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13章:君が欲しいと言える喜び

4話:アシュレーの罠

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 翌日、ランバートは午後の仕事を休まされた。泣きはらした目を見たウェインは心配したが、「大丈夫」と言って午前は出た。だがやっぱり、いつものようにはいかなかった。それが更に心配を煽ったのだろう。体調不良とされて、部屋に戻った。
 考える時間が拷問だった。昨日からずっと頭が痛む。眠ろうとしても容易じゃない。頭から布団を被って、蹲っている。
 遊んできたし、世慣れてもいた。でもそれは、どうでもいいことだけだった。本当に大切な時にはこんな経験、何の役にも立たなかった。大事な事を置き去りにして、大人のまねごとばかりをしてきたツケが回ってきたらしい。

 大丈夫、諦めて一言謝って、またいつものように接すればいい。
 都合のいい自分が言う。
 それでいいのか? 側にいればいるほど、思いは募っていくんじゃないのか?
 知ったような自分が言う。
 いっそ迫ってみればいい。あの人は優しいから、きっと突き放さない。
 ずるい自分が言う。

「煩い……ほうっておいてくれ」

 都合のいいように思う。分かったように言う。でも、違うんだ。そうじゃない。浮かんでは沈む言葉の中で大切なものを拾う。

 好きですっていう、本当に純粋な言葉だ。

 好きなら、どうしたらいい。側にいるのが辛いなら、何をしたらいい。忘れられるのか? それで、本当にいいのか?

「できないよ……」

 忘れる事も、諦める事もまだ出来ない。今まで失恋なんてしていない。そもそもの恋をしていない。こんなに、心の中を一杯に埋め尽くす感情を抱いた事がない。これを黙らせる方法を知らない。世の人々はどうやって、この嵐のような気持ちに終止符を打っているんだ。
 考えすぎて、頭が痛いままにランバートは午後の時間の全てを使った。

◆◇◆

 眠れなかった……。

 ファウストは執務室の机に突っ伏して、重い頭に手を置いた。
 昨夜、ランバートが泣きながらキスをして、「好きだ」と言ってきた。そのまま逃げるように去った彼を、追うことができなかった。
 どんな鈍感な人間だって、あれが簡単な意味の「好き」ではないと分かる。苦しそうな顔をして、涙を流して触れた唇はとても熱かった。あの気持ちが軽くない事は伝わった。
 それでも動けなかった。いや、だからこそだろうか。驚いた事と、呆然としたことと。あの時のランバートの顔がずっと頭から離れず、眠れなかった。

「はぁ……」

 どうしたらいい。このままでいられるのか?
 分かっている、いられるわけがない。今日だって、あいつと顔を合わせられなくて食事の時間を遅らせた。今も、顔を合わせる事を恐れている。どんな顔をしていればいい。何を言ってやれる。

 「すまない」なのか? それは、拒絶になるんじゃないのか。
 「大丈夫か?」は、流石に他人過ぎる。自分の事ではない。
 「有り難う」は、期待をさせる。

 受け入れる事を考えなかったわけじゃない。だが、やはり手を伸ばせない。あいつを中心に全てを回していいわけじゃない。公私を分けられる自信がない。今だって溺れかけているじゃないか。今だって、あいつを危険な役回りから遠ざけたいとどこかで思っているじゃないか。

「ダメだ……」
「何がダメなんじゃ」

 不意にした声に顔を上げて呆然と見上げる。呆れ顔のシウスの瞳は、実に厳しいものだった。

「シウス」
「ラウルから相談を受けた。お前、ランバートから何か言われたのではないかえ?」
「……」

 あの後の様子をファウストは知らない。朝も顔を合わせていない。今も、どこにいるか把握していない。
 溜息をついたシウスは側にきて、ファウストの肩を強く掴んだ。

「泣いておったそうじゃぞ。泣き疲れて落ちるように眠るまで、ずっと」
「っ」

 胸が軋む。あの後もずっと、泣いていたのか。何も言ってやれず、引き留める事も出来ずにいたから、ずっと。

「好きだと、言われたのではないか?」
「それは」
「応えなんだか」
「……」

 何も言えない。項垂れたファウストのそれは肯定で、シウスはそれを正しく受け取った。

「お前は……甲斐性無しもいいところぞ!」
「シウス」
「なぜ応えてやらぬ! お前とて気のない相手ではなかろう! あの、人に弱さを見せるのが苦手なランバートが臆面もなく泣き腫らして……それでもお前は何もしないというのかえ!」

