上 下
5 / 106
第一章 逆プロポーズ編

誘いたいけど誘えない!

しおりを挟む
 
 その日、ハルトが午後の受付カウンターに出ると、休憩テーブルに座り、精神統一に励むマリアがいた。

 まるで最後の決戦に挑む前のような佇まいである。
 上級冒険者が受ける依頼は大抵一日仕事、あるいは泊まりがけでの仕事になるため、午後のこの時間ギルドに集うのは必然的に、午前中で依頼をこなして戻ってきた初級冒険者たちになる。
 そんなひよっこ達にとんでもない実力者が一人混ざっていた。しかも、緊迫した表情で、目を瞑って何やらぶつぶつ唱えている。
 はっきり言って怖かった。周りの冒険者も訳の分からない緊迫感に戸惑っている。


「あの、マリアさん? なにしてんの?」とハルトが声を掛けたのは、もはや使命感からである。この最終決戦前のS級冒険者を処理するのはギルド職員の務めだと、決死の覚悟で声を掛けたのだ。本当ならばスルーしたいところだ。

 マリアは大袈裟に驚いて椅子から転げ落ちた。
 周りから「おい、『聖剣のマリア』が椅子から落ちたぞ」「嘘だろ、マリアさんってもっとクールだろ?」「オーガに殴られて膝もつかなかったというマリアさんが?」とざわめきが起こった。

 マリアは椅子に両ひじをついて、体を起こしながら「あ、いや、ハルトくん。はなし、ちょっと話があって、その」と明らかに動揺している様子だった。

「マリアさん、とりあえず受付カウンターにかけて話そ」と促すと、マリアは赤い顔を小刻みに縦に振って同意した。


 受付カウンターの椅子を引いて、マリアを座らせてから、ハルトは給湯室に行って、ホットミルクをカップに入れ、マリアのもとに戻った。


「ありがと」と呟いてからおそるおそるホットミルクをすするマリアを眺めて、ハルトは妙に温かい気持ちになった。
 ハルトはマリアに何も話を向けない。マリアが落ち着くのを黙って待つ。


(不思議だな。とんでもない強さのはずなのに、何故かマリアさんを見ていると庇護欲をそそられる)


 ミルクをふーふーしているマリアに、ハルトは目を奪われる。愛おしい、という感情に頭が支配される。もしかしたら、これがマリアが最強と言われる所以ゆえんなのか。そんな見当違いの思いさえ浮かんだ。


「ハルトくん?」と呼ばれて、ハッと我に返る。「どしたの? ぼーっとして」

「あ、ごめん。考え事してた」と笑ってごまかすと、マリアは首を傾げて、微笑んだ。まるで「話してごらん」と促されているような優しい笑み。

「そ、それより! マリアさんこそ、話があったんじゃなかったっけ?」と誤魔化すようにハルトが切り出した。ごふっ、とマリアがむせる。


 ハルトがハンカチを差し出すと、マリアはそれを受け取り一瞬躊躇ためらってから、それで口を拭いた。その一瞬の『間』に何故か、ハルトは少し傷ついた。


「その、私、えっと、冒険者辞めて領主になるって言ったじゃない?」とマリアが改めて話し出す。

「うん。そうだったね。残念過ぎるけど、マリアさんが決めたことなら仕方ないよ」

「でね、ここからが本題なんだけどね」とマリアは指を立てて前置いた。「私、これまで冒険者一筋でやってきたじゃない? 貴族とは正反対というか……」

「そうだね。まさかマリアさんがいつの間にか貴族様になってるとは思わなかったよ。でも言われてみればマリアさん結構貴族っぽいよ? 綺麗だし」とハルトが言うとマリアは「き、きれ?!」と耳まで赤くして俯いた。
 ハルトにしてみれば『何を今更。マリアさんが綺麗なのは周知の事実でしょうが』とマリアの反応を不思議に思った。

「そ、そうじゃなくて! 私が言いたいのは、そういうことじゃなくて!」とマリアが顔を上げてカウンターを叩いた。上官の横暴に抗議する士官のようだな、とハルトは笑みを漏らす。

