22 / 106
第二章 農村開拓編
おしりあい
しおりを挟む朝食に食べたパンとスープが謎の緊張感によって押し上げられるのを、ハルトは必死に堪えていた。
鍛冶屋2階の居住スペースは、本当にここ鍛冶屋なの? と疑いたくなる程、綺麗で片付いていた。促されるままにテーブルについたが、テーブルは黒く分厚い重厚な一枚板であり、座っている木製の椅子も座面部分はふかふかで、一目で高級品だと分かる。
汚してはいけないという意識が頭を占領し、全くくつろげない。
「どうぞ」とマリアのお母さん、マリアママが愛想の良い笑みでお茶を出してくれた。
「お、お構いなくゥ!」とハルトが叫ぶように答えると、マリアママは「ふふふ」と上品に笑った。
「そんなに緊張しなくても良いのよ? 私もあの人も、あなたのこと楽しみにしてたんだから」とマリアママがお盆を抱えてハルトをじっと見つめた。
マリアの母親だけあって、非の打ち所がない美人だ。遠慮のないマリアママの視線に耐えられなくなって、ハルトは目を反らした。
「ちょっと、ママ! ハルトくん困ってるでしょ!」とマリアが手を差し込んでハルトをかばう。
「ええー? 別に困ってないわよねぇ?」と同意を求めてくるマリアママにハルトは「ははは」と苦笑を返すことしかできなかった。
でも楽しみにって、どういうことだろう。ハルトが首を傾げていると、階段をミシミシ言わせながら、大男——マリアパパが2階に上がってきた。
上半身は裸で、肩に大きな大槌を担いでいる。顔はヤクザのような強面で、少しでも無礼を働けばワニワニパニックのワニの如く、がつんとその大槌で叩きつぶされそうな迫力があった。
のしのしとゆっくり貫禄のある歩でこちらに近づき、マリアママの隣の椅子にマリアパパが腰を掛けようとした。
——が、椅子はメキッと小気味良い音と共に損壊し、マリアパパがすってんころりん、とひっくり返った。
急に後転でもし始めたのかと思うような豪快なすってんころりんである。転んだ拍子にズボンはずり下がり、下着に包まれた大きなお尻がハルトの目線上に上がる。ハルトは見てはいけないと咄嗟に目を伏せた。
傍から見ればお尻に頭をさげて挨拶しているような構図が出来上がった。
マリアさんの言う挨拶ってこれのことか、と一瞬考え、『んなわけない』と自ら否定した。
「あらあら。あなた、そんなもの担いで来るからですよぉ。いつもは持ってこないでしょう? その大槌」とマリアママは高級な椅子が破壊されたというのに全く動じず冷静にマリアパパの秘密を暴露する。あるいは怒っているから暴露するのか。
「い、いつも担いでおる! これはワシの正装じゃ。欠かすことはできん」マリアパパが取り繕おうとするが、動揺は隠せていない。腹芸のできないタイプだ。
「正装というなら、まず上を着てくださいな。寒くて乳首立ってますよ? いつもは着てるでしょう?」尚もマリアママは暴露する。やっぱり怒っているようである。
「半裸じゃ! ワシはいつも半裸じゃ! 半裸の方が男らしいんじゃ! 乳首はいつもこうじゃ!」
この会話は聞いて良いものなのか、とハルトは謎の焦燥に駆られた。動揺したマリアパパは「乳首はいつもこうじゃ」とか既に男らしくないことを言ってしまっている。明らかに冷静じゃない。
ハルトは止めてあげて、と思ったがなかなか言い出せない。マリアパパの恥ずかしい事実が次々と暴露されていた。
もしかしてこれは笑うところなのか、とハルトが考えた時、後ろに立つルイワーツが、
「はははははは」と腹を抱えて笑った。
手を叩いて『爆笑』と称しても良い笑いっぷりである。ハルトもそれに続こうとした時、地響きのような声が唸るように鳴り響く。
「何笑っとんじゃ、おのれ」
マリアパパの閻魔大王の如き威圧に、ルイワーツは「すみません」と一瞬で真顔に戻った。
(危ねェエエエ!『笑うところ』じゃなかった! 危ねェェエエエ!)
隣を見るとマリアが恥ずかしそうに俯いて震えていた。
その目には羞恥の涙が溜まっている。自分の部下の目の前で、実の父がすってんころりんしてお尻を晒しているのだ。無理もない。
しかも晒しているのはお尻だけではない。黒歴史もマリアママによって晒されている。乳首もだ。
ハルトは心の中で、心中お察しします、とマリアに告げてから見なかったことにしてあげた。
マリアパパは壊れた椅子を丁寧に横に退けると、担いでいた大槌を椅子の代わりに置いて座った。平らでないからバランスが取りにくいのか、少しグラグラしていたが、やがて慣れたようで、マリアパパが腕組みをして遅まきながら威厳のある表情を作った。本当に今更である。
(一旦落ち着こう)
と、ハルトは出された茶で口を湿らせる。
「ごめんなさいねぇ、この人はしゃいじゃって」
ぺしん、とマリアママがマリアパパの肩を軽くはたく。事が起きたのはその後だった。マリアママが唐突に衝撃の一言を放った。
「ハルトくんが婿に来てくれるのがよっぽど嬉しいみたい」
ぶふぅぅうううう、とハルトが茶を吹いた。
その茶は正面のマリアパパに吹きかかる。マリアパパはレモンでも食べたかのような目鼻口が全て中央に寄った顔で、お茶の霧吹きに耐えた。
そしてピタゴラスイッチの如く、それにより今度はマリアパパのなんとか保っていた体のバランスが崩れ、ゆっくり、ゆっくり、と大槌ごと後ろに傾いていった。
皆の頭には同じワードが浮かび上がったことだろう。
——すってんころりん
これがメンタリズムです。
ハルトはマリアパパのお尻に再会した。これが本当のお知り合い。
マリアはテーブルに突っ伏して顔を隠し、身内の失態という羞恥に悶えた。
44
お気に入りに追加
1,846
あなたにおすすめの小説
ReBirth 上位世界から下位世界へ
小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~
りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。
頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか?
異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!
職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました
飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。
令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。
しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。
『骨から始まる異世界転生』の続き。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ユウ
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!
酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。
スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ
個人差はあるが5〜8歳で開花する。
そのスキルによって今後の人生が決まる。
しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。
世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。
カイアスもスキルは開花しなかった。
しかし、それは気付いていないだけだった。
遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!!
それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる