恋愛騎士物語アフター!

凪瀬夜霧

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プロポーズはいつの事?

車椅子の花婿

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 帝国はかなり落ち着き、今は平和な時が続いている。政治も安定し、物流もよくこの隙にと人材の育成もかなり進んだ。弟リッツがランバートから譲り受けたルアテ島の宝石は他国で評判となり貴族や王侯を中心に買い手がついた。何よりも彼の島の住人が真面目で勤勉だったことは嬉しい事だ。おかげで十年と言わず四年で師のお墨付きを貰う者も出た。
 騎士団の頑張りでルアテ島に騎士団宿舎が建築され、商船もそこを経由できるようになった事で更なる物流が生まれた。これも商家ベルギウス家としては願ったり叶ったりだ。

 と、家の事に関してはまったくもって順調でなんら心配はないのだが、反比例して立ちゆかない事もある。それは、至極個人的な問題だった。

 麗らかな春のヒッテルスバッハ邸で、フランクリンは何度目か分からない転倒に苦い笑みを浮かべた。

「大丈夫かよ兄貴!」
「あぁ、大丈夫だよ」

 心配して手を貸してくれるリッツに笑いかけ、フランクリンは有り難く手を借りた。彼はそのまま初期位置である車椅子まで連れて行ってくれて、大きく溜息をついた。

「兄貴の頑張りにケチつけるわけじゃないけれど、もう見てられないよ。その足で杖も補助もなしで歩くのは辛いんじゃない?」

 そう指摘された左足を、フランクリンは苦笑して一つ撫でた。

 この傷は自業自得だ。そしてこの結果も。
 かつて、弟であるリッツを売った事がある。比喩ではなく文字通り、人買いに売ったのだ。本当に青くて何も分かっていない、臆病で卑屈で弱くて虫唾の走る自分だった。
 元々リッツは賢くて立ち回りも良く、利発な子だった。小さな頃は泣いてばかりだったのに。それがいつの間にか逆転して、そのうち勝手に恐れた。
 彼がいたら自分の全てがなくなってしまう。居場所がなくなる。そう思ったフランクリンは隣国ジェームダルへと行った際に人買いの言葉に乗った。
 だが最終的に後悔し、その場で「この取引はやっぱり無しだ」と暴れるという愚行を重ねた。
 この怪我はその時に負ったものだ。酷い骨折のまま長時間放置され、筋や神経に障害が残った。幸い切断は免れたが今も痺れが酷く力が入らない。杖の補助があってやっと歩ける程度だ。
 だが、恨んではいない。あの事がなければ今も下を向いていた。父と話す事もできなかった。リッツを知らないままだった。

 そして、最愛の人と出会う事すらなかった。

 だからこそ、不自由でも付き合っていくのだ。今の自分があるのはこれと引き換えだったのだと、笑って。

「大丈夫、頑張れるよ」
「兄貴」
「少しコツも掴めそうなんだ。頑張るって自分に課した事なんだからやり遂げないと」
「でも……」
「いーんじゃない? 本人頑張ってるんだからさ」

 そう言って少し遠くから声を掛けてくれたハムレットは面倒そうではある。が、向かいの席にアレクシスがいて、後ろに彼のフィアンセがいるので「止めよう」とは言わないでくれている。

 帝国に戻って彼がこの膝を診てくれるようになった。とはいえ、その頃には完全に神経もなにもほぼ機能はしていなかった。
 それでもハムレットは「使い続ける事を止めたら衰退する。だから痛くてもリハビリは大事」と言ってくれた。
 生き物は必要に応じて進化する。逆に不要なものは退化する。この足も痛くて辛いと動かさないままでいれば筋力も落ちていずれ退化するかもしれない。それは、なんだか悲しいものだった。
 だからこそ、進化にかけた。歩く事を諦めずにいれば奇跡が起こるかもしれない。元通りには歩けなくても、不格好でもいいから、もう一度……。

