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浦島太郎外伝3 竜王の祝言

二話

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 祝言の儀、当日。
 浦島は初めてくる部屋で、大きな門を前にしていた。
 この門は部屋の真ん中に門だけがある不思議な物だ。台座の上に門があり、観音開きの扉がある。どうやらこれは他の竜宮に通じているらしく、急な用件などで竜王の使者が通ったり、竜王同士が行き来するのに使われるという。
 綺麗な青い着物を着た竜王の隣に浦島もいる。白地に濃淡の違う大輪の花と蝶をあしらった着物は華やかでありながらも品がある。女性物であるのがなんとも言えないが。

「なんだか、緊張してきました」

 扉を前に今か今かと待っている浦島が呟くと、竜王は柔らかな視線を向けて微笑む。普段も雄々しくて綺麗な人だが、今日は着飾っている分余計に素敵だ。

「楽にしていていい。皆、お前と公子のお祝いにくるのだから」
「でも、竜王様ですよ。やっぱり緊張はします」
「気のいい奴らだ、心配には及ばない。皆楽しみにしていると言っていたからな」
「そうなんですか?」

 浦島の中で竜王は今目の前にいる人だけ。他の竜王というのがまったく想像つかない。

「あ……そういえば、他の方も竜王様ですよね? 竜王様とお呼びしたら、皆振り向いてしまいますし……」
「それなら敬称で呼べばいい。私たちの会話でもそうだ。北海王、西海王、南海王だ」
「……竜王様は、東海王になるんですよね?」

 亀が教えてくれた。陸を囲む四方に竜王がいて、それぞれの海域を治めているのだと。
 竜王は東海王になるのだが、何故かそう呼ぶと竜王は少し寂しそうな顔をする。鯛が整えてくれた髪を撫で、そこに懐から出した金細工の簪を差してくれる。首を傾げると、彼はうっとりと微笑んだ。

「人前では今まで通りで構わないが、二人の時は名を呼んでくれ。其方には教えたはずだ」
「……はい、青藍様」

 名を呼ぶと、竜王は少し恥ずかしそうに笑う。そしてこっそりと肩を引き寄せて、頬に軽く口づけた。
 照れて彼を見上げた時、やたらと派手なドラと太鼓の音がする。ビクッ! として離れると、どこからか声がした。

『北海王様、おなーりー』

 重々しい声の後で扉が音を立てて開いていく。その向こうは確かに青い海の中。不思議だ、この扉の向こうには見た目には何もないのに。
 現れたのは、まだ成人して間もない十六くらいの人物だった。薄い茶色の髪は緩く波を打って肩の辺りで止まっている。それに金と黒水晶、黒い房飾りのついた冠をつけている。
 こんな派手な冠をつけているのに、顔立ちは負けていない。柔らかそうな丸みを持つ輪郭で幼く見えるが、それに憂いのある表情は謎めいて見える。縦に大きな金の瞳の他は、鼻も唇も小ぶりだった。
 漆黒を基調に紫を添えた長い羽織の少年は真っ直ぐに竜王の前に来て、丁寧に礼をした。

「お招きいただき光栄です東海王。お元気そうで」
「久しく会わず失礼をした、北海王。今日は来てくれて感謝する」
「貴方の招きだ、応じない訳にはゆかない」

 あまり表情を崩さないまま、口元は薄く嬉しげに笑みを浮かべる。そしてその瞳が、傍らの浦島へと移った。

「奥方殿、お初にお目にかかります。北海王と申します。呼びづらければ『北の』とでもお呼び下さい」
「いえ、そんな失礼は! 浦島太郎と申します。この度はお越し頂き、有り難うございます」
「浦島殿……。うん、覚えた。こちらこそ、よろしく頼みます。お体はもうよろしいので?」
「はい、おかげさまで」
「ご無理なさらず、疲れたら座られて構わない。東海王の大恩人、貴方に何かあれば今度こそ東海王は祟り神となってしまうでしょう。ご自愛頂きたい」
「怖い事言わないでくださいよぉ」

 ギョッとして北海王を見たが、彼の何を考えているのかいまいち読めない目がジッと見ているから、冗談ではなさそうで困ってしまう。
 竜王を見ても否定はできなさそうで、改めて自分を大事にしようと浦島は誓うのだった。

 すると再びドラと太鼓が鳴り響き、『西海王様と奥方様の、おなーりー』という声が響いた。
 扉が開いて現れたのは、軽やかな足取りの若い青年だった。短い黒髪に銀の冠をつけた人は煌びやかとは違う、戦うときのような格好をしている。だが顔立ちは案外少年らしさを残している。金の大きな目はキラキラ光って見える。
 一方その後をついてきた長身の人物は、一見して男性か女性かも判別不能だった。長い黒髪を後ろで軽く束ね、そこに簪をつけた人は綺麗な白に黒の繊細な花柄の着物を着て、律儀に頭を下げた。
 が、冠をつけた青年の方は東海王を見るやいなや目を潤ませて駆け寄り、その勢いのまま首に飛びついてしまった。

