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10章:HappyBirthday!

1話:つまらない!

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 頃は六月の始まり。街警から宿舎に戻ったランバートは慣れた日常を送っている。
 ある日のラウンジで、レイバンとドゥーガルド、ゼロス、コンラッド、ボリス、チェスター、トレヴァーが集まっている。第四師団は今月が街警当番だ。

「つまんない!」

 開口一番レイバンが吠える。それに、周囲の皆もそれぞれ考え込んでいた。

「なんかさ、華がない! 特別感が欲しい!」
「そう唸るな。第一、平和なのが一番じゃないか」

 ゼロスが暴れそうなレイバンを宥めている。
 ルカを中心とした事件はランバートにとって大きな事件だったが、それは他の隊員には当てはまらない。全てはランバートと各府の団長達の中だけで終わったことで表に出ない。だからこそ、レイバンは刺激が足りないとご立腹だ。

「なんかイベントが欲しいのは頷ける」

 珍しくドゥーガルドが腕を組んでそんな事を言う。これにはボリスとコンラッドも同意らしく、頷いていた。

「ミニ闘技大会なんてどうだ?」
「誰が同意するんだそんなの。ドゥーガルドかランバートの圧勝だろ」
「剣ならコンラッドやゼロスも得意だろうが」
「バカ、それこそランバート圧勝だ」

 ドゥーガルドの提案はコンラッドによって一蹴される。暴れたいらしい猛獣は待てを言われて唸っている。

「俺としては、もう少し楽しい感じのイベントがいいんだけど」
「例えば?」
「うーん、お祝い事?」
「お祝い事って……余計に難しい事を言う」

 ボリスの提案にゼロスが悩む。腕を組んで難しく眉を寄せ首を傾けて。そしてふと、小さな声で呟いた。

「誕生日……とか?」

 場が一瞬静かになる。ようやくひねり出したのがそれだ。

「いや、誕生日って。お前何歳だよ」
「俺は二十一だ。コンラッドだって同じだろ」
「まぁ」
「この中で一番年下って誰だ?」

 この中では比較的年上のコンラッドとゼロスが互いに話している。コンラッドの問いかけに、レイバンが無言のままにドゥーガルドを指さした。

「こいつ、十八だよ」
「「なにぃぃ!!」」

 これには全員口をあんぐり言葉を失った。その中でドゥーガルドだけはどこか恥ずかしそうに頭をかいている。

「いや、可愛くないからな!」
「お前、十八だったんだな」

 気色悪いとレイバンが言い、ランバートも思わず呟く。確実に上だと思っていた。何せでかいから。

「そもそもさ、誕生日ってならせめて月だけでも合わせないとだろ。この中に誰かいるのか、六月生まれ」
「あぁ……」

 ごもっともなレイバンの言葉に、全員が口を閉ざす。一番大事な大前提を忘れていたようだ。
 ふと、ランバートは考える。というよりは、思い出している。そして自信なく手を上げた。

「多分、俺六月生まれだ」
「……へ?」

 もの凄く遅れて全員が首を傾げる。何かおかしかったのだろうかと不安になるくらいだ。

「待てランバート、多分ってなんだ」

 額に指を当ててゼロスが問う。全員がそれに頷いた。

「いや、祝った記憶が曖昧で。日にちは覚えてないしな」
「自分の誕生日を覚えてないなんてあるのか?」

 レイバンまでもが「おいおい」という様子で口元を引きつらせている。
 だがそう言われても本当なのだ。六月に祝ってもらっていたように思うが、日にちはまちまちだった。なんせ忙しい人達だ、予定を合わせる事がそもそも難しい。

「うちの家族それぞれ忙しくてさ。父からはカードが送られてくるだけだし、母は思い出したように帰ってきて山盛りのプレゼント置いてくし、兄達も日程合わないからバラバラに祝ってくれるくらいで」

 なんというか、場が静かになってしまった。多分自分が常識外なんだと思う。騎士団に入って、ゼロス達と話すようになってそういう事が如実になってきている。
 突然ガシッとレイバンが抱き寄せてくる。ボリスの目はウルウルしているし、ゼロスとコンラッドは気遣わしい目だ。そしてなぜかドゥーガルドが泣いている。

「なんて不憫な奴なんだランバートぉぉぉ!」
「え? あぁ、いや……」
「もう、本当に甘えベタなんだから。それ、普通もう少し擦れていい話だよ」
「え? えっと……」
「確かに毎年こんなんじゃ、日にちまで認識してないな」

 雄叫びのようなドゥーガルドの声に周りも驚いたらしい。そこに抱きつかれているランバートだ。当然何事かという話になる。

「どうしたの?」
「おい、なんか問題か?」
「楽しそうですねぇ」

 ラウンジにいたウェイン、グリフィス、オリヴァーが近づいてくる。心配そうなウェインに視線だけで助けを求めてしまうくらい、現状が理解不能だ。

「ランバートったら、自分の誕生日が分からないなんて言うもので」
「自分の誕生日が分からない?」

 目を潤ませたボリスが困ったように言うと、ウェインがそれを拾ってくる。グリフィスとオリヴァーも互いの顔を見て、困惑した顔になった。

「ランバート、どうして自分の誕生日が分からないのですか?」
「同じ日に、家族全員に祝ってもらった記憶もなくて。みんな都合のつく日に言ってくるし、それも毎年違うから認識が薄いんです」

 正直あまりこだわった事がないからこうなっている。一応祝ってくれるし、忙しい事情も分かっている。無理を言うほど子供でもないから、素直にその気持ちだけを受け取っていた。
 だが、一般的にはそうではないようだ。優しい上官がボリスと同じように目を潤ませて、首に抱きついてきた。

「ランバート不憫だよ! どうして平気にしてるの!」
「いや、だって……」

 最初からそうだから、平気もなにも。

「ちなみにお前、今年何歳だ」
「二十歳ですね」
「節目だろうが!」

 グリフィスにまで言われてしまう。ちなみに首に抱きついたウェインは既に泣きそうだ。なぜかその頭をランバートがよしよしと撫でている。

「よし、ランバートの誕生日をみんなで祝おう!」

 ボリスが決めたように言う。それに、他の全員も強く頷いている。置いていかれたのは祝われるランバート。口を挟む暇もなく、あれよあれよと話が決まり、最終的には「当人はお断り!」とラウンジから出されてしまった。

「……これって、俺が祝われるんだよな?」

 すっかり気持ちは除け者だ。ちょっと寂しくなってくる。

「修練場行くか」

 少し体を動かして寝よう。そう決めて歩き出し一階へと向かうと、そこでファウストと出会った。

「ランバート?」
「ファウスト様、お疲れ様です」

 疲れの色の濃いファウストは手に珍しくコーヒーを持っている。食堂の方から出てきた事を考えると、これから残業なのだろう。

「何か、手伝いましょうか?」

 思わず言ってしまった。以前雑用をした関係で、ファウストの仕事はそれなりに把握している。自分が関われない部分なら引き下がるが、そうでなければ手伝いたい。
 案の定、ファウストは眉根に皺を作った。

「時期的に、決算書ですか?」
「お前、見たように言うな」
「時期的に。手伝いますよ」

 しばらく葛藤があったらしいファウストだが、彼もランバートがこうした仕事を得意としているのを知っている。やがて溜息をついて先を歩き出す。その背を、ランバートはついていった。
 騎兵府執務室は相変わらず処理待ちの紙が多い。優先度の高い物から片付けているはずなのに、毎日たまっていく。一日ずっと書類処理が出来る人ではない。朝議はほぼ毎日、訓練をつけ、他の兵府との会議をしたり、時には地方の責任者が来て話をつめたり。

「決算書は俺がやりますから、他の書類の処理をしてください」
「悪いな」
「たいした事じゃありませんよ」

 受け取った書類は、それでも半分は終わっている。相変わらず不明金があるが、これも合わせなければ。書類と領収書と元々組まれていた予定経費を一度他の書類に起こし、処理の終わった物については白紙に貼り付けていく。終わると不明金の捜索。これは日々の日誌などを漁れば見つけられる。日付と何に使ったかを日誌から抜粋して書き込んでいく。これが終わってようやく決算書だ。

「相変わらず早いな」
「得意ですよ、俺。ファウスト様とどっちが早いか競ってみますか?」
「負けの見えている勝負はしない」
「賢明ですね」

 笑って顔を上げると、ファウストも手を動かしながら笑っていた。その後の視線は紙の上へ。真剣な黒い瞳が流れて行くのを、思わずジッと見てしまう。
 あまり、こういう顔は見ないのだ。真剣で静かで、優等生のような顔。動く手はとても滑らかだ。こう見ると、この人も十分優秀なのだと思う。
 それを上回る仕事の量が問題なのだろう。

「どうした?」
「あぁ、いいえ」

 見とれていたなんて流石に言えなくて、ランバートも手元に集中し始めた。

 結局仕事が終わったのは、十時を過ぎた頃だった。決算書類を作り上げ、日々の日誌のファイリングを手伝い、完結している報告書の表を書いてファイリングした。
 うんと伸びをするとその肩をポンと叩かれる。肩越しに見上げると、ファウストが申し訳なさそうに笑っている。

「助かった、有り難う」
「いえ」

 立ち上がって執務室を出て、ファウストに連れられて修練場の横を通る。

「そういえば俺、体動かそうとか思ってたんでした」
「そうだったのか? 俺で良ければ付き合うが」
「いえ、今日はもう」

 明日も仕事だから寝た方がいいだろう。思っていると、不意に頭に手が乗った。

「何かあったか?」
「え?」
「お前が一人で修練場なんて、久しぶりだ。何かあったのか?」

 様子を察してくれるように言うファウストに、ランバートは苦笑する。そして思わず思った事を口にした。

「自分の誕生日が分からないって、おかしいですか?」
「ん?」

 ファウストまで怪訝な顔をする。これで決定だ、おかしいのは自分だと。

「分からないのか?」
「日付まで認識していなくて」
「祝って貰っていなかったのか?」
「都合のつく日に皆バラバラに祝うので、もういつがそうなんだか」

 気遣わしい視線に見られていたたまれない。頭に乗っていた手が優しく撫でるのも恥ずかしい。ブスッとして睨み上げると、笑われた。

「六月だったか」
「はい」
「二十歳か。節目だな」
「えぇ」
「実家に帰るのか?」

 問われて、首を横に振る。特にそういう予定はないし、戻ったからといって誰かがいるとも限らない。皆忙しくあちこち行くから。

「ゼロス達が祝うって騒いでます。俺には当日まで秘密だって」
「それで拗ねていたのか」
「拗ねてなんて!」
「抜け者にされて、拗ねたんだろ?」

 おかしそうに笑われると反論できない。そう、拗ねたのだ。なんだかとても寂しかった。

「お前を楽しませたいと思っているんだ、少し我慢してやれ」
「べつに、俺が頼んだ事じゃ」
「素直に喜べ。お前が仲間に受け入れられた証拠だ」
「酒の肴に特別なご馳走が欲しかっただけですよ」
「だとしても、根底には祝福があるんだ。可愛くない事を言うと離れて行くぞ」

 少しだけ窘められ、コンと優しく頭を叩かれる。見上げる先の瞳は柔らかく穏やかで、浮かべる笑みはどこまでも優しいものだ。

「しばらく俺が相手をしてやる。腐らず受け取れ。いいものだぞ、きっと」
「……分かりました」

 さっきまでのモヤモヤが晴れる。素直に言ったランバートの頭を、ファウストが柔らかく撫でていった。
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