「うん、頑張るからもう少し見てて」

 そう言って、フランクリンは両腕に力を込めて体を持ち上げる。車椅子から無事な右足を一歩踏み出し、次は慎重に左足を地に着ける。
 けれど力が上手く加わらないから体重がかかった途端に膝が崩れる。けれど一瞬だけならなんとかなる。その間に右足を前に持っていって踏み込んで全部の体重をかけると一応は安定するのだ。

「兄貴!」
「ふぅ、なんとか一歩。頑張って十歩歩けるようにしないと」

 慌てるリッツが手を貸したいという顔をしているけれどお断りだ。これは、自分に課したノルマなんだ。

 自分の足で十歩歩けたら、ルシールにプロポーズをするのだ。

▼チェルル

 ハムレットに連れられてヒッテルスバッハ邸へとついてきたチェルルは現在、フランクリンの歩行練習を見ている。どうにか三歩までは歩けるけれどそこから先が続いていかない。
 当然だ、全然足に力が入っていない。でも、それも納得の怪我だったのだ。

 診察を受けにきたフランクリンをどうにかしようとハムレットは手を尽くしたけれど、諦めてしまった。それほどに彼の足はずたぼろだった。
 複雑に折られた骨が筋も神経も切断していた。しかもそのまま長時間放置されたのだ。正直膝から下が壊死しなかっただけでも上出来だったらしい。
 それでも本人は諦められない顔をしていたから、とにかくリハビリとケアをするようにしたそうだ。

 そんな人が杖を突けばなんとか歩けるようになっただけでもハムレットは「頑張った」と言う。
 でも、あの人の目標は最初からそこじゃなかったんだ。

「粘るな、フランクリン」
「今の状態でも上出来なんだけどね。ホント驚く」

 珍しく屋敷にいたアレクシスがジッとフランクリンを見ている。だからこそハムレットもこの場に留まっているのだ。

「あの人って、ホントこの数年で変わったよね。昔はちっちゃくなって下向いてたのに」

 そんな事を言うハムレットに、アレクシスは苦笑して首を横に振った。

「お前はあれの表面しか見ていないな」
「ん?」
「確かにこの近年、リッツの働きが目覚ましいと有名になっていたが、私達が幼かった頃は寧ろ逆だった。リッツはとても臆病で泣き虫、フランクリンは常に弟を気遣い励まし引き上げる兄だった」
「へぇ、そうなんだ?」

 僅かに興味を引かれたのだろう、ハムレットが視線をアレクシスへと向ける。
 一方のアレクシスは苦笑して頷いた。

「確かに大胆な事は得意な方ではなかったし、目立つ事も苦手だっただろう。だが、しっかり自分の意見を言える子だった。私とランスロットがとにかく我の強い性格だったからな、そんな私達の間を彼が取り持っていたんだ」
「なんか意外だ」
「それに、案外悪戯も好きでね。喜ばせるような悪戯は大概あいつが発信源だ。上手く人を使う事も出来ていたし、審美眼もあった。よくランスロットと、フランクリンが商人になったらこの国は面白い物で溢れるんじゃないかと言っていたものさ」

 楽しそうなアレクシスの様子にこれが嘘ではないと分かる。
 だが、それが本当なら何故その後彼は変わってしまったのか。

「様子が変わったのは、彼の母君が亡くなった頃か。悲しみを思い出さないようにアラステア様が商売にのめり込んで家に戻らなくなり、フランクリンが母の代行と家業の両方をしなくてはならなくなり、余裕がなくなっていった。恐らく失敗も多かったのだろう。だが責められるべきではない。まだ成人前の子供の肩に乗せるには重すぎる荷だったのだ。上手く行くはずのない事を失敗し、誰も彼を助けられなかった。自信を著しく失ったまま、息子を厳しく育てようとしたアラステア様と対峙すれば萎縮する。その結果だ」
「何処の親も子供の育て方考えた方がよくない? シュトライザー然り」
「あそこは少し特殊な事情だ。だがまぁ、家の特色が出過ぎているとは思う」

 そう苦く笑うアレクシスも身に覚えがあるのか、次には溜息をついた。

「父上を相手に過去の政策について意見を問われ、私の思うままの意見を述べたら『何故その結論に行き着いたのか』と何時間も論議させられ、民の事を考えたかと言われ、民に寄ればそれに反発するだろう貴族の対策はあるのかと問われ、この案を通す為の資金は何処から調達するのかと問われ。あれは生きた心地がしないな」
「うわぁ、地獄」
「まったくだ」

 苦笑するアレクシスは過去の良き思い出のような顔をしているが、想像するに薄ら寒い。そんな責め苦絶対に嫌だ。

「こんな時、ふとランバートならどんな答えを出すのかと、気になった事はあった」

 そう呟いたときのアレクシスは、何処か静かな眼差しだった。

「アレは天才だ。自分がどれだけの才を持って生まれたか知らないまま、遊びのような感覚で多くを吸収し、吸い尽くしていく。アレに古代語を教えた時など驚かされた。私が数年かけて覚えたものを一年かからず読み切るんだ。社交もでき、音楽も絵もでき、料理に武術にと。苦痛ではないかと問えば『面白い』と返ってくるんだ。頭が上がらないよ」
「そういえば僕も、彼に解剖学を教えた。嫌がる分野なのにそんな事なかったな。あと、簡単な医療は教えたな。あれって、下町の人助ける為だったんだろうな」
「設計学や領地運営の方法なんかを私に聞いてきたのもそれだったんだろう。自由にさせすぎたかと思ったが、あれは大きな成長になった」
「同時に闇も育てたけどね。ほんと、毎日殺気立ってた気がする。実際、あいつの暗殺術が飛躍的に向上したのってあの時期だしさ」
「そうだな。だが、あの時に成長したのはランバートだけじゃない。リッツもまた、あれで自分の意識が変わったんだろう。慈善商人リッツの土台は、間違いなくあそこだ」

 二人の視線が二人の兄弟へと注がれる。リッツの手を借りてフランクリンは歩く練習をしている。

「貴族社会の中にいれば見なくてよかったものをあそこで見た。死を近く感じ、生きたいのに生きられない者達を見た。その中で上等な服を着て三食もらえて安全な寝床も、贅沢な装飾品もある自分をアイツは恥じたんだろう。常に弱い者に目を向けるのは、あの地獄を見たからだろうな」
「かもね。ランバートも仲間思いだったけど、あの頃からそれが強くなった。理不尽に弱い者が傷つけられている現状を憎むようになった。それは今も変わらないかも」

 これにはチェルルも覚えがある。
 ランバートは大貴族の子息とは違うと直ぐに分かった。階級社会で雁字搦めかと思えば弱い者に手を差し伸べ救い、仲間を裏切らない。なのに自分の事は蔑ろにする。そんな歪さを感じた。
 だが、そうなる切っ掛けはあったんだ。

「ところで、何故フランクリンはこんなに必死になって自分の足で歩く練習をしているんだ? 社交界では既に彼の足が不自由である事は伝わっているし、杖をついて出席もできている。杖を持つ事は恥ではないだろ?」

 話題を変えたアレクシスに、ハムレットは溜息をついた。

「プロポーズしたいんだと」
「は?」
「自分の侍女のルシールに結婚を申し込みたいんだって。その時には自分の足で歩いて彼女の所まで行って、プロポーズしたいんだってさ」
「ルシールって……うちからベルギウス家に移したメイドだろ? フランクリンの護衛を兼ねた」
「そ」
「……普通に言えば良くないか? あいつ、主だろ?」
「命令じゃなくて気持ちがないとって。面倒でしょ?」
「……まったく、アホくさ」

 だがそう言いながらも彼のリハビリに付き合う二人を、チェルルも微笑ましく見るのだった。

▼ルシール

 ヒッテルスバッハ公爵から執務室へと呼ばれた時、死地に赴くのだと漠然と思っていた。

 ルシールは孤児だった。母も父も知らず、気づけばガラの悪い奴らがたむろしている場所で飼われていた。聞けば潜りの奴隷商を襲って得た戦利品の一つだったそうだ。
 最初は雑用をした。親切な他の奴隷が色々と生き方を教えてくれた。ただ、常に暴力の中にあったせいか恐怖心は育たなかった。それが普通だったから。
 それを「度胸がある」と取られたのか暗殺術の手ほどきを気まぐれにされ、形になったら使われた。
 そのうち多少は女らしさの片鱗があり、そうなると幼女が好きな上の男達に色んな事をされたがこれも意味が分からないままだった。周囲もこんなものだったし、痛みや苦痛も日常的で慣れてしまっていた。
 この世界全部が異常なんだと、この頃のルシールが知る術はなかったのだ。

 だが十年以上前、暮らしていた組織が更に上の組織に潰された。それがヒッテルスバッハ傘下の組織で、当時まだ十代前半だったルシールは保護され、ここに暗殺メイドとして住み込む事となった。
 初めて勉強を教えてもらい、安全な場所で眠り、きっちりと食べる事ができた。給与を貰い、余暇を貰った。この時初めて人となったのだろうと思う。
 何よりメイド長が大事にしてくれた。大事にされる……愛されるとい暖かさを知った日、思わず泣いてしまった。

 一生この恩義ある家に仕えるのだと思ってきた。生きる事も死ぬ事も厭わないと思っていた。
 だからこの日、告げられた事は意外すぎるものだった。

「悪いんだが、私の友人の子が大きな怪我をしてね。彼の世話とリハビリ、身辺の警護を君にお願いしたいんだ」

 それは、この家を出る事を言い渡されたも同然だった。
 寂しさと……それでも主人に言い渡された事だから受け入れねばならないという思いに挟まれて暫く言葉がなかったルシールに、ジョシュアは穏やかに笑って問いかけてきた。

「嫌かな?」

 こんな事を使用人に問う主なんて他にない。命じて、拒否なんて許さないのが本当だ。
 けれどジョシュアはちゃんと問うてくれる。そのうえで説明して、納得してもらえるようにする。変わった主だった。

「ジョシュア様の命とあれば嫌な事はございませんが……一つ、よろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「何故、私なのでしょうか?」

 未だに上手く動かない表情筋だが、それでも驚いている事は伝わったのかもしれない。ジョシュアはとても静かにこちらを見ていた。

「君と、あちらの子の歳が近いというのもある」
「それだけ、でしょうか?」
「いや。君は周囲への気遣いもでき、治療の心得もある。普段の行いも礼儀正しく見目もいいから、付き添いとして外に出しても立派に務めてくれると思っている」

 つまり、能力を買われてという事だ。それならば納得はいく。

「それと、そろそろ君もこの家を離れて広い世界を見ていいと思っていたんだ」
「え?」

 何故と思って見ていると、ジョシュアは父が子に向けるような優しい目をしていた。

「君がここにきたのはまだ十代の前半。酷い有様だった。だが今はこんなにも立派な淑女になった。この家の中だけでは世界は狭い。他も知って、視野を広げてほしいと思うんだ」
「何故、ですか?」
「それが、君自身の幸せを掴む事に必要になるからだよ」

 幸せ?
 その言葉を、どこかで消している気はした。親にも捨てられ、人を殺し、体もいいようにされてきた。薄汚いドブネズミのような自分が幸せになる姿なんて考えてもいなかった。それでも幸運だったのだ。ここに流れ着いて少しは人らしい暮らしもできて。これ以上なんて、考えてもいなかった。

 けれどジョシュアは違うらしい。もっと上があるのだという。

「若いからね。ルシール、自分の幸せを選び取る権利が君にはある。自分の人生を歩める強さは身についただろうけれど、選び取るのは君だ。その材料を見落としてはいけない。君に行ってもらうベルギウス家は商家で、色んな人が出入りをする。見聞を広げておいで」
「スパイをするのですか?」
「いいや。良い出会いをしなさい。そして、この人についていこうと思える相手が出来たらここを出て生きる道もあると知りなさい。恋もいい。自分の今後を考えて生きていきなさい」

