上 下
34 / 106
第二章 農村開拓編

光源

しおりを挟む
 
「くーださーいなぁ~」とマリアが叫ぶ。


 駄菓子屋じゃないんだから、とハルトは心の中でツッコむ。
 もう一度同じことを叫ぶマリアの背中にはハルトがおぶさっていた。そしてマリアは地面から20センチ程、浮いている。浮遊魔法だ。

 畑に勝手に立ち入ろうとしたら、高齢の農民ロズに怒鳴どなられたのだ。だから、マリアの浮遊魔法でロズのそばまでやってきていた。
 だというのに、ロズはマリアたちを相手にせず、黙々と農作業を続けている。


「種くださーい」とマリアがまた大声で頼むがロズは返答しない。

「あ、下ネタじゃないらしいよ?」とハルトが先程のマリアとのやり取りを思い出して補足するが、やはりロズは反応しない。

「ハルトくん、それはもう良いから。忘れて」ロズではなくマリアが反応した。







 ことの発端はやはりマリアだった。領主の館マナーハウスでいち早く朝食を終えたマリアが言ったのだ。


「せっかく畑も増えたことだしさぁ——」

「増やし過ぎだけどね」とハルトが汁物をすする。


 マリアはハルトの横槍を華麗かれいにかわす。いや、かわすというよりかは、当たっているのにノーダメージであり、無理やり押し進んでいるに近い。


「——何か育てたくない?」とテーブルに頬杖をつきながら言った。それから「種持ってない?」と尋ね、「あ、下ネタとかじゃないよ?」とさらに付け加えた。

「どこに下ネタの要素があるの……?」とハルトが真剣に考えだすと、マリアは「わ、分からないなら良いの!」と慌ててハルとの思考を止めた。


「種なんて持ってないよ」

「なら、採りに行こうよ」

「採りに、ってどこへ?」


 マリアはうーん、と考えてから「…………森?」と首をかしげた。


 だめだ。いつも通り、このお方ノープランだ。提案だけして後は下々しもじもの者に任せる、というのはどこか貴族っぽいけれど。
 他の貴族と違うのは、下々の者に任せた後もチョロチョロ付いて来て、あーだこーだ騒ぎ立て、結局一緒に楽しむところだろう。


「そんな都合よく畑で育つ植物が見つかるとは思えないんだけど」


 よし、それじゃあ、とマリアが手を叩いた。今、マリアの中で何かが判断され、それはもうくつがえることのない決定事項となっている、と経験上、ハルトは理解していた。
 マリアが言う。


「じゃあ農民に分けてもらおう」




 ♦︎



 もう何度目になるか分からない「くださいな」をまた言おうとして、不意にロズがこちらを向いた。


「領主様。我々は定められた税を納めております。これ以上、何を求められても、穂の1本だろうと、種の1粒だろうと、この老体の忠誠心だろうと、何一つお渡しするつもりはありません。お帰りください」


 ロズのマリアに向ける目は、お前になど何も期待していない、という冷たい眼差しだった。


 マリアが「でも、おじいちゃん」と食い下がる。

「わしの名前は『おじいちゃん』ではありません」とロズはマリアに顔も向けず、冷たく突き放した。

 だが、マリアにはダメージが通らず、「おじいちゃんの言いたいことは分かった」と真剣な顔をロズに向けた。その後で「でも私、種欲しいんだよね~」とロズの話を何一つ理解していない発言をする。

「マリアさん、ちゃんとおじいちゃんの話聞きなよ」とハルトが呆れて注意する。そういうハルトも実はよく聞いていない。

「わしの名前は『おじいちゃん』では——」

「え一聞いてるよォ? ねえ、おじいちゃん」とマリアが懐っこくロズにニコニコと話かける。


 あまりにも話を聞かない領主2人にロズが作業の手を止めた。それから無言で持っていた小鎌こがまをこちらに向け構えだしたので、ハルトとマリアは慌てて退散した。


 無敵のはずのマリアでさえ「おじいちゃん、こえー」と呟いていた。



 ♦︎


 ハルトは、見よう見まね——とは言っても種植たねうえシーズンではないので、ほとんど見られていないが——で苗木なえぎを土に埋め、ぽんぽんと赤子を寝かすように土を軽く叩き、固めた。


「何植えたの?」とマリアが後ろからじーっとハルトを眺めていた。

「ん? 天界樹の苗木」

「なにそれ。美味しいの?」


 ハルトは『不死王の大墳墓』で口にしたそれの味を思い出した。思い出すだけで、悪い意味で唾が大量に分泌ぶんぴつされ、胃液が逆流してくるような吐き気をもよおした。


「クッソまずい」と、ハルトは顔をしかめた。

「こらこら、クソまずい物を植えるでない」


 マリアが天界樹の苗木を引き抜こうとするから、慌ててハルトが止める。それはもうただの苗木ではなかった。ハルトが土に植えた時点で、既にハルトは苗木を我が子のように感じていた。


「やめて! 僕の『トップオブワールド』に乱暴しないで!」

「苗木に恥ずかしい名前つけないでくれる?」とマリアはバッサリ否定しつつも、苗木からは手を離す。


 一生懸命考えたのに、とハルトがしょぼくれると、可哀想に思ったのか、慌てたマリアが「よくよく考えるとカッコイイ! か、カッコイイよ! 素敵!」と褒め言葉を並び立てた。一番可哀想なのは『トップオブワールド』と命名された天界樹の方である。


 結局、その日は天界樹の苗木しか植えることができず、ハルトとマリアの初めての農作業は終わった。




 異変に気付いたのは、その夜のことだ。

 食事も終え、寝る支度も終わり、さぁ寝よう、という時に唐突にマリアが北の方を向き、カーテンを見つめながらじっと動きを止めた。


「どしたの?」とハルトが尋ねる。

「…………」

「風が止まった?」

「なにそれ?」とマリアがこちらに振り向いた。知らなくて当然である。この世界にアニメはない。風の谷ならワンチャンあるかもしれないな、とハルトが考えていると、マリアが口を開く。


「神聖な気配を感じる」

「なにそれ怖い」

「分からない。だけど、害はなさそう」


 気配だけでそこまで分かるのか、と改めてマリアのチートキャラっぷりを思い知らされた。
 2人で領主の館マナーハウスを出てみると、あり得ない光景にハルトは目を疑った。


「ト、トップオブワ——」
「——苗木が! うそ! 光ってる!」


 せっかくつけたカッコいい名前はマリアの驚愕の声に塗りつぶされた。
 昼間に植えた天界樹の苗木が辺り一面を優しく柔らかい光で照らしていた。眩しい、と言うほどではないのに、かなりの広範囲まで光が届いている。まるで空気に馴染むようにぼんやりと光が畑を取り巻く。


「綺麗……」とマリアはうっとりと畑を見つめた。


 ハルトは苗木よりも、その光を受けるマリアから目が離さなかった。この神聖な光の光源はマリアではないか、と錯覚する程だった。
 この世の者とは思えない美しさに、ハルトは呼吸も忘れて見つめる。




 不意にマリアが驚いた顔を見せた。


 ハッと我に返り、視線をろせば、マリアの手を握った自分の手があった。マリアに魅入みいられ、無意識に手を伸ばしていたのだ。
 ハルトは慌てて離そうとして、しかし、マリアがハルトの手を捕まえる方が早かった。



 しっかりと握られたマリアの手は、やがてよじよじと恋人繋ぎに形を変え、逃がさないとばかりにギュッと強く繋がる。

 マリアに目を向けると、マリアはそっぽを向いた。その顔はやっぱり真っ赤で、耳まで染まっていたのだが、口元だけは嬉しそうに笑っていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...