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【ファウスト×ランバート】アプリーブに愛を込めて
1話: 二月の新婚旅行
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結婚して半年以上が経った二月。ランバートとファウストはようやく纏まった休みが取れ新婚旅行へと行くことになった。期間は二週間。あまりに休みが多すぎて逆に心配になってしまう。
「大丈夫かな」
「まだ言うのか? 大きな事があったら連絡が来るようになっているだろ?」
「それはそうなんだけど」
雪が深い季節、二人で馬を並べるランバートは今もまだ心配ではある。皆が快く送り出してくれたのだが、仕事以外でこんなに長く離れる事もなかったせいか気になってしまう。
そんなランバートに溜息をついたファウストが馬を完全に横につけた。
「楽しめと言って送り出してくれただろ。楽しむのが、今の俺達の使命だ。帰ってそんな顔をしてみろ、あいつらにどやされるぞ」
「……うん」
確かにそうだ。そして、信じていないのかと言われる。
信じている。ただ、慣れないだけだ。
気を持ち直して笑ったランバートに、ファウストも笑う。そしてフリムの腹を蹴った。
「ちょっと!」
「ほら、付いてこい! それともサボって腕が落ちたか?」
「誰が!」
ランバートも馬の腹を蹴り勢いよく走り出す。それでもフリムの横につけることは難しいが、しっかりと後ろについた。
いつ見ても大きくて憧れる背中。この背中を昔も今も追いかけ続けている。そしてこれからも、きっと。
◆◇◆
新婚旅行先はアプリーブという大規模都市だ。別名不夜城とも呼ばれる娯楽の街。ここでは朝の方が人が少なく開いている店も少ないくらい夜に特化している。
整備された街には大きなカジノに劇場が並び、大規模なオークションも開かれる。酒場は常に活気づき、裏手には花街もある。美容を売りとしたスパもあることから女性は美に磨きをかけ、男はギャンブルへと勤しむ。人と金と欲望が渦巻く街と言える。
当然そうなると犯罪は多い。小競り合いのようなものから詐欺だ窃盗だ傷害だと。そのためここには大きな騎士団砦があり、常に睨みを利かせている。
が、今回はあえて砦へは近寄らない事にした。なにせ新婚旅行に来ているのだ、仕事じゃない。この辺を、特にシウスが口酸っぱく言った。「仕事をしに行くのではない。遊びに行くのじゃぞ? よいな?」という脅すような声音を思い出し、ランバートは苦笑した。
「今日は別宅で過ごそう。動き出すのは明日からでいい」
「そうしよう。流石に疲れたよ」
王都から通常単騎で三日はかかるが、二人は二日でここまできた。ひとえに馬術の技能レベルと良馬のお陰だろう。
それでも既に日は傾き始めている。そろそろガス灯に明かりが灯り始めるだろう。
そうして向かったのは賑やかな歓楽街から少し離れた住宅街。主に貴族の邸宅が並ぶ区画だった。ここは流石に喧噪の中ではない。落ち着いた空気が流れている。
シュトライザーの別宅もここの中にあった。
白い壁に青い屋根、前庭も適度に広いそこは落ち着いた佇まいだが威厳がある。頑丈な鉄製の門を押し開けて中へと入りノッカーを叩くと、直ぐに若い執事が顔を出した。
明るい茶色の髪をゆったりと後ろへ撫でつけた緑色の瞳の青年は、おそらく年齢的にはファウストと変わらないだろう。明るく茶目っ気のある表情をしていると思うし、空気も軽い。なんというか、執事っぽくはなかった。
「いらっしゃいませ、ファウスト様、ランバート様。お待ちしておりました」
「ナイジェルか? お前、ここにいたのか」
ファウストは少し驚いた様子だが感触は友好的だ。おそらく知り合いなのだろうし、この様子なら気遣いも無用なのだろう。
