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2章:ロッカーナ演習事件

13話:嘘

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 翌日は午後からの出勤だった。が、当然そうは言っていられない。早朝、夜勤から直接ファウストの元を訪れたランバートを、ファウストはまるで分かっていたかのように出迎えてくれた。

「エドワードと、話せたか?」
「はい」
「どうだ?」
「嘘が一つ。気になる点はいくつか。ですので、動くきっかけを作ってきました。あの人が犯人なら、今夜にも事件は起こります」
「どういうことだ」

 険しい顔をするファウストに、ランバートは昨夜流した情報の事を話した。みるみる鋭くなるファウストの視線が少し怖かったが、ランバートは悪びれもせずに淡々と報告した。

「どうなるか分からない事をしたものだ。ランバート、これで被害が甚大ならお前も処分の対象だぞ」

 低い声が本気を現している。だが、ランバートはただ頷いた。

「報告書でも謹慎でも、何でも受ける覚悟です。ただ、このままでは何も掴めず、事が起こってからじゃないと動けない。それでは残る一人と、主犯のダレルがどうなるか。彼が犯人なら、今頃焦っているはずです」
「だろうな。俺がダレルを引っ張るよりも前に粛清しなければならない。明日にも帰る予定なのだから、動くとすれば今日だ」

 ここにきて、王都へ帰る予定は明日に迫っている。

「大事にしたくはない。網を張るにも動かせる人員は少ない。出来るな?」
「当然です。どう出るかは分かりませんが、いつでも。ウェイン様は戻られましたか?」

 ランバートの問いに、ファウストは首を横に振った。

「昨日の夕食前に一度きたが、また出て行って戻っていない。その時の話では、『石頭の田舎者は融通がきかない!』だそうだ。遺品が残されている事までは掴めたが、療養所の人間が引き渡しに応じないらしい。何か手があるとは言っていたが」

 遺品が何かは分からないが、犯人の心を折るものであってもらいたい。エドワードと話して、彼が犯人だと考えると、心から願わずにはいられなかった。

「オーソンには俺から伝えておく。ウェインにも戻り次第伝える。お前はとりあえず休め。そして、いつでも動けるようにしておけ。おそらく、最も早く動けるのは俺とお前だ」
「分かりました」
「……止めるぞ、なんとしても」

 ランバートの背に呟かれた言葉に、ランバートは静かに頷く。そしてそのまま、部屋を出て行った。

 部屋に戻ると、ちょうどクリフが出るところだった。

「お疲れ、ランバート」
「うん、お疲れ。やっと寝れるよ」

 一つ大きく伸びをしたランバートに、クリフは笑う。最初に比べて随分表情が明るくなった。そして、よく笑うようになった。

「ゆっくり休んでね」
「まっ、そうもいかないかな。今日にも動きがあるよ」

 何の気なしに出た言葉に、クリフの表情が強張る。凍ったようなその表情に「しまった」と思っても、既に遅かった。

「それ、どういう意味?」
「……昨日、エドワードさんと組んでた時にこっちの情報を少し流した。ファウスト様が、ダレルを取り調べる為に王都に招集するかもしれないと」
「どうして!」
「疑わしきは疑え。俺は、そういう方針なんだ。尻尾を出さないなら、餌をケチるべきじゃない。それに、誘いに乗ってこないならそれでいい。どっちにしても本当にファウスト様はダレルを引っ張るつもりだし、奴がいなくなればこの事件は沈静化する」
「エドワード先輩は違うよ!」
「その根拠は?」

 冷静なランバートの言葉に、クリフは返す言葉が見つけられない様子で言いかけては口をつぐむ。

「庇いたいのは分かる。俺も昨日話してみて、あの人がいい人だってのは分かった。信じたくないってのも分かると思う。だからこそ、このままでいい訳がない」
「……疑う根拠は?」
「犯人像とあの人は一致点が多い。事件当日の調書にも、必ず名前がある。夜警でもないのに、人気のない場所の発見者としてね。それが四度、偶然と言い切るには不自然だ。それに、嘘をついた」
「嘘?」
「あの人がしてる指輪、祖父の遺品だと言っていたけれど。あのデザインは王都で今流行ってるデザインだ。店先で新しいデザインだと書いて置いてあったのを覚えている。店に確認はしてないけれど、聞けば名前が出てくると思う」
「指輪……」