「領地運営のノウハウが全くないってこと! 分からないんだよ、どうやってやんのか。ねぇ、領主ってどうやるの?! どうやって領主するの?!」

 どうやって領主するの、とはまた変な言い回しだな。ハルトは微笑ましくマリアの言葉に耳を傾けていた。

「だからその——」
「——そんなの簡単だよ」

 ハルトは得意げに言う。マリアが何か言いかけた気がしたが、その後に言葉が続かなかったから、『気のせいか』とハルトは片付けた。

「皇ちゃんに聞けばいいじゃん。ずっとこの国を運営してきた凄い人なんだから、直々に教えてもらえばいいんじゃない?」


 普通そんなことを皇帝に相談なんて出来るものではないが、マリアは皇帝のことを『皇ちゃん』と呼ぶほどの間柄だ。気安く話せる関係なのだろう。


「いや、でも——」とマリアが何か言いかけたところで、マリアの席の後ろから声がした。




「——小僧、やってるか」




『深淵の集い』の頭、A級冒険者マディだ。


「あれ、マディさん、早いですね。もう上がりですか?」とハルトがマディに顔を向ける。

「ああ。今日の仕事は義理で受けたようなつまらん依頼だ。あ? 先客がいたのか。邪魔して悪いな、マリア」

 マディがマリアに片手を上げて謝意を示した。マリアは「い、いいよ。大丈夫」と言うが声が震えている。


(僕と話しているところ見られるのは恥ずかしいのかな。まぁ相手はショボいギルド職員Aだもんな。そんなのに相談しているところを知り合いに見られるのは確かにキツいか)


 ハルトは努めて気にしないように、心のざわめきをむんずと鷲掴んで心の隅っこに放り投げた。


「小僧。例の件、考えておけよ」とマディは去って行った。ハルトはにこやかに手を振ってマディを見送った。




「例の件って?」とマディが見えなくなってから、マリアが尋ねる。

「え? ああ。なんかパーティに加わらないかって誘われてるんだよ」とハルトが答えると「ええ?!」と過剰に大きい声が返ってきた。「今なんて?!」と続く。

「だから。『深淵の集い』に入らないかって誘われてるの」

「えェェエエエ?! 今なんてェ?!」

「……マリアさん、ふざけてるでしょ?」とハルトは自分のことは棚に上げてマリアを睨む。

「それで?! 入るの?! マディのとこに?!」
 マリアがカウンターに乗り出して、捲し立てる。ハルトとおでこがぶつかったが、痛みに悶えるのはハルトだけで、マリアはぶつかった事も気付いていないかのように平然としていた。

 ハルトはおでこをさすりながら「いや、まだ答えてないけど、でも、僕に冒険者は無理だよね。どう考えても」と答えた。

「だ、だよね~」マリアがにへらと笑った。


(あ、やっぱりS級の目から見ても僕才能ないのか)


 ハルトは特に落ち込まなかった。当然そうだろう、と分かりきっていたことだ。むしろ、断る口実ができたな、とハルトの心は軽くなった。


「まぁ、もう少しよく考えてから、改めて返事しないとなぁ」とハルトが呟くと、またも大袈裟な驚愕をたたえてマリアがハルトに勢いよく顔を向けた。目をこれでもかとかっぴらいたマリアの額から汗が滴り落ちる。
 なんで、この人、こんなことで切迫した顔してんの。ハルトは疑問に思いつつも『天才はだいたい変人』とあまり気にしないことにした。



「で、マリアさんの方の話は、どこまで話したっけ?」とハルトが再び相談会を再開させる。たしか皇帝に師事すれば良いって話だったな、と思い出す。

 ——が、マリアは
「え? あ、えっと、もういいの。私の方は。大した話じゃないから。あはは」と引きった笑みを見せた。

「え? いいの?」

「うん。ありがとね。じゃあ、私これから仕事だから、あはは、じゃあね」と手を振りながらマリアが出入口の方へ向かい、柱にぶつかった。マリアは痛いとかなんだとかは全く口にせず何事もなかったかのように、突き進む。柱の方が「痛い」と言っているように思えた。

 
「マリアさん。仕事って言いつつ何も依頼を受けずに行っちゃった……」


 分かっている。冒険者のプライベートは守る。それがギルド職員。余計な詮索は無用だ。
 ハルトは飲みかけのホットミルクを手に給湯室へ下がった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...