上 下
14 / 106
第一章 逆プロポーズ編

ありがとう

しおりを挟む
 
 マリアは完全武装して都市の出入口、城門に向けて早足で歩いていた。その表情には、怒りと焦燥が表れていた。


「おい、待てよ。マリア」と同じ『金獅子きんじし』のメンバーであるレオンが腕を掴んでマリアの進行を止めた。

「離して」とマリアは振りほどき、また歩き出す。


(あのギルド職員は、後でぶっ殺す)


 マリアの殺気に、通りすがりの街人が「ひィイ」と逃げていく。

『あのギルド職員』とはルイワーツのことである。
 マリアが数発殴ると簡単に口を割った。
 ハルトをあの有名な『必死の転移トラップ』にかけた、とあの男は言った。許せることではなかった。可能ならマリアが自らの手で苦しめて、その後に殺したい程だ。
 だが、今は時間的余裕がない。一刻も早く、ハルトを救出に行かねばならなかった。


「でもギルド職員1人のために、わざわざウチらが行く必要あるの?」と同じく『金獅子』のパーティメンバーであるマチが頭の後ろで手を組んで言った。明るいショートヘアで背丈が低いマチが頭で手を組んでいると、まるで腕白な子供のようにも見えた。

「嫌なら来なくて良いよ。私一人で行くから」マリアはマチに見向きもせずに言う。

「いやいや、マリリン一人行かせる訳にはいかないってェ。だって、踏むんでしょ? その必死の転移トラップ」


 マリアは答えずに進む。その沈黙が答えの代わりだった。


「あまり気が進まないのも確かですけどね~」と気の抜けるような声をあげたのは『金獅子』のヒーラーであるローラだ。銀髪のエルフであるローラは、穏やかでのんびり構えているようで言うことははっきり言う。

「だから、来なくて良いって」とマリアは冷たく突き放すが、誰も『じゃあ止めた』とは言い出さない。マリアを心配する気持ちは皆同じだった。だから皆がマリアについて行くのは、ハルトの救出、というよりはマリアを死なさないため、と言った方が正しかった。

「ははは、まぁいいじゃねえか。マリアは今月いっぱいだろ? 最後の冒険には持って来いじゃねーか」と『金獅子』のウォーリアであるジンが笑う。どでかい鎧を身に付けているが、1歩が大きいため、皆と変わらぬ速さでガシャガシャと歩く。

「最後とか、縁起の悪いこと言うなって」とレオンがジンを睨む。「まだ月末まで日数があるだろ。というか、俺はマリアの引退自体に反対なんだ」

「まだそれ言ってんの?」とマチが呆れた顔で言った。

「確かに聞いた時ぁ、驚きはしたが、未だ反対してんのはお前くらいだぜ、レオン」ジンはからかうように、にやりと笑う。

「いい加減、マリねぇ離れしなよ~」とローラもころころ笑った。


 レオンはそれに取り合わない。
 ふん、と鼻で笑ってから「マリア。お前の引退は、これから助けに行くギルドのガキと何か関係があるんだろ」とマリアに話を向けた。

 マリアは少し考えてから「だったら何よ」と答える。

「おい聞いたか?」とレオンが今度はマリア以外のメンバーに顔を向けた。「ギルドのガキが助からなければ、マリアの引退は——」


 マリアが勢いよく振り返ると、レオンの言葉を遮るように胸倉を掴んで持ち上げた。レオンの顔から血の気が引く。
 マリアの殺気が仲間に向いたことは未だかつて一度もない。いや、なかった。
 今がその最初の1回目だった。


「キミ達が付いてこないのは別に良いよ。でもね——」


 メンバー全員が言葉を発せなかった。初めて向けられたリーダーの殺気に、誰も動けない。


「——私の邪魔をしたら、ただじゃおかないよ。レオン、キミだろうとね」


 ドサッとレオンが尻から地面に落ちる。マリアは再び前を向き、歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ、マリリン」とレオン以外のメンバーはマリアを追いかける。


 レオンはギリッと奥歯を噛みしめ、宙を見つめていた。






 都市の『城壁』とは、都市全域を囲う堅牢な壁のことであって、何も城だけを囲っているわけではない。都市全体を守る壁なのだ。
 城門は、その城壁にいくつかある都市の出入口のことを指す。城門は防衛の都合上、数が少なく、マリア達が向かったのは、その中でも一番大きな正門だった。ここで入市料や税金を徴収したり、不審者を追い出したりするため、日中は常に門番が張っている。
 当然S級冒険者のマリア達は顔パスで出入りができた。

 都市を出たところに、馬を用意させていた。どんなに急いでも『不死王の大墳墓』まで8時間はかかる。
 一秒でも早く出発したいマリアは早速馬に乗ろうとして、声をかけられた。


「おいおい、そんな顔してたら馬がビビって逃げちまうぜ」
「可愛い顔が台無しよ?」


『深淵の集い』のマディと『神秘の宝珠』のリラだった。
 彼らの仲間は今日は見えない。2人で待ち構えていたかのように、マリアのもとに寄ってきた。


「マディ、リラ。どうしてここに?」とマリアが問う。


 こんな城門外に、それもパーティではなく個人で、偶然居合わせたとは思いづらかった。
 しかもマディ、リラ、両名とも完全武装していた。


「決まってんだろォが」とマディが無表情に言う。
「ハルトに死なれたら困るのよね。有望な子には唾をつけとかないと」とリラが笑った。


 マリアは目を見張った。
 あの必死のトラップを踏むのだ。命の保証はない。本来ならたかがギルド員一人のために、自らを危険に晒してまで助けに行きはしない。
 しかし、それでも2人は来ると言った。


(まったく、とんだ人たらしね、ハルトくん)


 マリアの口角が自然と上がる。
 これほど心強いことはない。


 マリアは「ありがとう」と頭を下げた。



「テメェに感謝される筋合いはねぇ」
「感謝は物で示していただけるかしら?」



 金でも何でもいくらでも支払おう。
 でも、まずは——








 マリアは馬にまたがる。









 ——ハルトくんを助けなきゃ!

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。 頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか? 異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!

職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました

飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。 令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。 しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。 『骨から始まる異世界転生』の続き。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件

桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。 神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。 しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。 ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。 ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。

処理中です...