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12章:ルシオ・フェルナンデス消失事件

1話:調書

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 頃はとうとう七月を目前としている。
 巷は聖ユーミル祭でもちきりだ。大きな祭りがここから秋にかけて続く、その最初の祭りがこれなのだ。
 団長達はとにかく毎日が忙しい。城の大臣達や、聖教会との打ち合わせが主だ。会議に検討会、視察で目が回るような忙しさなのだ。
 聖ユーミルは建国の王に仕えた神官だった。神の声を聞き、危機を予言し、輝く未来を予言したと言う。そのことから彼は聖職者の守護者であり、大祭が開かれるのだ。
 当日は城から王都の大聖堂までのパレードが行われる。皇帝カール四世が民の前に姿を現す数少ない機会。花を飾り、色とりどりの花びらを撒いて祝福する。その為、警備やパレードコースの検討などに団長達は忙しいのだ。
 本来コースの決定や教会との打ち合わせは宰相府、パレードの警備は近衛府が担当するので騎兵府は城と教会の警備だけでそれほど忙しくはないのだという。だが、今年は違う。昨年起こったファウスト拉致事件の際に捕まったテロリストからの情報があるからだ。

 聖ユーミル祭で大きな花火を上げる。

 テロ対策や町の治安維持は騎兵府の担当。そして、それらの情報を集め調査するのは暗府の担当だ。テロの危機感が高まっている為、今年は騎兵府も例年以上に人員を割き、街警を増員している。
 そして暗府はテロに関わる情報を収集し、街の隅々まで人を配している。

 それでも一般隊員はまだ動く段階にない。ランバートの日課は、もっぱら書庫に行って過去の調書を読みあさる事になっていた。

 カーライルがお忍びで東地区を視察し、クラウルとルシオ・フェルナンデスの関係を知ったのは少し前。下手に動けば他の団長達にも気取られると思いしばらくは大人しくしていたが、今はランバートに気を配る余裕もない。だからこの機にと動いている。
 ルシオ派と呼ばれるテロリストが起こす事件はいくつか聞いている。ただ、他のテロリストとは違って地味なものだ。暴力事件が起こるわけではなく、破壊行為があるわけではない。彼らは国の政策の裏をかいて他に罪をそそのかす。その口車に乗せられた貴族などが最終的に騎兵府によって捕らえられる。

 一つ、巷を震撼させた事件があった。まだカール四世が即位して間もない頃。下級貴族の娘や、没落貴族の奥方が行方をくらます事件があった。暗府が調べても、家族は「知らない」を通す。だがしばらくして、行方をくらませた娘の一人が半死半生の状態で保護された。首に首輪、手にも枷をつけられた娘は僅かに大きくなった腹を抱えて駆け込み、我が身に何が起こったのかを語った。
 娘は売られたのだ、家族に。当時既に人身売買は禁じられていたものの、抜け道はあった。娘は表向き「奉公に出る」という名目で商人の家や他の貴族家に下働きに出されていたのだ。だが実際は売られていた。
 この事実を掴むも、家族が「奉公に出ている」と言い張ればそれまで。契約書にもそのようにある。この時点ではそれを覆す事ができない。

 そこでカール四世は動いた。人身売買を禁ずる法を改正したのだ。そこに書き加えられたのは、「当人の意向や意志に反した労働契約、および婚姻を禁ずる」というものだった。
 同時に役所を改革し、奉公契約は当人達が必ず役所に赴き、住まいを移す事を申告させ、役人の目の前でサインするようにさせた。表向き、これは人の移動を把握するためとしたが本当の目的は人身売買を監視する役目がある。
 更に届け出た家に年一回抜き打ちで役人が訪問し、実体調査を行うようになった。そしてこれらは過去一年遡って追跡調査を行うと通達され、契約書の開示も決められたのだ。
 これによって不当な奉公によって売られた女性達は国に保護され、差し出した家族も咎められた。だが一番は唆した商家や貴族家だった。家は重い罰則が科せられ、没落していったという。

