127 / 167
10章:HappyBirthday!
1話:つまらない!
しおりを挟む
頃は六月の始まり。街警から宿舎に戻ったランバートは慣れた日常を送っている。
ある日のラウンジで、レイバンとドゥーガルド、ゼロス、コンラッド、ボリス、チェスター、トレヴァーが集まっている。第四師団は今月が街警当番だ。
「つまんない!」
開口一番レイバンが吠える。それに、周囲の皆もそれぞれ考え込んでいた。
「なんかさ、華がない! 特別感が欲しい!」
「そう唸るな。第一、平和なのが一番じゃないか」
ゼロスが暴れそうなレイバンを宥めている。
ルカを中心とした事件はランバートにとって大きな事件だったが、それは他の隊員には当てはまらない。全てはランバートと各府の団長達の中だけで終わったことで表に出ない。だからこそ、レイバンは刺激が足りないとご立腹だ。
「なんかイベントが欲しいのは頷ける」
珍しくドゥーガルドが腕を組んでそんな事を言う。これにはボリスとコンラッドも同意らしく、頷いていた。
「ミニ闘技大会なんてどうだ?」
「誰が同意するんだそんなの。ドゥーガルドかランバートの圧勝だろ」
「剣ならコンラッドやゼロスも得意だろうが」
「バカ、それこそランバート圧勝だ」
ドゥーガルドの提案はコンラッドによって一蹴される。暴れたいらしい猛獣は待てを言われて唸っている。
「俺としては、もう少し楽しい感じのイベントがいいんだけど」
「例えば?」
「うーん、お祝い事?」
「お祝い事って……余計に難しい事を言う」
ボリスの提案にゼロスが悩む。腕を組んで難しく眉を寄せ首を傾けて。そしてふと、小さな声で呟いた。
「誕生日……とか?」
場が一瞬静かになる。ようやくひねり出したのがそれだ。
「いや、誕生日って。お前何歳だよ」
「俺は二十一だ。コンラッドだって同じだろ」
「まぁ」
「この中で一番年下って誰だ?」
この中では比較的年上のコンラッドとゼロスが互いに話している。コンラッドの問いかけに、レイバンが無言のままにドゥーガルドを指さした。
「こいつ、十八だよ」
「「なにぃぃ!!」」
これには全員口をあんぐり言葉を失った。その中でドゥーガルドだけはどこか恥ずかしそうに頭をかいている。
「いや、可愛くないからな!」
「お前、十八だったんだな」
気色悪いとレイバンが言い、ランバートも思わず呟く。確実に上だと思っていた。何せでかいから。
「そもそもさ、誕生日ってならせめて月だけでも合わせないとだろ。この中に誰かいるのか、六月生まれ」
「あぁ……」
ごもっともなレイバンの言葉に、全員が口を閉ざす。一番大事な大前提を忘れていたようだ。
ふと、ランバートは考える。というよりは、思い出している。そして自信なく手を上げた。
「多分、俺六月生まれだ」
「……へ?」
もの凄く遅れて全員が首を傾げる。何かおかしかったのだろうかと不安になるくらいだ。
「待てランバート、多分ってなんだ」
額に指を当ててゼロスが問う。全員がそれに頷いた。
「いや、祝った記憶が曖昧で。日にちは覚えてないしな」
「自分の誕生日を覚えてないなんてあるのか?」
レイバンまでもが「おいおい」という様子で口元を引きつらせている。
だがそう言われても本当なのだ。六月に祝ってもらっていたように思うが、日にちはまちまちだった。なんせ忙しい人達だ、予定を合わせる事がそもそも難しい。
「うちの家族それぞれ忙しくてさ。父からはカードが送られてくるだけだし、母は思い出したように帰ってきて山盛りのプレゼント置いてくし、兄達も日程合わないからバラバラに祝ってくれるくらいで」
なんというか、場が静かになってしまった。多分自分が常識外なんだと思う。騎士団に入って、ゼロス達と話すようになってそういう事が如実になってきている。
