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最終章:最強騎士に愛されて

15話:十年後の君へ(帝国・未来ある者へ)

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 師団長会議の翌日の夜、ランバートは夕食の時にアーヴィングを見つけた。端っこの席で、周囲に人はいなかった。他は同期と一緒に楽しく話をしているのにそこだけが置いて行かれたみたいだった。
 少し目に掛かりそうな褪せた黒髪が項の辺りで揺れている。薄い色合いの茶色の瞳は目の前の食事だけを映している。立てばそこそこの長身だけれど線は細い。綺麗な顔立ちには憂いもないが、感情も浮かんでいない。

「気になるか」
「ベリアンスさん」

 不意に後ろから声をかけられ、ランバートは再びアーヴィングへと視線を向ける。そして一つ頷いた。

「ここに来たばかりの自分を見ているようで、俺も気になっている。寄せない訳ではないのだろうが、それとなく壁も感じる。なかなか、勇気がいるだろう」
「あの状態で無遠慮に近づいていけるトレヴァーの凄さが分かりますよ」
「あぁ、彼はそういうことにいい意味で鈍感そうだ。だからこそ人を繋ぐ鎹になれる」
「まぁ、確かに。俺もそれに救われたクチなので」

 始めの一歩を彼がくれたからこそ、今のランバートがある。それを思い出すと、自然と笑みが浮かんだ。

「ベリアンスさん、付き合いませんか?」
「いいのか?」
「いいですよ」

 にっこり笑い、手早く夕食を取り分けて端の席に。影が差して見上げた頼りない顔を見て、ランバートはにっこりと笑った。

「そこ、いいか?」
「え?」
「一緒に食べたいんだが」
「え?」

 分からないという様子を二重にしたアーヴィングが周囲を見回し、ランバートとベリアンスを見て、パニクったようにあたふたした。

「あの! え? ここ、ですか? あの俺、もう食べ終わるのでどうぞ!」
「あぁ、そうじゃなくて。一緒に食べたいんだよアーヴィング」
「……何故?」
「親睦を深めるため?」
「俺……ですか?」
「そうだよ?」
「……何故……」

 困惑もここまでくれば面白い。思わず笑ってしまうと、アーヴィングは凄く恥ずかしそうに頬を染めた。
 うん、これは勝手に座ったほうが早そうだ。
 苦笑して、「失礼」と言って彼の前に座ると。皿にはまだ半分くらい食事が残っている。これなら簡単に席を立たないだろう。
 それにしても、見事に目が合わない。目というか、顔ごと合わない。避けているとかではなく、戸惑っている。証拠に、耳が茹で蛸のように赤い。

「もしかして、人見知り?」
「え! あっ、いや! あの、その…………はい……」
「あはは、面白いな。ここまでなんて」
「……俺、つまらない人間なので話、面白くないですし。声も小さくて、聞こえていないというか」
「それで訓練は大丈夫なのか?」

 ランバートの隣に腰を下ろしたベリアンスが少し鋭く問うのに、アーヴィングはビクッ! とする。その後はおずおずと頷く。

「あの、命令はちゃんと聞いていますから」
「チームゲームは」
「俺の好きにしていいって、言われるから」
「何の為のチーム戦だ」

 溜息と共に苦々しく呟くベリアンスにランバートが苦笑する。そして、アーヴィングを見た。

「楽しい?」
「え?」
「ここは、楽しいかい?」
「あ…………」

 やっぱり、言葉に詰まった。それでもきっとここに居るのには理由がある。おそらく、戻れない理由だ。

「帰る家が、ないのか?」

 聞くと、アーヴィングはちょっと苦しそうな顔をして頷く。それでも諦めたように笑うのだ。

「俺、元は旅の軽業師の一座にいたんですけど、事故で一座の大半が亡くなって、俺は国の施設に引き取られて里親に出される事になって」
「だから身が軽いのか」

 妙に納得したようにベリアンスが言うのに、アーヴィングは苦笑して頷いた。

「でも直ぐに引き取り手が見つかったんです。貴族の祖母ちゃんで、旦那さんとは死に別れて、子供もないから家を継ぐ人がいないって。だからある程度年齢が高い方がいいのよって、九歳で引き取られて」
「いい人だったか?」
「勿論! 穏やかに話をする人で、俺に勉強を教えてくれて。でも、一年前に亡くなったら、祖母ちゃんの親戚だって人が押し寄せて財産全部持って行ってしまって」
「え!」

 これには流石に驚いて声を上げたが、アーヴィングは困ったように笑うだけ。怒りもなにもない様子だった。

「そんなの許されないだろ!」
「養子だから、受け取る権利なんてないって言われたらそうなのかもって。遺産の相続を放棄する書類に署名させられたら、後は追い出されてしまって」
「……訴えるか?」