 そう言われて、ルシールはヒッテルスバッハ家を出された。

 仕える事となったフランクリンについては情報を集めて知っていた。事件によって左足が不自由になった事も、臆病で俯く事が多い事も。
 なんて情けない人物に仕える事になったのかと、当初は期待もしていなかった。

 でも、違ったのだ。
 家族が彼を受け入れ、彼が自分の思いを伝えられるようになった位に変わっていった。
 自分の事をルシールにも話してくれるようになった。知ってほしいと言って笑った。
 出会った色んな人の話をお茶を一緒にしながら話してくれて、広い帝国の領地の話をしてくれた。頂いたお菓子をお裾分けしてくれたり、気遣いの言葉をかけてくれたり。
 それはメイドに向けるものではないと言ったら、「ルシールだけだよ」なんて悪戯っぽく言って笑った。
 そして努力をした。痛いのにリハビリを汗だくになって行って、見ているこちらが辛くなるほどだった。それでも笑うのだ、大丈夫だと言って。

 情報なんて役立たない。実際触れたものが事実なのだ。
 そしてフランクリンは支えるに十分な人であり、大事な主となった。

 だからこそ、彼から「一人の女性として好きだ」と伝えられた時、絶対にそれはいけないと感じた。

 身分が違う。相手は現公爵家の跡取り。こちらは捨て子で元奴隷で、しかも穢されている。釣り合う物なんて何も持っていない人間が、この人の相手だなんてあってはならない。
 愛人と言われてもおこがましいと感じるのに。

 だから、無理な条件を出した。
 「ご自分の足で歩いて、私の所までこられた時にお話を真剣に聞きます」と。
 我ながらなんて意地の悪い条件だろう。彼の足は既に動かない。車椅子を手放す事はできない体だ。それでも「真剣に話を聞く」というだけでOKするなんて言っていない。
 馬鹿らしい話だ。使用人が主にするのは不敬極まる話で、この時点で首を切られても仕方がないものだ。
 なのにあの人は嬉しそうに笑って「わかった」と言ったのだ。


 今、古巣ヒッテルスバッハで彼の頑張りをこっそりと見ている。あんなに何度も転んで、服も手も土をつけて、それでも笑って何度も……もう、その努力を止めてもらいたい。いっそ横暴にすればいい。無理矢理抱かれたって文句はないし、そういう主人も多いものだ。メイドなんて、その程度なんだ。

「随分頑張っているんだね」
「!」

 声に驚いて見ればジョシュアがいて、同じように頑張っているフランクリンを見ている。それが、いたたまれない気分にさせられる。

「ルシール、応えてはあげないのかい?」
「私は、ただのメイドです。出自も卑しく穢れた娘です。とても、あのような立派な方の気持ちにお応えはできません」

 そんな事は百も承知だろうに。少し恨めしく思って言ったが、ジョシュアは知らないような感じだった。

「相手が強く望んで、誰も反対していないだろ? アラステアも構わないと言っているはずだが」
「それがそもそも可笑しいと言っております。いずれ見合う方が婚約者となるでしょう」
「全部本人が断っているけれどね」
「……何故、私なのですか?」

 このままではフランクリンは婚期を逃すだろう。弟のリッツは男の恋人と添い遂げるつもりだというし。
 困惑しかないルシールに、ジョシュアは穏やかに微笑んだ。

「誰かを好きになるのに、意味はないものだよ。打算ではないんだ。ただ、心が一つを求めてやまない。そこに身分は関係ない。それをとやかく言うのは周囲であって、当人達ではないんだ」

 そんな真実の愛が、自分の上にある事を信じられないのだ。

「あ!」

 大きくバランスを崩して倒れた人を見て思わず声が出て体が動く。ほんの少し擦りむいたようで……なのに笑って、手を借りて立ち上がって、諦めていない。
 その姿を見ると胸が痛む。

「ルシール、アレがあの子の真心で、執着だ。何故君をそこまで想うのか、知りたいなら当人に聞いてごらん。何か心配があるのなら、君の口からあの子に伝えなさい。諦めたりするのはその後でもいいだろ?」

 そう諭されて、考えてからルシールは頷いた。
 それが一番、諦めてくれる気がしたから。
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