上 下
90 / 167
7章:ネクロフィリアの葬送

4話:ロトの痕跡

しおりを挟む
 ファウストはランバートとウルバスを連れて城の宿舎に戻った。今後の話を少しつめる為だった。ランバートは早々に部屋に戻し、今は執務室にいる。その手には人相書きと、ランバートが書いた地図がある。

「それにしても、ランバートの書いた地図は本当に凄いですね。これだけ詳細なものがあれば、警備も楽になります」
「だが、これは争いの火種になるな。確かに東地区は暗黒時代がある。その中を生きた人間が貴族と名の付く者に生理的な嫌悪を持っているのも確かだ」

 それは理解できる感情だ。それほどに、あの町は貴族によって貶められた。
 五年以上前まで、あそこはスラムだった。そうしたのは一部の貴族だ。殺人は日常的で、レイプも当然だったと聞く。それを行っていたのが貴族だった。日常のストレスをそこの人間にぶつけていたのだ。そしてそれに目を背けていたのもまた、貴族だった。
 五年前、カールが即位した時に貴族に対する圧力が高まり、国民を大切にするよう方針転換されたそのタイミングで、謎の資産家が東地区の復興を始めた。
 それが、ロト・ヒンスという人物だ。

「ウルバス」
「はい?」
「俺は常々、疑問があった。東地区の復興を行った謎の資産家、ロト・ヒンスという人物は本当に、実在するのかというものだ」

 ファウストは重く言葉を選んだ。これは時折、シウスなどとも議論になっていた。当然答えの出ない議論だったが、酒のつまみにはなったのだ。
 だが今になって、ファウストは深く考える事があった。そして謎の確信があるのだ。

「資産家ロトは東地区の土地を貴族どもから買い上げて、復興を街の人間達と行った。街の設計、商売のノウハウ、ギルド創設。それを一人の人間が中心となって行った。可能だと思うか?」
「うーん、ちょっと飛躍してるかもしれませんが、不可能ではありませんよ。資産家なら知識を持った人物が側にいてもおかしくはありませんし、そうした者の意見を聞いていたのではありませんか?」
「貴族嫌いが、そうした人間を多く受け入れると思うか?」
「あぁ……」

 ウルバスも詰まったようだ。
 そう、これがどうも腑に落ちなかった。多くの知識を持っていたのは、有識者が側にいてその意見を取り入れたと考えていい。だが、そもそもあそこにいた人間が貴族に近い人間を受け入れたかが疑問だった。
 ファウストは知っている。ちょうど五年前から下町に深く関わり、あの街の人間の信頼を得ている貴族を。

「ランバートが下町に出入りし始めたのは、五年前。資産家ロトが現れたのも、五年前だ」
「まさか、ですよね?」

 ウルバスが半笑いになっている。こいつがこういう顔をするときは、半分疑っている時だ。

「土地を貴族の言い値で買い上げている。しかも建材もロトの私財から出ている。町の人間は土地の代金や建物の代金を少しずつロトに返していると聞いた。返済期間も無期限、しかも無利子だ。元本がどれだけいる」
「四大貴族ヒッテルスバッハなら、たいした事のない出資ですね」

 そう、そこらの貧乏貴族ではない。あいつは四大貴族家、その中でも最も資産を持ち、投資にも力を入れているヒッテルスバッハの人間だ。しかも本人も非凡だ。

「東地区が復興を果たせば経済が活発になる。そこにヒッテルスバッハが投資すれば、いくらでも金の問題は解決する。国家予算の何十倍の資産だからな」
「ファウスト様はランバートが、資産家ロトだと思っているのですか?」

 ウルバスの問いかけに、少し考えてファウストは首を横に振った。

「ロトの一人だったのではないかと、思っている」
「一人?」
「ランバートがいくら非凡でも、流石にこれだけの大事業を一人で成し遂げたとは思えない。特に経済やギルドシステムはかなり複雑だ。よほどそれらに精通した人間が手を貸した可能性がある。それに荒っぽい事は、今日出会った現在の傭兵ギルドの人間も関わっていそうだ。そう思うと、ロトというのは復興を成し遂げた人間の複合体だったのではないかと、最近思うようになった」

 ランバートというピースを貰って、思うようになった。そう考えると東地区の人間がランバートを信頼し、今もこんなに協力的なのに納得がいく。それに、あいつの持つ情報網もこれに起因しているのではないか。

「まぁ、あいつは言わないだろうから、詮無きことだ」
「ですね」

 目の前の地図を見る。まるで設計図のような完璧なものだ。

「東地区の警備体制については、お前が考えた通りでいい。ただ、気をつけてくれ。どうもこちらの動きを見ながら動いているように感じる」
「分かりました」
「人相書きを全員に見せて、それらしい人間が現れていないか聞いてくれ。食料品を扱う店の店主には、それとなく」

