上 下
111 / 167
9章:帰りたい場所

7話:割れた窓

しおりを挟む
 事件から一週間が経とうとしている。その間、内務で大きな動きがあった。黒幕の名が知れた事で地方での悪事もつまびらかとなったのだ。それもあり、内務はブルーノの聴取を始めている。当然店から客は消え、今では寂しいものだ。
 良い事も起こっている。奴らの影に怯えて閉めていた店が再開しはじめたのだ。これには多くの貴族も喜び、安堵している。
 ルカの日常も穏やかだ。あれ以来、嫌がらせは起こっていない。店は平和なものだ。いや、以前よりも賑やかになっている。ルカの側にいるレオは店のマスコットのようになり、客人達にも人気だ。お菓子を貰って喜んだり、頭を撫でられてくすぐったくしたりする光景をランバートも何度か目撃した。

 一週間が経ち、ランバートはルカに呼ばれた。理由はおおかた察しが付く。レオの契約更新期間が来たので、彼の今後をどうするか。その話し合いだった。
 レオは複雑な顔をしている。いや、むしろ泣きそうだ。笑顔が多く、逆に泣き顔など見せる事のない強情な彼がこんな顔をするのは珍しい。それほどここを気に入ってくれたのは嬉しい事だった。

「ランバートさん、レオくんの今後のことなんだけれどね」

 ルカはどう言おうかという顔をしている。とても考えていて、辛そうだった。

「まずは、レオに今後どうしたいかを聞いてもいいですか?」

 ランバートとしては花街に戻るよりも先のある道を進んでもらいたい。ルカさえ許すなら、このままここに置いてほしいとさえ思っている。
 レオの事は小さな頃から知っている。強かな子で、大抵の事に動じない度胸がある。同時に、まだ守られる年齢なのに一人で生きる術を身につけた彼が不憫でならなかった。そんな思いがあるからだろう、ランバートもジンもレオには甘い。

「レオくん、君は今度どうしたいのかな?」
「どうって……」

 戸惑っている。それは頷ける。レオは自身の希望など持たない。待遇や給料の交渉はしても、自由な選択肢など与えられていなかったのだ。そんな子にいきなり選択をしろと言っても、選べるか。
 ランバートはレオの前に膝をついて目を見て話した。

「レオの思うとおりに言えばいいんだ。我が儘だなんて思わなくてもいい。遠慮なんてしなくていい。綺麗な答えも必要ない。甘えでもいいから、言ってみろ」
「でも」
「いいんだよ、レオくん。僕もね、レオくんの気持ちを聞きたい。レオくんがどう思っているかを聞きたいんだ。だから、素直に教えて」

 二人の大人に言われ、レオはもの凄く困った泣きそうな顔で俯き、モジモジとしながら小さな声で呟いた。

「ここが、好きです」

 そのとても小さな言葉に、ルカはとても嬉しそうな顔をして頷いた。

「それじゃあ、これからも僕の店で働いてくれるかな?」
「でも、いいの?」
「うん、勿論! 僕もレオくんが好きだし、助かるよ。それにね、よかったら小間使いじゃなくて弟子としてやってみない?」
「え?!」

 レオのオレンジの目がまん丸になっていく。これにはランバートも驚いてルカを見た。ルカだけはずっと考えていたのか、淀みない様子で強く頷いた。

「僕も先代とは血のつながりなんてないし、技術と気持ちを継いでくれるなら何も気にしない。今は僕の爺様が元気で現役をしているから自由に出来るけど、それもずっとじゃない。いつかは爺様の跡を継がなきゃいけないから、その時にこの店をたたむのが嫌だなって思ってたんだ」

 苦笑したルカはレオの肩を叩いて一つ頷く。レオはルカを見て、やはり頷いた。

「弟子として、僕の持てる技術と気持ちを伝えたい。レオくんは客商売には向いていると思うし、手先も器用で気遣いもできるから大丈夫。ゆっくり少しずつ、一緒にやっていこう?」
「俺でいいの?」
「勿論! レオくんだから、僕は弟子にしたいって思ったんだよ」