 肩に掛かる手に力がこもる。それでも、ファウストは何も言えない。全てが言い訳になりそうだ。

「……あやつは午後から、休んでおるそうだ」
「休んでいる?」
「ウェインが言っておった。お前の様子もおかしいから、知らせるのも気が引けたそうな。本人は平気だと言ったそうだが明らかに泣き腫らして憔悴し、動けぬようであったからと」

 ルカの事件の時でさえ、ランバートは翌日仕事をした。元気がない状態ではあったが、仕事をさせられないという判断はされなかった。それが……。

「のぉ、ファウスト。お前、あの坊やとどうなりたい」
「どうって……」
「ランバートは賢いし、不用意な言葉が状況をどう変えるかをよく知っておる。その坊やが、言わなければ崩れそうな感情で告げた言葉ぞ。このままでなどいられぬ。現状維持など考えるな。それは、あの坊やにとって何よりの地獄ぞ」

 ……分かっているつもりだ。昨日のあの、切迫した様子を見れば分かる。何の前置きもできず、縋るように伸ばした手。震えながら触れた唇の感触も、残っているんだ。

「ファウスト、動かねば失うかもしれぬ。お前は、どうしたいのじゃ」

 それだけを言って、シウスは離れていく。
 残されたファウストはどうすることも出来ずに動けない。情けない話、胸を締め付ける思いは不安ばかりを伝えてくるのだから。

◆◇◆

 夕食は食べに行かなかった。暗くなっても、動けなかった。ラウルも帰ってこないまま、浅く眠って、不安からくる悪夢で目が覚めて、頭痛がして、また眠るを繰り返している。ぐっしょりと汗をかいて、それでも動ける気がしなかった。
 顔を合わせられない。顔を見たい。声を聞きたい。拒絶の言葉が怖い。

「俺は何がしたいんだよ」

 流石に喉が渇いた。水を取って飲み込むが、それも美味しくは感じない。徹底的にダメなんだと知らされる。
 あの後、ひたすら暗示のように「諦めろ」と言い続けている。感情に蓋をする事は苦手じゃない。何でもない顔もできるはずだ。それが出来ればきっと、今のままでいられる。思うのに、出来ない。納得させようとすればするほど反発する気持ちが強くなって、頭が痛んだ。
 項垂れて、立ち尽くす。恋破れて儚む人間もいると言う。前までは馬鹿らしいと思っていた。だが今はその時の自分を殴ってやりたい。なぜなら今、ランバート自身が何もせずとも窒息するのではと思う苦しさを感じるのだから。
 食欲もない。もう一度布団に戻ろうとした時に、扉が開いた。
 ノックも無しに入ってきたのは、ウェインとグリフィスだった。二人はランバートを見ると問答無用で近づいてきて、何の抵抗も出来ないままに担がれた。

「あの!」
「おいで、ランバート」

 グリフィスに荷物のように担がれ、連れ出される。抵抗する力もなくて、ランバートはされるがままに拉致られた。

 師団長の部屋は二階にあるが、一人部屋だ。ウェインの部屋に放り込まれたランバートは、そこで他の三人の師団長もいるのを見た。

「あの……」
「ランバート、おいで」

 柔らかな笑みを浮かべるウルバスが立ち上がって手を引き、自分とオリヴァーの間にランバートを座らせた。対面にはアシュレーとウェインがいて、一人用のソファーにグリフィスが座る。

「あの」
「お前、昨日ファウスト様と何があった」
「……」

 アシュレーの詰問のような言葉に、ランバートの心臓は早鐘を打つ。言葉が出なくて、胸元を握る。息が上手くできなくなっているのに、余計に入ってこない。
 そんなランバートの頭を抱えるように、オリヴァーが肩口に引き寄せて顔を隠してくれた。

「アシュレー、そのように問い詰めてはなりません。可哀想に、こんなに苦しんでいるのに。この子がこんなにも憔悴するなんて、ありませんでしたよ」
「別に、問い詰めたわけでは」
「いいえ、問い詰めています。貴方の言い方があまりにきついのです」

 温かな体に顔を当て、優しく背を撫でられる。それだけで、許されているように緊張が緩み、また苦しさがこみ上げてくる。優しい手が、全てを包んでくれる。

「ファウスト様の事が、好きなのですよね」

 ドキッと、心臓が鳴る。痛みを伴う感情が全身を支配してしまう。頭が痛い。
 そっと、水を渡された。ウェインがにっこりと笑って頷いている。

「レモンと、ミントの水。泣きすぎて痛むんだよ」
「あ……」
「ちゃんと水分とって。それとね、僕たちはランバートの味方で、ファウスト様の事を心配してる。ファウスト様もね、随分辛そうな顔をして心ここにあらずだったから」

 それを聞くと、違う意味で胸が痛い。あんな事を言ってしまったから、あの人にまで迷惑をかけてしまった。もっと冷静でいられたら、言わずに沈めてしまえた。言えばこうなる事は分かっていたのに。あの人は、恋人を作らないのに。
 取り込んだ水分のぶんだけ、涙が出そうだった。その顔を隠すように、オリヴァーはずっと肩を抱いて顔を隠す事を許してくれた。

「ごめんね、ランバートの様子があまりに違ったから心配になってシウス様に聞いたんだ。シウス様もラウルに相談されたんだって、教えてくれたんだけど」
「ウェインを怒らないであげて下さいね。君の事が心配でたまらなかったのですよ」
「ランバートは大事な部下だし、仲間だから。お節介なのも承知はしているんだけど」
「いいえ」

 優しい上官が、とても気遣わしく言ってくる。その気持ちに背を向けるほど荒んではいない。この優しさを素直に受け取れる事に、ほんの少し安心した。

「まったく、双方共にどうしてこうもこじらせるんだ」
「アシュレー」
「分かっている。だが、言いたくもなるだろう」

 腕を組むアシュレーは怒っているというよりは、心底呆れている。それが、ランバートに向けられているのかファウストに向けられているのか分からない。
 言われる事に落ち込んでいく。本当に、その通りなのだし。

「どんなに賢い人にでも、嵐のような感情というのはあるものですよ」

 諭すように柔らかな声が側でする。理解してくれるように微笑むオリヴァーは、ポンポンと子をあやすように肩を柔らかく叩いている。

「吐き出さなくては狂うような気持ちもあります。自らを傷つけてしまいそうな嵐が、人の心の中では時に吹き荒れるのです。それを恥じる必要もないし、堰き止めておく必要もない。貴方の抱える感情は、悪いものではないのです。我慢をしては貴方が壊れてしまいますよ」
「オリヴァー様」

 どこまでも優しく許してくれる手に、身を預ける。少しだけ、痛みが引いた。息が吸えるようになった。

「むしろ、少し安心いたしました。昨年末、倒れた貴方を見てなんて可哀想な子だろうと思ったものです」
「可哀想?」
「苦しいと言えない、表にも出さない。そんな貴方が痛々しくてならなかったのですよ。だからこそ、今は少しほっといたします。こうして、ちゃんと感情を表に出しているのですから」

 グチャグチャの頬を拭っていくその手を、とても温かなものに感じる。その優しさが、また新しい涙を誘うのだろうけれど。

「こういうことに関してはオリヴァーが一枚も二枚も上手だ。俺達の中で一番熟練だろうし」
「熟練だなんて、そのようなことはございません。私とて世慣れた人々からすればまだまだ子供。自らの感情に振り回される事もありますし、その度に思い知る事もあるものです。人を愛するという事は複雑怪奇なもので、一つとして同じではないのですから」