「いやぁ、お久しぶりです。アリア様の所でお世話になってたんですが、修行だと出されてしまって。今ではこの屋敷の管理を任されてます」
「大丈夫なのか? お前、けっこう抜けた所があるだろ」
「まぁ、ボチボチ。あっ、馬は俺がやっておきますのでどうぞ中に!」
「いや、お前じゃフリムを扱えないだろう。荷物を預けるから先に運んでくれ。いいか、ランバート?」
「勿論構わないよ。ナイジェル、よろしくお願いします」
「はい、奥様!」
「……奥様」
間違ってはいないので訂正が難しい。しかもナイジェルの方は分かってはいるが悪気はない。まぁ、もういいが。
「ナイジェル」
「え、嫌でしたか! すみませんランバート様。ちょっと浮かれてしまって」
「あぁ、いや。別に構わないけれど」
それに、まぁ……恥ずかしいだけでもあるのだ。
荷物を預けて馬屋へと向かい、干し藁を敷いてブラッシングをし、水と餌をあげる。まだ寒い季節だから温かくしてやった。
見れば他に馬も見当たらないが必要な物はしっかりと揃えてくれている。餌も藁も新しいものだ。
「ちゃんと執事の仕事はできているみたいだな」
「ノリの軽い人なんだな。元々はアリアちゃんの所にいたのか?」
問いかけると、ファウストは穏やかに頷いた。
「アリアの所にいた頃は執事ではなく従者だった。だがあいつの家は元々うちに仕える執事の家系でな。おやじさんは引退している」
「そうか。じゃあ、そのうち本邸にもくるかもな」
「しこたま怒られるぞ、あの調子じゃ。まぁ、俺としては妙に肩肘張らなくていいから構わないがな。あんなの騎士団では多い部類だ」
「俺もそう思うよ。堅苦しくカチカチされるよりも話しやすいし」
「度を超すようなら叱っていい」
「んっ、分かった」
でもまぁ、予想よりはずっと気楽な新婚旅行になりそうな予感がした。
手早く済ませて戻ってくるとナイジェルが笑顔のまま迎えてくれて談話室へと案内してくれる。暖炉に火も入り温かい室内は手頃な大きさでアットホームな雰囲気だ。
大きな白い暖炉の前にゆったりとしたソファーセットがあり。大きな窓からは庭が見える。壁面には棚が造り付けられ、そこには本やボードゲームが置かれている。室内に階段があり、登って行くとドアがある。このドアは主寝室へと繋がっているそうだ。
手早く紅茶が振る舞われ冷えた身体が温まる。そして紅茶の味もとても良かった。
「美味しいです」
「本当ですか! 有り難うございます。ランバート様はお茶を淹れるのが上手いと聞いていたので、内心ドキドキでした」
「そんな」
「あっ、でも本当に料理番は用意しなくてもよかったんですか? 外部ではありますが、信用できる料理人もいますよ?」
これには一つ理由がある。この旅行中、外で食べる事が多いだろうが屋敷で食べる時はランバートが作りたかったのだ。
食材の買い出しなどはナイジェルにお願いする事になるが、作るのは自分でしたい。日頃できないから楽しみたかった。
「ランバートの食事は美味いぞ。そこらの料理人では手も足も出ない」
「マジですか! あの、俺もご相伴にあずかっていいんですか?」
「あぁ、勿論構わないよ。今日は流石に時間的に無理がありそうだったからお願いしたけれど」
「あっ、勿論です! 今頃作ってくれてますから安心してください。後、無理そうな時はお申し付けください。お願いしに行くので!」
「ナイジェルはできないのか?」
「うっかり鍋を焦がして大穴開けた位から禁止命令が出ました」
「あ…………」
なるほど、それは納得だ。ランバートは遠い目をした。
「昔から落ち着きがないからだぞ」
「ファウスト様が落ち着きありすぎるんですよ。どうして俺と同じくらいなのにそんなに立派なんですか?」
「日々の賜だ。それに、ランバートなんてもっと下だぞ」
「見れば分かりますよ。むしろどういう育ち方をしたらこのように立派な大人になるのかご教授頂きたいくらいですから」
「いや、そんな特別な事はなかった…………と、思う」
特殊だったのは家庭環境のほうでした。
「そういえば、明日からはどういたしますか? 朝はまだ殆ど店も開いてませんから、散歩くらいしかする事がありませんよ。昼近くになれば美術館などは開きますし、ランチの店は開きますが」
「少し見て回ろうか。そういえば、シルヴィア様にお土産を頼まれていなかったか?」
「あった。確か美容オイルとクリーム、美容用の塩も頼まれていた」
ここに来る事を伝えたら見事にリストを作られた。店の名前までばっちりだ。
「沢山ですね。宜しければご案内しますが、お邪魔でしょうか?」
「見つからなかったら頼むよ。そうだな、初日に買って送りつけようか」
「それでいいんじゃないか? 街の中も見て回れるし」
お言葉に甘えて、明日の日中はショッピング三昧となった。
その後、食事の準備が整ったとのことで食堂に通された。焼きたてのパンのいい匂い。オマール海老と帆立と旬菜のサラダには良質なオリーブオイルが使われている。今回は二人だけだし量も多くなくていいので、コースではなくプレートでお願いしたが、それでも目に鮮やかだ。
冬の海老はプリッと身が締まって美味しいし。これは帆立も同じだ。パセリやブロッコリー、カリフラワーなども添えられ、味付けはシンプルに塩とオリーブオイル。それに香り付けにほんのりとトリュフが使われている。
スープは優しい緑が映えるほうれん草のポタージュ。
これに鹿肉のロースト赤ワインソース添え。
デザートにバニラアイスの苺ソース添えとレモンのジェラートが出てきてお腹はだいぶ満足だ。
「美味しかった。それにしても、内陸なのに魚介が食べられるとは思わなかった」
担当したシェフが挨拶に出てきて、ランバートもファウストも素直な賛辞を彼に送る。まだ若い彼はこの街の小さな店のセカンドシェフらしいのだが、ナイジェルが気に入って今回声をかけたとか。
「水路がありますし、この季節は寒いので逆に長期輸送が可能なのです。冷たい水で締めて運んでいます」
「じゃあ、食材はけっこう手に入るんだ。魚は?」
「川魚がメインです。大きなものですとニジマス。釣りから楽しむならワカサギなどもあります」
「充実してるな。これならメニュー困らないかも」
「お作りになるのですよね? 宜しければ良い食材店を書き出しておきましょうか? 鮮度も人間も良い店です」
「本当に! 助かるよ」
伝えると、若い彼は嬉しそうにはにかんで退出していった。
「まだ若いのにいい腕をしているな」
「ね。ここで困ったら騎士団の厨房にきたらいいのに」
「あそこはあそこで地獄だがな。短期間でめきめき腕が上がる。ジェイクは勿論だが、穏やかそうなアルフォンスも厨房に入れば厳しい。何より下積みのスコルピオが容赦ないしな」
「俺も何度か激戦明けの厨房にお邪魔したけれど、あそこ毎日戦場だよ」
何せそれぞれの班の上に立つ三人が恐ろしく手際が良くできる人だから、下はひたすらついていくしかない。泣きながら「俺、才能ないかも」なんて言っていた隊員が半年後には同じような目つきで包丁を握るのだ。騎士団の訓練となんら変わらない。
「あいつ若いんですが、腕はいいし舌がいいんですよね。まぁ、人も良くて気が弱いんでどやされてて、ちょっと自信なくしてることもありますけど」
「……後で騎士団の連絡先渡しておくよ。料理府は常に人員募集中だから」
来てくれるとまた美味しい食事が期待できる。何せ騎士団の隊員はこの食事をとにかく楽しみに一日を戦い抜いている。そこに新たな戦力が加わるのは実に嬉しい事だ。