「西海王!」
「よ……良かったなぁ東海王! 俺、またお前に辛い事が起ったって聞いてすげー心配したんだからな! 俺、お前を殺すとか絶対嫌だからな!」

 泣きながらそんな事を言う西海王に驚きつつも、竜王は優しく見守るような顔で頭をポンと叩く。

「心配させて悪かったな、西海王。もう、心配ない」
「ほんと頼むよ。俺、お前とは仲良くしたいんだからな。また一緒に酒とか飲みたいんだからな!」
「あぁ、分かっている。遠ざけて悪かった」
「約束だからな!」
「あぁ」

 こんな二人のやり取りを聞いていると、仲が良かったのだと分かる。まるで兄と弟のようでもあるのだ。
 が、その後から長身の人物が来て、思い切り西海王の頭を拳で殴り倒す。見事に沈んだ西海王に竜王が目を丸くしていると、その人物はとても丁寧に腰を折った。

「お久しぶりでございます、東海王様」
「采妃、久しぶりだ。変わりないようで何よりだ」
「東海王様もお変わりない様子。本日は本当に、おめでとうございます」

 ぶん殴った青年など一切無視で淡々と挨拶をする人物は、声からして男性らしい。が、殴られた西海王も黙っていない。立ち上がって大きめな目に涙をためて采妃に向かってわめいた。

「何すんだよ、奥!」
「人様の家に来てご挨拶も出来ない猿に躾をしただけです。まず名乗れクズ」

 最後の方は思い切り見下す顔だった。二人のやり取りを呆然と見ていると、北海王がこそこそっと耳打ちをしてくれた。

「あの二人は元々、王と従者……というか、采は教育係だったんだ」
「そうなんですか?」
「西の方が入れあげ、どうにか口説いて番となったんだけど、元が教育係なのであのように。西の方は細かい事が苦手なので、特に厳しく怒られる事もしばしばです」
「……つまり、これが普通ということでいいのですか?」
「はい。浦島殿は理解が早くて助かります」

 そんな事を話している間に、采妃は西海王を摘まみ上げ、浦島の前に立たせる。そして当人はにっこりと微笑んで綺麗な一礼をした。

「お初にお目に掛かります、東后殿。私は西海王の妻で采と申します。こちら、お祝いの品です。よろしければお納め下さい」
「あっ、ご丁寧に有り難うございます。東海王の妻で、浦島太郎と申します。気軽に呼んで頂いて構いません」
「そうですか? では浦島さんでよろしいでしょうか?」
「はい、是非! では俺も、采さんでいいですか?」
「構いません。同じ竜王の妃同士、今後も仲良くしていただけると嬉しいのですが」
「はい、勿論!」

 伝えると、采妃はにっこりと温かい目で笑ってくれる。怖い人かと思ったら、そんなことはなさそうだ。

「お体の方は、その後大丈夫でしょうか?」
「はい、おかげさまで。子供の可愛い盛りを見逃してしまったのは、少し残念ですが」
「子の成長は早いですからね、特にこの年は。ですが、とても素直な可愛い子だと伺っています。後でお会いできるのを楽しみにしています」
「有難うございます」

 うん、思ったよりもずっと話しやすい。浦島がにっこりと笑えば、采妃もにっこりと優しく笑ってくれる。
 そして、ここでようやく西海王が気を取り戻したのか浦島を見て手をギュッと握り、ニッカと笑う。とても真っ直ぐで屈託の無い笑みはいっそ子供のようで、少し驚いてしまった。

「俺、西海王な。呼びづらかったら『白』って呼んでくれ」
「えっと、西海王様。浦島太郎です、よろしくお願いしま」
「おう、よろしくな! 東海王を受け入れてくれて、本当に有り難う! 色々事情もあったみたいだけど、二人が幸せで俺すっごく嬉しいんだ!」

 言葉以上の好意が伝わってくる。本当に無邪気に、真っ直ぐに、裏も表もなく示される気持ちは少しばかり驚くし、恥ずかしい。
 戸惑って隣の竜王を見れば、彼も困ったように笑う。けれどそれは決して悪い意味ではなくて、少し照れくさそうだったりする。
 いい人なんだ、とても。だからこそ、浦島は素直に笑って頷いた。

