもぎ取っていた。


「これ酒豪の実だァ! やりィイ!」と嬉しそうに次々ともぎ取り、バッグに詰め込む。


 酒豪の実とは1粒で大酒呑みでも酔いつぶれるという、草の実である。アルコール成分が濃縮されており、どういう仕組みかは不明だが、体内に入るとそれはゆっくりと体に吸収されて、5分もしない内に酔っぱらってしまうのだ。アルコールに強くない人が食べると必ず悪酔いするため、一般的に嗜む人は少ない。


「こっちにはザクリナッツもあるわよ」と女装エルフがおしとやかに笑う。


 ザクリナッツはザクザクした触感がたまらないナッツだ。ナッツとは言うものの、それは落花生の仲間で木の実ではなく、地面に埋まっている。塩をまぶせば酒のつまみに持ってこいだとよくオッサン冒険者が話していたのをフェンテは思い出した。
 ザクリナッツも女装エルフがポイポイとバッグに入れていく。


 ふとフェンテの視界の端に赤いリンゴのような実が移り、フェンテも「あ、ねーねー。こっちにもなんかリンゴみたいな果実が——」


 顔を向けると果実と目が合った。
 8つも並んだ真っ赤な果実——のような目玉。


「ひぎゃァアアアア!」とフェンテが後ろにのけぞった直後に、ガチンと蜘蛛の牙がフェンテの目の前で空を切った。

 ロドリと『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』のメンバーがそれぞれ武器を構える。


「あちゃ~、なんかわらわら集まってきたね」といち早く察知したロドリが言った直後に、周りからカサカサ草をかき分ける音が複数聞こえた。

「キアリはフェンテっちを守って。他は各々テキトーに蜘蛛退治」とロドリがいい加減な支持を出す。キアリと呼ばれたのはヒーラーの女装エルフだ。キアリがフェンテの隣に杖を構えて立った。


 ロドリが横なぎに剣を振るった。
 ——が、金属に弾かれたかのような固い音が返って来る。


「外皮は固いねぇ」とロドリは皆に聞こえるように言った。スモッグスパイダーは初めてなのだろう。情報を共有しようというのだ。
 フェンテも実物を見たのは初めてだが、知識としては知っていた。


「高熱の蒸気を吐くから気を付けて!」とフェンテが叫ぶと、それを聞いたロドリが後ろに退いた。直後、スモッグスパイダーの足の付け根、裏面あたりから蒸気を噴き出し、視界が少し白くなった。他の個体も呼応するように蒸気を吹いたため、あっという間に辺りは真っ白になった。


「なるほど。気配で倒す訓練だね」とロドリは全く動じることなく、その後も何度か固い金属音が響いたが、やがて「キィュィイ」と魔物の断末魔が聞こえ、程なく同じような悲鳴が7、8回繰り返された。

 煙が晴れた頃には、スモッグスパイダーの死骸と、草の実集めを再開する『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』のメンバーの姿があった。

 だが、ロドリだけはキョロキョロと一人敵影を探していた。警戒して、というよりも、もっと戦いたくて探しているような、闘志に満ちた瞳を右へ左へ、とせわしなく往復させている。


 やがて、もういないと分かるとロドリはがっくりと肩を落とし「ダメだ……。これじゃまだ勝てない」と意味深に呟いていた。
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