突然ガシッとレイバンが抱き寄せてくる。ボリスの目はウルウルしているし、ゼロスとコンラッドは気遣わしい目だ。そしてなぜかドゥーガルドが泣いている。
「なんて不憫な奴なんだランバートぉぉぉ!」
「え? あぁ、いや……」
「もう、本当に甘えベタなんだから。それ、普通もう少し擦れていい話だよ」
「え? えっと……」
「確かに毎年こんなんじゃ、日にちまで認識してないな」
雄叫びのようなドゥーガルドの声に周りも驚いたらしい。そこに抱きつかれているランバートだ。当然何事かという話になる。
「どうしたの?」
「おい、なんか問題か?」
「楽しそうですねぇ」
ラウンジにいたウェイン、グリフィス、オリヴァーが近づいてくる。心配そうなウェインに視線だけで助けを求めてしまうくらい、現状が理解不能だ。
「ランバートったら、自分の誕生日が分からないなんて言うもので」
「自分の誕生日が分からない?」
目を潤ませたボリスが困ったように言うと、ウェインがそれを拾ってくる。グリフィスとオリヴァーも互いの顔を見て、困惑した顔になった。
「ランバート、どうして自分の誕生日が分からないのですか?」
「同じ日に、家族全員に祝ってもらった記憶もなくて。みんな都合のつく日に言ってくるし、それも毎年違うから認識が薄いんです」
正直あまりこだわった事がないからこうなっている。一応祝ってくれるし、忙しい事情も分かっている。無理を言うほど子供でもないから、素直にその気持ちだけを受け取っていた。
だが、一般的にはそうではないようだ。優しい上官がボリスと同じように目を潤ませて、首に抱きついてきた。
「ランバート不憫だよ! どうして平気にしてるの!」
「いや、だって……」
最初からそうだから、平気もなにも。
「ちなみにお前、今年何歳だ」
「二十歳ですね」
「節目だろうが!」
グリフィスにまで言われてしまう。ちなみに首に抱きついたウェインは既に泣きそうだ。なぜかその頭をランバートがよしよしと撫でている。
「よし、ランバートの誕生日をみんなで祝おう!」
ボリスが決めたように言う。それに、他の全員も強く頷いている。置いていかれたのは祝われるランバート。口を挟む暇もなく、あれよあれよと話が決まり、最終的には「当人はお断り!」とラウンジから出されてしまった。
「……これって、俺が祝われるんだよな?」
すっかり気持ちは除け者だ。ちょっと寂しくなってくる。
「修練場行くか」
少し体を動かして寝よう。そう決めて歩き出し一階へと向かうと、そこでファウストと出会った。
「ランバート?」
「ファウスト様、お疲れ様です」
疲れの色の濃いファウストは手に珍しくコーヒーを持っている。食堂の方から出てきた事を考えると、これから残業なのだろう。
「何か、手伝いましょうか?」
思わず言ってしまった。以前雑用をした関係で、ファウストの仕事はそれなりに把握している。自分が関われない部分なら引き下がるが、そうでなければ手伝いたい。
案の定、ファウストは眉根に皺を作った。
「時期的に、決算書ですか?」
「お前、見たように言うな」
「時期的に。手伝いますよ」
しばらく葛藤があったらしいファウストだが、彼もランバートがこうした仕事を得意としているのを知っている。やがて溜息をついて先を歩き出す。その背を、ランバートはついていった。
騎兵府執務室は相変わらず処理待ちの紙が多い。優先度の高い物から片付けているはずなのに、毎日たまっていく。一日ずっと書類処理が出来る人ではない。朝議はほぼ毎日、訓練をつけ、他の兵府との会議をしたり、時には地方の責任者が来て話をつめたり。
「決算書は俺がやりますから、他の書類の処理をしてください」
「悪いな」
「たいした事じゃありませんよ」
