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第一章 逆プロポーズ編

スタンピード

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 リラが去った後、光の速さで何者かが席に着いた。



 マリアだった。
 マリアは何も言わずに、口をきゅっと結んで、ただただハルトを睨む。無言だ。無言で頬を膨らましている。


「あのォ……マリアさん? 何をほっぺた膨らませてんの?」とハルトは一応聞いてみた。

「怒ってるの!」とマリアが律儀に答える。


(怒っていることを口で言わなきゃ伝わらないマリアさん、可愛い)


 ハルトが黙っていると、マリアは「何を怒ってるか、分かる?」と面倒くさい彼女のようなことを言い出した。

「もしかして……」ハルトは一つの真相に辿り着く。思い当たることはそれしかなかった。「僕が密かにマリアさんのファンクラブに入ってるのが……バレた?」


 あー恥ずかしいィ! とハルトの顔が耳まで赤くなった。


(だって、マリアさん、最強だし、可愛いし、綺麗だし、優しいし、それに最強だよ?! これでファンにならない奴いる? いねぇよな?)

 ハルトは混乱してはるか昔、前世で読んだ不良漫画のキャラみたいなことを心中で叫ぶ。
 だが、マリアの反応もまた予想外のものだった。


「ぇ、ふぁ、えぇ?! 君が?! 私の?! ぁ、ぅう」とマリアは怒るでも呆れるでもなく、うつむいてしおれ、赤く染まった。
 赤面した者同士ひざを突き合わせて座っていると、妙に気まずい空気が流れ出す。




「こ、これじゃないなら、マリアさん何に怒ってるの?」と沈黙を脱するためにハルトは敢えて死中に飛び込んだ。分かりません、無理です、ギブアップ、と宣言するようなものである。

「……分からないんだ? 私のふぁ、ふぁ、ふぁ、ファンなのに!」
 マリアは羞恥心を押さえつけるように言い切った。恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに、とハルトは思ったが、当然口には出さない。


 ハルトが申し訳なさそうに黙っていると、やがてマリアが口を開いた。


「ハルトくん、リラにデレデレしてた」とマリアはデレデレするハルトの顔を思い出したのか、闘気をたぎらせた。その気迫に肌がピリピリする。
 ぶっちゃけ怖い、とハルは微笑みを維持しながらも、こめかみを冷や汗がつたう。だが、ここで一歩でも後ずさろうものなら、ハルトの首は胴体から離れるかもしれない。ハルトは恐怖を押さえつけ、地に根を張るように座した。


「デ、デレデレなんて——」とハルトが弁明しようとすれば、

「——してた」とマリアが先を取る。マリアの気迫に、『うん、確かにしてたな』とハルトは心の中で認めた。

「それに、リラの店で働くって言った」とマリアが震えた声でさらに追及する。じわじわとマリアの目に涙が溜まっていくように見え、ハルトは慌てて否定した。

「違うって! 言ってない言ってない! 考えるって言っただけだよ!」

「でも給料の話聞いて涎でてた」


 うぐっ、とハルトが黙る。弁明以前に、憧れの人に涎垂らしてるところを見られること自体がきつい。
 でも、とハルトは疑問に思う。


(どうして、僕が転職するのが嫌なんだろう。ギルドで会えなくなるのが寂しいとか? でもマリアさんも冒険者辞めるから関係ないような……)


 不意にマリアが「こんなことなら……」と呟いた。そして、何かを決意したように顔を上げてハルトを真っ直ぐと見る。
 エメラルドグリーンの瞳がハルトを内包するように写していた。




「ハルトくん!」とマリアが叫ぶように言った。ハルトの方もマリアの気迫に押され「は、はい!」と姿勢を正す。


 マリアは、一世一代の大勝負、といった真剣な表情を見せる。ごくり、と唾を下し、緊張を握りつぶすように手を固く握るのが、ハルトからも見てとれた。
 やがてマリアが口を開く。








「わ」とだけ発して、マリアは言葉に詰まった。


「わ?」とハルトが促す。


「わた」とまたマリアが固まる。顔から煙が見えそうなほどマリアの顔は赤い。


「わた?」とハルトが首を傾げる。














「わ、わわわたしと一緒に——」













 マリアが一息に言い切ろうとした、その瞬間だった。








「——魔物の流出スタンピードだァ! 『不死王の大墳墓』で魔物の流出スタンピードが起こったぞォ!」


 ギルドに駆け込んできた男が叫んだ。
 ハルトは反射的に立ち上がる。
 魔物の流出スタンピードとは、ダンジョンの魔物の群れが何らかの要因でダンジョン外に流れ出ることを言う。
 時々、起こる現象だが、その規模によっては近隣の都市や村落は大きな被害を被る。過去に村落が壊滅させられた例もある程だ。それだけ都市や村落の人々にとっては、恐ろしい現象であった。


 ハルトは「ごめん、行かなきゃ!」とマリアに一言断ってから、事務室に引っ込んだ。
 この後、空いている冒険者達に緊急依頼をかけることになるだろうが、それも上の指示あってのこと。ハルトが勝手に指示を出せることではない。だから、ギルド一般職員は緊急時は事務室に集まり、指示を仰ぐこととなっていた。


 マリアは「もォ……!」と悔しそうに顔を歪めて、離れていくハルトを見送った。

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