その後、料理を担当した彼から店のリストをもらい、逆にランバートは騎士団への案内を彼に渡した。今の場所で行き詰まって次の場所を考えるなら、是非候補にと。彼はそのメモをジッと見た後で、頼りなく笑った。
何にしても美味しい料理を食べて腹も満たされた。風呂にも入れば気持ちものんびりとしてくる。
主寝室は二階の奥。大きなキングサイズのベッドが印象的なシンプルな部屋だった。
「飲むか?」
暖炉の火を前に座っていたファウストが誘ってくる。それにのり、ラグに腰を下ろして普段飲まないウィスキーを口に運んだ。トロッと舌に絡みつく濃厚な味わいに樽の香りもほんのりと鼻に抜ける。側にはこの周囲で作られるチーズと生ハムが添えられていた。
「ごめん、ファウスト。明日いきなり買い物に付き合わせてしまって」
「いや、それは構わない。むしろ最後にしておくほうが気がかりだ。明日は買い物の他はどうする?」
「夜は空くんだよな。劇場で劇やオペラ鑑賞も悪くないし、カジノもたまにはいいけれど」
この街にきて夜を楽しまないのは魅力を全否定しているのと変わらない。流石に花街に用はないが、劇場でのオペラや劇、音楽鑑賞はなかなかいいだろう。何よりもカジノがある。国営カジノなら行き過ぎる事もないはずだ。
「カジノか。俺はあまり覚えがないんだが……お前はあるのか?」
「あまり。まぁ、父も母も好きなので興味はあるけれど。ファウストは心得は?」
「ある。ここの砦にも何度か来ているし、その折りにな。とはいえ、勝ちも負けもしないくらいだった」
「そのくらいが楽しい気がするよ」
大負けして家を傾ける人もいれば、大勝ちして命を取られた人もいると聞く。なんにしても過ぎるはよくないのだろう。
「では、明日は昼の少し前くらいから動き出して昼は外で食べよう。買い物をして、気になったところに立ち寄る感じでいいだろう」
「夕飯は早めに、俺が作りたい。その後でカジノに連れてってくれるか?」
「勿論」
明日の予定を立てるのも楽しいもので、すっかり心が浮き足立つ。笑い合い、キスをして、二人寄り添って穏やかな夜を過ごすのだった。
「大丈夫かな」
「まだ言うのか? 大きな事があったら連絡が来るようになっているだろ?」
「それはそうなんだけど」
雪が深い季節、二人で馬を並べるランバートは今もまだ心配ではある。皆が快く送り出してくれたのだが、仕事以外でこんなに長く離れる事もなかったせいか気になってしまう。
そんなランバートに溜息をついたファウストが馬を完全に横につけた。
「楽しめと言って送り出してくれただろ。楽しむのが、今の俺達の使命だ。帰ってそんな顔をしてみろ、あいつらにどやされるぞ」
「……うん」
確かにそうだ。そして、信じていないのかと言われる。
信じている。ただ、慣れないだけだ。
気を持ち直して笑ったランバートに、ファウストも笑う。そしてフリムの腹を蹴った。
「ちょっと!」
「ほら、付いてこい! それともサボって腕が落ちたか?」
「誰が!」
ランバートも馬の腹を蹴り勢いよく走り出す。それでもフリムの横につけることは難しいが、しっかりと後ろについた。
いつ見ても大きくて憧れる背中。この背中を昔も今も追いかけ続けている。そしてこれからも、きっと。
◆◇◆
新婚旅行先はアプリーブという大規模都市だ。別名不夜城とも呼ばれる娯楽の街。ここでは朝の方が人が少なく開いている店も少ないくらい夜に特化している。
整備された街には大きなカジノに劇場が並び、大規模なオークションも開かれる。酒場は常に活気づき、裏手には花街もある。美容を売りとしたスパもあることから女性は美に磨きをかけ、男はギャンブルへと勤しむ。人と金と欲望が渦巻く街と言える。
当然そうなると犯罪は多い。小競り合いのようなものから詐欺だ窃盗だ傷害だと。そのためここには大きな騎士団砦があり、常に睨みを利かせている。
