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2章:ロッカーナ演習事件

1話:鈍色の行進

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 鈍色の空が押し潰すように低く垂れこめ、今にも泣き出しそうな空気を運ぶ。
 まだ青い穂を両側に見ながら、ランバートはすっきりとしない気持ちで馬に揺られていた。
 場所は王都から内陸に三十キロ程度行った、ロッカーナという穀倉地帯。ここにある砦へ演習に向かう途中だった。
 色々と事件があって遅れていたランバートの所属が決まって一カ月程度。季節は徐々に秋へ向かっていく。

「それにしても、退屈な景色だな」

 近くを行く同僚がそんな事を呟く。その言葉には、激しく同意だった。
 穀倉地帯のこの辺りは景色的に単調だ。緩やかな道が一本続き、その両側は小麦畑。秋になれば黄金の穂が美しいのだろうが、今はまだ早い。
 それに加えてこの天気だ。夏を過ぎて不安定になった空は、気分を沈ませる色ばかりを見せる。そのせいか、道を行く様子はどこか葬列のようでもある。黒衣というのが余計に悪いのだろう。
 そう感じさせる重苦しさがある。特に、先頭をゆく二人の上官が発する空気がそのように思わせる。

◆◇◆

 事は今より一週間ほど遡る。
 ランバートは第二師団の所属となり、本格的に騎士としての生活を送っていた。幸い同僚は皆さっぱりとした人が多く、打ち解けるのは難しくなかった。特に第二師団は他の部隊と比べて人数が少ない事も幸いだ。

 騎兵府第二師団。別名、遊撃部隊。
 戦闘における斥候、別働、陽動、奇襲などを得意とする部隊で、比較的少数での行動が多い。身が軽く機敏、そして単騎での戦闘力に優れた隊員が好まれる。ランバートにはうってつけの部隊と言えた。

 充実した騎士生活を満喫し始めた頃、僅かながら違和感を感じ始めた。それは、ふとした時に見せるファウストの表情の疲れた様子、厳しい表情。それらが増えてきた。
 何か厄介な事案を抱えたのだろうとは思った。だが、立場上あまり踏み込むことはできない。彼は騎兵府の長で、抱える案件は多い。隊員の一人にすぎないランバートが、そう簡単に首を突っ込める相手ではない。
 唯一できる事があるとすれば、プライベートに近い時に労をねぎらい、ガス抜きに付き合うくらいだった。

 それに加えて、直属の上司の様子も少し前から違ってきた。
 ウェイン・バークリー。第二師団を預かる、とても元気で明るい上官は皆に慕われる性格のいい人だ。
 おそらく全隊員の中でも小柄で、顔立ちはやや童顔。笑った顔がひまわりみたいだと感じた。
 だが、実力は当然ある。動きは俊敏で機動力があり、とにかく手数が多い。間合いが狭く不利なはずなのに、いつの間にか懐に入られて窮地に立たされる。小柄な事をコンプレックスだと言いながらも、それを一番の武器に変える。そういう凄い人だ。
 そのひまわりのような笑顔が、ここ一週間は萎れて見えた。

 第二師団の一年目と二年目をつれてのロッカーナ演習は、その直後に決まった事だった。

◆◇◆

「ランバート」

 不意に声をかけられてそちらを向く。そこには、ニコニコと笑うウェインがいる。薄茶色の髪を風に揺らし、大きな同色の瞳を向けてくる。けれどその瞳の奥には不安が見えるような気がした。

「ランバートは、演習は初めてだよね?」
「はい」
「緊張とかしてない?」

 馬を並べて問いかけるのは、ウェインなりの気遣いだろう。緊張や不安を取り除こうとしているのだと思う。

「緊張はあまり。どちらかと言えば、楽しみです」
「楽しみ?」

 小さな頭が傾げられる。その仕草は子供のようで、年上なのに愛らしい。

「地方は王都とはまた違いますし、新しい出会いもあるでしょうから」
「ランバートって、社交的だよね。僕はちょっと苦手」

 溜息をついて肩を落としたウェインに、ランバートは笑った。
 ランバートも社交的なタイプとはあまり言えない。どちらかと言えば気心の知れた相手と密に関わっていくタイプだ。
 だが、周囲と同調するのは得意だと思う。人間観察と、その状況に自分を合わせていく能力には長けていると思う。
 ランバートがこの演習で得るものがあるとすれば、数人の気の合う人物を見つけること。そういう相手と手紙などで連絡を取り、情報網を維持していくこと。そこからの情報というのは、王都では得られないものがある。何より楽しい。

「もう少し気が長ければ、上手くやっていけますよ」
「うわ、はっきり言うもんだね。まぁ、長くないけれど」
「酒癖も」
「悪いですよーだ。もう、ランバートはいつもすましてて嫌なかんじ。少しは乱れたりしないの?」

 ふくれっ面もだと思う。が、それを言ったら確実に殴られるだろう。ランバートは笑いを押し殺した。

「俺も乱れる事はありますよ。安酒をたらふく飲んで気持ち悪くて吐きっぱなしなんて時もあったし。気のいい連中と一晩中飲んで、そのまま雑魚寝とか」
「嘘! そんなの騎士になってから見た事ないよ。君の歓迎会だって、最終的には君が全部後片付けしたって」
「あの時は大変でしたよ。ウェイン様は暴れて瓶を投げるし、あちこちで先輩方は倒れてるし。ファウスト様がきてくれなかったら、俺もちょっと手をつけられませんでした」

 言うと、ウェインはバツの悪い顔で笑った。

「もう少しで、到着ですね」
「……うん」

 小麦畑の先に、石壁が見えてくる。高い壁の中が、目指すロッカーナの町と砦だ。
 僅かに緊張した様子のウェインの横顔を見て、ランバートは何かしらの悪い予感を感じていた。
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