受け取った書類は、それでも半分は終わっている。相変わらず不明金があるが、これも合わせなければ。書類と領収書と元々組まれていた予定経費を一度他の書類に起こし、処理の終わった物については白紙に貼り付けていく。終わると不明金の捜索。これは日々の日誌などを漁れば見つけられる。日付と何に使ったかを日誌から抜粋して書き込んでいく。これが終わってようやく決算書だ。
「相変わらず早いな」
「得意ですよ、俺。ファウスト様とどっちが早いか競ってみますか?」
「負けの見えている勝負はしない」
「賢明ですね」
笑って顔を上げると、ファウストも手を動かしながら笑っていた。その後の視線は紙の上へ。真剣な黒い瞳が流れて行くのを、思わずジッと見てしまう。
あまり、こういう顔は見ないのだ。真剣で静かで、優等生のような顔。動く手はとても滑らかだ。こう見ると、この人も十分優秀なのだと思う。
それを上回る仕事の量が問題なのだろう。
「どうした?」
「あぁ、いいえ」
見とれていたなんて流石に言えなくて、ランバートも手元に集中し始めた。
結局仕事が終わったのは、十時を過ぎた頃だった。決算書類を作り上げ、日々の日誌のファイリングを手伝い、完結している報告書の表を書いてファイリングした。
うんと伸びをするとその肩をポンと叩かれる。肩越しに見上げると、ファウストが申し訳なさそうに笑っている。
「助かった、有り難う」
「いえ」
立ち上がって執務室を出て、ファウストに連れられて修練場の横を通る。
「そういえば俺、体動かそうとか思ってたんでした」
「そうだったのか? 俺で良ければ付き合うが」
「いえ、今日はもう」
明日も仕事だから寝た方がいいだろう。思っていると、不意に頭に手が乗った。
「何かあったか?」
「え?」
「お前が一人で修練場なんて、久しぶりだ。何かあったのか?」
様子を察してくれるように言うファウストに、ランバートは苦笑する。そして思わず思った事を口にした。
「自分の誕生日が分からないって、おかしいですか?」
「ん?」
ファウストまで怪訝な顔をする。これで決定だ、おかしいのは自分だと。
「分からないのか?」
「日付まで認識していなくて」
「祝って貰っていなかったのか?」
「都合のつく日に皆バラバラに祝うので、もういつがそうなんだか」
気遣わしい視線に見られていたたまれない。頭に乗っていた手が優しく撫でるのも恥ずかしい。ブスッとして睨み上げると、笑われた。
「六月だったか」
「はい」
「二十歳か。節目だな」
「えぇ」
「実家に帰るのか?」
問われて、首を横に振る。特にそういう予定はないし、戻ったからといって誰かがいるとも限らない。皆忙しくあちこち行くから。
「ゼロス達が祝うって騒いでます。俺には当日まで秘密だって」
「それで拗ねていたのか」
「拗ねてなんて!」
「抜け者にされて、拗ねたんだろ?」
おかしそうに笑われると反論できない。そう、拗ねたのだ。なんだかとても寂しかった。
「お前を楽しませたいと思っているんだ、少し我慢してやれ」
「べつに、俺が頼んだ事じゃ」
「素直に喜べ。お前が仲間に受け入れられた証拠だ」
「酒の肴に特別なご馳走が欲しかっただけですよ」
「だとしても、根底には祝福があるんだ。可愛くない事を言うと離れて行くぞ」
少しだけ窘められ、コンと優しく頭を叩かれる。見上げる先の瞳は柔らかく穏やかで、浮かべる笑みはどこまでも優しいものだ。
「しばらく俺が相手をしてやる。腐らず受け取れ。いいものだぞ、きっと」
「……分かりました」
さっきまでのモヤモヤが晴れる。素直に言ったランバートの頭を、ファウストが柔らかく撫でていった。
ある日のラウンジで、レイバンとドゥーガルド、ゼロス、コンラッド、ボリス、チェスター、トレヴァーが集まっている。第四師団は今月が街警当番だ。
「つまんない!」
開口一番レイバンが吠える。それに、周囲の皆もそれぞれ考え込んでいた。
「なんかさ、華がない! 特別感が欲しい!」
「そう唸るな。第一、平和なのが一番じゃないか」