 頭を撫でて「お願い」と言うルカの前で、レオは大きな目からたっぷりと涙を流した。嬉しそうに笑いながら、流れた涙は止まらずに流れ続けている。ルカが慌ててハンカチを当てるが、直ぐにぐっしょりと濡れた。

「良かったな、レオ」
「有り難うリフ!」
「うわぁ! お前、涙と鼻水ぬぐうな!」

 飛び込んだレオがランバートの胸におさまり、顔をグリグリする。服の胸元が濡れるが、見ると鼻水もだ。思わず言うと確信犯のレオは笑い、その後ろでルカもくすくすと笑っている。

「そういう事なら今日はお祝い! ケーキ買ってきたんだ」
「ケーキ!」
「食べようね。ランバートさんも」
「俺も?」
「勿論だよ!」

 満面の笑みを浮かべたルカの幸せそうな顔がどこかくすぐったく、嬉しそうに子供らしくはしゃぐレオの愛らしさもあってランバートの心にもほっこりと、温かな気持ちが生まれていた。

◆◇◆

 その翌日、ランバートは仕事終わりに宿舎に行った。ファウストにルカとレオの事を話しておくためだった。
 久しぶりにファウストやシウス達と夕食を食べ、いつもの三階テラスへ。そこで昨日の話をすると、思ったよりも嬉しそうにファウストは笑った。

「そうか、あの子がルカの弟子になったか」
「嬉しそうにしていましたよ。ルカさん、色々用意していたみたいです。寝間着に、部屋のプレートも」
「そうか」

 嬉しそうな笑みはレオの事も気にしてくれていたんだと分かる。この人の愛情深さにランバートも笑みが浮かぶ。
 昨夜こっそり、ルカはランバートに耳打ちした。「ランバートさんを呼んだのは、レオくんを引き留めたかったから」なんだと。
 最初から引き留めたいと思っていた。けれどそれはルカの勝手で、レオは違う道を選ぶかもしれない。彼の意志を確かめてから、説得なりをしようとしていたらしい。全てが杞憂に終わったけれど。

「店も賑やかになるな」
「既にあの店の客人は皆、レオにメロメロですよ。明るくて笑顔で気遣い上手なんて、商売人には必要スキルですから」
「ルカもよくお菓子を貰うと言っていたな」
「ルカさんも愛らしい人で、人懐っこいところがありますからね」
「お菓子で溢れそうだぞ」
「本当に」

 そんな事を言って笑い合う。プライベートな共通点ができたようで、どこかくすぐったい嬉しさがある。まるでこの人の家族の中に入れたような気がしたのだ。

「今度俺も様子を見に行こう」
「俺は明日、少し早い上がりなので夕刻にでも行こうと思っています」
「俺もそれに合わせようか。ケーキでも買って」
「餌付けしてませんよね?」
「さぁ、どうかな?」

 悪戯っぽく片眉が上がり、口元がニヤリと笑みの形を作る。団長の顔ではなく、プライベートに近い顔。最近その違いが少し分かるようになった。それもまた、嬉しかったりする。

「さて、それでは戻ります」
「あぁ、気をつけて」
「何にですか?」
「それもそうか」

 送り出すファウストに丁寧に礼をして、ランバートは西砦へと戻る。その足取りはどこか弾んでいた。

◆◇◆

 翌日、まだ空は染まり始めたばかりだった。ランバートは仕事を終えてルカの店に向かっている。店内はまだ明かりがついていて、窓からルカの姿が見えた。掃除をしているようだ。
 店の戸は閉まっているが、ルカはすぐにランバートに気づいて扉を開けた。店の中に招かれたランバートは掃除をしているルカを見て首を傾げた。

「レオはどうしたんですか?」
「レオくんには夕飯のお買い物に行ってもらったんだ。この時間に安くなる店が多いんだって。お店も閉めたし、お願いしちゃった」
「そうでしたか」

