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12章:ルシオ・フェルナンデス消失事件

おまけ4:ある日のヒッテルスバッハ

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 『くたばれバカ兄!』との手紙を受け取り、ハムレットは意気揚々としている。初めて連れてこられたヒッテルスバッハ本邸の談話室で、ルシオは奇妙な光景を目にしている。

「ふふふっ、手紙貰っちゃった」
「お前は本当に気持ちが悪いな、ハムレット」
「父上はランバートから手紙貰った事ないから羨ましいんだ」
「その手紙でそれだけ喜べるお前が羨ましいがね」

 少し離れたソファーで繰り広げられる家族団らん……のはずなのだが、色んな事が可笑しくはないか。
 まず、『くたばれバカ兄!』という手紙を貰って小躍りするほど喜ぶ実兄。愛されていないし、むしろ若干疎まれているようにも思うのだが、本人はそれに気づいているのか無視しているのかすら分からない。
 そして父親、息子を諭せ。何かまずい方向へと爆走中ではないのか?

「いいの、内容なんて。大事なのは、これが僕だけに向けて書かれたってことなんだから」
「アレクシス、こいつ大丈夫かい?」
「今更何を言うんだ、父上。ダメだろう」

 一番常識のありそうな長兄アレクシスが、実にケロッと言う。そうか、ダメなのか。残念だ。

「どうしてこうなったんだろうね? 小さな頃はそれはそれは可愛く儚げだったのに」

 なんて、疑問げに首を傾げるジョシュアだが、正直ハムレットが儚げで可愛い姿を想像できない。不敵で不遜で軽薄な男の今からは、決してそんな姿は見えない。
 ハムレットはフンッと胸を張って誇らしげにしている。そして次には体をクネクネさせながら目をキラキラさせるのだ。

「ランバートは僕の天使だもんね。僕はお兄ちゃんとして、ランバートのお願いは何でも叶えてあげるんだもん。いっぱい頭なでなでして、ギュゥゥゥッと抱きしめてあげるんだから」
「キモい」
「父上、自分の息子だ」
「うーん、そこを疑問に思うんだけれどね。どう見ても似てるんだよ、残念な事に」

 アレクシスが段々、気の毒になってきた。気苦労の多い人間は必然的にしっかりするのだろうか。

「だが、お前はどうしてそんなにもランバートに構いたがる。お前があんまりに弄りたがるからあいつが逃げたんだろう?」
「ランバートは僕の天使だもん」
「幼少期から少し離れろ。あいつももう二十歳だぞ、子供扱いなんて嫌だろう」

 うんうんと、ルシオは頷いてしまう。二十歳となれば立派な大人だ。そこにむかって、天使はないな。
 だがハムレットは気にならないらしい。気にして欲しいのは誰でもないランバートだろうが。

「ランバートはいつまでも僕の天使だもん。熱を出して寝込んでる僕の所に毎日花を持ってきたり、本を読んでくれたり、手を握ってくれたり、背中をさすってくれたのはランバートだもん」

 ……なるほど、弱っている人間には天使か。

「体が弱くて、何度も発作を起こして危ないなんて言われてた僕に向かって、僕の為にお医者様になって兄上の病気直してあげる。なんて言う優しい子なんだぞ。もう、天使だろ?」
「あいつ、そんな事を言ったのかい?」

 兄たらしだったのか、ランバート。

 ジョシュアも少し驚いて、その後でなんだか嬉しそうな顔をしている。まぁ、親としては嬉しいだろう。真っ直ぐに子が育っている証のようなエピソードだ。今現在を見なければの話だが。
 それほどに愛らしく甲斐甲斐しい子が、どうしてあのようになったのか。今でもどこかに片鱗は……あるのだろうな。辛そうにする者を放っておけない。そんな人間である事は確かだ。

「ランバート大好きだもん。蹴られてもなじられてもいいんだもん。僕だけに向けてくれる感情があればいいもん。時々頼ってくれれば十分だもん。ランバートに汚れ仕事なんてさせないもん」
「はいはい、お前の気持ちは十分に伝わった。結果気持ち悪い事に変わりはないから程々にしておきなさい。余計に嫌われるよ」

 適当にあしらいながらジョシュアは流すことにしたらしい。アレクシスもそれ以上は言わないらしい。
 丁度その頃、屋敷の執事が来客を伝えてきた。ランバート達が到着したそうだ。自然と緊張してしまう。カーライルも来たのだから。

「さて、久々だな」

 そう言ったジョシュアも、どこか嬉しそうな顔をしている。アレクシスも同様だ。

 こんなのも、いいのかもしれない。父とは疎遠だったルシオはそう思いながら、奇妙なこの家族の様子を見るのだった。
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