「俺も今、とても幸せで嬉しいです」

 心からこの言葉が浮かび上がる。
 聞いた竜王は、少し恥ずかしそうに顔を染めた。

 すると三度ドラと太鼓が鳴り、『南海王様、おなーりー』という声が響く。
 途端、竜王がピリッと空気を締めた感じがあった。真っ直ぐに、そして気を張って扉を見つめる様子に首を傾げた浦島は、扉をくぐって出てきた人を見て言葉を失った。
 コツンと音をさせて出てきた人は、とても美しい人だった。竜王と並ぶほどに長身で、絵巻に見る天女のように華やかな衣服は真紅と白。
 小さな頭に金の髪と、これを飾る金銀紅玉の冠はとても派手なのに、顔立ちがこれに負けていない。煙るような睫毛の奥にある金の瞳はいっそ色香があり、同時に他を圧倒する迫力がある。色は白く、鼻や唇の造形は端正だ。
 でもこの顔の感じ、どこかで……。
 彼は竜王を見るとにっこりと、少し挑戦的な様子で笑う。それを受ける竜王もまた、同じように返している。

「お久しぶりですね、東海王。この度は祝言とお披露目、おめでとうございます」
「あぁ、久しぶりだ南海王。うちの亀が何かと世話になっているようだ」
「世話だなんて。大した事はしておりませんよ」

 亀…………あぁ!
 そう、似ている。那亀の顔立ちにとても似ている。髪の色や目の感じ、輪郭などもとても似ている。浮かべる表情こそ違うが、少なくとも亀よりもこちらに近い。
 鯛は「卵に力を更に与えていた人物がいるかと存じます。外見が恐ろしくそちら寄りです」と言っていた。ということは、この人が亀の卵に力を注いでいた人物なのだろうか。
 南海王の視線が浦島の方へと向かう。なんというか、圧迫感のある人だ。長身というのもあるが、この視線が余計にそう感じる。上から下まで見られて緊張していると、彼はスッとしゃがみ込み、浦島と同じ高さに目線を持ってきた。

「!」
「ふふっ、可愛い顔ですね。怯えなくとも虐めたり、食べたりいたしませんよ」
「あ、あの」
「南海王と申します、東后。貴方の事は亀から色々と伺っておりますよ」
「亀、から?」
「えぇ。あの子が貴方に渡した薬は、私が調合したもの。お使いにならなくて良かったと、心から思っておりますよ」
「亀からの薬……あぁ!」

 思い出した。陸に最後に戻った時に受け取った薬。結局海に投げてしまったが…………あれは、この人の作った薬だったのか。
 これを聞いて、竜王は少しばかり眉を寄せる。だがそれを見て、南海王はにっこりと笑ってみせる。

「気づいていたでしょ」
「分かっている。あの一件は私が悪い」
「お分かりであれば良いのです。浦島殿が寛大で、慈母のような優しいお方で良かったですね。さもなくばお前、間違いなく祟り神でしたよ」
「……言い訳のしようもない」

 すっかり困り切った竜王と、首を取ったりという南海王。この二人を呆然と見ていると、北海王が再びこっそりと耳打ちをした。

「二人は揃って古参で、大昔からの付き合いなのです」
「あの……仲が良くないのでしょうか?」

 問うと、これには溜息をついた采妃がこっそりと耳打ちをしてくれる。

「よき好敵手と言いましょうか、張り合う相手と言いましょうか。特に南海王様の方がそのような見方をしておりまして、ことあるごとに東海王様に突っかかっているのです」
「……不仲では、ないのですか?」
「仲は悪くありません。ただ、南海王様はとても高い矜持を持っているので、色々と悔しいのです。うちのも北海王様も、何かあるとまず東海王様を頼りますし、碁でもなかなか勝てないようで」

 つまり、悔しいのと羨ましいのとが混じって拗れているのだろうと思う。思わず苦笑がもれた。

「めんどっちーよな、あの二人。南海王だって東海王の事認めてるんだから、意地悪な事言わなきゃいいのに」
「あ……」
「馬鹿……」

 頭の後ろで手を組んで、実に暢気に大きな声で言う西海王に、北海王と采妃が頭を抑える。
 当然のように南海王は青筋を立てて綺麗な笑顔を浮かべ、彼よりも頭一つは高い位置からポキポキと指を鳴らす。そして思い切り頭を拳で挟まれぐりぐりされて、西海王のデカい悲鳴が響いた。

「まったく、いつも通り賑やかだな」

 溜息をつく竜王は、だがとても楽しそうでもある。じゃれるような南海王と西海王を見て、懐かしそうに目を細める人を見ると悪い感じはしない。実に個性的だが、これがこの人達の『よくある風景』なのだろう。

 程なく宴の席についた皆の前で、改めて浦島は挨拶をする。そして綺麗に飾られた公子もお披露目となり、拙いながらも一生懸命挨拶をした。
 亀は絶対に竜王の側を離れようとはせず、南海王が声をかけても威嚇して逃げる。これを見る他の面々は笑ったりで、なんとも賑やかで、肩の凝らない時間が続いた。
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