ゼロスが暴れそうなレイバンを宥めている。
ルカを中心とした事件はランバートにとって大きな事件だったが、それは他の隊員には当てはまらない。全てはランバートと各府の団長達の中だけで終わったことで表に出ない。だからこそ、レイバンは刺激が足りないとご立腹だ。
「なんかイベントが欲しいのは頷ける」
珍しくドゥーガルドが腕を組んでそんな事を言う。これにはボリスとコンラッドも同意らしく、頷いていた。
「ミニ闘技大会なんてどうだ?」
「誰が同意するんだそんなの。ドゥーガルドかランバートの圧勝だろ」
「剣ならコンラッドやゼロスも得意だろうが」
「バカ、それこそランバート圧勝だ」
ドゥーガルドの提案はコンラッドによって一蹴される。暴れたいらしい猛獣は待てを言われて唸っている。
「俺としては、もう少し楽しい感じのイベントがいいんだけど」
「例えば?」
「うーん、お祝い事?」
「お祝い事って……余計に難しい事を言う」
ボリスの提案にゼロスが悩む。腕を組んで難しく眉を寄せ首を傾けて。そしてふと、小さな声で呟いた。
「誕生日……とか?」
場が一瞬静かになる。ようやくひねり出したのがそれだ。
「いや、誕生日って。お前何歳だよ」
「俺は二十一だ。コンラッドだって同じだろ」
「まぁ」
「この中で一番年下って誰だ?」
この中では比較的年上のコンラッドとゼロスが互いに話している。コンラッドの問いかけに、レイバンが無言のままにドゥーガルドを指さした。
「こいつ、十八だよ」
「「なにぃぃ!!」」
これには全員口をあんぐり言葉を失った。その中でドゥーガルドだけはどこか恥ずかしそうに頭をかいている。
「いや、可愛くないからな!」
「お前、十八だったんだな」
気色悪いとレイバンが言い、ランバートも思わず呟く。確実に上だと思っていた。何せでかいから。
「そもそもさ、誕生日ってならせめて月だけでも合わせないとだろ。この中に誰かいるのか、六月生まれ」
「あぁ……」
ごもっともなレイバンの言葉に、全員が口を閉ざす。一番大事な大前提を忘れていたようだ。
ふと、ランバートは考える。というよりは、思い出している。そして自信なく手を上げた。
「多分、俺六月生まれだ」
「……へ?」
もの凄く遅れて全員が首を傾げる。何かおかしかったのだろうかと不安になるくらいだ。
「待てランバート、多分ってなんだ」
額に指を当ててゼロスが問う。全員がそれに頷いた。
「いや、祝った記憶が曖昧で。日にちは覚えてないしな」
「自分の誕生日を覚えてないなんてあるのか?」
レイバンまでもが「おいおい」という様子で口元を引きつらせている。
だがそう言われても本当なのだ。六月に祝ってもらっていたように思うが、日にちはまちまちだった。なんせ忙しい人達だ、予定を合わせる事がそもそも難しい。
「うちの家族それぞれ忙しくてさ。父からはカードが送られてくるだけだし、母は思い出したように帰ってきて山盛りのプレゼント置いてくし、兄達も日程合わないからバラバラに祝ってくれるくらいで」
なんというか、場が静かになってしまった。多分自分が常識外なんだと思う。騎士団に入って、ゼロス達と話すようになってそういう事が如実になってきている。
突然ガシッとレイバンが抱き寄せてくる。ボリスの目はウルウルしているし、ゼロスとコンラッドは気遣わしい目だ。そしてなぜかドゥーガルドが泣いている。
「なんて不憫な奴なんだランバートぉぉぉ!」
「え? あぁ、いや……」
「もう、本当に甘えベタなんだから。それ、普通もう少し擦れていい話だよ」
「え? えっと……」
「確かに毎年こんなんじゃ、日にちまで認識してないな」
雄叫びのようなドゥーガルドの声に周りも驚いたらしい。そこに抱きつかれているランバートだ。当然何事かという話になる。
「どうしたの?」
「おい、なんか問題か?」
「楽しそうですねぇ」
