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1章:騎兵府襲撃事件

15話:眠りに落ちるまで

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「ここって」
「団長専用の浴室だ。だいたい、大浴場はもう湯の供給が止まっているだろ」
「あっ」

 そうだった。一般兵が入る大浴場は夜の八時には湯の供給が止まる。それまでに入れなければ一日お預けか、冷たいのを覚悟で井戸水だ。
 だが団長クラスとなると時間厳守は難しい。急な来客や仕事が入る事が多く、そちらが優先になる。だから専用浴場があるのだと教えてもらった。勿論、一般兵は入る事が原則許されていない。
 呆然としているランバートが辺りを見回していると、ファウストが手を引いて籐で出来た椅子に座らせる。そして問答無用に着ているローブを脱がされ、その下に着ていたボロボロのワイシャツも剥ぎ取られた。

「自分で脱げます!」
「腕も上がらないような奴がか?」

 鋭い言葉に、ランバートは返す言葉がなかった。長い時間無理な体勢で吊るされていたから腰も足も痛い。何よりも体を支えていた腕は予想以上にダメージがあって、握力も弱ければ腕も上がらない。

「ごちゃごちゃ言わずにされていろ。ほら」
「ちょっと!」

 スラックスまで引き下ろされて、男達に嬲られた以上の羞恥心がある。思わず手で隠すと、ファウストは面白そうに笑った。

「今更隠すのか?」
「……一応」

 改めて見られるのはなんだかいたたまれない。そうしていると、目の前でファウストが服を脱ぎ捨てていく。
 服の上からでも十分立派な体だと思っていたが、服を脱ぎ捨てるとそれは予想以上だ。綺麗に割れた腹筋、肩に付いた筋肉はソフトだが、綺麗な形をしている。胸板は厚く、全体的に無駄な脂肪などない。この体の前ではランバートの体は貧弱に見えた。

「入るぞ」

 腕を引かれ、浴場へと入る。中は円形の浴槽になみなみと湯を湛えた瀟洒な作りだ。長身のファウストが足を伸ばしても十分な浴槽は広々として気持ちがいい。

「そこに座れ」

 言われた通り洗い場の椅子に腰を下ろすと、ファウストはその後ろに立って髪や頭に丁寧に湯をかけてくれる。男達が汚した金の髪が、再び光を取り戻し始めた。
 そのまま慣れたようにシャンプーをされ、丁寧に洗われていく。気持ちよくて、またぼんやりと意識が彷徨い始める。形のいい指が髪を梳いてくれるのは気持ちがいい。丁寧に洗われて、再び湯をかけられると綺麗な金髪が戻ってきた。
 続いては体だ。もう抵抗する気力もなくされるがままにしている。
 ファウストの手が体のいたるところを撫で回すのはくすぐったい。だがその奥に小さな炎が燻っている気がして、ランバートは体を捩って僅かに抵抗した。

「遊んでませんか?」
「そんなつもりはない。ほら次は椅子から降りて四つん這いになれ」
「え?」

 説明も抵抗も許されないまま椅子を取り上げられ、床に四つん這いになり尻を高く上げるような格好をさせられたランバートは、流石に足をバタつかせた。だが発熱と体力の低下、更には腰の痛みやらなにやらで疲れ切ったランバートでは、どう頑張ってもファウストに敵うわけがない。
 それでも抵抗しようとすると、ファウストの手がランバートの弱い部分をキュッと握りこんだ。

「んぅ!」
「暴れるな。怪我はしたくないだろ?」

 溜息まじりの低い声が耳元でして、宥めるように双丘を優しく撫でていく。敏感になった肌はそんな些細な刺激にも反応してしまう。声を殺すランバートを、ファウストは後ろで楽しそうに見ているようだった。
 クチュッと濡れた音がして、長く形のよい指が狭く熱い部分に侵入してくる。男どもに散々嬲られたそこは指の一本程度何でもないように受け入れる。熱く熟れた肉襞が絡みつくようにファウストの指を締め付けている。

「そんなに締めるな。洗えないだろ」
「そんなこと……っ」

 しているつもりはない。ただ体が暴走気味でいう事をきかない。ランバートは苦しいのに気持ちがよくて、訳も分からず体を震わせた。
 強く締めつけようとする内側を器用に指で広げながら、ファウストは掻きだすように指を曲げて出し入れをする。その度にぬるりとしたものが溢れ出て、内股を伝ってポトポトと落ちていく。相当な量を受け入れた。それを暴かれる羞恥心が、体と心を炙りだす。

「よし、いいだろう」

 長く感じる時間、そうして中のものを掻き出していた指が抜かれる。その瞬間、ランバートは膝から崩れ落ちた。倒れそうな体をファウストが支えてくれるが、体は熱を持ってどうにもならない状態だった。

「大丈夫か?」

 気づかわしい声にランバートは睨み付ける。さすがに空っぽで、短い刺激では半立ちくらいにしかならないものの気持ちや体にはまた欲情の火がついてしまっている。いや、もしかしたら嬲られていた時以上にどうしようもない、切羽詰った気持ちになっているかもしれない。
 むずむずとした熱がじわりと体を火照らせている。