 店のドアに鍵をかけたルカはランバートに席を勧める。掃除を手伝うつもりだったのだが、「それは僕の仕事」と押し切られてしまった。

「そういえば、ファウスト様が今日来るそうですよ」
「兄さんが? どうして?」
「レオがルカさんの弟子になったお祝いに」
「ふふっ、そういうことなら歓迎しないと」

 ルカもくすぐったそうに笑った。純粋に嬉しいんだと思う。

「掃除早く終わらせて、お祝いの準備しないとね」
「俺も食事の準備手伝うよ」
「いいの?」
「勿論」
「嬉しいな。ランバートさんのご飯、とっても美味しいんだもん」
「任せてよ」

 こんな感じの会話も最近では慣れた。ルカは親しい友人か、家族のようにランバートを受け入れてくれる。最初は少しくすぐったいのと、いいのだろうかという戸惑いがあった。だが今はこれが普通になってきた。
 忙しく動くルカが身をかがめて集めたゴミを取り始める。その背後に、ランバートは何かを見た。それは遠く複数の影。それが何かを大きく振りかぶったように見えた。

「ルカさん!」

 しゃがみ込んだルカの背をめがけ、何かが飛んでくる。それが何かを認識するよりも早く、ランバートは庇うように抱き寄せてショーウィンドーに背を向けた。
 ガラスの割れる音と、左の肩甲骨の辺りに強く当たる硬いもの。額や背にも鋭い痛みが走る。それに思わず眉を寄せると、腕の中でルカが目を見張って震えていた。

「ランバートさん!」

 慌てた声に伸びた手が額を押さえる。その手が染まって行くのをぼんやりと見た。目も少し痛いが、入っただろうか。ルカの顔や服にもポタポタと血が落ちていく。

「怪我ありませんか?」
「怪我をしたのはランバートさんだよ! どうして」

 涙を浮かべて震える人がなんだか気の毒だった。そんなに深い傷では無いと思うが、額を切っているから出血の量は多い。見慣れないと驚くだろう。

「ただいまー。ルカさん、そこでファウスト様に会ったよ」
「ルカ、どうした?」

 裏の道を通ってきたのだろうレオが、起こった事を知らないまま暢気に声をかけてくる。一緒にファウストの声も。ルカは顔を上げ、涙をたっぷりに溜めて声を張った。

「兄さん来て! ランバートさんが!」

 涙に濡れて必死な声にすぐさま足音が駆けてくる。そうして顔を覗かせた人は、一瞬で表情を強ばらせた。

「ランバート!」

 膝をついたランバートの直ぐ側に来て、ルカに替わって体を支えてくれる。そして、背に刺さっているガラス片を一つずつ丁寧に抜いていく。その側ではレオも青い顔をしていた。

「レオ、西砦へ走ってくれ。その後で、中央関所のウェインという隊員にも」
「分かった!」

 さすがは東地区の暗黒時代を知っている。青い顔をしながらもすぐさま動ける。レオはバタバタと走り出していく。

「平気か?」
「少し切りましたが」
「かなりだ」

 そう言いながらファウストはルカが持ってきたタオルを額に当てて押さえる。そして、周囲に落ちていた石を拾い上げた。
 かなり大きく、人の拳ほどはある。ゴツゴツとして角があり、かなり硬いものだった。

「これが当たったのか。ルカ、氷を。あと、バスタオルを一つ」
「分かった」

 よろよろと奥へと消えていくルカを見て、申し訳ない気持ちになる。今日は楽しい日になるはずだったのに、台無しにしてしまった。
 だが、あのままでは怪我をしたのはルカだ。鍛えているランバートならまだしも、ルカでは大怪我になりかねない。その事態だけは回避できた。それだけでランバートは満足だった。

「立てるか?」
「えぇ、問題ありません」

 ファウストの手を借りて立ち上がり、椅子に場所を移す。木の丸椅子に腰を下ろすと上の服を剥ぎ取られ、背を綺麗に洗われる。その手つきは優しくて、くすぐったくてもぞもぞとした。

「動くな」
「くすぐったいです」
「そんな事を言える状況か。数カ所深い傷があるな。少し縫うことになりそうだ。それに、石がぶつかった部分が酷い内出血をしている。痛むぞ」
「止血だけできれば」
「今日は宿舎だ。エリオットに治療してもらえ」
「お手数ですし」
「それがあいつの仕事だ。隠せば余計に怒るぞ」

 それは容易に想像ができる。いつも優しく癒やしすらも感じるエリオットは、怪我人や病人に対しては容赦がない。隠そうものなら容赦なく引っ張っていき、ベッドに転がし治療する。その時の顔は医者というよりも殺人犯だ。

「兄さん、タオルと氷」
「あぁ、すまない。ランバート、少し押さえるから痛かったら言え」

 バスタオルで傷を圧迫し、氷で内出血している部分を押さえる。多少痛みはあるが、それほどではない。側ではルカが未だに泣きそうな顔をしていた。

「ごめんなさい、ランバートさん。僕のせいで、こんな」
「何言ってるの? ルカさんのせいじゃないでしょ? それに俺は平気だよ、これでも騎士なんだから」

 顔や服が汚れたままだ。気になって拭おうとしたけれど、そもそも自分の手が汚れている。額に当てていたタオルも同じ。どうにももどかしく笑うと、余計に泣かれそうになってしまった。

「泣かないで、ルカさん。本当に、見た目ほど深くはないから」

 こういう時、なんて慰めたらいいんだろう。自分の事に頓着しないから余計に言葉が出ない。ただただ安心してもらえるように笑う事しかできなくて、ランバートは歯がゆくて仕方がなかった。

◆◇◆

 ウェインや他の隊員が到着したことで、場は騒然とした。夕刻を過ぎると静かなウルーラ通りには野次馬が集まっている。ルカを奥へと戻し、他の隊員に後を任せたファウストは一度馬車で宿舎へと戻った。ランバートをエリオットの所へ連れて行くためだ。
 あいつは案の定、「自分で行ける」と言っていたがそうはさせなかった。石がぶつかっただろう左の肩甲骨は青紫色に変色している。刺さったガラス片は抜いたが、そこからの出血がまだ僅かある。そんな奴を一人で行かせる訳にはいかない。しかも歩けると言ったんだ、あのバカは。
 ごにょごにょと言うランバートを小さな馬車に押し込んで宿舎に戻り、エリオットの所に引きずって預けるととんぼ返りでルカの家に戻った。その頃には騒ぎも大分収まってきていた。

「ファウスト様」
「ウェイン、どうだ?」
「人相書きが描けそうなほどの目撃情報は出てないけれど、十人くらいの男が走り去っていくのは見られてた。一人の特徴が、以前この店で暴れていた男と一致しました」
「そうか」

 人通りが少なくなる時間を狙ってやったに違いない。この辺は夕刻には店を閉めるし、大抵は自身の店の戸締まりや清掃をしている。ルカもそうだった。

「あの、ファウスト様はどうしてこの店に?」
「弟の店だ」
「弟!」

 叫びそうになる口を咄嗟に押さえたウェインは、店の奥へと視線を向ける。そして、とても小さな声で話し始めた。

「あの、とても落ち込んでいて辛そうです。他の隊員を下げるので、少し話をしてあげては」
「すまない」
「いえ」

 そう言うと何でもない様子で奥へと行き、その場にいた隊員を引っ張って割れた窓の応急処置などをしてくれる。有り難いことだ。
 奥へと向かうと、ルカは落ち込んで椅子に座り項垂れていた。青い瞳からは涙が溢れていて、服は汚れたままだ。側にいき、膝をついて見上げるとルカは珍しく憔悴した顔をした。

「ランバートさんの様子は?」
「うちの軍医に預けてきた。優秀な奴だよ。それに、ずっと意識もあって足取りもしっかりしていた。たいした事はない」
「良かった」

 また涙がぽろぽろとこぼれる。それを手で拭い、握りしめている手を包んでやる。色が白くなるほどに強く握っている手から、少しだけ力が抜けていくようだった。

「僕、店を」
「ルカ」

 背中をトントンと叩き、小さな子にするように抱き寄せる。頭を撫でて、慰めて。腕の中で気丈なこいつが泣くなんて、母が亡くなった時以来じゃないのか。

「ルカ、ランバートの気持ちをちゃんと汲んでやってくれ」
「でも!」
「あいつはここが好きで、お前が好きだ。だからこそ守ろうとしているんだ。ここを閉めてしまったら、誰よりも悲しむのはあいつだ。責任を感じるのは、あいつなんだよ」

