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1章:騎兵府襲撃事件

1話:闇夜の襲撃者(ファウスト)

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 夜の闇が街を覆う中、響く怒号は慌ただしく、そして疲弊しきっていた。

「これで、4件目ですね」

 襲撃を受けた現場に立ったランバートがファウストに漏らす。その言葉に、ファウストは苦い顔をするばかりだった。

「被害は!」
「警備をしていた隊員が二人、怪我をしました。死者はいません。敵は襲撃後に逃走、足取りはまだ」

 状況を確認していた隊員が報告をする。その内容の悪さに、最後はごにょごにょと口ごもって消えていった。

 ファウストの手に力が入り、爪が手の平に食い込む。悔しさと歯がゆさに気が立っている。夜陰に紛れて襲撃し、逃げ隠れするなんてことを許しておけるわけがない。可能なら今すぐにでも敵の拠点に乗り込んで、卑怯者どもを一人残らず根絶やしにしてしまいたい。
 だが、それが許される身分ではないこともファウストは分かっている。軽率な判断と行動が隊を危険に晒し、騎士団の名を汚す。それは言い換えれば、国を汚し貶める事にもなってしまう。

「夜警中の襲撃はこれで4件。どれも騎兵府をターゲットにしていますね」
「あぁ」

 ランバートの言葉に相槌を打つファウストの、その声は重かった。守ってやれなかった部下を思うと、自分の非力に怒りを感じる。そして、犯人が憎かった。

「襲撃されているのは全て街警ばかり。間違いなく、騎兵府が狙いです」
「分かっている。こんなこと、今に始まったことじゃない」

 語気荒く言ったファウストは立ち上がり、現場に背を向けた。この場に長く留まっていてはやり場のない怒りに我を忘れそうだ。事後処理をしている者に指示を出し、城へ向かって歩き始めた。
 当然のようにランバートはその後に続く。その瞳はファウストと同じく、厳しいものだった。

「これは全て、陛下を疎ましく思う輩の仕業だ。陛下を玉座から引きずり下ろすために、俺達が邪魔なんだろう。特に騎兵府は表立って街の警備や内乱の鎮圧を行っている。他の兵府に比べて表に立つことが多いから、標的にされやすい」
「それを陰ながらサポートし、問題の早期解決と決着をするために、宰相府や暗府があると思っていましたが?」

 ランバートの口ぶりはあからさまではないが明らかな責めの要素があった。それに気づかないファウストではない。他に部下がいたならばこの場で叱責しただろうが、幸いこの場には二人きりだ。
 当然ランバートも状況を選んで言葉を使っている。場をわきまえない愚か者ではないだろう。
 ファウストは疲れた笑みを浮かべ、落ちてきた黒髪をかき上げた。

「そう言うな。あいつらも頑張っている。暗府はこの件に関して首謀者とその狙いを探るのに人員を割いている。宰相府は少ない情報を元に、考えうるあらゆる可能性を視野に人を動かしている。槍玉に挙がっている俺達もそうだが、あいつらも悔しい思いをしているんだ」
「分かっているつもりではありますが、こう続かれては。二週間の間に4件。首謀者は未だ分からず、狙いも定まらない。そして実行犯は未だに捕まっていないし、捕まえたとしてもごろつきのような奴ばかり。こちらの被害に対して成果が上がらない事が、悔しく歯がゆいのです」

 静かだが怒りを秘めたランバートを見ると荒れた気持ちが少し鎮まるような気がして、ファウストは目を細めて笑う。同じように仲間を思うランバートの気持ちは、こんな時なによりも嬉しいものだった。

「陛下は知っての通りまだ若い。それに、敵が多い」

 吐きだしたファウストは改めて、現状の悪さに溜息が出た。

 現皇帝カール4世はまだ若い王だ。だがそれだけが彼に対する圧力ではない。彼が愚鈍な王であるならば、むしろこのような混乱は起こらなかっただろう。
 カール4世は古いものを廃し、新たな風を吹き込む王だ。古い世界は閉鎖的で、政治やそれに追随する軍、教育の一部を特権階級に独占させた。結果、どれほど才能の無い者でも貴族であれば政治に参加し、特別と扱われてきた。

 カール4世はそこにメスを入れようとしている。人間の価値は家柄ではなく、その個人の才能と努力にあると考えている彼は、就任直後に大胆な改革を行った。
 それが軍の見直しだ。当時の軍は実力ではなく完全な序列社会。古株というだけでふんぞり返っていた者を一掃し、才能ある者を取り立てた。結果、古い軍は完全になくなり、大半の者が去った。そして新たに編成されたのが今の軍だ。

 当時は数人の団長が全ての権限を持っていたが、今はそれぞれの才能に合わせて兵府を分け、それごとに仕事を分担している。現在の団長は古い軍の中でも才能が抜きんでていたものの、年齢や勤続年数を理由に上がれなかった者だ。
 むしろその鬼才により、古い軍の中では冷遇を受けていた。そんな人物が今や団長となり、その力をいかんなく発揮している。