ラウンジにいたウェイン、グリフィス、オリヴァーが近づいてくる。心配そうなウェインに視線だけで助けを求めてしまうくらい、現状が理解不能だ。
「ランバートったら、自分の誕生日が分からないなんて言うもので」
「自分の誕生日が分からない?」
目を潤ませたボリスが困ったように言うと、ウェインがそれを拾ってくる。グリフィスとオリヴァーも互いの顔を見て、困惑した顔になった。
「ランバート、どうして自分の誕生日が分からないのですか?」
「同じ日に、家族全員に祝ってもらった記憶もなくて。みんな都合のつく日に言ってくるし、それも毎年違うから認識が薄いんです」
正直あまりこだわった事がないからこうなっている。一応祝ってくれるし、忙しい事情も分かっている。無理を言うほど子供でもないから、素直にその気持ちだけを受け取っていた。
だが、一般的にはそうではないようだ。優しい上官がボリスと同じように目を潤ませて、首に抱きついてきた。
「ランバート不憫だよ! どうして平気にしてるの!」
「いや、だって……」
最初からそうだから、平気もなにも。
「ちなみにお前、今年何歳だ」
「二十歳ですね」
「節目だろうが!」
グリフィスにまで言われてしまう。ちなみに首に抱きついたウェインは既に泣きそうだ。なぜかその頭をランバートがよしよしと撫でている。
「よし、ランバートの誕生日をみんなで祝おう!」
ボリスが決めたように言う。それに、他の全員も強く頷いている。置いていかれたのは祝われるランバート。口を挟む暇もなく、あれよあれよと話が決まり、最終的には「当人はお断り!」とラウンジから出されてしまった。
「……これって、俺が祝われるんだよな?」
すっかり気持ちは除け者だ。ちょっと寂しくなってくる。
「修練場行くか」
少し体を動かして寝よう。そう決めて歩き出し一階へと向かうと、そこでファウストと出会った。
「ランバート?」
「ファウスト様、お疲れ様です」
疲れの色の濃いファウストは手に珍しくコーヒーを持っている。食堂の方から出てきた事を考えると、これから残業なのだろう。
「何か、手伝いましょうか?」
思わず言ってしまった。以前雑用をした関係で、ファウストの仕事はそれなりに把握している。自分が関われない部分なら引き下がるが、そうでなければ手伝いたい。
案の定、ファウストは眉根に皺を作った。
「時期的に、決算書ですか?」
「お前、見たように言うな」
「時期的に。手伝いますよ」
しばらく葛藤があったらしいファウストだが、彼もランバートがこうした仕事を得意としているのを知っている。やがて溜息をついて先を歩き出す。その背を、ランバートはついていった。
騎兵府執務室は相変わらず処理待ちの紙が多い。優先度の高い物から片付けているはずなのに、毎日たまっていく。一日ずっと書類処理が出来る人ではない。朝議はほぼ毎日、訓練をつけ、他の兵府との会議をしたり、時には地方の責任者が来て話をつめたり。
「決算書は俺がやりますから、他の書類の処理をしてください」
「悪いな」
「たいした事じゃありませんよ」
受け取った書類は、それでも半分は終わっている。相変わらず不明金があるが、これも合わせなければ。書類と領収書と元々組まれていた予定経費を一度他の書類に起こし、処理の終わった物については白紙に貼り付けていく。終わると不明金の捜索。これは日々の日誌などを漁れば見つけられる。日付と何に使ったかを日誌から抜粋して書き込んでいく。これが終わってようやく決算書だ。
「相変わらず早いな」
「得意ですよ、俺。ファウスト様とどっちが早いか競ってみますか?」
「負けの見えている勝負はしない」
「賢明ですね」
笑って顔を上げると、ファウストも手を動かしながら笑っていた。その後の視線は紙の上へ。真剣な黒い瞳が流れて行くのを、思わずジッと見てしまう。