 付近に潜伏しているにしても、ある程度の生活品は必要だ。特に食料は必ずいる。飲食店、食料品店には現れているはずだ。町で事件を起こしているなら、少なくとも往復できる場所に身を潜めているはずなんだ。

「ランバート、どうします?」
「ウェインに言って、見張らせる。あいつが動けば犯人は動くだろうが、地の利のない場所で動かれてはこちらが出遅れる。相手はランバートを殺す事が目的だから、囚われれば猶予がない」
「ランバートを殺す事が、犯人の目的なのですか?」
「え?」

 キョトンとしたウルバスの顔を見て、ファウストはまずったと後悔する。だが、後の祭りだ。溜息をつき、話すしかなくなる。しかも示し合わせたように呼んでいたウェインが来たから、ますますだった。

◆◇◆

「うぇぇ! 気持ち悪い!」
「流石にそれは……しんどいですね」

 ランバート自身から聞いた話をそのまました後の二人の反応はこれだ。ファウスト自身自分で言って寒気がした。

「死体抱いて何がいいの! 怖いよ! キモいよ!」
「俺に聞くな、分からない」
「スプラッターは平気なつもりだったんだけど、ちょっとね」

 思い切り嫌悪を示すウェインが自分を抱いて摩っている。隣ではウルバスも苦笑いだ。

「そんなのに付きまとわれてるなんて、ランバート可哀想だよ。いい子なのに」
「いい子……は、少し違う感じもするけれど。でも、気の毒を通り越すかな」
「そういうわけだ。ウェイン、ランバートを見張ってくれ。あれは仲間の事になると突っ走る。いつもの冷静さを失っているように俺には見える。あれのあんな姿はあまり見ないから、俺も少し戸惑っている」

 仲間を大事にする奴だというのは、見ていて分かった。昇級試験で親交を深めたゼロス達とはいい関係らしく、楽しそうにしている。それに面倒見もいい。時々、時間外に手合わせをしたり、話を聞いたりしているようだ。
 何より情のある奴だ。ロッカーナの時もそれは感じた。そんな奴だからこそ、今が心配だ。きっと自分の事で仲間が危険に晒されていると感じ、それに耐えられないのだろう。あいつにとっては東地区の住人全てが情のある相手だ。

「見張ってるって、多分気づかれますけれど」
「それでいい。出し抜かれなければそれでいいんだ。隠す必要もない」

 嫌な顔をするだろうが、犯人を捕まえるまでだ。危険人物を確保できれば、後はなんとでもなる。

「東地区で事件が起こる可能性が高い。ウルバス、些細な事でも報告をいれてくれ」
「分かりました」
「後は、大きな事件が起こらなければいいんだが」

 気にはなるし、今の状況ではなんとも言えない。だが胸騒ぎはしている。長い経験から、とても杞憂で済ませられない予感だ。
 奴は狼煙を上げた。東地区の人間の心を挫き、ランバートにわかりやすい形で象徴的な場所を汚した。そしてそこに、姿を見せた。偶然姿を見られたにしては、目撃情報が多い。おそらく見せつけた。そのうえで、捕まらない自信がこいつにはあるんだ。

「嫌な事件にならなければいいんだが」

 呟くような言葉に、ウェインとウルバスも頷く。けれど誰の口からも、楽観的な言葉は出なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

三園 七詩
ファンタジー
美月は気がついたら森の中にいた。 どうも交通事故にあい、転生してしまったらしい。 現世に愛犬の銀を残してきたことが心残りの美月の前に傷ついたフェンリルが現れる。 傷を癒してやり従魔となるフェンリルに銀の面影をみる美月。 フェンリルや町の人達に溺愛されながら色々やらかしていく。 みんなに愛されるミヅキだが本人にその自覚は無し、まわりの人達もそれに振り回されるがミヅキの愛らしさに落ちていく。 途中いくつか閑話を挟んだり、相手視点の話が入ります。そんな作者の好きが詰まったご都合物語。 2020.8.5 書籍化、イラストはあめや様に描いて頂いてております。 書籍化に伴い第一章を取り下げ中です。 詳しくは近況報告をご覧下さい。 第一章レンタルになってます。 2020.11.13 二巻の書籍化のお話を頂いております。 それにともない第二章を引き上げ予定です 詳しくは近況報告をご覧下さい。 第二章レンタルになってます。 番外編投稿しました! 一章の下、二章の上の間に番外編の枠がありますのでそこからどうぞ(*^^*) 2021.2.23 3月2日よりコミカライズが連載開始します。 鳴希りお先生によりミヅキやシルバ達を可愛らしく描いて頂きました。 2021.3.2 コミカライズのコメントで「銀」のその後がどうなったのかとの意見が多かったので…前に投稿してカットになった部分を公開します。人物紹介の下に投稿されていると思うので気になる方は見てください。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件~恋人ルート~

