上 下
26 / 167
1章:騎兵府襲撃事件

13話:脱出路

しおりを挟む
 乱れ切った服装を多少整え、脱がされたスラックスも履いた。だが、派手に破かれたワイシャツだけはどうにもならない。上半身裸でいると、後ろから温かなものが掛けられた。

「とりあえず着ていろ」

 黒い上等な生地のドレスローブを掛けられ、驚いて見上げると黒い瞳が真っ直ぐに見る。嬉しいような、照れくさいような。曖昧に笑い、視線をサイラスへと移した。

「とりあえず、手錠と足枷をして部屋に閉じ込めておきましょうか」
「そうだな。持っている情報も多そうだ」

 その冷静な言葉に、ランバートは安心と共に驚いた。そうとう頭に血が上っていたようだから、この場で殺すと言うかと思っていた。サイラスから奪った剣を手に持つと、ファウストは手早く自分がしていた手枷と足枷をサイラスにつけた。

「それにしても、本当に嫌ですね。髪ゴワゴワだし、臭い」

 これではファウストのドレスローブまで臭いや汚れが移りそうだ。それを気にしていると、ファウストは苦笑を浮かべて頭を軽く撫でた。

「帰ったら風呂だな」
「はい」

 こんなに汚れていても、あんな醜態を晒しても、この人は変わらない。それが何だか嬉しかった。

 動きの悪いランバートを背に庇いながら、ファウストは部屋の外へと顔を出す。そして周囲を確認すると、ランバートを呼んだ。
 廊下は狭くて真っ白だ。そして人の気配はない。ご丁寧に人払いをしたのだろう。

「ここは?」

 どこか消毒の匂いがしそうな建物を見回しながら呟く。ファウストは奪った鍵束で部屋に鍵をかけると、同じように辺りを見回して口を開いた。

「郊外の診療所跡だろうな。精神患者専用の施設が放置されていたはずだ」
「精神病患者のホスピスですか。まるで独房のようですね」
「ここは重症患者の部屋だろう。窓もないし、扉も頑丈だ。これはもう独房と同じだな」
「いい感じがしないわけですね」

 そう言葉を途切れさせたランバートは、周囲を慎重に探る。今のところ人の気配がない。だが、上のほうから微かに音がする。

「行くぞ」

 ファウストがランバートを背に庇い、一方へと歩き出す。程なく上へ登る階段が現れ、二人は慎重に階段を登った。眩しい明かりが目に入る。人の気配は多くない。
 壁に張り付くようにして周囲を見回したファウストが、見張りの男を二人見つける。剣に手をかけ、静かに早く廊下を駆けた彼は剣を一閃させる。男達は声の一つも上げられないままに切り伏せられた。まさに瞬殺。軍神トールの名に相応しい動きだった。

「さすがですね」
「褒めでも何も出ないぞ」

 そう言って先に立って歩くファウストの後ろから、ランバートも進む。
 正直下半身が怠い。腕は長時間吊るされていた事で高く上がらない。それでも平気なふりをするのは、プライドだ。
 足早に出口を目指し走る二人。だがさすがにこの異常に気付いた男達が部屋や上階から降りてきて、剣を持ちだす。狭い廊下を挟み撃ちにされては動きが取れない。睨みあって距離を取りながら対峙した。

「ランバート、大丈夫か」
「まぁ、どうにかしてみせます。長い時間はもちませんよ」

 ファウストと違い、ランバートは素手だ。いざとなれば武器はあるが、この人の前で堂々と使うのは避けたい。出所の明かせないものだ。
 それでも戦う意志を見せたランバートを感じて、ファウストが動いた。
 切り裂くように走るファウストの剣は大きな動きではあるが早く、そして的確だ。相手の剣を弾き、空いた胴を切り捨てる。驚くべき速さで二人、三人と切り倒していくのを見ると敵も怯んだ。それはランバートにとっても有難い。判断力の劣った相手を倒すのは簡単だ。
 前へと進むファウストを追いつつ、ランバートも後方の敵を倒していく。動きの悪い腕は諦め、どうにか動く足技だけで退けている。
 だがやはり素手では殺傷能力がない。追い立てられるように距離を狭められていく。

「無事か、ランバート!」
「あんたは前だけ見ててください!」

 こうなれば構っていられない。ランバートは踵を一つ鳴らす。その間に一人の男が剣を構えて突進してくる。気付いてはいるが、十分に距離を引き寄せないと倒せない。

「ランバート!」

 気づいたファウストが引き返そうとする、その彼の前でランバートは高い回し蹴りを見舞った。銀に光るナイフが突進した男の喉を切り裂く。派手な血飛沫は敵の戦意を削ぐのに効果的だ。恐れた敵の手が止まる。

「お前……」
「さぁ、脱出です」

 薄い笑みを浮かべて、ランバートは先へ促した。既に男の精液でベタベタだ、今更返り血くらいどうってことない。
 弾かれたように前方へと走るファウストを援護するように、ランバートは背後からの敵を蹴り倒していく。最初の演出がよほど利いたのか、敵は腰が引けている。こんなのにやられるほど、生ぬるい訓練はしていない。

「出口が見えてきた」

 外気を感じる出入口をファウストが力技で突破する。夜風の冷たさが心地よかった。背後から敵が迫りはするが、前方は開けている。どうやら外に敵はいない。
 少し遠くに王都の明かりが見える。逃げ切るには背後の敵をどうにかしなければならない。まだ終わりではないと改めて気持ちを引き締めたその時、馬車の向かってくる音が聞こえた。