 この事件で捕まった貴族や商家の口から出てきたのが、ルシオ・フェルナンデスの名だった。安い値で娘を買って狼藉を考えていた奴らに、彼が囁いたのだと言う。「良い方法がある」と。
 だがその実体は掴みきれない。本当なのか、言い逃れなのか。だがこのように国の目が行き届かない事案や、長い因習をつついて事件を起こす。その裏に必ずルシオ・フェルナンデスの名が上がるようになった。
 いつしか彼はテロリストと呼ばれ、彼に従う者を含めて『ルシオ派』という組織が認識されるようになったのだ。


 一般的にこれはテロだ。だが、ルシオとカーライル、そしてクラウルの関係を知ると違う見え方もできる。これは、ルシオが行っている改革ではないかと。
 ルシオの父は有能な政治家であった。彼が関わった政策などは今も生きている。そしてルシオはこの父の才能を十二分に引き継いでいるらしい。ならば、考えられなくはない。ルシオはテロという形で国のあり方を正しているのではないか。
 現にルシオがこうしたテロ行為を行った後には必ず、同じ事案が起こらないよう新法なり改正なりで強化されていく。
 人身売買、独占取引、未成年者への重労働、闇商人に対する取り締まりの甘さ。ルシオが怒濤のようについてきたのはみな、民を苦しめるような輩ばかりだ。それらに肩入れし、そそのかし、悪事を起こさせて自分たちは逃げる。捕まるのは甘言に乗った奴ら。
 法が改まり、危険因子も捕まる。ルシオがカーライルの志を知っていて、それに手を貸したいと思っているなら、その思いは成功しているだろう。

「俺の考えすぎだろうか」

 心まで離れたわけではない。そう思いたいだけなのかもしれない。クラウルやカーライルの気持ちを考えると余計にだ。
 本当の所はルシオの心が離れてしまったのかもしれない。親しかった分だけ心が離れてしまったのかもしれない。憎しみが増したのかもしれない。こればかりは本人に問わなければ分からないが、本人に問うと言うことは彼の死を意味している。
 何にしても今のままでは想像でしかない。調書は事実だけを伝えているが、心までは伝えてくれない。すれ違ったものは簡単に重ならないのかもしれない。願っても、どちらかが拒めば上手く行かないものだ。

「それでも、願う俺は甘いのかな」

 想像通りであってもらいたい。これは願いだ。甘いだろうし、不埒だろう。騎士団にいる以上、国に仇成す者を許すことはできない。それでも願うのだ。思いを同じくし、語らってきた親友達が離れてしまうのは悲しい事だ。
 ランバートは調書をしまい、ランプを手に持つ。結局は事実を確認しただけだ。疑いは持ったが、疑いでしかない。これではダメだ。
 本当は見つけたかった。彼がテロリストではないと言える事を。そこだけ外す事ができれば、あるいは罪が軽減されるかもしれない。命まで奪うような事にはならないかもしれない。思ったのだけれど、ダメだ。調べれば調べるほど救いがない。結果がどうであれ、彼がやっている事は国を脅かし、下手をすると根本から揺るがすような事なのだ。一時的な破壊よりも質が悪い。
 部屋へ戻ったランバートは独り寝を決め込む。ラウルは仕事でしばらくここに戻らない。無事にしているだろうか。そんな事も思いながら、眠りについた。

◆◇◆

 仕事終わりに、ランバートは外出届を出して傭兵ギルドを訪ねた。最近はこまめに来ている。何か情報が入らないかと思っているのだ。
 男臭い酒場のドアを開けると、今日は雰囲気が違う。荒れ野に華が一輪咲き誇るように、艶やかなドレスに身を包んだ女性が一人カウンターに座っていたのだ。

「アネット?」
「リフ!」

 波打つ金髪に胸元の開いた赤いドレス、赤い瞳の美女がランバートを見つけて駆け寄り、その首に細い腕を回し抱きつく。それを抱き留めながら、ランバートも嬉しそうに笑った。

「花街の仕事は休みかい?」
「そうよ。そうじゃないと出られないでしょ?」

 どこか幼げな表情は悪戯な笑みを浮かべてランバートの頬にキスをする。それに、ランバートも返して体を離した。
 アネットは下町出身の娼婦だ。西地区の花街は貴族が遊ぶ高級娼婦。それに比べて東地区にあるのは一般の人も遊べる花街で、洗練はされていないが人間くさい女性達が多い。アネットは東地区では大きな娼館の人気娼婦だ。

「ミス・クリスティーナは元気かい?」
「あのお婆様が元気じゃない時なんてあったかしら?」
「お婆様なんて言ったらお小言だろ? まぁ、元気ならいいんだけど」

 楽しそうに笑うアネットに呆れながら、ランバートは隣のスツールに座った。
 ミス・クリスティーナは東地区花街のボスのような人だ。齢六十を超える、かくしゃくとした女性で礼儀に厳しい。元は西地区の高級娼婦でもあったから、厳しく優しい人なのだ。

「リフ、全然遊びに来てくれなくなったんだもん、つまらないわ」
「無茶言うな。騎士団にいるんだからそんなに遊んでいられないだろ」
「そんな事言って、男一本に絞ったんだって噂よ」
「それならそれでいいよ、俺は。大きく事実と離れてないしね」

 男に絞ったとは語弊もあるが、別に自分の性癖を隠すつもりはない。彼女とは何度か遊んだ仲だし、今更だ。

「誰かいい人できたわけ?」
「ん?」

 下世話な話をする女性の、ニヤリとした笑いで見られる。エールを飲みつつそう言われて、ランバートは困った顔で笑った。
 真っ先に浮かんだ黒衣の人を、一生懸命消してみせた。

「ランバートはファウスト様好きだもんなー」
「あの人、超絶美形だろ。お前って面食いだったのな」
「お前ら!」

 背後の席から野次が飛び、ランバートは睨むように声を上げる。何度かファウストに会ったことのある奴らが、大げさな仕草で怯えて笑った。

「ふーん、本気っぽいわね」
「アネット!」
「リフがそんな風にムキになって火消しするって、割とありな時なのよね」

 分かっている女の顔で言われ、言葉がなくなる。アネットは何かと鋭い女性だ。時々ランバート自身が気づいていない心理を言い当てたりもしていた。それを思い出したのだ。

「ねぇ、どんな男なのよ。あんたみたいなつかみ所のない奴を捕まえるなんて、よっぽどいい男なんでしょ」
「そんな」
「いい男もいい男だよな! 男気があって面倒見が良くて、超絶美形で。しかも地位もあるしな」
「あんな男が相手なら、男だってイチコロなんじゃないのか?」
「リフ、随分甘えてるだろ? デュオに甘えてた時みたいな顔してるもんな!」
「お前ら外出ろ! 久々にやってやる!」

 恥ずかしくてならない。自分はそんな顔をしていたのだろうか。そんなつもりはないし、甘えないように気をつけているのに。別に普通だと思っているのに。

「ふーん、いい奴なのね。一度見てみたいわ」
「アネット!」
「いいじゃない、隠さなくても。よかったわね。デュオが死んでから、あんた随分辛そうだったもの。頼る相手がいるって、悪い事じゃないわよ」

 バンバンと、女性としては逞しく背中を叩いて慰められた。ランバートもそれ以上は言わず、赤い顔で酒をあおっていた。

「アネットは最近どうなんだよ。人気なんだって?」
「まぁ、稼いではいるかな。お婆様からはそろそろ明けてもいいって言われてるけれど、行くとこないしね。今は私を迎えてくれる素敵な王子様捜しながらお勤めよ」

 元気な笑みを少し寂しく見てしまう。娼婦達は寿命が短い。二十代の彼女は今が華だが、年齢を重ねるごとに娼婦としての寿命は先細る。運営の方へと移る人もいるが、大抵はどこかにお嫁入りを目指すものだ、若いうちに。アネットも、その一人。

「そうそう、今私を指名してる人がいい感じなのよ!」
「アネット、客のプライバシー」
「お客さんから許可もらってるのよ。その人変わっててね、私を指名してもエッチしないの。お酒やお茶を飲みながら、旅行で行った場所の話とかしてくれるのよ。優しいし、綺麗な人でね」
「花街に来て話し相手をさせているのか?」