が、今回はあえて砦へは近寄らない事にした。なにせ新婚旅行に来ているのだ、仕事じゃない。この辺を、特にシウスが口酸っぱく言った。「仕事をしに行くのではない。遊びに行くのじゃぞ? よいな?」という脅すような声音を思い出し、ランバートは苦笑した。
「今日は別宅で過ごそう。動き出すのは明日からでいい」
「そうしよう。流石に疲れたよ」
王都から通常単騎で三日はかかるが、二人は二日でここまできた。ひとえに馬術の技能レベルと良馬のお陰だろう。
それでも既に日は傾き始めている。そろそろガス灯に明かりが灯り始めるだろう。
そうして向かったのは賑やかな歓楽街から少し離れた住宅街。主に貴族の邸宅が並ぶ区画だった。ここは流石に喧噪の中ではない。落ち着いた空気が流れている。
シュトライザーの別宅もここの中にあった。
白い壁に青い屋根、前庭も適度に広いそこは落ち着いた佇まいだが威厳がある。頑丈な鉄製の門を押し開けて中へと入りノッカーを叩くと、直ぐに若い執事が顔を出した。
明るい茶色の髪をゆったりと後ろへ撫でつけた緑色の瞳の青年は、おそらく年齢的にはファウストと変わらないだろう。明るく茶目っ気のある表情をしていると思うし、空気も軽い。なんというか、執事っぽくはなかった。
「いらっしゃいませ、ファウスト様、ランバート様。お待ちしておりました」
「ナイジェルか? お前、ここにいたのか」
ファウストは少し驚いた様子だが感触は友好的だ。おそらく知り合いなのだろうし、この様子なら気遣いも無用なのだろう。
「いやぁ、お久しぶりです。アリア様の所でお世話になってたんですが、修行だと出されてしまって。今ではこの屋敷の管理を任されてます」
「大丈夫なのか? お前、けっこう抜けた所があるだろ」
「まぁ、ボチボチ。あっ、馬は俺がやっておきますのでどうぞ中に!」
「いや、お前じゃフリムを扱えないだろう。荷物を預けるから先に運んでくれ。いいか、ランバート?」
「勿論構わないよ。ナイジェル、よろしくお願いします」
「はい、奥様!」
「……奥様」
間違ってはいないので訂正が難しい。しかもナイジェルの方は分かってはいるが悪気はない。まぁ、もういいが。
「ナイジェル」
「え、嫌でしたか! すみませんランバート様。ちょっと浮かれてしまって」
「あぁ、いや。別に構わないけれど」
それに、まぁ……恥ずかしいだけでもあるのだ。
荷物を預けて馬屋へと向かい、干し藁を敷いてブラッシングをし、水と餌をあげる。まだ寒い季節だから温かくしてやった。
見れば他に馬も見当たらないが必要な物はしっかりと揃えてくれている。餌も藁も新しいものだ。
「ちゃんと執事の仕事はできているみたいだな」
「ノリの軽い人なんだな。元々はアリアちゃんの所にいたのか?」
問いかけると、ファウストは穏やかに頷いた。
「アリアの所にいた頃は執事ではなく従者だった。だがあいつの家は元々うちに仕える執事の家系でな。おやじさんは引退している」
「そうか。じゃあ、そのうち本邸にもくるかもな」
「しこたま怒られるぞ、あの調子じゃ。まぁ、俺としては妙に肩肘張らなくていいから構わないがな。あんなの騎士団では多い部類だ」
「俺もそう思うよ。堅苦しくカチカチされるよりも話しやすいし」
「度を超すようなら叱っていい」
「んっ、分かった」
でもまぁ、予想よりはずっと気楽な新婚旅行になりそうな予感がした。
手早く済ませて戻ってくるとナイジェルが笑顔のまま迎えてくれて談話室へと案内してくれる。暖炉に火も入り温かい室内は手頃な大きさでアットホームな雰囲気だ。
大きな白い暖炉の前にゆったりとしたソファーセットがあり。大きな窓からは庭が見える。壁面には棚が造り付けられ、そこには本やボードゲームが置かれている。室内に階段があり、登って行くとドアがある。このドアは主寝室へと繋がっているそうだ。
手早く紅茶が振る舞われ冷えた身体が温まる。そして紅茶の味もとても良かった。
「美味しいです」
「本当ですか! 有り難うございます。ランバート様はお茶を淹れるのが上手いと聞いていたので、内心ドキドキでした」
「そんな」
「あっ、でも本当に料理番は用意しなくてもよかったんですか? 外部ではありますが、信用できる料理人もいますよ?」
これには一つ理由がある。この旅行中、外で食べる事が多いだろうが屋敷で食べる時はランバートが作りたかったのだ。
食材の買い出しなどはナイジェルにお願いする事になるが、作るのは自分でしたい。日頃できないから楽しみたかった。
「ランバートの食事は美味いぞ。そこらの料理人では手も足も出ない」
「マジですか! あの、俺もご相伴にあずかっていいんですか?」
「あぁ、勿論構わないよ。今日は流石に時間的に無理がありそうだったからお願いしたけれど」
「あっ、勿論です! 今頃作ってくれてますから安心してください。後、無理そうな時はお申し付けください。お願いしに行くので!」
「ナイジェルはできないのか?」
「うっかり鍋を焦がして大穴開けた位から禁止命令が出ました」
「あ…………」
なるほど、それは納得だ。ランバートは遠い目をした。
「昔から落ち着きがないからだぞ」
「ファウスト様が落ち着きありすぎるんですよ。どうして俺と同じくらいなのにそんなに立派なんですか?」
「日々の賜だ。それに、ランバートなんてもっと下だぞ」
「見れば分かりますよ。むしろどういう育ち方をしたらこのように立派な大人になるのかご教授頂きたいくらいですから」
「いや、そんな特別な事はなかった…………と、思う」
特殊だったのは家庭環境のほうでした。
「そういえば、明日からはどういたしますか? 朝はまだ殆ど店も開いてませんから、散歩くらいしかする事がありませんよ。昼近くになれば美術館などは開きますし、ランチの店は開きますが」
「少し見て回ろうか。そういえば、シルヴィア様にお土産を頼まれていなかったか?」
「あった。確か美容オイルとクリーム、美容用の塩も頼まれていた」
ここに来る事を伝えたら見事にリストを作られた。店の名前までばっちりだ。
「沢山ですね。宜しければご案内しますが、お邪魔でしょうか?」
「見つからなかったら頼むよ。そうだな、初日に買って送りつけようか」
「それでいいんじゃないか? 街の中も見て回れるし」
お言葉に甘えて、明日の日中はショッピング三昧となった。
その後、食事の準備が整ったとのことで食堂に通された。焼きたてのパンのいい匂い。オマール海老と帆立と旬菜のサラダには良質なオリーブオイルが使われている。今回は二人だけだし量も多くなくていいので、コースではなくプレートでお願いしたが、それでも目に鮮やかだ。
冬の海老はプリッと身が締まって美味しいし。これは帆立も同じだ。パセリやブロッコリー、カリフラワーなども添えられ、味付けはシンプルに塩とオリーブオイル。それに香り付けにほんのりとトリュフが使われている。
スープは優しい緑が映えるほうれん草のポタージュ。
これに鹿肉のロースト赤ワインソース添え。
デザートにバニラアイスの苺ソース添えとレモンのジェラートが出てきてお腹はだいぶ満足だ。
「美味しかった。それにしても、内陸なのに魚介が食べられるとは思わなかった」
担当したシェフが挨拶に出てきて、ランバートもファウストも素直な賛辞を彼に送る。まだ若い彼はこの街の小さな店のセカンドシェフらしいのだが、ナイジェルが気に入って今回声をかけたとか。
「水路がありますし、この季節は寒いので逆に長期輸送が可能なのです。冷たい水で締めて運んでいます」
「じゃあ、食材はけっこう手に入るんだ。魚は?」
「川魚がメインです。大きなものですとニジマス。釣りから楽しむならワカサギなどもあります」
「充実してるな。これならメニュー困らないかも」
「お作りになるのですよね? 宜しければ良い食材店を書き出しておきましょうか? 鮮度も人間も良い店です」
「本当に! 助かるよ」
伝えると、若い彼は嬉しそうにはにかんで退出していった。
「まだ若いのにいい腕をしているな」
「ね。ここで困ったら騎士団の厨房にきたらいいのに」
「あそこはあそこで地獄だがな。短期間でめきめき腕が上がる。ジェイクは勿論だが、穏やかそうなアルフォンスも厨房に入れば厳しい。何より下積みのスコルピオが容赦ないしな」
「俺も何度か激戦明けの厨房にお邪魔したけれど、あそこ毎日戦場だよ」
何せそれぞれの班の上に立つ三人が恐ろしく手際が良くできる人だから、下はひたすらついていくしかない。泣きながら「俺、才能ないかも」なんて言っていた隊員が半年後には同じような目つきで包丁を握るのだ。騎士団の訓練となんら変わらない。
「あいつ若いんですが、腕はいいし舌がいいんですよね。まぁ、人も良くて気が弱いんでどやされてて、ちょっと自信なくしてることもありますけど」
「……後で騎士団の連絡先渡しておくよ。料理府は常に人員募集中だから」
来てくれるとまた美味しい食事が期待できる。何せ騎士団の隊員はこの食事をとにかく楽しみに一日を戦い抜いている。そこに新たな戦力が加わるのは実に嬉しい事だ。
その後、料理を担当した彼から店のリストをもらい、逆にランバートは騎士団への案内を彼に渡した。今の場所で行き詰まって次の場所を考えるなら、是非候補にと。彼はそのメモをジッと見た後で、頼りなく笑った。
何にしても美味しい料理を食べて腹も満たされた。風呂にも入れば気持ちものんびりとしてくる。
主寝室は二階の奥。大きなキングサイズのベッドが印象的なシンプルな部屋だった。
「飲むか?」
暖炉の火を前に座っていたファウストが誘ってくる。それにのり、ラグに腰を下ろして普段飲まないウィスキーを口に運んだ。トロッと舌に絡みつく濃厚な味わいに樽の香りもほんのりと鼻に抜ける。側にはこの周囲で作られるチーズと生ハムが添えられていた。
「ごめん、ファウスト。明日いきなり買い物に付き合わせてしまって」
「いや、それは構わない。むしろ最後にしておくほうが気がかりだ。明日は買い物の他はどうする?」
「夜は空くんだよな。劇場で劇やオペラ鑑賞も悪くないし、カジノもたまにはいいけれど」
この街にきて夜を楽しまないのは魅力を全否定しているのと変わらない。流石に花街に用はないが、劇場でのオペラや劇、音楽鑑賞はなかなかいいだろう。何よりもカジノがある。国営カジノなら行き過ぎる事もないはずだ。
「カジノか。俺はあまり覚えがないんだが……お前はあるのか?」
「あまり。まぁ、父も母も好きなので興味はあるけれど。ファウストは心得は?」
「ある。ここの砦にも何度か来ているし、その折りにな。とはいえ、勝ちも負けもしないくらいだった」
「そのくらいが楽しい気がするよ」
大負けして家を傾ける人もいれば、大勝ちして命を取られた人もいると聞く。なんにしても過ぎるはよくないのだろう。
「では、明日は昼の少し前くらいから動き出して昼は外で食べよう。買い物をして、気になったところに立ち寄る感じでいいだろう」
「夕飯は早めに、俺が作りたい。その後でカジノに連れてってくれるか?」
「勿論」
明日の予定を立てるのも楽しいもので、すっかり心が浮き足立つ。笑い合い、キスをして、二人寄り添って穏やかな夜を過ごすのだった。
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