 苦笑したウルバスの言葉に、オリヴァーはサラリと言ってのける。それを聞く他の面々が、なぜかとても複雑な顔だ。

「ランバート、お前だってこうなる事は分かっただろう」

 アシュレーの溜息混じりの言葉に、ランバートは頷いた。分かっていたし、知っていた。頑固な事、恋人を作らない理由、あの人の心の弱さ。全部分かっていて、それでも止められなかった。自らの手で動かしてしまった時計がどこへ向かっているのか分かっている。だからこそ止めようとしているのに、止め方を知らない。

「諦めようと、したんです……」

 絞り出すように声が出た。理解してくれる温かさと、見守られる安心と、苦しさを流す涙がようやくランバートの口を動かしてくれた。

「何度も、昨日の夜からずっと、諦めようと……。分かっているから、気づいた時に終わりの見える恋なんてバカげてるって……実らないものを待つほどバカじゃないって、言い続けて……。でも、全部失敗するんです。どうしても、上手くいかないんです」
「ランバート」
「親の愛情だって、悩む事もなく手放せたのに……あの人だけどうしても諦められないんです。叶わないだろうって、あの人を困らせるような事はしたくないって思っているのに。分かっているのに」

 呪文のように、暗示のように、呪いのように。何度も何度も自分に言い続けてきた。そして、拒んだ。あの人から直接言葉を貰うことを。だって、拒絶されれば立ち直れないのだから。
 肩を抱く手に力がこもる。ウェインは立ち上がって頭を抱いてくれている。

「諦めるなんてことしなくてもいいのですよ。無理に殺せば、本当に死んでしまいます」
「ランバート、そんなに悲しい事しないでよ! 大丈夫だよ、何とかしようよ!」
「なんとかって……」

 出来ないだろう。あの人の頑固はここにいる人達も知っている。そう簡単に覆せない。しかもこれに関してはあの人の恐怖なんだ。傷を知る人が同じ傷を恐れているんだ。そんなに、簡単な事じゃないんだ。

「何とかならないことも、ないだろうな」
「え?」

 腕を組み、足を組んだアシュレーが心底疲れた様子で言う。だがその顔には、何か考えがある様子だった。

「ランバート、俺は言葉がきついようだから先に言っておく。俺はお前が悪いとは思っていない。むしろ、この結果を招いたのはあの方の失態だ。責任がどちらにあるかと問われれば、俺は間違いなくファウスト様の方だと言う」
「あの」
「お前に少しかまい過ぎていた。それにご自身も気づいていたのに、止めなかった。あの方はおそらく自らの感情にも気づいていて、それに蓋をし続けている。そのうえでお前を特別に扱ったのだから、あの方の非は当然だ」

 淡々と、まるで何かの講義のような物言いだ。だが、アシュレーはそれでも言葉を続ける。呆然としているランバートを置いて。

「あの方があまりにお前を特別にするから、少し変わられたのかと期待したがこのざまだ。確かに、周囲が多少焚きつけたのもある。それについては俺も同罪だ、誹りは受ける。だが、それは後だ。重要なのは、あの方はおそらくご自身の感情の変化に気づいているという点だ」
「でも、そんな様子は」

 なかった。いや、あったのかもしれない。特別なものを受け取っていたのかもしれないが……今となっては自信がない。
 だが、アシュレーは呆れたような顔で真っ直ぐに、ランバートの剣帯を指す。そこに光る、十字の剣のアクセサリーを。

「ファウスト様の戦場用のアクセサリーと同じものだ」
「そのように伺っています」
「それを贈るのだから、少なくとも特別だ」
「?」
「分からないか? それは、自分がしている物と同じデザイン、同じ工房の物を与えたということだろ。贈り物が苦手だと言う人が、自分と揃いの物を贈るというだけで独占欲が透けて見える。守りの願い以上に、同じ物を身につけてもらいたいと思ったのだろう」

 キラキラと揺れて輝くその飾りに触れる。これが、ファウストの独占欲。同じ物を身につけてもらいたいという、彼の願い。その奥にある感情は、本物なのか?

