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12章:ルシオ・フェルナンデス消失事件

おまけ3:お仕事風景

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 シウスからの突然の指令で、今日からランバートが補佐についた。
 執務室は惨憺たる状態だ。我ながら情けなくて顔見せできないほどだ。普段ならここまでにはならない。確かに大祭の期間は多少たまりはするが、ここまで書類が溢れる状態にはならない。

「これは、また……」

 流石の惨状にランバートすらも部屋に踏み込まない。情けない限りで顔が上がらない。

「悪い……」

 もうこれしか出ない状態だ。

 大祭となると何かと仕事は増える。パレードや会場の視察をし、警備の要点を確認、危険箇所を把握すること。そこにどの部隊を当てるかを検討する。宰相府、近衛府と連携して、有事の際の避難経路や避難場所、行動確認も重要になる。それらを会議と打ち合わせで少しずつ詰めていきながら、日々の業務だ。
 だが今年はこれにテロの影まで重なった。しかも今では濃厚どころか、危機感がありすぎてたまらない。大量の火薬が運び込まれたという話を聞いたときには流石に肝が冷えた。砦一つを爆破できる量だ、流石にない。
 全部が重なってのこの惨状。心のどこかで「俺のせいじゃない」と言ってみるものの、同じだけ「俺がやらないと減らない」という切迫した気持ちもあった。

「やりますか」

 案外明るい声が返ってきた事に、ファウストは顔を上げる。妙にすっきりと、やる気に満ちた表情を浮かべたランバートは挑むように部屋に入り、上着を脱いでシャツの袖をたくし上げ、髪を無造作に括った。
 呆然とそれを見て、同時に頼もしさに安心する。こいつに任せれば大丈夫だ。そんな気持ちがどこかにあり、ファウストの余裕にも繋がっていった。

「悪いな」
「大丈夫です。一日とは言いませんが、二~三日あれば片付きます」
「本当か!」

 ファウストは部屋の中を見回す。執務机の上には比較的急ぐ物があるはずだが、おそらくそうじゃない物も紛れている。そしてソファーセットのローテーブルの上は急がない紙束が山のようだ。急がないのであって、処理しなくていいわけじゃない。

 減る気がしない。正直そう思っていたものなのだ。

 ランバートは穏やかに笑い、強い目で一つ頷く。まったくもって疑いようのないその表情には、自信もしっかりと見えている。

「任せてください。でも出来ればこうなる前に教えてください。俺でよければいくらでも手伝いますから」

 その言葉は有り難いが、同時に自分の能力のなさを見せつけられるようでいたたまれないのである。

 かくしてファウストも仕事にとりかかった。ランバートがいる事で日々の業務の心配がなくなる。眼前にある仕事のみに邁進できるのは有り難かった。

 昼を前に、ランバートが仕事を区切った所でファウストも手を止めた。書類が明らかに減っている。どうやら数の多い日報をまとめてファイリングするところから始めたらしい。テーブルの側にはまとめられた紙の束が整然と置かれている。
 こいつの処理能力は本当に高い。しかも間違いがない。任せられる仕事で、こいつがミスをしたところを見た事がない。脇に置かれたトレーの中に、いくつかの書類がある。見れば備品の整備報告と見積もりだ。この短時間に備品の見積もりまで試算したらしい。
 補佐として常に付けておけば、確かに楽は楽だ。そういう誘惑がないわけじゃないが、それではダメだ。楽に慣れれば出来なくなる。余裕がある事が悪いわけではないのだが、やれる仕事を常に他人に任せる事も心苦しい。何より事務仕事に有能なこいつをつけるよりも、明らかに戦闘員が足りないのだからそちらを鍛えなければ。

「お昼にしましょうか」

 穏やかに、そして満足げに笑うランバートに、ファウストは苦笑して頷いた。

 ランバートは宣言通りの仕事ぶりを見せた。初日の午後は事情により潰れたが、翌日の始業から終業までで書類の大半が消えた。まるで手品でも見せられているような気分になり、何度か目を擦ったほどだ。
 終業後は、ランバートは外出した。どこへ行くのかを問えば、ヒッテルスバッハの家に私用で戻るのだと言う。その様子に嘘は感じられないし、門限までには戻ってくる。特に怪我をしてる様子はないから、あえて何も言わなかった。ただ、疲れているのは気になった。
 そして補佐に入って三日目の夕刻、ファウストはランバートから仕事が一段落したことを伝えられ、内容を伝えられた。

「まずは日報ですが、抜けもなくこれと言った混乱もありませんでした。祭りの前ということで気分が高ぶっている人もいるようで、訓練での僅かな怪我は増えたそうですが軽傷とも言えない怪我で、その後に関わる事もないとのことです」

 ファウストは頷く。部隊を管理する師団長からもこれといった報告がなかったから、そこは心配していない。概ね例年通りだ。

「次に備品の管理状況ですが、いくつかの弓の弦が劣化により張り替えが必要との事です。こちらはオリヴァー様にお話しすると、慣れている第四師団で行ってくれるとのことです。他に矢も補充が必要かと思います。必要と思われる数と試算については別紙に詳細を記載し、添付しています。後、第五師団に槍の手入れを命じてください。扱いが荒いのは仕方がないとしても、その後の手入れを疎かにするのはどうかと思います。チェックを行った第一師団から苦情がきています」
「分かった、それはしっかりと言っておく。矢の試算もこれで問題ない。発注をかける」
「お願いします」

 完璧過ぎるくらいの根回しだ。知らない間に第四師団にも話を通し、過去のものから補充の数量まで把握している。手元にある書類も完璧で、ファウストはその場で『決』の印を押した。

「保管している火薬などは在庫数と完全に一致しています。乾燥させた薬草なども充実しているようです」
「分かった」
「次に決算書類ですが、こちらも合いました。ただ、今はシウス様も急がしい様子。お話をしたところ、祭り明けまで書類の監査が出来ないとのことです。こちらは保留として、しばらく保管をお願いします」

 相変わらず完璧と言える決算書類にも目を通し、問題なく数字があっている事を確かめて鍵のかかる書類用の引き出しにしまった。

「陳情もいくつかありました。どうやら一年目の中で訓練の行き詰まりを感じている者がいるようです。体力訓練の厳しさについて行けずに劣等感を抱いている者。更なる剣術の向上を目指しているが成果が上がらないと感じている者などです。各師団長にもこの旨を伝えてあります。少し工夫してみると、皆さん言ってくれました。後日報告があるかと思います」
「分かった、俺も気をつけて見ておく。メニューの見直しや個別対応も視野に指導していく」

 師団長にまで手を回していたか。

「食堂のメニューリクエストは多いですね。まとめて書きだして料理府へと渡しました。かなり渋面を作っていましたが、受け取っては貰えました」
「あいつらも律儀だな。そんな我が儘に付き合っていてはきりがないと言うのに」

 思わず苦笑する。隊の胃袋を握っている料理府はなくてはならない。戦場に出る事のない彼らだが、決して扱いやすい奴らではない。むしろ頑固で使命感がある。食わせてやらなければという気迫と気持ちが伝わってくる。その為、この宿舎の料理はクオリティーが高い。

「一年目は宿舎での過ごし方にも戸惑いがあるようです。これほどの大人数での生活は初めてでしょうから、多少の摩擦なりは起こっているようです。まだ強い言葉でそれを示唆する陳情はないものの、気にはなりました。内部監査の暗府にも届けましたが、ファウスト様にもリストをお渡しします」

 受け取った紙には陳情の内容が書いてある。「同室者と口論となってしまったが、謝るタイミングを逃してしまった」「先輩との付き合い方が分からない」「輪に入っていけているか不安だ」「とある人から迫られている」など、毎年ありがちなものだ。
 ランバートは昨年の同時期の陳情書を持ち出し、どう対処したかの報告も渡してくる。やはり同じ感じだ。

「少し慣れ始めて、周囲が見え始めた頃だからな。毎年同じような悩みが多い。気をつけて見よう」

 これを持ってランバートからの報告は全てだ。ファウストはすっかり片付いた室内を見回して感心するやら驚くやらだ。全てにおいて丁寧過ぎるくらいだ。

「ファウスト様の方は概ね片付きましたか?」
「あぁ、おかげでな」

 ランバートが仕事を確実にこなしてくれると憂いがない。だからこそ仕事が進む。何の心配もなくやれるということは精神的に安定する。

「明日からはどうする?」
「出来ればもう少しこのままで。時間が許せば、午前の一時間程度と午後の一時間程度、実家に帰る許可がほしいのですが」
「何をしている?」

 問えば困ったように笑うが、答えてはくれない。やましい事であるのは察したが、生家が関わっているなら大事にはならないだろう。大きな事でもある程度はもみ消す事ができる。それが四大貴族家という特別な存在だ。

「クラウルの事か?」
「はい。ですが、これ以上は。事が滞りなく終わりましたら、報告させていただきます」
「分かった、許可しよう。俺もこれ以上は詮索しない。クラウルを頼む」
「畏まりました」

 丁寧に頭を下げたランバートは、終業の鐘を聞いて途端に表情を変える。どこか少年のような輝きも見える、気の抜けた顔だ。

「それでは俺はこれで。今日も実家にいってきます」
「あぁ、分かった。道中は気を付けてくれ。テロリストも潜伏しているんだからな」
「分かりました」

 丁寧に礼をして、苦笑するランバートを送り出しながら、ファウストはすっかり綺麗になった室内をもう一度見回し、完全なる敗北に息をはくのだった。
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