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1章:騎兵府襲撃事件
12話:理由
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どのくらい長くこの拷問は続いたのか。目の前でランバートが男どもに無理矢理犯され、汚されていくのをただ見ているしかできない。
この手が少しでも自由なら、せめて足だけでも自由だったなら、ここに居る奴らを全員殺している。
だが、それすらもできない。無力過ぎて、奴ら以上に自分の不甲斐なさが憎くてファウストは歯を食いしばった。
「もうギブアップかい、リフ」
天井から吊るされてぐったりと項垂れ動かないランバートを見て、サイラスは満足そうな笑みを見せる。金の髪は男どもの精液で汚れ、青い瞳は虚ろに床を見ている。その焦点が合っていない。壊れてしまったように、苦痛も悲鳴も上げない。
「まぁ、よくもったほうか。さて、一度引き上げよう。次はお互い最後になるだろう。別れを済ませておくんだな。まぁ、リフの方はもうダメかもしれないけれど」
楽しそうな笑い声をあげるその口を、今すぐにでも蹴り砕きたい。腕の一本動けば、その喉を潰してやれる。
憎しみを込めて睨み付けるファウストを嘲り、サイラスは部下を連れて出て行ってしまった。
遠ざかる足音がしだいに小さくなり、聞こえなくなる。それを確認して、ファウストは声をかけた。
「ランバート」
反応がない。壊れてしまったかのように動かない。ぐったりとしたまま、指の一つも動いていない。
「ランバート!」
声を大きくして、ファウストはランバートを呼んだ。
あいつが何を思ってこんな事をしたのか、その考えは分からない。もし何か考えがあっての事だったとしても、ここまで酷い状況は想定していなかったんじゃないか。
図太い神経をしているランバートが壊れてしまうなんて考えられない。だが、ならばなぜ反応がないんだ。
「ランバート!」
「……そんなに大きな声を出さないでください、ファウスト様。奴らに聞こえたらせっかくの演技が無駄になります」
その冷静沈着とも取れる声音に、ファウストは驚きと安堵を覚えた。ゆっくりとランバートの体が持ち上がり、確かな瞳がファウストを見る。たったそれだけのことに、これほど安堵したことはない。
驚いて惚けた表情のまま見つめるファウストに、ランバートは柔らかな笑みを浮かべた。
「本当に俺が、壊れたと思いましたか?」
「あんなのを見せられたら誰だって疑う! 大丈夫か?」
大丈夫ではないだろう。それでも聞かずにはいられない。問いかけたファウストに、ランバートは苦笑を浮かべて頷いた。
「まぁ、とりあえずは。多少体は痛みますが、精神的にも肉体的にも死ぬようなものではありません」
「まったく、図太いな」
憎らしげに言うが、安堵は声や表情に出ただろう。実際、少し気持ちが冷静さを取り戻した。少なくとも、ここからどう逃れるかを考える程度には回復した。
「それで? お前は何を考えてあんな大嘘をついた」
「嘘だなんて失礼ですね。大げさではありますが、本心ではありますよ」
拗ねたような口調でそう言われると、妙にドキッとする。確かサイラスは、ランバートがファウストの事を好きだと勘ぐった。あれは、嘘ではなかったのか?
