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6章:朋友

11話:決勝戦・後編

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 レイバンがドゥーガルドとギリギリの戦いをしている時、ランバートは離れた場所でチェスターからリボンを奪った所だった。

「少しは手加減しろってぇ」
「全力で戦いを挑む! って、指さして宣言したのは誰だよ」
「だって、お前いっつも手加減するからさ。一度くらいまともにやりたかったんだよ」

 気のいい同期のふて腐れた声音に、ランバートは苦笑した。
 その時、わざとらしいガサガサという音を立てて木から下りてきた人物がいた。白に近い銀髪に緑の瞳の青年だった。

「ここから南に真っ直ぐ行ったところで、レイバンがドゥーガルドと戦っている。早めに間に入らないと、コナンじゃ止められない。レイバンは既に一発貰ってる。大怪我になる前に止めて」

 それだけを少し早口に言った青年はまた走り去っていく。それからほんの少し後でトレヴァーが彼を追って現れた。

「ランバート!」
「トレヴァー、レイバンが危ないって本当か!」
「あぁ。なんかでかい、猛獣みたいなのが突っ込んできて。コナンを庇ってレイバンが叩きつけられた」

 それを聞いて、ランバートは一気に血が沸騰するような怒気にかられた。突然世界が無音になる。静かに睨んだランバートは、トレヴァーを見た。

「トレヴァーはこのままさっきの奴追ってくれ。俺がそっちを止める」
「気をつけて」
「お互いに」

 それだけを言って、ランバートは走った。不思議と方向が分かるように感じる。それは、久しぶりに感じるどうしようもない怒りと焦りの感情だった。

◆◇◆

 冷静になった瞬間に、「俺、なんでこんなに必死になってるんだろう?」と思いそうだ。レイバンはとにかくドゥーガルドの攻撃を避けることだけを考えている。細かく攻撃はしても、屁のかっぱだ。
 だいたい、この無駄な筋肉はなんなんだよ。でかくて邪魔だし声はでかいし。いっそ脳みそも筋肉なら楽ちんなのに、そこは知恵がある。面倒くさい。

「レイバン、もう降伏して!」

 泣きそうな声がする。さっきからコナンは必死にそんな事を言っている。圧倒的にこっちが押されているのが分かるんだ。まぁ、正直手一杯なんだけれどね。
 それでも降伏なんてかっこ悪いし胸くそ悪い。それならいっそ一発食らって強制退出のほうがいい。これが第五師団の美学ってやつだ。
 それに、こっちが降伏したらこのバッファロー、次はどこに向かう? 間違いなく弱いコナンだ。弱い者虐めをする奴ではないし、加虐癖があるわけでもない。でもとにかく一発が大きいし破壊力がある。そして手加減というのが一番苦手な手合いでもある。こんなの食らったら、軽いコナンはどうなる? 大変な怪我をするだろう。

「レイバン!」
「っ!」

 体が少しずつ鈍ってる。流石に疲れてきたし、最初に貰った一撃がジワジワきいてる。背中痛いっての。受け身とってもこれって、どんだけ馬鹿力だよ。
 正直、あとどのくらい持ち堪えられるか。可能性があるとすれば、持ちこたえているうちにランバートかゼロスがこっちに回ってくれることだけれど、正直ゼロスは難しいだろう。

「ちょこまかと!」

 大きく振りかぶった拳が迫る。避けようとして、足がもつれた。こうなればどうしたって食らう。覚悟して、せめて腕でガードをする。
 その時、風が吹いたように思えた。いや、吹いたのかもしれない。金の光を放つ、漆黒の風が。

「!」

 宙に躍るランバートの足が、しなるゴムのような強靱さでドゥーガルドの首を横合いから薙ぎ払った。遠心力を使って首を打つ斧のようにも見えてしまって、レイバンは背が寒くなった。何せあの巨体が飛びはしなかったものの、浮いたのだ。
 白目をむいて倒れたドゥーガルドは、そのまま動きもしない。その横に立ったランバートの目は、とても近づいて礼を言えるようなものじゃなかった。
 見る者を凍てつかせるような冷たく下げずむ青い瞳。笑み一つ浮かべていない麗人は、こんなにも恐怖させるんだ。そしてこの目を見て、レイバンは悟った。ランバートは付き合いが良くて話が面白くて、案外人を安心させる部分がある。いい意味で近寄りやすい。
 でもそれは、味方だからだ。友好的な相手だからだ。もしも敵対したら、その瞬間向けられる瞳はこれだ。見た瞬間にこちらの負けを悟らされるような、残酷なものなんだと。

