恋愛騎士物語1～孤独な騎士の婚活日誌～

2章：ロッカーナ演習事件

16話：罪人に下ろす剣

　エドワードを止める事ができた。少なからず、ファウストは安堵していた。

「そんな奴、さっさと捕まえてくれよ！」

　不意に不快な声が響くのに、ファウストの視線は急激に険しいものになった。
　恐怖に腰を抜かしたまま、ダレルがキィキィと耳障りな声で喚き散らす。その不快さに、ファウストの怒りはこみ上げてくる。

　だが、ファウストが動くよりも前に動いた人物がいた。
　戸口にいたランバートが、スッとダレルの前で屈みこむ。その目は酷く汚らわしいものを見るような、冷たく恐ろしい光が宿っていた。

「なっ、なんだよ。そんな目で俺を見るな！　俺は怪我人で、被害者なんだぞ！」

　ダレルが恐怖に負けて叫んだ、その瞬間だった。

　一瞬、その場にいた全員が身震いした。次には、体が震えた。夜にも関わらず森の鳥が一斉に飛び立つ。騒々しいのに、誰もその場から動けない。

「返してもらうよ、ロディの指輪」

　ランバートの手が、ダレルの服を探る。そして胸ポケットの内側から、小さな物を取り上げた。
　静かに立ち上がったランバートが目の前を通り過ぎて、固まったままのエドワードの前に膝をつく。そして、手の平に乗せた指輪を目の前に差し出した。

「お返しします。これは、貴方のものです」

　静かで穏やかなその声に、エドワードは指輪を受け取った。そして、崩れるように声を上げて、涙を流した。

「ほんと、信じられませんよねランバート。戦場であんなの感じたら、僕は逃げます」

　隣のウェインが冷や汗を流し、誤魔化すように半笑いになって言う。その言葉を責めることは、ファウストにはできなかった。
　ランバートが放った殺気は、戦場でもそうは感じない底冷えのするものだった。その場にいる者の足をすくませ、恐怖で戦意を削ぐほどの殺気が一瞬で放たれたのだ。
　ファウストでさえ、一瞬寒気がした。本能で感じる恐怖はどれほど場数を踏んでも慣れはしない。それでもすぐに立ち直ったのは意地だ。

「あいつは、しばらく正気に戻らないな」

　ファウストの視線がダレルに向く。彼は目を開けたまま放心し、時折体をピクピクと震わせながら盛大に失禁していた。

「近距離で、しかも真正面からあの殺気を向けられたんだ。感覚として、体を真っ二つにされたような錯覚があっただろうな」
「ははっ、ざまぁ」

　ウェインが心から嘲るようにそう言った。
　こうして、悲しい事件は人知れず幕を下ろしたのであった。