「敵の援軍!」
「これ以上はもたないぞ」

 坂を駆けあがる馬車の明かりが見える。構えたファウストは、だが向かってくる馬車が大きく見えるにつれてその表情を緩めた。

「ファウスト!」
「クラウル、ここだ!」

 馬車の先頭を単騎で駆けてきたクラウルが二人の前にきてその無事を喜んだ。
 青ざめたのは背後から迫っていた敵だ。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う敵を、駆けつけた騎兵府の面々が捕らえていく。ファウストもランバートも、この状況には本当に安心し、力が抜けた。
 抜けた瞬間、ランバートの視界が揺れた。思わず立ち眩みのような状態になり体を支えられずしゃがみ込むと、ファウストが駆けつけて声をかけてくる。それにも、ランバートは苦笑するしか出来なかった。

「大丈夫か」
「ちょっと、気が緩んだだけです。そう心配はありません」
「心配ないって……」

 気づかわしい表情には自責の念も見える気がする。ファウストは立ち上がるとすぐに、クラウルに視線を向けた。

「クラウル、馬車の手配を頼む」

 そう言って離れた隙に、ランバートは靴から出ていたナイフをそっと戻した。ただの靴と同じになったものは、さっきまで人を殺す武器であったとは外見的には見えない。
 やがて戻ってきたファウストがランバートの肩を担ぐ。その目の前には立派な馬車が一台用意されていた。

「帰るぞ」
「はい」

 長い夜が、ようやく終わりを迎えようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜

春色悠
BL
 俺、人間だった筈だけなんだけどなぁ………。ルイスは自分の腹に顔を埋めて眠る主を見ながら考える。ルイスの種族は今、フェンリルであった。  人間として転生したはずが、いつの間にかフェンリルになってしまったルイス。  その後なんやかんやで、ラインハルトと呼ばれる人間に拾われ、暮らしていくうちにフェンリルも悪くないなと思い始めた。  そんな時、この世界の価値観と自分の価値観がズレている事に気づく。  最終的に人間に戻ります。同性婚や男性妊娠も出来る世界ですが、基本的にR展開は無い予定です。  美醜逆転+髪の毛と瞳の色で美醜が決まる世界です。

教室ごと転移したのに陽キャ様がやる気ないのですが。

かーにゅ
BL
公開日増やしてからちょっと減らしました(・∀・)ノ ネタがなくて不定期更新中です…… 陽キャと陰キャ。そのくくりはうちの学校では少し違う。 陰キャと呼ばれるのはいわゆるオタク。陽キャはそれ以外。 うちのオタクたちは一つに特化していながら他の世界にも精通する何気に万能なオタクであった。 もちろん、異世界転生、異世界転移なんてものは常識。そこにBL、百合要素の入ったものも常識の範疇。 グロものは…まあ人によるけど読めなくもない。アニメ系もたまにクソアニメと言うことはあっても全般的に見る。唯一視聴者の少ないアニメが女児アニメだ。あれはハマるとやばい。戻れなくなる。現在、このクラスで戻れなくなったものは2人。1人は女子で妹がいるためにあやしまれないがもう1人のほうは…察してくれ。 そんな中僕の特化する分野はBL!!だが、ショタ攻め専門だ!!なぜかって?そんなの僕が小さいからに決まっているじゃないか…おかげで誘ってもネコ役しかさせてくれないし…本番したことない。犯罪臭がするって…僕…15歳の健全な男子高校生なのですが。 毎週月曜・水曜・金曜・更新です。これだけパソコンで打ってるのでいつもと表現違うかもです。ショタなことには変わりありません。しばらくしたらスマホから打つようになると思います。文才なし。主人公(ショタ)は受けです。ショタ攻め好き?私は受けのが好きなので受け固定で。時々主人公が女に向かいますがご心配なさらず。

俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!

しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎 高校2年生のちょっと激しめの甘党 顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい 身長は170、、、行ってる、、、し ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ! そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、 それは、、、 俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!! 容姿端麗、文武両道 金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい) 一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏! 名前を堂坂レオンくん! 俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで (自己肯定感が高すぎるって? 実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して 結局レオンからわからせという名のおしお、(re 、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!) ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど なんとある日空から人が降って来て! ※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ 信じられるか?いや、信じろ 腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生! 、、、ってなんだ? 兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる? いやなんだよ平凡巻き込まれ役って! あーもう!そんな睨むな!牽制するな! 俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!! ※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません ※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です ※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇‍♀️ ※シリアスは皆無です 終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜
BL
実家が神社の男子高校生、蘆屋美影(あしやみかげ)。両親が亡くなり、叔父夫婦に引き取られ不遇な生活を送っていた。 叔父に襲われそうになって神社の宝物庫に逃げ込んだ美影は、そのまま眠ってしまう。目を覚ますと、精霊王と名乗る男が話しかけてきた。 神社に封印されていた邪神が、俺のせいで異世界に逃げ込んだ。封印できるのは正当な血を引いた自分だけ。 異世界にトリップした男子高校生が、邪神を封印する旅に出る話です。 騎士団長(執着)×男子高校生(健気受け) シリアスな展開が多めです。 R18ぽい話には※マークをつけております。

処理中です...