「ちなみにだが、俺達の誰一人あの人から贈り物なんて貰った事ないぜ」
「え?」
「あったり前だろ。酒奢ってもらったりはするけど、形に残る物なんざ貰った事ない。しかも自分と同じものだろ? あの人、案外囲い込みたいタイプなんじゃないのか?」
「囲い、こみたい?」
「おそらくそのような気持ちは強いと思いますよ。抑圧する分だけタガが外れると激流のような感情をお持ちではないかと。愛情も過剰になれば独り占めしたい。本気であればあるほど心も体も縛り付けて、誰の目にも触れさせたくはないとお考えになるかもしれませんし。あっ、どうしましょう! 結ばれたとしても拉致監禁生活なんて事になったら」
「オリヴァー、病気」
「おや、これは失礼いたしました」

 ランバートはオリヴァーの腕の中で、違う意味で震えた。
 拉致監禁生活……は、困る。あくまで、困る。信じられないのが、嫌ではないということだ。
 だが、やはり公私の混同は避けてもらいたい。あの人には立場もあるし、ランバートだって得た友がいて、やりがいのある仕事と場所ができたのだ。

「ランバート、怯えないで! オリヴァーのこれは妄想癖のようなもので、実際そうなるなんてないから!」
「そうですか? ファウスト様、一部過剰な部分もお持ちですよ。戦場の鬼の形相、ご存じでしょ?」
「オリヴァーも少し黙ってよぉ! ランバート引かないで! 大丈夫、何かあったらちゃんと助けるから!」
「ウェイン、墓穴掘ってるんじゃないかな?」

 何かあることも危惧されている。本当に、どんなだろうあの人。

 思いながら、随分気持ちが軽くなったことを感じた。少なくとも、動かなかった体が動くくらいには。

「どうやら、少しは戻ってきたようだな」
「アシュレー様」
「オリヴァーの病気やウェインのアホも、たまにはいい仕事をする」
「ちょっと!」
「ランバート、お前はどうしたい。ファウスト様と、何もなかったように過ごせるか?」

 真っ直ぐに見るその目を見て、考えて、ランバートは首を横に振った。それはきっと無理なのだ。気づいた気持ちに蓋をし続ける事は難しいと、この一日で思い知らされた。
 アシュレーは頷く。どこか満足したように。

「ならば、動かない岩を転がすか」
「あの?」
「ファウスト様にも、そろそろ覚悟を決めていただく。ご自分と向き合う事も大事だろうし、今のところお前くらいしかあの方を支えられない」
「何をしようと」

 なんだか、嫌な予感がする。不安に思い見ている前で、アシュレーはニヤリと笑みを作った。

「簡単だ、見せつければいい。自分が手放そうとしているものがいかに大切か、あの方が考えて答えを出せばいいことだ」
「どうやって」
「明日から、お前と俺は恋人同士。そういう演技をしていけばいい」
「え!」

 あまりの事に驚く。それはランバートばかりではなく、他の面々も同様だった。

「ファウスト様の嫉妬心を煽るというのですか?」
「そういうことだ。こんな小さなことで仕事に手がつかないんだ、過剰に刺激すればどこかに転がる」
「転がった先が問題大ありじゃないのか? あの方の怒りがお前やランバートに向かう事だってあるだろうよ」
「俺に向かう時にはどうにかする。ランバートに向かったなら、おそらく一度くらい酷い抱き方をされるだろうが殺されはしないだろう。二~三日動けないくらいは覚悟してもらうが、泣き腫らすほどに愛した男のする事なら耐えろ」

 耐えろと言われたが、耐えられるのか? 酷い抱き方って……怖いな。

「自分の感情と団長の責務、どちらが強いか一度分からせた方が上手くいく。これでダメならお前も諦めろ。あれほどの極上品はそうはいないが、そこそこのいい奴なら紹介してやる。やるだけやってしまえば、案外その後に影を落とさないものだ」

 ニヤリと悪い顔をしたアシュレーを、ランバートは不安の残る目で見ている。
 だが、彼の言う事も決して見当外れではない。ランバートの心は定まった。ファウストの心を聞いてみたい。でも今は、色々な物があの人の上にはありすぎて邪魔をしている。取っ払って、本当の心を聞いてみたい。
 オリヴァーの腕の中から身を起こしたランバートは、深々とアシュレーに頭を下げた。
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