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第二章 農村開拓編
お昼ご飯ならそこにあるよ?
しおりを挟むナナはじーっとその苗木を見つめていた。
時々、ふいっとハルトに顔を向けるが何も言わない。
そして、またじーっと苗木の観察に戻る。
(居心地が悪い。まるで労基の監査を受ける社長になった気分だ)
領主直営農地には今日も燦々と平和な日差しが降り注ぐ。
今日は初めての賦役労働者——領主の直営農地での労働を義務付けられた者——がやってきていた。それがナナだ。
本当は他にも何人かいるのだが、例の如くバックれられている。『義務』とはいったい何なのか、と小一時間問い詰めたかったが、ハルトもそこまで暇ではない。
「お兄ちゃん」とナナが難しい顔で言った。「これ光って見えるんだけど」
天界樹の苗木は昼間なので、昨日に比べれば目立ちはしないが、明らかに光っていた。おそらく昼夜問わず光るのだろう。元気なやつである。
「まぁ人生いろいろだ。光りたい時だってあるだろ」ハルトがテキトーに誤魔化す。
しかし、せっかく誤魔化したのに「私は光りたいと思ったことないけど」とマリアが台無しにした。
「それにこれ」とナナが目を細める。「見たこともない植物。何なの、これ?」
ハルトは、待ってました、とばかりに得意げに答えた。「トップオブワールドだ」
横からマリアがまた「ハルトくん、黒歴史増産するのやめな」と横槍を入れてくる。
ハルトはこれ以上、天界樹の苗木について聞かれても困る——というかハルトですら天界樹の苗木について何も分かっていない——ので、話を逸らしにかかった。
「そんなことよりさ、ナナ、何かの種持ってない?」
「何かとは?」とナナが聞き返す。
「食べられるものなら何でも」そう答えたのはマリアだ。ハルト達はとにかく何か育てたい、という漠然としたやる気に満ちていた。当然季節によって育てられるものが違うのだが、そんなことは露程も考えず、素人考えでことを進めようとしていた。
「これからの季節は小麦とかライ麦だけど、多分秋蒔きを備えた今の時期に種くれる人いないと思うよ?」ナナは立ち上がって天界樹の苗木から離れると、半ば呆れ気味に言った。
「……まじ?」とハルトが尋ねれば「まじまじ」と返ってくる。
「というか、農民舐めすぎだよ。ハルトお兄ちゃんはスラムの物乞いに『お金ちょうだい』って言って貰えると思うの?」両手を腰に当てたナナはハルトに説教をしだす。13歳の少女に怒られる領主、という奇妙な光景ができあがった。
最終的にハルトの方が「……ごめん」と謝罪した。そこに全く関係のない話をぶち込んで来たのは、やはりマリアだ。話の流れなど一切考慮しない。
イタズラを企むような顔で笑うマリアが口を開いた。
「提案があるんだけど」
♦︎
ハルト達は2頭の馬で、荒野を駆けていた。
1頭の手綱を握るマリアの前には強張った顔のナナが馬にしがみついていた。
もう1頭はハルトが乗っていた。ハルトの前には眠そうな目をしたモリフが気だるげに座っている。
馬が揺れるたびにモリフの黒髪が肩口辺りでフワリと踊る。その度に異国の香料のような不思議な香り——だけど、何だか癖になる香り——が広がる。つい鼻をひくつかせて、嗅いでしまう。
ハルト達が向かっているのは、村から馬で5時間の場所にある高地だった。ギリギリマリア領ではあるが、周囲に村もなければ都市もない。人通りはほぼ皆無と思われる場所だ。
この遠征はやはりマリアの提案に起因していた。
「ぶっちゃけさー、葉っぱよりお肉が食べたいんだよねー」とマリアが特に悪気なく言い放った。
「農奴舐めてんですか? 怒りますよ?」と言うナナは既に怒っていた。しかし、マリアはナナの抗議は全く耳に入っていないようで、「そこで提案があるんだけど」と勝手に話を推し進める。
「やっぱり狩りしよう!」とマリアが言った。
「いやいや、マリアさん。また狩猟頭がオッサン引き連れて抗議に——」
マリアが片腕を突き出し、ハルトの言葉を遮った。『皆まで言うな』とも言いたげな手である。何故か突き出してない方の手は額に添えている。
「あの野蛮な男たちは——」
「野蛮かどうかは分かりませんが」とナナが言うが無視される。
「——『どうしても狩りごっこがしたいんなら、別ンとこでやってくれや』と言ったんだよ?」
「なんで一言一句覚えてるの、マリアさん?」とハルトが言うがやっぱり無視される。
「だから!」とマリアは声を張り上げた。もはやこれは提案ではない。決定事項だった。「遠くにオークを狩りに行こう!」
そうして、寝ぼけ眼のモリフを掻っ攫って、マリアとハルトの馬で遠征に出発したのだ。
オークとは豚人型の魔物であり、通常は2メートル級、大きい者で4メートル級の者までいる。オークの肉は部位にもよるが、脂が程よく乗っており、ほっぺたが落ちる程美味い、と有名である。冒険者ギルドにもオーク肉の納品依頼はしょっちゅう来ていた。
ただし、なかなかに凶暴で、しかもゴブリンやワーム系の魔物とは比べ物にならない程強い。駆け出しの冒険者だとパーティでも1頭のオークに全滅させられることすらある程だ。
高地に着く頃にはお昼はとうに過ぎ、モリフに至っては朝食も取り損ねていたため、空腹は限界に達していた。
「あ~もう無理~。お腹減った~」モリフが馬から降りて、そのまま地面に崩れ落ちた。
お昼も食べずにここまでノンストップで来たため、空腹を感じているのはモリフだけではない。村人たちは、基本的に肉体労働者なので、労働のエネルギーを得るために、朝食、労働前の軽食、昼食、間食、夕食と1日5食摂る。モリフはもとより、ナナも軽食を抜いているので、やっぱりしんどいはずだ。
「もう動けない~」と駄々をこねるモリフにマリアが「じゃあ、お昼にしようか」と言った。
「マリアさん、お弁当なんて持ってきてないよ?」とハルトが言うと、マリアは「え?」と不思議そうな顔をする。
「何言ってんのハルトくん。お昼ご飯なら——」
マリアが東方300メートル先に顔を向けた。それから、手のひらを上に向けると、音もなく白銀の小刀が出現し——しかもそれは手の平の上に浮遊し——マリアが手を振ると小刀が一瞬で消えた。
それが消えたのではなく、飛んで行っただけだ、と分かったのは300メートル先のオークに小刀が突き刺さるのを見てからである。
「——ほら、あそこにあるよ。お昼ご飯」とたった今串刺しになり息絶えたオークを指さしてマリアが笑った。でたらめな強さである。ハルトは、訳もわからないまま絶命したオークに同情した。
「剣が出てきたんだけど……」
「どういう原理……?」
「この人やばい」
活躍したのに何故かマリアは3人にドン引かれ、しかもなんで引かれているのかも分からず、「また私何かやっちゃった……?」とチート主人公みたいなことを呟いていた。
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