 これだけは断言できる。この店が閉まったりしたらランバートは自分の責任だと言って落ち込むに違いない。決定的な加害者がいるにもかかわらずだ。それではあんまりだ。

「ルカ、もうすぐちゃんと終わる。こんなことが長く続く事はないんだ。だから、そんな顔は今日だけにしろ。いいか?」

 頬を手で包むようにして、ファウストは優しく声をかける。それに、ルカはまた涙をこぼしながら頷いた。

「今日は危険があるかもしれない。どこかに適当な宿を取ろう」
「でも」
「それなら俺が案内する」

 不意にした声に目を向けると、二階から様子をうかがっていたらしいレオが力強く頷く。

「いい場所があるのか?」
「ジンの店の二階は、傭兵達の宿泊所になってる。あそこなら傭兵沢山で守り硬いし、ジンもいる。今日は俺がルカさんの側にずっといる。変な奴がきたら俺、ファウスト様に知らせるから」
「レオくん……」

 ルカの目に新たな涙が浮かび、席を立ってひしと抱きしめる。その腕の中で、レオは勇敢な男の目をしてルカの背中を抱きしめた。

「大丈夫だよ、ルカさん。大丈夫」
「うん、そうだね。大丈夫だね」

 この様子を見ると、レオがルカの側にいてくれる事は有り難かった。ルカはまだ幼いレオを守ろうとして立つ事ができるし、レオはルカを支えようとしてくれる。二人でちゃんと立っていてくれるのは安心できる。

「ファウスト様、よろしいですか?」

 声がかかり振り返ると、ウェインが遠慮するように見ている。頷くとオズオズと近づいてきて、ルカにも視線を向けた。

「明日もう一度、改めてお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「分かりました。どこへ向かえば?」
「この店で、状況を再現しながら行いたいのです。辛い事とは思いますが、ご協力お願いします」

 必要な事だし、より正確に物事を把握するための事だが少し酷だ。思いはしたが、ルカは意外としっかり頷いている。それに、ウェインは安堵したようだった。

「流石にここで一晩を過ごすのは危険です。適当な場所がないようでしたら、用意いたしますが」
「あぁ、それはいい。俺が明日迎えに行って、中央関所に送り届ける」
「そんな! 兄さんの手まで患わせるなんて」
「心配しながら一日過ごすよりも集中できる。たいした手間じゃない」

 クシャリと黒い髪を撫でて笑ったファウストに、ルカは申し訳なさそうに、でも安堵したように笑った。

 ルカ達を無事にジンの店に送り届け、ファウストは宿舎へと戻ってきた。
 事情を簡単に話すと、傭兵ギルドにいた者達は憤りを露わにして温かくルカとレオを迎えてくれた。なんとも温かい奴らだ。
 不思議と安心して任せる事ができる。ジンに翌朝迎えに来ることを告げて戻ってくると、真っ直ぐに医務室へと行く。部屋からはまだ明かりが漏れていた。

「エリオット、いるか?」

 扉を叩いて声をかけると、直ぐに内側から開いた。そして、穏やかな笑みを見せるエリオットが顔を出して招いてくれた。

「ランバートの傷はどうだ?」

 勧められるソファーに腰を下ろすと、温かなお茶が出てくる。それを一口飲むと、急に喉の渇きを感じた。ついでに空腹も。思えば食べてくるつもりだったのだ。

「ガラスの刺さった傷はたいした事ありません。数カ所縫った所もありますが、ほんの数針です。それよりも内出血ですね。骨などに影響はありませんが、切り傷の上から薬を塗るのは流石に。痛みに飛び上がりますから」