 クリフが怪訝そうな顔をした。おそらく気づいていなかったんだろう。

「ロディも同じ物をしていなかったか?」
「ロディも……て」

 戸惑った顔をしたクリフが、ソワソワと視線を泳がす。事実に困惑したというよりは、何か思い当たる件があるように感じた。

「多分、密かに式を挙げたんだと思う。そういう様子が、森の奥にある教会で見られた。二人の関係に関してはウェイン様が調べてる。証拠がでれば、犯人が分かると思うよ」

 苦笑したランバートの前で、クリフが俯く。そしてぽつりと、言葉をこぼした。

「普通……だったよ?」

 消えそうな声がそう呟く。泣きそうな声が、震えている。

「ロディの遺体を見ていた時も、お葬式も、先輩は普段通りで変わらなかったよ。普通、そんな事ってないじゃないか。だって、そんなに想っている相手なのに! そんなの、冷たい」
「クリフ」
「絶対に、違うよ」

 訴えるクリフだったが、ランバートは知っていた。
 重すぎる思いが、深すぎる仲が、時にどれ程の痛みを残し、どんなに残酷に心に刻まれるのかを。

「泣けなかったんだよ、多分」

 呟いたランバートもまた、苦しそうに笑っていた。そのあまりに悲しそうな笑みに、クリフの方が戸惑うほどだった。

「大事な相手を失うと、大事すぎると、泣けなくなるんだ。そして、自分で逃げ道を塞ぐほどに責め始めてしまう。誰が何を言っても、自分の中では受け入れられない。そういう思いも、あるんだ」
「ランバート?」
「……昔、友達を一人亡くしたんだ。毎日のように馬鹿をやって、夢を語って、安い酒を飲みながら笑っていた。そいつが、殺された。俺はさ、そいつの死体を見ても、葬式に出ても、墓参りをしても、未だに涙の一つも流してやれてない。その代り、胸の奥が冷たくなって、ひどく痛む。色んな手を使ってそいつを殺した奴に復讐したのにさ、未だに終われていないんだ」

 思い出しても心が冷たくなる。そしてありありと思いだせる。血の匂い、冷たい風、仲間の泣く声、名を呼ぶ声、悲鳴、怒号。まるでその場に今も立っているような錯覚がある。
 不意に、温かい手がランバートを過去から引き戻した。クリフの手が、包むように触れていた。薄ら、涙を浮かべて。

「苦しい、ね」
「そうだな」
「……終われるの?」
「多分、終わる。ロディの言葉が終わらせてくれる。彼の気持ちが届けば、止まるさ」

 そうであってもらいたい。これは、ランバートにとっても願いだ。

「……ロディが亡くなった日の夜ね、見たよ」

 不意の言葉に、ランバートは首を傾げた。

「誰か分からない影だけなんだけど、誰かがロディの亡くなった木の下にいた。何か探してる感じだった。その日、僕は夜警だったから祈ろうと思って行ったんだ。そしたら」
「確かめたか?」

 問うと、クリフはゆっくりと首を横に振った。

「とても、声をかけられる感じじゃなかった。必死になってるのを見て、怖くて。それに、ロディを見捨てた負い目もあって、逃げちゃったんだ。あの時にちゃんと声をかけてたら、変ってたのかな?」

 そう言ったきり俯いたクリフの頭を、そっとランバートは撫でる。そして、柔らかく笑った。

「クリフのせいじゃない。起こる未来なんて、予見できないんだから」
「でも、本当にエドワードさんだったら! こんな、苦しくて悲しい事ってないよ」
「エドワードさんの事、好きだったのか?」

 これには、クリフも困惑した顔をした。だがやがて、首を横に振って否定した。

「分からないけれど、好きだったけど、それは特別じゃないよ。味方して、優しくしてくれた人だったんだ。だから、信じていたかったんだ」
「そっか」

 しょぼくれた様子のクリフの肩を抱き寄せ、頼りない背中をポンポンと叩く。クリフはランバートの肩に顔を埋めて、僅かに流れそうな涙を拭いた。
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