「恋情であるかは別として、俺は貴方の事がけっこう好きです。誇り高く仲間思いで誠実。冷静なのに、意外と感情的だ。シウス様のように表情を隠さず、オスカル様のように自らを偽らない。感情も、考えも、貴方は親しい者の前では見せてくれる。その中に俺がいるのは、案外嬉しいです。それを含めて、俺は貴方が好きですよ」
「驚かせるな。まったく」
部下からの突然の告白かと思って焦ったファウストは胸を撫で下ろす。そして真面目な顔をして、もう一度ランバートを見た。そこにはもう言葉はいらない。ランバートも真面目な顔をした。
「俺の狙いはサイラスです。あいつは俺の事を色目で見ていたので、そこを刺激しました。俺が知るサイラスという男は、自分を優位に立たせたい自己中かつ加虐癖のある男です。しかも俺はあいつの好みらしい。俺のような意に沿わない相手を恐怖で屈服させることに悦びを感じる変態でしょう。潜入中は目立つ行動ができなかったけれど、今は違う。俺が落ちたと思い、ご満悦で出て行った」
「それで?」
「あいつは俺が嬲られている間、ずっと舐めるように見ていた。貴方を尋問するのも忘れてね。だからきっと、限界です。部下など連れずに戻ってきて、楽しみたいと思っているはずです。そこに隙があれば、出し抜いてみせます」
「まったく、無茶な算段だ」
一応、考えあっての事だったのは分かった。それでもこんな姿を見るのは心が痛む。もしもあの拷問の最中にサイラスが「止めて欲しければ情報を吐け」と言っていたら、吐いていたかもしれない。
自分の苦痛にはどれ程でも耐えられる。だが奴の言ったとおり、他人の痛みには耐えられる自信がない。
「ランバート、お前はどうして俺を庇った」
そうとしか思えない状況だった。不意に出た言葉にファウストは驚く。それを聞いて、どうするつもりだ。
だがランバートは困った顔で、その心中を明かしてくれた。
「俺が嫌だったからです。貴方が目の前で拷問されるのを見るなんて、考えられなかった。見たくなかったから阻止した。多少、考えもありましたから」
「お前は自分をなんだと思っている。一番に大事にすべきは自分だ」
子供を叱りつけるような口調で言うファウストに向かって、ランバートは苦笑する。とても綺麗な顔で。
「俺が騎兵府に入った理由を、以前聞かれましたよね?」
突然の言葉にファウストは驚く。ランバートを凝視するファウストの前で、ランバートはもっと困った顔をした。
「生きる実感が一番得られるからです。生きていると確認できるから」
その理由は、ファウストが聞いた理由の中で誰のものにも当てはまらず、そして一番聞きたくない理由だった。
騎兵府は一番命の危険に晒される。宰相府のような内勤ではない。戦争や内戦、テロの阻止には犠牲がつきものだ。過去、ファウストは沢山の仲間を失ってきた。その度に胸が痛んだというのに、ランバートの理由はそこにあったのだ。
自然と表情が険しくなる。胸の内が苦しくなり、悲しみがこみ上げる。そして思う。そんな思いなど、すぐにでも消してやりたいと。
「俺はずっと、生きている実感がどこかなかった。どれだけの事をしても、やがてそれは薄れていった。だから騎兵府がいいと思ったんです。常に危険の中にあれば、俺にも生きる実感があるだろうと。好奇心を満たし、刺激的な時間を持てると。その対価が命であっても、俺は構わないんです。元々、あまり自分を大事には思っていないので。いつどんな形で死んでも構わない。ただここでなら、この命にも何かしらの意味が持てると思って」
「お前は……」
怒りではなく、憐れみがこみ上げる。こんな事を、ファウストは考えた事がない。命はかけがえのないものだとここにいると実感する。だから、無駄だと分かっていても精一杯その命が散らないように尽くしている。
強くなる為に全てを捧げ、感情を抑え、全身全霊で守ろうとしている。仲間の為に、自分の為に。
ランバートは器用なのに、なぜこんなに不器用な生き方をするのか。気になって目が離せなかった理由の一旦は、彼の危うさだったのだと今は思える。
「まぁ、それでもこんな所では死にたくありません。早く帰りたいものです。そうしたらまずは、お風呂ですね」
犯されまくってドロドロになっている自分の髪を見ながら、ランバートがことさら嫌そうな顔で言う。伝えたい気持ちを上手く言葉にできずに詰まったファウストは、その代わりに苦笑を浮かべた。
その時、足音がこちらへと近づいてくるのに二人は気付いた。音は一つ。その相手は知れている。
ランバートはすぐに姿勢を元に戻して虚ろな表情をする。まったく、これが演技だというのだから大したものだ。
ファウストもそれに協力するように視線を背け、悔しげに俯いた。
扉が開き、サイラスが喜々としてはいってくる。そして、虚ろな目をしたランバートの顔を乱暴に上向かせた。
「いい格好だ、リフ。こういう顔も素敵だ。整った顔がより整って見える」
狂ったように興奮した声が言う。それに、内心ファウストは嘲笑を浮かべた。ランバートの美しさは感情と意志があってのもの。あんな虚ろな人形など、美しくはないと。
抵抗しないランバートの前に、サイラスは自身のものを取り出して口へとつっこむ。それに、ランバートは大人しく従った。素直に口を使い、サイラスを悦ばせている。それを見るサイラスも満足そうだった。