「レイバン、無事か?」

 レイバンに向けられた瞳からは、もうあの冷たさは消えている。心から友人を案じる気遣わしく、そしてどこか痛みを感じるものだ。こんなに瞬時に変わるものなんだと、あっけにとられてしまう。

「あぁ、平気」
「怪我は?」
「背中を少し打ち付けただけだ」

 そう言うと、ランバートは直ぐに背中へと回る。正直あの顔を見た直後で背後を取られると怖い。信じているけれど、本能ってそういうものとは別次元だから。

「かなり強く打ってる。それに、足も動かないだろ。首にも負担がかかってるみたいだし、医療府に診せてこい」
「それって、棄権するってことだけど? そうなると俺の得点、相手に持ってかれる」

 棄権はその時点で相手の得点になる。レイバンが持っているのは五点。相手にそれだけよこすことになる。それはなんか納得できない。
 ふて腐れるレイバンに溜息をつきながら、ランバートは離れていって伸びているドゥーガルドの腕からリボンを取る。レイバンと同じ青いリボンだ。

「これで相殺」
「嫌って言ったら?」
「僕が意地でも引っ張っていく!」

 見るとコナンが側にいて、顔を真っ赤にしている。かなり怒っているのは分かるけれど、どう見てもリスっぽくて可愛い。なんて、真剣な子に言っちゃいけないんだよね。

「僕がダメだったんだ。僕が、もっとちゃんと避けられればレイバンは怪我なんてしなかった。この怪我は僕のせいなんだから、僕が責任もって審判に言ってくる」
「コナンで俺を引っ張って行けるの?」

 言ったら、余計に怒った。顔を真っ赤にして、目に涙を溜めて。困ったな、こんな顔されると虐めてるみたいじゃないか。

「どうにかする!」

 必死に腕を掴んで引っ張るその力は、案外強い。最初から考えるとコナンも実力をつけてきたって事なんだと思う。
 頭を掻いて、少し困って、そして笑った。ほんの少しおまけを貰ったら、この場を引いてもいいような気がしてきた。何よりコナンじゃない人物が、徐々に冷気を放ってきているし。
 レイバンは引っ張っているコナンの腕を掴んで引いて、その頬にキスをする。真っ赤な顔が更に赤くなった気がしたけれど、それが楽しいなんてダメだな。

「リンゴみたいだよ、コナン」
「!」
「じゃ、俺は棄権する。正直背中痛いし、これ以上逃げるのも大変だ。まだ時間は十分以上あるから、その間隠れるのもしんどい。仕事に響いたらうちの大将に怒られる」

 立ち上がった時、少しフラッとした。もしかしたら、軽く脳みそ揺れてたのかも。単純に疲労と考えたいけれど。

「一人で行けるから心配しなくていいよ。それと、そこに転がってる奴も報告しとく」
「それなら僕も一緒にいくよ。引き取りに来るならフィールドに戻ってくるんだし。僕が案内する」

 そう言って横に並んだコナンは、すっかりさっきされた事を忘れているようだった。

「じゃ、後は頼むよランバート」
「了解」

 消えていったランバートの背を見届けた後で、レイバンは歩き出す。その隣をコナンもついてくる。こうして、レイバンの最終戦はどこか不完全燃焼のまま終わったのだった。

◆◇◆

 その後、試合終了のベルが鳴るまでランバートは誰とも遭遇しなかった。しょうがなく戻ってくると、審判席にはレイバンの他にゼロスの姿もあった。

「ゼロス、大丈夫か?」
「あぁ、怪我はないんだが。面目ない、取られてしまって」
「いや、それはいいんだ。レイバンは大丈夫なのか?」
「平気。少し強めに当たったけれど、骨とか内臓に響くような怪我じゃないって。湿布貼って貰ったら臭いがさ。自分の臭いで鼻が曲がりそう」

 嫌そうにそんな事を言うレイバンに笑って、ランバートは相手チームにも目を向ける。ふて腐れたトビーと、それを励ますチェスターはいる。だがドゥーガルドの姿はない。けっこう派手にやってしまったから、まだ意識が戻らないのかもしれない。
 目に見えた瞬間、冷静さが飛んでいた。だから、加減のタイミングが遅れてしまった。思い切り助走してからの回し蹴りだ、首がいかれてもおかしくない。
 これが原因で何かしらの障害が残ったら、彼はどうなるのか。それを考えると、今更ながら怖くなってくる。
 不意に手を引かれた。レイバンが苦笑している。

「あいつ、頑丈なのだけが取り柄だからさ。心配しなくても直ぐに戻ってくるって」
「だと、いいんだけど」

 励ましてくれるレイバンに、ランバートも苦笑した。
 そうするうちに逃げ切った面々も戻ってきた。トレヴァーとコナンは無事に生き残っている。こちらの失格は二人、対してあちらは三人。だが、得点で言えばどうなるのか。

「決勝戦の結果が出た。全員、中央に集まれ」

 審判からの声がかかり、両チームとも無言のまま歩いていく。そうして戻った中央は、既にこの後のご苦労さん会のセッティングがされて割れんばかりの歓声で迎えられた。

「決勝の結果を発表する!」

 両チームの無事な面々が台の上に上げられ、ファウストを挟むように並ぶ。わくわくしたような同期の顔を見回しながら、ランバートは表情を沈ませた。結果は分かっているから。

「十五対九で、コンラッドチームの勝ちだ! 優勝は、コンラッドチーム!」

 瞬間、割れんばかりの歓声が上がる。その声を悔しいと感じるのは、意外と真剣になってしまっていたからだ。最初は気軽なゲームのような感じだったと思うのに、今はこんなにも悔しい。一人ではないのが、余計に。
 ポンッと、隣のゼロスが肩に手を置いて笑う。もう片方の肩を、トレヴァーが叩く。満面の笑みだ。

「全力出したんだ、恥じることはないだろ?」
「楽しかったな!」

 二人の言葉を飲み込んで、ランバートは頷いた。楽しかったし、真剣だった。だからこそ、悔しいんだ。どうでもいいことじゃないから、嫌なんだ。そして、こんな感情は初めてだった。

「今年の試験は初の試みだったが、思いのほか充実していたと思う。これまで面識のなかった者との交流や、部隊を超えての交流もあった。そして最後には、こうして皆が真剣に試合を応援し、我が事のように喜べる。昇級試験というのを抜きにしても、大きな意味のある試験だった」

 ファウストの言葉に、全員が頷く。その顔の晴れやかな表情を見ると、全てに頷ける。このチームで過ごした時間はとても大きな意味があった。仲間を得たんだ、当然だ。

「正直、今年の試験を観戦にきた二年目以降が羨ましいと俺に不平を言ってきたぞ。こんなに楽しいなら、自分たちもやりたいとな」

 笑ったファウストにつられるように、周囲からも楽しげな声が漏れる。
 不意に、ファウストが前に上がった両チームを見る。そして、真剣な顔をした。

「このれらの試合の結果を加味して、昇級を行う。数週間かかるだろうが、概ねプラスに考えている。気落ちする事はない、胸を張れ。そして、激戦を繰り広げたこの両チームに、改めて拍手を」

 一斉にわいた拍手の音に、ランバートの背が伸びる。最初は悔しく感じた歓声や拍手が、今は違うものに聞こえる。賞賛を受けているのだと、しかも自分だけじゃなくチーム全員にそれが贈られているのだと感じると、誇らしく嬉しく思えた。

「さて、この後は懇親とご苦労さん会だ。明日は一日休みだが、だからといって飲み過ぎて他に迷惑をかけることのないよう! 酔って他人に迷惑かけたら、降格させるからな!」
「「はい!!」」

 元気な声がして、全員が笑って、無事に解散。屋外に用意された手掴みの料理を思い思いに手に取って食べる、そんな楽しいお祭りが直ぐに始まるのだった。
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