 流石にそんな乱暴な事が許されるはずがない。思って問うが、アーヴィングは首を横に振る。なんだか優しい目をしたままで。

「いい、です。お金が欲しかったわけじゃないし、家名は名乗っていい事になったので。俺が生きていれば、祖母ちゃんの家の名前は残るし。だから、お金はいいです」
「お人好し。いいかい、そういうのは騎士団に訴えるんだよ。そういう横暴を許したらダメなんだから」
「そう、なんですけれど。争って、せっかく一緒に過ごした祖母ちゃんとの思い出が汚れていくのが哀しかったので。でも、その後食べて行くのが難しくなってしまって。行き倒れ寸前の所で騎士団の人に声をかけられて、試験を受けてみないかと言われて」

 聞くだけで頭が痛い案件だ。これについてはちょっと別件でシウス辺りに話を上げる必要があるだろう。

「欲がないんだな」
「え?」
「……俺も一度、空っぽになった。だが、ここに来てそうではなくなった。お前も、空いた場所に何を入れるか少し考えた方がいい。このままでは利用されるだけ利用されて、用済みになれば捨てられる」

 これはベリアンスの経験からなんだろう。一度絶望に沈んだ人が、それでも今浮かび上がった。だからこそ言える事があるのだろう。

「俺、そういう人生のように思います」
「それでいいのか?」
「……分からないです」

 本当に分からない。そういう顔をすること自体が哀しい事だ。
 これは案外大変な相手かもしれない。考え、ランバートはふと思った事をそのまま問いかけた。

「剣は、好きか?」
「え?」
「剣を振るうことは、好きか?」

 目を丸くしたアーヴィングは、戸惑いながらも頷いた。

「体を動かす事が好きです。余計な事を考えず、目の前の事に没頭できるのが好きです。一人の時間はずっと余計な事を考えてしまうので、出来るだけ動いていたくて。夜もギリギリまで鍛錬しています」
「それが余計に他との実力差を生んでるな……」

 ベリアンスが頭の痛い顔をするのに、アーヴィングは小さく赤くなる。それにも苦笑して、ランバートは誘ってみた。

「よかったら今夜、修練場においで」
「え?」
「多分楽しいから」

 オロオロしながらもアーヴィングは頷く。それを確認して、ランバートはにっこり微笑んで頷いた。


 その夜、ランバートは修練場にゼロスやコンラッド、ハリー、チェスター、トレヴァーを誘った。久々に手合わせをしようと言って。そうしたら昨日グリフィスにやられたレイバンまで来ると言い出して少し迷ったが、誘った。

 そうして来たアーヴィングは集まっている面々を見て無言で固まり、脱兎の如く逃げようとした。当然のようにチェスターに捕まったが。

「まぁまぁ、楽しんでいこうや」
「いえ、あの」
「遠慮する事はないぞ」
「……俺、今日殺されるんですか?」

 本気で怯えた顔をしたアーヴィングに、全員が顔を見合わせて笑う。そして当然の様に彼を修練場に上げた。

「よーし、誰が行く?」
「じゃ、手負いの俺で」
「いきなりレイバンは可哀想だろ」
「後輩いじめはダメなんだ。それなら俺がいくよ。多分この中だと一番弱いし」
「いや、ハリーも十分いじめだと思うし、お前の剣は足も出るからな。俺が一番癖がないよ」

 笑いながら上がったのはコンラッドだ。剣を構えたコンラッドを前に、アーヴィングも腹を括って剣を構える。そうしてしばらく互いに睨み合っていたが、やがてコンラッドの方からしかけた。

 受けるアーヴィングが少し苦しそうにする。押し込まれて窮屈になった彼に、コンラッドは余裕の笑みだ。
 だがその笑みを見たアーヴィングの目が無機質に見開かれ、押し返し、距離を置く。そしてすぐさま反撃に出て、今度はコンラッドを押し込んだ。

 なんとなく分かったものがある。彼は何でもない顔をしていたけれど、やっぱりそうではない。怒りや憤りというものを全部剣に乗せている。だから強い。

「あの目を見ると、なんだかお前を思い出すんだよ」

 ゼロスの言葉に、ランバートは苦笑して頷いた。

「俺もそう思うよ」

 昔は、こんな顔をしていた時もあったか。でも今は違う。

「やっぱり、仲間が必要だよな」
「そうだな」
「そして少しは、掴めているんじゃないかな?」

 修練場から少し離れた木へと視線を向ける。そこに隠れるようにして一人立っている事を知っての事だ。

「こないか、ギデオン!」
「!」

 修練場の上にいたアーヴィングもその声に反応して動きを止める。そして、おずおずと出て来た青年を見て目を丸くした。

 ギデオンは黒に近い濃い茶色の髪を肩ぐらいまでにした青年だ。こちらもあまり口の達者な感じはなく、緑色の瞳が困ったように陰っている。そしてとても礼儀正しく、ランバート達へとお辞儀した。