「いい眺めだ。リフ、お前がこのまま従順なら俺が飼ってやろう。こんな男の傍にいるよりもずっといい思いをさせてやる」
サイラスの声など聞こえていないかのように、ランバートは高みへと導くように丁寧に刺激している。卑猥な音が耳につくのが我慢ならないが、彼の努力を無にする事だけはできない。
やがて満足にランバートを犯したサイラスが、ランバートの口の中に己を押し込む。くぐもった苦しげな声の後、喉元が上下したのを見ていたたまれず、溢れるような憎しみが沸く。どうしても、この光景だけは見るに耐えない。
だが、サイラスはすっかりランバートが従順なペットになったと信じたらしい。ご褒美と言わんばかりに天井からのロープを緩め、体を楽にしてやった。
ぺたんと床に座ったランバートは、それでも頭をガクリと落として力が抜け、虚ろに下を見ている。これは演技だと分かっていても不安がこみ上げる光景だ。その口元が、何かをボソボソと呟いている。
「何を言っているんだ?」
口元だけで繰り返すボソボソとした呟きにサイラスも気づいたのだろう。近寄って、それでも聞こえずに体を寄せる。その体に、ランバートは愛しげに寄り添い、手をロープでくくられたままで抱き寄せる。そしてサイラスの耳元で愛でも囁くような甘い表情を浮かべた。
「お前がバカで助かった」
甘く通る声は、確かにそう言った。だがその声をかき消すように、断末魔の悲鳴が起こった。驚いて顔を上げたファウストの目の前に、何かが落ちてくる。最初それが何か分からなかった。いや、受け付けなかったのだろう。
それは血塗れた耳だった。弾かれたようにランバートを見ると、彼の口元は真っ赤に汚れている。そしてサイラスはあまりの事に気絶して、倒れていた。
「とんでもない奴だ」
自分の口で、歯で、サイラスの耳を食いちぎったのか。それを認識すると、ファウストも多少引いた。
ランバートは自由の効く手で胸ポケットの内側を探っている。そしてそこからカードのような物を取り出して、ロープにあてた。動かす度にゆっくりとロープが切れていくのを見ると、ただのカードではない。あんなものをどこで手に入れたのか、ファウストは頭の痛い思いだった。
やがてロープを切ったランバートが、倒れているサイラスの懐から鍵束を見つけて持ってくる。そして、手枷と足枷を外していった。
それでようやく、ファウストは自由を取り戻す事ができたのである。
この手が少しでも自由なら、せめて足だけでも自由だったなら、ここに居る奴らを全員殺している。
だが、それすらもできない。無力過ぎて、奴ら以上に自分の不甲斐なさが憎くてファウストは歯を食いしばった。
「もうギブアップかい、リフ」
天井から吊るされてぐったりと項垂れ動かないランバートを見て、サイラスは満足そうな笑みを見せる。金の髪は男どもの精液で汚れ、青い瞳は虚ろに床を見ている。その焦点が合っていない。壊れてしまったように、苦痛も悲鳴も上げない。
「まぁ、よくもったほうか。さて、一度引き上げよう。次はお互い最後になるだろう。別れを済ませておくんだな。まぁ、リフの方はもうダメかもしれないけれど」
楽しそうな笑い声をあげるその口を、今すぐにでも蹴り砕きたい。腕の一本動けば、その喉を潰してやれる。
憎しみを込めて睨み付けるファウストを嘲り、サイラスは部下を連れて出て行ってしまった。
遠ざかる足音がしだいに小さくなり、聞こえなくなる。それを確認して、ファウストは声をかけた。
「ランバート」
反応がない。壊れてしまったかのように動かない。ぐったりとしたまま、指の一つも動いていない。
「ランバート!」
声を大きくして、ファウストはランバートを呼んだ。
あいつが何を思ってこんな事をしたのか、その考えは分からない。もし何か考えがあっての事だったとしても、ここまで酷い状況は想定していなかったんじゃないか。
図太い神経をしているランバートが壊れてしまうなんて考えられない。だが、ならばなぜ反応がないんだ。
「ランバート!」
「……そんなに大きな声を出さないでください、ファウスト様。奴らに聞こえたらせっかくの演技が無駄になります」
その冷静沈着とも取れる声音に、ファウストは驚きと安堵を覚えた。ゆっくりとランバートの体が持ち上がり、確かな瞳がファウストを見る。たったそれだけのことに、これほど安堵したことはない。
驚いて惚けた表情のまま見つめるファウストに、ランバートは柔らかな笑みを浮かべた。
「本当に俺が、壊れたと思いましたか?」
「あんなのを見せられたら誰だって疑う! 大丈夫か?」
大丈夫ではないだろう。それでも聞かずにはいられない。問いかけたファウストに、ランバートは苦笑を浮かべて頷いた。
「まぁ、とりあえずは。多少体は痛みますが、精神的にも肉体的にも死ぬようなものではありません」
「まったく、図太いな」
憎らしげに言うが、安堵は声や表情に出ただろう。実際、少し気持ちが冷静さを取り戻した。少なくとも、ここからどう逃れるかを考える程度には回復した。
「それで? お前は何を考えてあんな大嘘をついた」
「嘘だなんて失礼ですね。大げさではありますが、本心ではありますよ」
拗ねたような口調でそう言われると、妙にドキッとする。確かサイラスは、ランバートがファウストの事を好きだと勘ぐった。あれは、嘘ではなかったのか?
「恋情であるかは別として、俺は貴方の事がけっこう好きです。誇り高く仲間思いで誠実。冷静なのに、意外と感情的だ。シウス様のように表情を隠さず、オスカル様のように自らを偽らない。感情も、考えも、貴方は親しい者の前では見せてくれる。その中に俺がいるのは、案外嬉しいです。それを含めて、俺は貴方が好きですよ」
「驚かせるな。まったく」
部下からの突然の告白かと思って焦ったファウストは胸を撫で下ろす。そして真面目な顔をして、もう一度ランバートを見た。そこにはもう言葉はいらない。ランバートも真面目な顔をした。
「俺の狙いはサイラスです。あいつは俺の事を色目で見ていたので、そこを刺激しました。俺が知るサイラスという男は、自分を優位に立たせたい自己中かつ加虐癖のある男です。しかも俺はあいつの好みらしい。俺のような意に沿わない相手を恐怖で屈服させることに悦びを感じる変態でしょう。潜入中は目立つ行動ができなかったけれど、今は違う。俺が落ちたと思い、ご満悦で出て行った」
「それで?」
「あいつは俺が嬲られている間、ずっと舐めるように見ていた。貴方を尋問するのも忘れてね。だからきっと、限界です。部下など連れずに戻ってきて、楽しみたいと思っているはずです。そこに隙があれば、出し抜いてみせます」
「まったく、無茶な算段だ」
一応、考えあっての事だったのは分かった。それでもこんな姿を見るのは心が痛む。もしもあの拷問の最中にサイラスが「止めて欲しければ情報を吐け」と言っていたら、吐いていたかもしれない。
自分の苦痛にはどれ程でも耐えられる。だが奴の言ったとおり、他人の痛みには耐えられる自信がない。
「ランバート、お前はどうして俺を庇った」
そうとしか思えない状況だった。不意に出た言葉にファウストは驚く。それを聞いて、どうするつもりだ。
だがランバートは困った顔で、その心中を明かしてくれた。
「俺が嫌だったからです。貴方が目の前で拷問されるのを見るなんて、考えられなかった。見たくなかったから阻止した。多少、考えもありましたから」
「お前は自分をなんだと思っている。一番に大事にすべきは自分だ」
子供を叱りつけるような口調で言うファウストに向かって、ランバートは苦笑する。とても綺麗な顔で。
「俺が騎兵府に入った理由を、以前聞かれましたよね?」
突然の言葉にファウストは驚く。ランバートを凝視するファウストの前で、ランバートはもっと困った顔をした。
「生きる実感が一番得られるからです。生きていると確認できるから」
その理由は、ファウストが聞いた理由の中で誰のものにも当てはまらず、そして一番聞きたくない理由だった。
騎兵府は一番命の危険に晒される。宰相府のような内勤ではない。戦争や内戦、テロの阻止には犠牲がつきものだ。過去、ファウストは沢山の仲間を失ってきた。その度に胸が痛んだというのに、ランバートの理由はそこにあったのだ。
自然と表情が険しくなる。胸の内が苦しくなり、悲しみがこみ上げる。そして思う。そんな思いなど、すぐにでも消してやりたいと。
「俺はずっと、生きている実感がどこかなかった。どれだけの事をしても、やがてそれは薄れていった。だから騎兵府がいいと思ったんです。常に危険の中にあれば、俺にも生きる実感があるだろうと。好奇心を満たし、刺激的な時間を持てると。その対価が命であっても、俺は構わないんです。元々、あまり自分を大事には思っていないので。いつどんな形で死んでも構わない。ただここでなら、この命にも何かしらの意味が持てると思って」
「お前は……」
怒りではなく、憐れみがこみ上げる。こんな事を、ファウストは考えた事がない。命はかけがえのないものだとここにいると実感する。だから、無駄だと分かっていても精一杯その命が散らないように尽くしている。
