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浦島太郎外伝6 鯛は昔の夢を見て

一話

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 平和な時間が長く続いている。ただ今竜宮城は数百年ぶりにきた恋の季節に沸き立っている。町に降りて恋を探す者や、番と久しぶりに夫婦の時間を作る者。当然それに伴い産休という者も増えている。

「朱華様、部屋の掃除が終わりました」
「ご苦労様、平目」

 奥の宮の掃除を昼前に終わらせようと躍起になっている鯛に、平目も付き合って仕事をしている。最近は公子がやんちゃ盛りで、相手をしていると時間があっという間だ。
 勿論浦島も子の相手をするのだが、少々鈍くさい所のある人だ。効率が悪いともいう。見ていて危なっかしくて、結局は鯛が相手をしている。
 だが今日は全面的に奥の宮は静かだ。なぜなら家主が一家で留守にしている。西海王に誘われて一日だが外泊をする事になったのだ。

「次は布団を干してしまいましょう。それが終わったらっ」

 部屋の埃を落として掃き掃除もした。拭き掃除もしたいがその前に布団だとあれこれ考え勢いよく振り向いた瞬間、視界がぐらりと揺れて多々良を踏んだ。
 気づいた平目が近づいて体を支えたが、それに鯛は薄く笑みを浮かべた。

「大丈夫、大事ありません」
「ですが」
「本当に大丈夫です。さぁ、仕事をしてしまいましょう」

 少しジッとしていれば目眩も治まった。すっくと立ち上がった鯛は心配そうな平目に笑いかけ、次の仕事へと移っていった。


 精力的に仕事をした。随分頑張った気がするが、それ以上に疲れた。ホクホク顔の烏賊が食事を盛ってくれたが……何故か食べられる気がしない。

「あ? どうした」
「あぁ、いえ」

 いつもと量は変わらないように思うが、何故か入っていかない。疲れていて食欲が落ちたのだろうか。

「鯛、大丈夫か?」
「海蛇?」

 後ろから声を掛けられて振り向いた鯛は、顔を覗き込む海蛇を見て驚く。意外と近い距離に驚いたのだ。

「なんか、顔色悪いぞ」
「そうですか? 今日は良く働いたので疲れただけです」
「飯も進んでない」
「疲れたからです」
「河豚に見せたか?」
「そんなのではありませんよ」

 そんなに心配するような事では無い。もうここ何百年も体調を崩してはいない。やる事も多いし、寝込む暇などない。明日は竜王も公子も、そして浦島も帰ってくるのだ。心地よく過ごして貰うためにはまだやれる事がある。
 鯛は無理矢理食事を口に運ぶが、結局半分残してしまった。

 夜は書き仕事をする。今日やった事、気づいた点、必要な物などを書き出しておく。他にも報告すべきことなどを書き終えて、鯛はグッと背を伸ばした。
 時間を見れば大分遅い。肩を押さえて首を回し、立ち上がった瞬間また世界が歪んで床に膝をつく。おかしいとは思ったが、疲れが出たのだろうくらいにしか思っていなかった。

「年ですかね、恥ずかしい。湯を貰ってしっかり寝ましょう」

 部屋を出ると既に人の通りはない。大体烏賊は遅くまで明日の仕込みなどをしているが、蛸が懐妊してからは帰りが早い。あの夫婦も仲が良くて少し妬ける。
 溜息をついてゆっくりと湯殿へ。そうして服を脱いだ鯛はふと、腕の内側に赤い発疹があるのに気づいた。

「おや?」

 痒くも痛くもないが……。
 湯を汚す事ははばかられる。ゆっくりと湯船に浸かることを諦めた鯛は体を綺麗に流して手ぬぐいで擦り、風呂を終えてしまった。

 その夜、不意に体の節々が痛んで鯛は目を覚ました。関節部分が痛む。それに、少し痒い気がする。
 起き上がり、明かりを灯した鯛は着物に血がついている事に驚いて袖をまくり、そして言葉を無くした。
 発疹が出ていた部分は赤黒く変色し、べろんと皮が剥がれている。
 驚いて鏡を覗いた鯛は言葉を失った。右の首から鎖骨にかけても同じように赤黒い痣の様なものが出来て、皮膚がぶよぶよしている。少し引っ掻くだけで皮膚が破けて血と一緒に剥がれ落ちていく。

 足も……。

 何かの病気だ。分かった瞬間、恐怖に叫びたくなった。が、その声を必死に殺した。
 この病は、もしかしたら誰かに移ってしまうのでは? 診察する河豚や、平目が危ない。それに明日になれば竜王達が帰って来る。幼い公子に移ってしまったら? 浦島も同じようになったら……。
 何度も深呼吸して、鯛は夜着を脱いで一番気に入っている着物を着た。明かりを落とし、布団を片付けて、汚れた夜着は文机の奥へと押し込んで隠した。

 そうして誰にも何も告げず、そっと竜宮を後にしたのだった。
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