49 / 167
2章:ロッカーナ演習事件
18話:君に誓う
しおりを挟む
休日、まだ朝日が弱い早朝に、ランバートは馬で外出した。その足が向かったのは、ロッカーナだった。
誰もいない墓地へと辿り着いたランバートは、探すように墓碑銘を見ながら進み、程なく目的の墓を見つけた。
そこにはロディの名が刻まれている。そこに花を手向け、ランバートは膝をついて瞳を閉じ、祈った。
全てが終わったタイミングで、彼には報告しなければいけないような気がしていた。死者なのだから全てを見ていたかもしれない。が、だからと言ってこの事件に関わった者としての義務は果たすべきだと考えたのだ。
軍におけるロディの死は、自殺から他殺へと変更された。自殺は不名誉な事であり、教会でも最も愚かな事とされ、地獄行と言われる行為だからだ。これは、エドワードの強い願いでもあった。
この一件は騎士団でも重く受け止められ、早々に対策がされた。地方の砦に侍医として、医療府の者が派遣されることになった。軍医兼カウンセラーとしてだ。どの砦でも医務室という密室は悩みを打ち明けやすい。また、隊員の異変に真っ先に気づくのは医者だというエリオットからの提案だった。
もしも疑わしい事例があれば直ぐに王都、及び砦を預かる責任者へと報告がされ、個別面談や内監が入る仕組みだ。
勿論これで全ての問題が解決するわけではない。それでも一歩、踏み出した。
一通り、事の顛末を心の中で報告し終えた。垂れた頭を上げようとしたその時、不意に顔の横から人の気配が伸びてくる。驚いて剣の柄に手をかけた。だが、その手は相手に静かに押さえられた。
「ファウスト様!」
「墓地で剣を抜くな、ばか者」
背後から伸びた手が、同じくロディの墓に花を手向ける。そして、まだ驚きの覚めないランバートの隣に膝を折り、同じく祈る。その顔は真剣で、厳しいものだった。
「何を祈ったのですか?」
顔を上げたファウストに問う。ファウストは厳しい顔を崩さないまま、口を開いた。
「謝罪と、誓いだ」
「誓い?」
「もう二度と、こんな事件は起こさせない。その為に力を尽くすと」
生真面目に言うファウストの苦しみを、ランバートは知っていた。
今回の一件は他の兵府からかなり厳しく責められた。報告を遅らせたこと、独断で動いたこと、意見を仰がなかったこと。それにも関わらず、関係者の全面的な擁護に回ったのだから余計にだ。
そうは言っても、みなファウストとは仲がよく、その人となりを知っている。責任者としての罰は受けたが、感情的なものは穏やかだったそうだ。
ファウストの処分は始末書、必ず相談するようにという誓約書、半年の減俸、一週間の謹慎。そして嫌がらせのように一週間のトイレ掃除だ。
この人にトイレ掃除をさせるのかと驚いたが、本人は「懐かしいな」と言って嫌な顔はしない。現在これは実行されている。
だが、こんな事よりも精神的な苦しみがあっただろう。王都に戻ってきても、思い悩む姿を何度か見た。そして今も、それは変わっていない。
「そんなに背負い込むものではありませんよ。貴方一人の微力など、大した力ではありませんから」
呆れたような物言いをすると、ファウストの瞳が苛立たしげに歪む。だがそれでも、ランバートは表情を変えない。おどけて見せるような、悪びれない表情だ。
「これはきっかけです。この事件を広く知らせることで、個人が何を感じるか。その思いが、組織という大きなものを動かすのです。貴方一人が頑張っても、それは所詮その場限り。伝え続ける事こそが大事です。力んだってダメだし、すぐに成果の出る問題でもありませんから」
「ランバート……」
柔らかく笑い、ランバートは立ち上がってファウストに手を差し伸べる。しばらくその手を見ていたファウストも、やがて手を取った。
空は明けて、暖かな秋の日差しを届けてくれる。陰鬱に見えた墓地にも、明るい光が差し込んでくる。
ランバートは大きく伸びをして、子供のような顔でファウストを見た。
「せっかくなんで、少し遠回りをして帰りませんか? 気分転換に」
「あぁ、いいな」
鈍色だった空は青く澄み、歩む先は陽の光が照らす明日へと通じていた。