 カール4世の改革はこれだけではない。これまでは貴族の落ちこぼれや、一部の豪商の息子が占めていた軍の内部に平民を採用する事を決めたのだ。当然試験は平民も貴族も同じ厳しいもの。だが、実力があるのに身分の為に上がれなかった者からすれば、大きな希望だっただろう。
 そうして入る事が出来たのがラウルだ。彼は平民ではあるが、運動能力の高さと平均的な学力、人間的な素質を総合して騎士となった。この時点で、彼は庶民から騎士へとクラスが上がる。当初はラウルを軽視する者もいたが、彼のひたむきな努力や高い実力を知るにつれて、馬鹿にする者はなくなった。
 もちろんこれは一部で、まだまだ貴族の力が大きい事に変わりはない。軍の世界もまだ大半が貴族出身者だが、少なくとも実力の無い者はいない。懸命に、泥臭くても目指すものへ向かって努力している。これは新たな軍となってから見られるようになったものだ。

 だが、こうした急速な動きは同時に歪みも生じさせる。平民に対する厚遇に引き換え、厳しくなったのが貴族に対する処遇だった。これまでその身分の上に胡坐をかいていた貴族たちは徐々に力を落としている。地位だけではない、扱い自体が変わり始めている。逆に若く力と希望と野心を備えた貴族は台頭を始めた。今は色々な意味で、改革の時だった。

「貴族連中が裏で動いていると、家にいた時にも聞きました。カール4世陛下は新風。それに乗り遅れた古い人間は、これからこの国では生きる場所を失うでしょうね」

 同じく貴族出身のランバートは、この問題の根深さを知っている。カール4世に対して良くない感情を持つ貴族は、この治世に異論ある過激な集団を煽り、金を払っている。その貴族の顔色を伺い、要望を叶えてこうした行動に出る輩も少なくない。そうした人間が国を危ぶむ。それを阻止するのが、騎士団の役目だ。

「ヒッテルスバッハの家では、何か話はなかったか?」
「古い狸はなかなか尻尾を出さないものでして、人物や家の特定までは難しいです。まぁ、かなりの数はいると思っていいでしょう。まずは金脈を絶たないと、反乱分子を本当の意味で弱体化させることはできません」

 ランバートのもっともな言葉に、ファウストは苦笑が漏れる。その顔には思いのほか痛々しいものがある。実際、ランバートが気遣わしい表情で困っている。

「申し訳ありません、大した役に立てなくて」
「いや、構わない。お前のせいではない。俺も少し家に帰っていれば、そちらから情報を得られたかもしれないが」
「シュトライザーの家にですか?」

 ランバートの問いかけに、ファウストは渋面を作る。そして一つ、胸に溜め込んだものを吐き出すように深く、重い溜息をついた。
 シュトライザー家はヒッテルスバッハ家と同じく、国の四大貴族家と呼ばれる家柄だ。商業や政治、投資に力を入れるヒッテルスバッハとは違い、シュトライザーは軍事と建築業を生業としている。その家柄に生まれたファウストがこれほどの強さを誇るのは道理とも言えた。

「なにやら、戻りたくない理由でもあるのですか? 勿論、お忙しいとは思いますが」
「まぁ、な。俺はシュトライザーの家があまり好きではない。軍籍に入る事でその縁を切るつもりだったんだが、こうなると頑なに拒み続けた事を後悔する。さすがに今更どの面を下げて家に帰ればいいか分からないし、今は本当にそれどころではない」
「心中、お察しします」

 重々しい気持ちも、ランバートとこうした会話をする事で少し和らぐ。同時に情報の整理や心境の整理が出来て助かる。ランバートは頭のいい人間であると同時に、人の心情をおもんばかることのできる人間だ。
 時に気分を変えるような軽い会話をし、時には怒りを諌め、時には同じように怒りもする。変幻自在な器用な彼の態度は、この状況においてファウストを心情面で助けてくれる。

 城まで辿り着くと、意外な人物が寄宿舎の前で待っていた。

「クラウル」
「戻ったか、ファウスト。ランバートもご苦労だった」
「はっ。それではファウスト様、俺はこれで失礼させていただきます」
「あぁ、お疲れ様」

 態度を外向きに変え、一礼して下がったランバートを見送った後でファウストは重い溜息をつく。その様子を見るクラウルが、気遣わしい表情を浮かべた。

「疲れているようだな」
「お前もそうだろ。俺ばかりが弱音を吐いてなどいられない」
「それでも、攻撃を受けているのはお前の隊だ。俺も力を尽くしてはいるが、一歩及ばずに申し訳ない」
「言うな。それを言われれば、部下ばかりを犠牲にしてしまっている俺の立場がない」

 苦笑したファウストは、それでもここを出て行った時よりずっと気分が軽かった。

「それで、何か進展があったのだろ?」

 移動を促すクラウルにファウストが声をかける。それに対してクラウルから特に言葉はなかったものの、揺らがない瞳がそれを肯定していた。
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