あまり、こういう顔は見ないのだ。真剣で静かで、優等生のような顔。動く手はとても滑らかだ。こう見ると、この人も十分優秀なのだと思う。
それを上回る仕事の量が問題なのだろう。
「どうした?」
「あぁ、いいえ」
見とれていたなんて流石に言えなくて、ランバートも手元に集中し始めた。
結局仕事が終わったのは、十時を過ぎた頃だった。決算書類を作り上げ、日々の日誌のファイリングを手伝い、完結している報告書の表を書いてファイリングした。
うんと伸びをするとその肩をポンと叩かれる。肩越しに見上げると、ファウストが申し訳なさそうに笑っている。
「助かった、有り難う」
「いえ」
立ち上がって執務室を出て、ファウストに連れられて修練場の横を通る。
「そういえば俺、体動かそうとか思ってたんでした」
「そうだったのか? 俺で良ければ付き合うが」
「いえ、今日はもう」
明日も仕事だから寝た方がいいだろう。思っていると、不意に頭に手が乗った。
「何かあったか?」
「え?」
「お前が一人で修練場なんて、久しぶりだ。何かあったのか?」
様子を察してくれるように言うファウストに、ランバートは苦笑する。そして思わず思った事を口にした。
「自分の誕生日が分からないって、おかしいですか?」
「ん?」
ファウストまで怪訝な顔をする。これで決定だ、おかしいのは自分だと。
「分からないのか?」
「日付まで認識していなくて」
「祝って貰っていなかったのか?」
「都合のつく日に皆バラバラに祝うので、もういつがそうなんだか」
気遣わしい視線に見られていたたまれない。頭に乗っていた手が優しく撫でるのも恥ずかしい。ブスッとして睨み上げると、笑われた。
「六月だったか」
「はい」
「二十歳か。節目だな」
「えぇ」
「実家に帰るのか?」
問われて、首を横に振る。特にそういう予定はないし、戻ったからといって誰かがいるとも限らない。皆忙しくあちこち行くから。
「ゼロス達が祝うって騒いでます。俺には当日まで秘密だって」
「それで拗ねていたのか」
「拗ねてなんて!」
「抜け者にされて、拗ねたんだろ?」
おかしそうに笑われると反論できない。そう、拗ねたのだ。なんだかとても寂しかった。
「お前を楽しませたいと思っているんだ、少し我慢してやれ」
「べつに、俺が頼んだ事じゃ」
「素直に喜べ。お前が仲間に受け入れられた証拠だ」
「酒の肴に特別なご馳走が欲しかっただけですよ」
「だとしても、根底には祝福があるんだ。可愛くない事を言うと離れて行くぞ」
少しだけ窘められ、コンと優しく頭を叩かれる。見上げる先の瞳は柔らかく穏やかで、浮かべる笑みはどこまでも優しいものだ。
「しばらく俺が相手をしてやる。腐らず受け取れ。いいものだぞ、きっと」
「……分かりました」
さっきまでのモヤモヤが晴れる。素直に言ったランバートの頭を、ファウストが柔らかく撫でていった。
10
お気に入りに追加
496
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
婚約破棄と言われても・・・
相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」
と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。
しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・
よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
***********************************************
誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる