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第二章 農村開拓編

おしりあい

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 朝食に食べたパンとスープが謎の緊張感によって押し上げられるのを、ハルトは必死にこらえていた。

 鍛冶屋かじや2階の居住スペースは、本当にここ鍛冶屋なの? と疑いたくなる程、綺麗で片付いていた。促されるままにテーブルについたが、テーブルは黒く分厚ぶあつ重厚じゅうこうな一枚板であり、座っている木製の椅子も座面部分はふかふかで、一目で高級品だと分かる。
 汚してはいけないという意識が頭を占領し、全くくつろげない。


「どうぞ」とマリアのお母さん、マリアママが愛想の良い笑みでお茶を出してくれた。

「お、お構いなくゥ!」とハルトが叫ぶように答えると、マリアママは「ふふふ」と上品に笑った。

「そんなに緊張しなくても良いのよ? 私もあの人も、あなたのこと楽しみにしてたんだから」とマリアママがおぼんを抱えてハルトをじっと見つめた。


 マリアの母親だけあって、非の打ち所がない美人だ。遠慮のないマリアママの視線に耐えられなくなって、ハルトは目を反らした。


「ちょっと、ママ! ハルトくん困ってるでしょ!」とマリアが手を差し込んでハルトをかばう。

「ええー? 別に困ってないわよねぇ?」と同意を求めてくるマリアママにハルトは「ははは」と苦笑を返すことしかできなかった。


 でも楽しみにって、どういうことだろう。ハルトが首を傾げていると、階段をミシミシ言わせながら、大男——マリアパパが2階に上がってきた。
 上半身は裸で、肩に大きな大槌おおづちかついでいる。顔はヤクザのような強面こわもてで、少しでも無礼を働けばワニワニパニックのワニの如く、がつんとその大槌で叩きつぶされそうな迫力があった。

 のしのしとゆっくり貫禄かんろくのあるあゆみでこちらに近づき、マリアママの隣の椅子にマリアパパが腰を掛けようとした。





 ——が、椅子はメキッと小気味良こぎみよい音と共に損壊そんかいし、マリアパパがすってんころりん、とひっくり返った。





 急に後転でもし始めたのかと思うような豪快なすってんころりんである。転んだ拍子にズボンブレはずり下がり、下着ブレイズに包まれた大きなお尻がハルトの目線上に上がる。ハルトは見てはいけないと咄嗟に目を伏せた。
 はたから見ればお尻に頭をさげて挨拶しているような構図が出来上がった。
 マリアさんの言う挨拶ってこれのことか、と一瞬考え、『んなわけない』と自ら否定した。


「あらあら。あなた、そんなものかついで来るからですよぉ。いつもは持ってこないでしょう? その大槌おおづち」とマリアママは高級な椅子が破壊されたというのに全く動じず冷静にマリアパパの秘密を暴露する。あるいは怒っているから暴露するのか。

「い、いつも担いでおる! これはワシの正装じゃ。欠かすことはできん」マリアパパが取り繕おうとするが、動揺は隠せていない。腹芸のできないタイプだ。

「正装というなら、まず上を着てくださいな。寒くて乳首ちくび立ってますよ? いつもは着てるでしょう?」なおもマリアママは暴露する。やっぱり怒っているようである。

「半裸じゃ! ワシはいつも半裸じゃ! 半裸の方が男らしいんじゃ! 乳首はいつもこうじゃ!」


 この会話は聞いて良いものなのか、とハルトは謎の焦燥に駆られた。動揺したマリアパパは「乳首はいつもこうじゃ」とか既に男らしくないことを言ってしまっている。明らかに冷静じゃない。

 ハルトはめてあげて、と思ったがなかなか言い出せない。マリアパパの恥ずかしい事実が次々と暴露されていた。
 もしかしてこれは笑うところなのか、とハルトが考えた時、後ろに立つルイワーツが、

「はははははは」と腹を抱えて笑った。

 手を叩いて『爆笑』と称しても良い笑いっぷりである。ハルトもそれに続こうとした時、地響きのような声がうなるように鳴り響く。


「何笑っとんじゃ、おのれ」


 マリアパパの閻魔大王えんまだいおうの如き威圧に、ルイワーツは「すみません」と一瞬で真顔に戻った。


(危ねェエエエ!『笑うところ』じゃなかった! 危ねェェエエエ!)

 隣を見るとマリアが恥ずかしそうにうつむいて震えていた。
 その目には羞恥しゅうちの涙が溜まっている。自分の部下の目の前で、実の父がすってんころりんしてお尻を晒しているのだ。無理もない。
 しかも晒しているのはお尻だけではない。黒歴史もマリアママによって晒されている。乳首もだ。

 ハルトは心の中で、心中お察しします、とマリアに告げてから見なかったことにしてあげた。

 マリアパパは壊れた椅子を丁寧に横に退けると、担いでいた大槌を椅子の代わりに置いて座った。平らでないからバランスが取りにくいのか、少しグラグラしていたが、やがて慣れたようで、マリアパパが腕組みをして遅まきながら威厳のある表情を作った。本当に今更である。


(一旦落ち着こう)


 と、ハルトは出された茶で口を湿らせる。



「ごめんなさいねぇ、この人はしゃいじゃって」

 ぺしん、とマリアママがマリアパパの肩を軽くはたく。事が起きたのはその後だった。マリアママが唐突に衝撃の一言を放った。









「ハルトくんが婿に来てくれる・・・・・・・・のがよっぽど嬉しいみたい」







 ぶふぅぅうううう、とハルトが茶を吹いた。
 その茶は正面のマリアパパに吹きかかる。マリアパパはレモンでも食べたかのような目鼻口が全て中央に寄った顔で、お茶の霧吹きりふきに耐えた。

 そしてピタゴラスイッチの如く、それにより今度はマリアパパのなんとか保っていた体のバランスが崩れ、ゆっくり、ゆっくり、と大槌ごと後ろに傾いていった。













 皆の頭には同じワードが浮かび上がったことだろう。



































 ——すってんころりん


















 これがメンタリズムです。



 ハルトはマリアパパのお尻に再会した。これが本当のお知り合いお尻会い
 マリアはテーブルに突っ伏して顔を隠し、身内の失態という羞恥に悶えた。
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