「人の気も知らずに」
「なんだ、また欲情が戻ってきたか?」

 なんて呆れたような声が落ちてくる。他人事のようなその言葉に、それこそランバートは恥ずかしいやら情けないやらでファウストを睨む。だが彼は軽く笑うばかりで離れていき、体を綺麗に流し終えるとランバートを抱き上げて、そのまま抱えるように浴槽に浸かった。
 湯は温かく肌に染みる。ファウストに凭りかかるようにして湯に浸かるランバートは、少しぬるい湯に浸かるうちに気持ちが落ち着いてきた。
 そして意識するのは、背後で抱えるようにして浸かっている人の事だ。触れた肌から伝わる熱や心音。触れて分かる筋肉の形。遊ぶようにランバートの髪を絡める指は、剣を握る人にしては形がいい。

「少しは落ち着いたか?」
「誰が火をつけたと思ってるんですか」

 抗議の声に返ってくるのは楽しそうな微笑。もう体には一切力が入らない。されるがままだ。普段なら心細いが、今はこんなにも心地よい。このまま目を瞑れば、きっと眠る事ができる。

「ランバート」
「なんです?」
「二度と、あんなことはするな。お前はもう少し自分を大事にしろ」

 低く響く声は命令ではないと分かる。そんな凄味はない。これは、きっとお願いだ。そう思うと、気持ちが更に穏やかになっていく。

「善処します」
「素直に分かったとは言わないんだな、お前は」
「親しい人に嘘をつくのは、けっこう心苦しい事なので」

 ピクリと体が僅かに動く。拒絶ではなく、驚き。だがそれは一瞬だ。すぐに元通りになってしまう。

「ファウスト様、俺はきっと自分を大事になんて思えません。……いや、自分が大事だからこそ、かな」
「どういうことだ」
「俺は、大事なものは全力で守らなければと思っているんです。だって、自分以上に大切だから。だからそのためなら、自分の持てる全ての力で守りたい。その結果がたとえ自分の死でも、きっと俺は後悔も躊躇いもしません」
「躊躇えばか者。そんな事、俺が許さない」
「ファウスト様ならそう言うだろうと思いました。そういう所、けっこう好きです」

 静かな笑い声が浴室に響く。さっきよりも少し熱が上がったのかもしれない。意識がフワフワして、それがどこか心地よくもあって、背中の人に体を全て預けたままランバートは微睡んだ。

◆◇◆

 ウトウトとしているランバートを浴槽から抱き上げ、ファウストは脱衣所へと運ぶ。濡れた体や髪を丁寧に拭き、予備のバスローブを着せて椅子に座らせ、自分も手早く着替えを済ませる。そうして傍に行くと、既に彼は眠ってしまっていた。

「まったく」

 目を閉じて無防備にしていると、ランバートも年相応の幼さがある。額に張り付いた金の髪を指で払うと、整った顔がとてもはっきりと見える。その表情は今まで見てきたランバートのどの姿よりも、愛らしいものに思えた。

「……馬鹿か俺は」

 不意に湧いた不穏な感情を一蹴するように、ファウストは頭を振った。そしてそのまま眠るランバートを抱えて、自室へと運んだのだった。
 ファウストの部屋はこざっぱりしたものだ。クインサイズのベッドが目を引きはするが、それ以外は必要なものがあるばかり。机に棚にソファーセット。茶器もあるが、あまり活用はしていない。
 戻ってみるとベッド脇のサイドボードの上に、解熱用の薬と小さな軟膏が置かれている。エリオットに頼んでおいたものだ。
 ランバートをベッドに寝かせ、ファウストはもう一度揺するようにして彼を起こした。

「んぅ」
「もう少しだけ、俺の言うことを聞いてくれ」

 薄く目を開けたランバートをうつ伏せにして、ファウストは軟膏を手に取る。そして、傷ついた部分に丁寧に塗っていった。
 さっき洗った時に気づいたが、そこは予想通り小さく裂けていたり、擦過傷ができたりしている。そこに丁寧に薬を塗りこんでいく。こんな姿をこれ以上、誰の目にも触れさせたくはなくてエリオットの治療を断ったのだ。
 薬を塗り終え仰向けにした口に解熱剤を放り込み、水をゆっくりと飲ませるまでが限界だったのだろう。後はもう眠気に勝てないようで、ランバートはファウストのベッドの上で静かな寝息を立てた。

「まったく、手がかかる」

 とはいえ、悪い気はしないのが実際だ。ファウストはランバートの腕を擦るようにしてマッサージをした後、自分も隣に潜り込む。疲れていたのだろう、すぐに眠気が襲ってくる。
 それにしても不思議なのが今の状況だ。団長になってから自身のルールとして、部下とは恋人関係にならないと決めていたファウストは、ここに部下を入れた事など数えるほどしかない。ましてベッドに入れた事など一度だってない。
 それがどうだ。来てわずか一カ月程度のランバートをここまで受け入れてしまっている。

「まずい……か?」

 気に入っているのは確かだ。部下として信頼もしている。そして何より、気にかかる。だがこのままではいつか一線を越えかねない。恋愛なんてものは、始まりはみな『他より少し好意的』程度からだ。そうならないよう、気を引き締めないと。
 そんな事を考えているうちに、ファウストも落ちるようにして深く眠ってしまった。
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