 苦笑して僅かに首を倒す仕草のエリオットに、ファウストも苦笑する。そして、安堵した。少なくとも自分の見立て以上に酷いものではなかったようだ。

「腕も上がりますし、肩も回ります。数日痛むでしょうが、自然治癒を待つしかありませんね。額の傷は縫うほどではなく、薬を塗って終わりです。痕も残りませんよ」
「そうか。明日は休ませた方がいいか?」
「激しい任務は控えるのが無難ですが、通常任務は問題ありません。それに、本人は明日も仕事に出る気満々でしたよ」

 それを聞くと無理矢理休ませるのも考えてしまう。ファウストとしては休ませたいのだが、本人が頑として休まないと言われるとどうも。あいつは全てにおいて「大事にしたくない」という意識があるから余計に困る。

「デスクワークだな」
「そうしてあげてください」

 溜息一つで妥協する。それに、エリオットが楽しそうに笑った。

「それで、弟さんの方は大丈夫なのですか? 時間が許すなら、今夜は側にいてあげては?」

 気遣わしい目でそう言われる。以前ならきっとそうしただろう。だが、ルカとレオを見て身を引いた。自分が側にいるよりもレオが側にいるほうが精神的に落ち着いてくれる。自分が側にいるのではルカは気にしてしまうだろう。
 少し寂しい気持ちはある。ルカを助けて支えるのは兄としての自分の役目だとファウストはずっと思っていた。だが、違うのだと見せつけられる。本当に密に関わっていく子ができてルカ自身も足元を固めようとしている。それを感じたならば自分は少し手を離し、一歩下がって見守るほうがいい。そう思えてしまった。

「ルカは大丈夫だ。安全が確保出来る場所に弟子と一緒に預けてきた。俺が側にいるよりも年下の弟子が側にいるほうがあいつは気を張るだろう。今はその方がいい」
「そうですか」

 微笑ましい顔をしたエリオットがふわりと笑う。

「明日は早めに仕事を切り上げて、ランバートを連れて会いにいくさ。元気そうなランバートを見ればあいつも安心するだろう」
「えぇ、是非そうしてあげてください」

 明後日は安息日、少しゆっくりと話す事もできる。今日からウェインは西砦に移り、第二師団も容疑者を追っている。ある意味これはいい機会だ。器物破損、傷害の容疑を奴らにかけられる。騎士団も当然のように拘束し、取り調べる口実ができた。
 席を立ち、エリオットに礼を言って自室に戻る。そうするとドッと疲れがきて、後はゆるゆると眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

三園 七詩
ファンタジー
美月は気がついたら森の中にいた。 どうも交通事故にあい、転生してしまったらしい。 現世に愛犬の銀を残してきたことが心残りの美月の前に傷ついたフェンリルが現れる。 傷を癒してやり従魔となるフェンリルに銀の面影をみる美月。 フェンリルや町の人達に溺愛されながら色々やらかしていく。 みんなに愛されるミヅキだが本人にその自覚は無し、まわりの人達もそれに振り回されるがミヅキの愛らしさに落ちていく。 途中いくつか閑話を挟んだり、相手視点の話が入ります。そんな作者の好きが詰まったご都合物語。 2020.8.5 書籍化、イラストはあめや様に描いて頂いてております。 書籍化に伴い第一章を取り下げ中です。 詳しくは近況報告をご覧下さい。 第一章レンタルになってます。 2020.11.13 二巻の書籍化のお話を頂いております。 それにともない第二章を引き上げ予定です 詳しくは近況報告をご覧下さい。 第二章レンタルになってます。 番外編投稿しました! 一章の下、二章の上の間に番外編の枠がありますのでそこからどうぞ(*^^*) 2021.2.23 3月2日よりコミカライズが連載開始します。 鳴希りお先生によりミヅキやシルバ達を可愛らしく描いて頂きました。 2021.3.2 コミカライズのコメントで「銀」のその後がどうなったのかとの意見が多かったので…前に投稿してカットになった部分を公開します。人物紹介の下に投稿されていると思うので気になる方は見てください。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件~恋人ルート~

白井のわ
BL
★がついているお話には、性的な描写(R18)が含まれています。苦手な方はご注意下さい。 雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。 上記本編後各キャラと恋人同士になった場合のお話になります。 本編未読でも楽しめる内容になっていますが総受けではなくCP固定なのでご注意ください。

乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。

緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。

無限のスキルゲッター! 毎月レアスキルと大量経験値を貰っている僕は、異次元の強さで無双する

まるずし
ファンタジー
 小説『無限のスキルゲッター!』第5巻が発売されました! 書籍版はこれで完結となります。  書籍版ではいろいろと変更した部分がありますので、気になる方は『書籍未収録①~⑥』をご確認いただければ幸いです。  そしてこのweb版ですが、更新が滞ってしまって大変申し訳ありません。  まだまだラストまで長いので、せめて今後どうなっていくのかという流れだけ、ダイジェストで書きました。  興味のある方は、目次下部にある『8章以降のストーリーダイジェスト』をご覧くださいませ。  書籍では、中西達哉先生に素晴らしいイラストをたくさん描いていただきました。  特に、5巻最後の挿絵は本当に素晴らしいので、是非多くの方に見ていただきたいイラストです。  自分では大満足の完結巻となりましたので、どうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m  ほか、コミカライズ版『無限のスキルゲッター!』も発売中ですので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。 【あらすじ】  最強世代と言われる同級生たちが、『勇者』の称号や経験値10倍などの超強力なスキルを授かる中、ハズレスキルどころか最悪の人生終了スキルを授かった主人公ユーリ。  しかし、そのスキルで女神を助けたことにより、人生は大逆転。  神様を上手く騙して、黙っていても毎月大量の経験値が貰えるようになった上、さらにランダムで超レアスキルのオマケ付き。  驚異の早さで成長するユーリは、あっという間に最強クラスに成り上がります。  ちょっと変な幼馴染みや、超絶美少女王女様、押しの強い女勇者たちにも好意を寄せられ、順風満帆な人生楽勝モードに。  ところがそんな矢先、いきなり罠に嵌められてしまい、ユーリは国外へ逃亡。  そのまま全世界のお尋ね者になっちゃったけど、圧倒的最強になったユーリは、もはや大人しくなんかしてられない。  こうなったら世界を救うため、あえて悪者になってやる?  伝説の魔竜も古代文明の守護神も不死生命体も敵じゃない。  あまりにも強すぎて魔王と呼ばれちゃった主人公が、その力で世界を救います。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

【1章完結】経験値貸与はじめました!〜但し利息はトイチです。追放された元PTメンバーにも貸しており取り立てはもちろん容赦しません〜

コレゼン
ファンタジー
冒険者のレオンはダンジョンで突然、所属パーティーからの追放を宣告される。 レオンは経験値貸与というユニークスキルを保持しており、パーティーのメンバーたちにレオンはそれぞれ1000万もの経験値を貸与している。 そういった状況での突然の踏み倒し追放宣言だった。 それにレオンはパーティーメンバーに経験値を多く貸与している為、自身は20レベルしかない。 適正レベル60台のダンジョンで追放されては生きては帰れないという状況だ。 パーティーメンバーたち全員がそれを承知の追放であった。 追放後にパーティーメンバーたちが去った後―― 「…………まさか、ここまでクズだとはな」 レオンは保留して溜めておいた経験値500万を自分に割り当てると、一気に71までレベルが上がる。 この経験値貸与というスキルを使えば、利息で経験値を自動で得られる。 それにこの経験値、貸与だけでなく譲渡することも可能だった。 利息で稼いだ経験値を譲渡することによって金銭を得ることも可能だろう。 また経験値を譲渡することによってゆくゆくは自分だけの選抜した最強の冒険者パーティーを結成することも可能だ。 そしてこの経験値貸与というスキル。 貸したものは経験値や利息も含めて、強制執行というサブスキルで強制的に返済させられる。 これは経験値貸与というスキルを授かった男が、借りた経験値やお金を踏み倒そうとするものたちに強制執行ざまぁをし、冒険者メンバーを選抜して育成しながら最強最富へと成り上がっていく英雄冒険譚。 ※こちら小説家になろうとカクヨムにも投稿しております

処理中です...