白井のわ
BL
★がついているお話には、性的な描写(R18)が含まれています。苦手な方はご注意下さい。 雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。 上記本編後各キャラと恋人同士になった場合のお話になります。 本編未読でも楽しめる内容になっていますが総受けではなくCP固定なのでご注意ください。

乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。

緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。

無限のスキルゲッター! 毎月レアスキルと大量経験値を貰っている僕は、異次元の強さで無双する

まるずし
ファンタジー
 小説『無限のスキルゲッター!』第5巻が発売されました! 書籍版はこれで完結となります。  書籍版ではいろいろと変更した部分がありますので、気になる方は『書籍未収録①~⑥』をご確認いただければ幸いです。  そしてこのweb版ですが、更新が滞ってしまって大変申し訳ありません。  まだまだラストまで長いので、せめて今後どうなっていくのかという流れだけ、ダイジェストで書きました。  興味のある方は、目次下部にある『8章以降のストーリーダイジェスト』をご覧くださいませ。  書籍では、中西達哉先生に素晴らしいイラストをたくさん描いていただきました。  特に、5巻最後の挿絵は本当に素晴らしいので、是非多くの方に見ていただきたいイラストです。  自分では大満足の完結巻となりましたので、どうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m  ほか、コミカライズ版『無限のスキルゲッター!』も発売中ですので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。 【あらすじ】  最強世代と言われる同級生たちが、『勇者』の称号や経験値10倍などの超強力なスキルを授かる中、ハズレスキルどころか最悪の人生終了スキルを授かった主人公ユーリ。  しかし、そのスキルで女神を助けたことにより、人生は大逆転。  神様を上手く騙して、黙っていても毎月大量の経験値が貰えるようになった上、さらにランダムで超レアスキルのオマケ付き。  驚異の早さで成長するユーリは、あっという間に最強クラスに成り上がります。  ちょっと変な幼馴染みや、超絶美少女王女様、押しの強い女勇者たちにも好意を寄せられ、順風満帆な人生楽勝モードに。  ところがそんな矢先、いきなり罠に嵌められてしまい、ユーリは国外へ逃亡。  そのまま全世界のお尋ね者になっちゃったけど、圧倒的最強になったユーリは、もはや大人しくなんかしてられない。  こうなったら世界を救うため、あえて悪者になってやる?  伝説の魔竜も古代文明の守護神も不死生命体も敵じゃない。  あまりにも強すぎて魔王と呼ばれちゃった主人公が、その力で世界を救います。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

【1章完結】経験値貸与はじめました!〜但し利息はトイチです。追放された元PTメンバーにも貸しており取り立てはもちろん容赦しません〜

コレゼン
ファンタジー
冒険者のレオンはダンジョンで突然、所属パーティーからの追放を宣告される。 レオンは経験値貸与というユニークスキルを保持しており、パーティーのメンバーたちにレオンはそれぞれ1000万もの経験値を貸与している。 そういった状況での突然の踏み倒し追放宣言だった。 それにレオンはパーティーメンバーに経験値を多く貸与している為、自身は20レベルしかない。 適正レベル60台のダンジョンで追放されては生きては帰れないという状況だ。 パーティーメンバーたち全員がそれを承知の追放であった。 追放後にパーティーメンバーたちが去った後―― 「…………まさか、ここまでクズだとはな」 レオンは保留して溜めておいた経験値500万を自分に割り当てると、一気に71までレベルが上がる。 この経験値貸与というスキルを使えば、利息で経験値を自動で得られる。 それにこの経験値、貸与だけでなく譲渡することも可能だった。 利息で稼いだ経験値を譲渡することによって金銭を得ることも可能だろう。 また経験値を譲渡することによってゆくゆくは自分だけの選抜した最強の冒険者パーティーを結成することも可能だ。 そしてこの経験値貸与というスキル。 貸したものは経験値や利息も含めて、強制執行というサブスキルで強制的に返済させられる。 これは経験値貸与というスキルを授かった男が、借りた経験値やお金を踏み倒そうとするものたちに強制執行ざまぁをし、冒険者メンバーを選抜して育成しながら最強最富へと成り上がっていく英雄冒険譚。 ※こちら小説家になろうとカクヨムにも投稿しております

処理中です...