強くなる為に全てを捧げ、感情を抑え、全身全霊で守ろうとしている。仲間の為に、自分の為に。
ランバートは器用なのに、なぜこんなに不器用な生き方をするのか。気になって目が離せなかった理由の一旦は、彼の危うさだったのだと今は思える。
「まぁ、それでもこんな所では死にたくありません。早く帰りたいものです。そうしたらまずは、お風呂ですね」
犯されまくってドロドロになっている自分の髪を見ながら、ランバートがことさら嫌そうな顔で言う。伝えたい気持ちを上手く言葉にできずに詰まったファウストは、その代わりに苦笑を浮かべた。
その時、足音がこちらへと近づいてくるのに二人は気付いた。音は一つ。その相手は知れている。
ランバートはすぐに姿勢を元に戻して虚ろな表情をする。まったく、これが演技だというのだから大したものだ。
ファウストもそれに協力するように視線を背け、悔しげに俯いた。
扉が開き、サイラスが喜々としてはいってくる。そして、虚ろな目をしたランバートの顔を乱暴に上向かせた。
「いい格好だ、リフ。こういう顔も素敵だ。整った顔がより整って見える」
狂ったように興奮した声が言う。それに、内心ファウストは嘲笑を浮かべた。ランバートの美しさは感情と意志があってのもの。あんな虚ろな人形など、美しくはないと。
抵抗しないランバートの前に、サイラスは自身のものを取り出して口へとつっこむ。それに、ランバートは大人しく従った。素直に口を使い、サイラスを悦ばせている。それを見るサイラスも満足そうだった。
「いい眺めだ。リフ、お前がこのまま従順なら俺が飼ってやろう。こんな男の傍にいるよりもずっといい思いをさせてやる」
サイラスの声など聞こえていないかのように、ランバートは高みへと導くように丁寧に刺激している。卑猥な音が耳につくのが我慢ならないが、彼の努力を無にする事だけはできない。
やがて満足にランバートを犯したサイラスが、ランバートの口の中に己を押し込む。くぐもった苦しげな声の後、喉元が上下したのを見ていたたまれず、溢れるような憎しみが沸く。どうしても、この光景だけは見るに耐えない。
だが、サイラスはすっかりランバートが従順なペットになったと信じたらしい。ご褒美と言わんばかりに天井からのロープを緩め、体を楽にしてやった。
ぺたんと床に座ったランバートは、それでも頭をガクリと落として力が抜け、虚ろに下を見ている。これは演技だと分かっていても不安がこみ上げる光景だ。その口元が、何かをボソボソと呟いている。
「何を言っているんだ?」
口元だけで繰り返すボソボソとした呟きにサイラスも気づいたのだろう。近寄って、それでも聞こえずに体を寄せる。その体に、ランバートは愛しげに寄り添い、手をロープでくくられたままで抱き寄せる。そしてサイラスの耳元で愛でも囁くような甘い表情を浮かべた。
「お前がバカで助かった」
甘く通る声は、確かにそう言った。だがその声をかき消すように、断末魔の悲鳴が起こった。驚いて顔を上げたファウストの目の前に、何かが落ちてくる。最初それが何か分からなかった。いや、受け付けなかったのだろう。
それは血塗れた耳だった。弾かれたようにランバートを見ると、彼の口元は真っ赤に汚れている。そしてサイラスはあまりの事に気絶して、倒れていた。
「とんでもない奴だ」
自分の口で、歯で、サイラスの耳を食いちぎったのか。それを認識すると、ファウストも多少引いた。
ランバートは自由の効く手で胸ポケットの内側を探っている。そしてそこからカードのような物を取り出して、ロープにあてた。動かす度にゆっくりとロープが切れていくのを見ると、ただのカードではない。あんなものをどこで手に入れたのか、ファウストは頭の痛い思いだった。
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