「ギデオン、君?」
「……どこか、行くようだったからどうしたのかと思って。ランバート様にも声を掛けられていたから、何か困った事があったのかと思って」

 つまり、心配して来たわけだ。ぱっとハリーが近づいていって、うんもすんもなくギデオンを輪の中に入れてしまう。彼は少し恥ずかしそうだけれど、笑っていた。

「さて……。お前等はどうするんだ!」

 ゼロスが声をかけるとまた別の所から足音が三つ。先頭を歩くのは長い銀髪の青年と、その後ろから背の高い筋肉質な青年、そして足取りも軽い小柄な青年が一人だ。

「エイペル君、デール君、コーディ君」
「何やら楽しそうな事をしていそうだったので、お邪魔いたしました。お邪魔でしたか、アーヴィングさん?」
「え、あの、いえ」

 にっこりと人の悪い笑みを浮かべる長い銀髪の青年は、まるで貼り付けたような営業スマイルでランバート達に折り目正しくお辞儀をする。端正な顔立ちで色が白く、切れ長の青い瞳が特徴的な人物である。ただ、目が笑わない。
 第一師団一年目、エイペルである。

「俺はギデオンの奴がなんかコソコソしてやがったからよ」
「デールさんは素直な方ではありませんからね。これで心配性なんですよ? 顔怖いのに」
「エイペル!」

 体格で言えば第五に多そうな筋肉質な青年だ。短くツンツンした金髪に、意外と丸く小さな青い瞳。角張った輪郭なども男らしい青年が少し赤くなる。
 第一師団一年目、デールだ。

「そんな事言って、エイペルだって実は気にしてたじゃん。話しかけないけど居場所はちゃんと確認してたし」
「おやおや、お恥ずかしい所を見られていましたね」

 小さな体に短い黒髪、大きな緑の瞳をした青年が頭の後ろで手を組んで言う。言葉と表情が一致している明るい様子の彼は、どこかウェインにも似ている気がする。
 第一師団一年目、コーディである。

「さて、声をかけたかった一年目が揃ったが……どうする、ランバート」

 ニヤリと笑うゼロスに、ランバートも笑う。その笑みはコンラッドやチェスター、トレヴァーにレイバンの間にも同じ意味合いで伝わっていった。

「さて! では全員纏めて時間外訓練つけようじゃないか」
「そういうことだ、好きなのに挑め」
「勝てたら酒奢ってやる!」
「怪我だけはないようにな」

 アーヴィングも含めて全員が顔を見合わせ、ニッと笑う。負ける気はない、そういう顔を見ると楽しみになる。強い奴が好きというのが騎士団の特徴。それを見るようで皆がワクワクする。

◆◇◆

 二時間後。

「……化物だな、あの人達」
「息も切れていないとは、いやはや予想外の怪物揃いで」
「明日、動ける気がしな~い」
「大丈夫、アーヴィング? 最後、俺防げなくてランバート様のまともに食らったけれど」
「……楽しかった」

 修練場の上に無様に転がされたボロ雑巾が五人。でも、気持ちは清々しい。見上げる抜けるような夜空に綺麗な月が浮かんでいる。

「次は絶対一撃いれてぇ」
「デール動きデカいんだよ~」
「コーディさんみたく小さくありませんからね、デールさんは。縮みますかね?」
「怖ーこと言うな、エイペル。ギデオンもナイスアシストだよな」
「得意、だから」
「でもやっぱさ、アーヴィング強いんだよな。あ~ぁ、これ認めるのが嫌で俺避けてたのに」
「え?」
「おや、気づきませんでしたか? コーディさんとデールさんは貴方と馴れ合って実力差を見せつけられるのが嫌で避けていたのですよ。本当は戦いたくてウズウズしているんです」

 これにアーヴィングは驚いて、そして恥ずかしくて顔を赤くする。それを見たエイペルが、おかしそうに笑った。

「おやおや、お可愛らしい」
「可愛くは、ないと思う」

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。ムズムズして、なんだかとても落ち着かない。
 そんな様子を見て、他のみんなが笑った。

「よし、次はあの人達に一撃!」
「では、データ分析と戦術の考察をいたしましょうか」
「俺は、サポートできるようにする」
「攪乱ならお任せ!」
「俺、も。俺も、一緒に戦いたい」

 伝えたら、転がったまま彼等は目を丸くして、次には明るい笑みを浮かべた。

「「あったり前だろ!」」

 そう言って受け入れてくれる場所があることを知って、アーヴィングは泣きながら笑った。
 見つけたんだ、ようやく。誰かと一緒にいられる、帰りたい場所を。
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