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12章:ルシオ・フェルナンデス消失事件

10話:聖ユーミル祭

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 パレードの開始を知らせる祝砲とファンファーレが、遙か遠くから聞こえる。それに、ファウストは身を固くした。
 テロリストとおぼしき者達のアジトを騎兵府で監視し始めたのは今朝のまだ霧の深い時間だった。それからずっと、動き出しはしないかと見ている。緊張と、いつだろうと思う気持ちで落ち着かない。だが幸いにも、奴らは今まで出てきていない。
 暗府は実によい仕事をしてくれた。一つの家に何人が出入りしているか、その人数までしっかり把握してくれていた。おかげで何人を縛り上げればいいかが分かった。
 他の隊員も緊張に今か今かと待っている。
 その時、家のドアが僅かに開き、顔だけを出した男が周囲を伺う。町はパレードの見物に人が集まり、住居区は静かなものだ。ここから人の多い商業区へと向かうなら、出るしかないだろう。
 男の体が出て、後にも数人が続こうとしている。その腰には使い込まれた剣があった。
 ファウストは手で合図を送った。それを合図に静かに、男達の背後に仲間が回り込む。そしてファウストが悠然と、男達の前に姿を現した。

「レンゼール派の者だな?」

 問いかける形ではあるが、確信がある。男達も足を止めてしばし呆然としていたが、直ぐに持ち直してファウストに剣を向けた。
 力業の素人や、多少使えるという程度の者とは動きが明らかに違う。傭兵くらいには剣の扱いに慣れているだろうし、動きにも無駄はない。だが、相手はファウストだ。傭兵程度の実力では太刀打ちできない。
 先頭をきった男が簡単にいなされ剣を叩き落とされ地面に転がされたのを見て、臆した背後の奴は逃げようとファウストに背を向ける。だが、その背後も既に騎士団か固めている。一度臆病になった者が勝てるはずはない。あっという間に取り押さえられ、地面に引き倒された。

「逃げろ!」

 男が叫び、ファウストはすぐに室内へと飛び込む。奥の方でドアが閉まる音がした。慌てて追おうと飛び込み裏口を開けたのと、「グヘェ」という擬音が聞こえたのは同じくらいだった。

「お前達!」

 細い路地に陣取っていたのは、二年目の隊員三人だった。とてもこんな細い道を知っているような隊員ではない。だが、彼らは的確に出てきた男を取り押さえていた。

「お疲れ様です、ファウスト様!」
「今縛り上げてますので、そのまま引き渡します」

 挨拶をした隊員の後ろで、二人がかりで手と足を紐で拘束している。この紐も、いったいどこから手に入れたものなんだか。

「これは」
「ランバートが道を教えてくれたんです。なんでも、裏路地でもいくつかのポイントを抑えれば表に出られる前に取り押さえられる。身も隠せるとかで。俺達はこの辺を警戒しながら、三人一組で動いてます」
「紐もランバートですよ。ここらの住人にお願いして、適当な紐を裏路地側に数本引っかけておいてくれるように頼んだって。捕まえたら縛って、一人が見張り、一人が報告、一人が周囲の警戒をすれば効率いいって」
「あいつ……」

 全体の把握が苦手だとか、他人任せに出来ないとかよく言ったものだ。見事に根回しをし、地図を使って指示を出せているじゃないか。

「そいつはこちらで預かる。お前達は次に行ってくれ」
「「は!」」

 縛り終えた隊員が敬礼をして走り去る。その背を見送りながら、ファウストも忙しく次へと向かっていった。

◆◇◆

 パレードが何事もなく大聖堂へと到着した。外を守る騎兵府の作る道を、皇帝とそれを守る近衛府の騎士が追随して過ぎていく。築数百年の大聖堂は複数の尖塔と壮麗なステンドグラス、外壁にはレリーフと、聖人達の像が飾られている。
 皇帝の顔は薄いベールに包まれて確認できなかった。だが、僅かに見えるアイスブロンドなどは間違いがない。何より近衛府団長オスカルが直ぐ後ろについて歩いている。
 男は頭を下げながら、心の中では見下ろした。

 カール四世の暗殺は男の父が加担したものだ。加担したと言っても実行したのではない。資金を提供し、意志を示す血判に名を連ねただけだ。それだけで父は死に、母は実家に戻るも精神を病んだ。そして男は行き場を失い、教会に入った。

 あれから五年、なんて長い時間だったのか。なんて屈辱的な時間だったのか。
 教会の中でも男に対する風当たりは強かった。いつまでも上にあがることはできず、未だに下っ端だ。直接何かを言われる事はないものの、コソコソと話されている。その度に何を言われているのかと小さくなり、卑屈になる自分が腹立たしい。
 カール四世即位までは、家はそれなりに貴族として裕福に暮らせていた。大貴族とはいかないまでも整った庭があり、複数のメイドなり従者なりがいて頭を下げていく。その中を胸を張って歩く事ができた。華やかな社交界に出向き、女性達と楽しい時間を過ごせていた。それが、今はなんなんだ。

「許さない……」

 誰にも聞こえる事のない呟きを発し、男は皇帝が消えていくのを見届けた。
 儀式は二時間。その間は皇帝と大司祭、そして皇帝警護の近衛府しかいない。男は誰にも見られないように大聖堂の地下へと回った。古い図面を手に入れ、壁の薄い場所をみつけて小さな穴を開けておいた。神官が寝泊まりする隣の宿舎と大聖堂は隣り合っていて、ドア一つで隔離されているだけ。穴を開ければ侵入できる。
 男は這いつくばってその穴を抜ける。そして地下にある一室へと向かった。
 その部屋には多くの贈り物がある。贈り物と言っても宝飾品などは多くない。子供の作った人形だとか、古い壺だとか、寄贈された絵画だ。
 教会に寄せられるお布施は金ばかりではない。一般市民はさりげない物を教会に寄付することで神への信心を示す。高価な物は表に飾るなり、奥にあるでかい財宝部屋に置くなりしているがそうじゃないものは大聖堂の地下のこの部屋にある。
 だからこそ選んだ。ここにあるぬいぐるみや人形、絵画の額の中、壺の底。そうした場所に火薬を仕込み、ここに運び込んだ。四十トンもの火薬をここに集めるのは本当に苦労した。だが、ユーミル祭の前後はとにかくお布施が多い。調べる事もせずにここに置かれた物が皇帝を殺すとは、誰も思わないだろう。
 男は懐からマッチを取り出し、ぬいぐるみの一つに近づいた。これにも火薬が入っている。たとえ入っていなかったとしても、燃え移れば同じ事。男はマッチを擦ろうとして、その手を止めた。
 ぴたりと首に当てられた剣にヒヤリとする。細い剣は寸分違わず男の命を脅かしていた。

「こっちを向いて、手を上げよ」

 男のものとも、女のものともつかない声。それが命ずるままに、男は振り向いた。美しい白髪の男は、薄い水色の瞳で男を見ていた。

「ここであろうと思っておったわ。予想に反せず大変に助かる」
「どうして」
「陛下を狙うなら、ここより他にないからの。それに、地下にこのような場所があることも知っておった。言っておくが、ここにあった物は事前に全て運び出してある。今あるものは安全と判断された物だけじゃ。火薬は四十トン、きっちり量って回収した」

 男はワナワナと震える。全ては筒抜けだった、そういうことだ。
 シウスの後ろに控えていた近衛府の兵が男を拘束する。睨みあげるように見た男を見下すシウスは、溜息をつきながら笑った。

「まったく、感謝して欲しいものよ。ここで本当に爆発など起これば、お前はグチャグチャで二目と見られぬようになっただろうて」
「え?」

 男は目を見開いて瞬きをする。まったく考えていない、そういう顔だ。

「当然ぞ。ここで建物を吹き飛ばすような爆発など起こればお前はどうなる? 火をつけたお前が間違いなく、最初の犠牲者ぞ。爆発に肉を裂かれ焼かれ千切れ吹き飛ぶのは、お前のほうだったのだ」

 男は目を見開いたままガタガタと震えた。そこまで考えていなかった。ただ、「これは国を間違った為政者から取り戻すための聖戦なのだ」という言葉を信じ、ある種恍惚とした興奮のままに引き受けたのである。

「連れてゆけ」

 シウスの言葉に引き立てられた男の目には、もう革命の炎はなかった。

◆◇◆

 パレードは無事に終わった。見物人にも裏で起こっていた事件は悟られないままだ。誰も、この裏で大捕物が行われていたなど信じないだろう。
 準備は事前に始まっていた。コンラッドとの話し合いで、パレードのある中央通りに向かう道を制限した。とは言え、他に面倒をかける事はない。西地区では道を二カ所程度に絞り、他の道は荷物や馬車を誘導して物理的に閉鎖した。東側はランバートが協力を要請して店の荷物なりを置いて塞いだ。これにより人の流れを制限したのだ。
 そして、一チームを五人から三人に減らした。裏路地などで大人数は逆に動きづらい。容疑者を見つけて確保し、報告するのに最低限の人数が三人だろうと考えた。
 チームは第一師団、第二師団、第五師団の混合チーム。統率を取る事に長けた第一師団が率い、瞬発力のある第二師団が先行し、武力に長けた第五師団が確保する。バランスのいい配置だ。

「ランバート」

 少し疲れた様子で近づいてきたゼロスとハイタッチをする。お互いの健闘を祝して。

「どうだった?」
「全員確保できたらしい。今頃東砦は満員状態だな」
「暑苦しいな」
「まったくだ」

 なんて、いい笑顔で言う。
 今頃は砦で暗府が取り調べをしているだろう。暗府はこれからが忙しいが、騎兵府はとりあえず落ち着いたと言ってもいい。パレードも滞りなく終わり、コースだった場所に往来の人が歩み出し、お祭り仕様の店先を覗き込んでいる。

「リフ!」
「レオ!」

 少し離れた所から大きな声に手を振って近づいてきたオレンジの髪の少年に、ランバートは笑みを見せた。既に祭りを楽しんでいる様子で、手にはお菓子の入った袋を提げている。

「楽しんでるな」
「うん!」
「ルカさんはどうしてる?」
「まだお店開けてるけど、今日は早く閉めて夜は一緒に回る事にしたんだ」

 レオの頭をグリグリと撫でてやると、嬉しそうに笑っていた。

「ランバート、その子は?」
「あぁ。俺の古い知り合いでレオ。今は西地区にある『Le ciel』で修行してる。レオ、こっちは俺の騎士団の友達でゼロスだ」
「初めまして」

 はじけるような笑みを見せて手を差し伸べるレオに、ゼロスも穏やかに応じて握手を交わす。それを見るとやはりレオはコミュニケーション能力が高く、ゼロスは大人で穏やかだ。

「それにしてもさ、リフの仕事着って初めてみたかも。かっこいいじゃん」
「そういえばそうか。お前と会うときは私服だからな」
「騎士団の服って、かっこいいよな。なんか、こう……ビシッとしてて」

 キラキラしながら言うものだから、ランバートもゼロスも顔を見合わせて笑った。

「ランバートは今日ずっと仕事なのか?」
「まぁ、忙しいかな」
「そっか」

 残念、というよりはもっと不安そうな顔をされる。ランバートは首を傾げ、レオを見た。

「何かあるのか?」
「うん。実はさっき、教会のチビ達とあってさ。なんか、怖いらしい」
「怖い?」

 ランバートとゼロスは顔を見合わせる。そしてとりあえず、話の続きを促した。

「なんかさ、夜になると大きな影が動いたり、どこからか足音が聞こえるんだって」
「それ、どこだ?」
「教会の更に奥だって言ってたんだけど。お化けが出たんだって、チビ達怯えててさ」

 教会の更に奥。レオのいた教会は東地区でも端のほうで、更に奥となるとほぼ何もないはずだった。

「あの奥って、更に離れたし尿処理施設があるだけだろ?」

 思い当たるのはそれだけだ。各家庭からくみ取った汚物を集め、そこで農業用の肥料にする。こうしたものはよい肥料となるのだ。
 ただ、凄い臭いがする。その為、施設は町よりもかなり離れた場所にあり、建物の中にそうした設備がある。とはいえ、土壌の上にそれらを入れて、土や植物を混ぜて通気性をよくして発酵させるのだが。

「そうなんだよな。誰だってあんな所、仕事じゃないと近づきたくないよな」
「高額な仕事だと聞くな」
「なんせ嫌われ仕事だからな。施設自体も風下に作られてるし。あそこに行くのは仕事の奴だけだよ」

 ご不浄さんはどうしてもやる人が少ない。だが美味しい作物を作るには肥料は欲しい。高額になるのは仕方のない話だ。
 ふと、ランバートはとある可能性を知識の中から引っ張り出した。そして、固まった。

「硫黄、炭、硝石……」
「ん?」
「黒色火薬の材料だ!」

 言うが早いか、ランバートは走り出そうとする。だがその腕をゼロスが掴んで引き留めた。振り向くと、ゼロスは厳しい顔をしていた。

「一人で行くな、お前の悪い癖だぞ」
「だけど!」
「一人で行くな! 話してくれ、どうした」

 冷静なゼロスは話すまでは離さないつもりだろう。ランバートの焦りなど気にはしていないようだ。ランバートも仕方なく立ち止まり、とある可能性を口にした。

「糞尿には、硝酸が含まれている。これが長年土壌に堆積すると、土壌には多くの硝酸が溶け出すんだ。これを採取し、生成すると火薬を作るのに必要な硝石が出来る。これに硫黄と炭を合わせると火薬だ」
「本当に、そんなもので出来るのか?」
「出来る。あの施設は肥料を作る為に元の土壌に動物も人間のも合わせた糞尿を入れ、そこに麻を入れて攪拌して空気を通す。植物にとってもこの硝酸は必要だからな。出来上がった表面上の肥料はそうではなくても、元の土壌にはかなりの量が含まれているはずだ」

 硝石は自然界に存在し、鉱山などで採掘される。だがそれは国の管轄にあるので容易に手に入れられない。そうなると時間がかかり効率は悪いがこれしかない。しかも奴らが用意しなくてもあるのだ。施設はもう十年以上使い続けている。堆積に必要な量は十分にあるだろう。

「施設を調べてくる。奴らが火薬を作る為にあそこの土を採取したのなら、痕跡があるはずだ」
「わかった。俺は今の事をファウスト様に報告する。ランバート、もう一人連れて行け」
「そんな時間……」

 言っていると、鼻歌まじりにこちらに来るレイバンの姿が見えた。

「レイバン!」
「やぁ、お疲れ。首尾よく」
「一緒に来てくれ!」
「へ?」

 事情を説明する暇もなく腕を引いて走り出したランバートに引きずられる様に、レイバンは拉致られていく。そして後で、思い切り嫌な顔をすることとなった。
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