 随分変わった客だ。どんな小心な男でも花街に来ればキスの一つくらいはするものだ。そういう場所なのだから。

「あんた以来よ、こんな客。身なりもいいから貴族様かなって思って聞いたらさ、昔ね。だって! どっかの没落貴族かな?」
「さぁ?」
「ケーキとかクッキーとかを持ってきてくれてさ、すっごく優しいの。私の話も聞いてくれてさ、心配したり同意してくれたり」
「気があるんじゃないか?」

 訪ねてきても手も触れない。それなのに差し入れはしている。自分の身の上を語り彼女の身の上を知りたい。これは普通に口説いてるのと同じだ。

「やっぱりそう思う!」
「どういうつもりかは分からないけれど、まったく脈無しじゃないだろ。アネットも気に入ってるだろ?」
「勿論! 酷い抱き方する奴なんて五万といるけど、こんなに丁寧に扱ってくれる人なんて初めてよ」
「俺も優しかったと思うけれど?」
「アンタ完全に遊びだし、最後までしないでしょ。あれって、下手に情をかけてもらってるみたいでちょっと傷つくのよ。こっちも商売、やるならちゃんとお勤めするのに」
「ごめん」
「そういう所! 最終的には友達に会いに来るみたいな感じで遊びにきて話して帰るとか。何がしたいんだよって感じなのよ」
「本当に悪かったって!」

 関係があったのは最初の数回。その後はこのサッパリとした性格が好きで話に行った。落ち込んだ時や悩んだ時に行って、膝枕でもしてもらって落ち着いて動き出していた。

「しかも騎士団に入った事も教えないで、ぱったり来なくなって。もう、いい加減腹が立つったら」
「ごめん、今度美味しいお菓子差し入れるから」
「待ってるわ」

 いい顔でウインク一つ。ランバートは肩を落として彼女には勝てない事をしみじみ感じた。

「大変なんでしょ? 去年、攫われたって」
「あぁ、うん」
「あれって、レンゼール派っていうテロリストの仕業なんでしょ?」

 アネットのその言葉に、ランバートは目を見張る。そして、怖い目で彼女を見てしまった。

「その話、誰から」
「え? あぁ、その変わったお客さん。とても詳しいのよ? 元々は王都に住んでたけど、今は西が拠点なんだって。あんたの事件も知ってたわ」
「他に、何か言ってたか?」
「えっと……組織同士が仲が悪いとか、レンゼール派が大きな事をしようとしてるから気をつけろとか、ルシオって人が消えたとか」

 おかしい。一般人がそんなに詳しく知っているのか? 何より彼女が話しているのはつい最近明らかになったことだ。何より最初のやつだ。去年のファウスト拉致事件がレンゼール派の仕業かもしれないなんて、つい最近入った事なんだ。しかもそれは、まだ語尾に「?」がつくのに言い切るなんて。

「その人、どんな見た目?」
「綺麗よ! 背中まである銀髪に、切れ長の緑の瞳でね、色が白くて天使みたい」
「名前は?」
「カール・ローゼンだって。似合わないだろ? って、恥ずかしそうに言ってたわよ」

 ルシオ・フェルナンデスだと、ランバートは思った。ルシオの特徴を調書で知っていた。長い銀髪に緑の瞳の綺麗な男で、周囲から天使と呼ばれていたらしい。
 しかも名前。カールは皇帝陛下の愛称、ローゼンはクラウルの家名だ。ローゼン家にカールなんて者は、知っているかぎりはいない。
 仕事の顔をするランバートを、アネットは不安そうに見ている。それに苦笑してランバートは頷いた。

「今度、友達誘って遊びにいく。そのお客にも会いたいな」
「会いたいって……明後日来ると思うけれど」
「明後日?」
「うん。来る日決まってるのよ。明後日が丁度その日」

 明後日。ランバートはクラウルに話すかどうか、これ以上首を突っ込むべきかどうかを迷っていた。ただ、知らないで済ませておくことはできなかった。
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