誰もいない墓地へと辿り着いたランバートは、探すように墓碑銘を見ながら進み、程なく目的の墓を見つけた。
そこにはロディの名が刻まれている。そこに花を手向け、ランバートは膝をついて瞳を閉じ、祈った。
全てが終わったタイミングで、彼には報告しなければいけないような気がしていた。死者なのだから全てを見ていたかもしれない。が、だからと言ってこの事件に関わった者としての義務は果たすべきだと考えたのだ。
軍におけるロディの死は、自殺から他殺へと変更された。自殺は不名誉な事であり、教会でも最も愚かな事とされ、地獄行と言われる行為だからだ。これは、エドワードの強い願いでもあった。
この一件は騎士団でも重く受け止められ、早々に対策がされた。地方の砦に侍医として、医療府の者が派遣されることになった。軍医兼カウンセラーとしてだ。どの砦でも医務室という密室は悩みを打ち明けやすい。また、隊員の異変に真っ先に気づくのは医者だというエリオットからの提案だった。
もしも疑わしい事例があれば直ぐに王都、及び砦を預かる責任者へと報告がされ、個別面談や内監が入る仕組みだ。
勿論これで全ての問題が解決するわけではない。それでも一歩、踏み出した。
一通り、事の顛末を心の中で報告し終えた。垂れた頭を上げようとしたその時、不意に顔の横から人の気配が伸びてくる。驚いて剣の柄に手をかけた。だが、その手は相手に静かに押さえられた。
「ファウスト様!」
「墓地で剣を抜くな、ばか者」
背後から伸びた手が、同じくロディの墓に花を手向ける。そして、まだ驚きの覚めないランバートの隣に膝を折り、同じく祈る。その顔は真剣で、厳しいものだった。
「何を祈ったのですか?」
顔を上げたファウストに問う。ファウストは厳しい顔を崩さないまま、口を開いた。
「謝罪と、誓いだ」
「誓い?」
「もう二度と、こんな事件は起こさせない。その為に力を尽くすと」
生真面目に言うファウストの苦しみを、ランバートは知っていた。
今回の一件は他の兵府からかなり厳しく責められた。報告を遅らせたこと、独断で動いたこと、意見を仰がなかったこと。それにも関わらず、関係者の全面的な擁護に回ったのだから余計にだ。
そうは言っても、みなファウストとは仲がよく、その人となりを知っている。責任者としての罰は受けたが、感情的なものは穏やかだったそうだ。
ファウストの処分は始末書、必ず相談するようにという誓約書、半年の減俸、一週間の謹慎。そして嫌がらせのように一週間のトイレ掃除だ。
この人にトイレ掃除をさせるのかと驚いたが、本人は「懐かしいな」と言って嫌な顔はしない。現在これは実行されている。
だが、こんな事よりも精神的な苦しみがあっただろう。王都に戻ってきても、思い悩む姿を何度か見た。そして今も、それは変わっていない。
「そんなに背負い込むものではありませんよ。貴方一人の微力など、大した力ではありませんから」
呆れたような物言いをすると、ファウストの瞳が苛立たしげに歪む。だがそれでも、ランバートは表情を変えない。おどけて見せるような、悪びれない表情だ。
「これはきっかけです。この事件を広く知らせることで、個人が何を感じるか。その思いが、組織という大きなものを動かすのです。貴方一人が頑張っても、それは所詮その場限り。伝え続ける事こそが大事です。力んだってダメだし、すぐに成果の出る問題でもありませんから」
「ランバート……」
柔らかく笑い、ランバートは立ち上がってファウストに手を差し伸べる。しばらくその手を見ていたファウストも、やがて手を取った。
空は明けて、暖かな秋の日差しを届けてくれる。陰鬱に見えた墓地にも、明るい光が差し込んでくる。
ランバートは大きく伸びをして、子供のような顔でファウストを見た。
「せっかくなんで、少し遠回りをして帰りませんか? 気分転換に」
「あぁ、いいな」
鈍色だった空は青く澄み、歩む先は陽の光が照らす明日へと通じていた。
0
お気に入りに追加
496
あなたにおすすめの小説
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる