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最終章:最強騎士に愛されて

1話:春を僅かに過ぎた日に

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 サバルドの一件も片付き、新人の受け入れと訓練も無事に開始されて久しく、ランバートは少し忙しく、でも穏やかな毎日を送っている。

 執務室の窓から見える外の景色は花から新緑へと移ろうとしている。頃はもうすぐ六月だ。

「ランバート、少しいいか?」
「ん?」

 新人の合同訓練を視察しているはずのファウストが、お昼を少し前に戻ってきた。特に変わった事はなさそうだが、ならばこの時間に戻ってこないだろう。正午の鐘が鳴るまでは訓練のはずだ。

「どうしましたか?」
「オスカルから式の招待客についてリストを持たされてな。仕事中だってのに」
「あぁ、なるほど」

 手に紙二枚を持たされたファウストが小さく愚痴るが、表情は和やかなものだ。
 それというのも二人の結婚式が本格的に決まり、話はもう寸前まで動いていた。

 当初の予定では五月くらいのはずだった。だが、丁度四月の終わりにメロディとルカの結婚式が行われ、あまり日が開かないということで両家で話し合いが行われ延期となった。
 べつに会場を決めていたとか、教会を予約したとかそんな事までは話が及んでいない。出席者をどうするか、くらいの頃だ。

 そしてそうなると上の方から物言いがついた。
 カールとデイジー、揃って出席したいと言うのだ。そして当然のように団長も出席希望。国の重鎮であり親のジョシュアを始め、ヒッテルスバッハ勢揃い。そしてシュトライザー家は勿論、リーヴァイまでマクファーレン領から来るという。それにランバートの同期もとなると、外での式がほぼ不可能な状態になった。リッツも友人で来る。
 当人を差し置いて結婚式は城の大聖堂で行われる事となり、そうなると面白そうだとお祭り好きなコーネリウスが動いて式を取り持つのがランスロットとなった。次の教皇候補と呼ばれる若く美しい枢機卿が、もの凄く私的な結婚式を取り持つのだ。しかも当人は単純に面白がっている。
 更に披露宴のパーティーまで城を解放し、全ての設営を近衛府が気合いを入れて行うことになった。

 もう、どうにでもしてくれ。

 ファウストから受け取ったリストを一通りチェックして、ランバートは頷く。何の問題もない。

「リーヴァイ様には早めに招待状を出したんだよな?」
「あぁ、遠いからな。早めに王都に入って家に泊まる事になっている」
「豪快な方だよな、リーヴァイ様も」

 つい数ヶ月前に改めて会った老人は、老人という枠組みから少し飛び抜けた印象のある方だった。
 マクファーレンの現当主であり、ファウスト達の祖父にあたるリーヴァイと初めて会ったのは、ファウストのお家騒動の真っ只中だった。
 とはいえ互いにそれどころではなく、挨拶を交わしはしたが私的な話などはないままだ。
 あの一件で左腕を深く傷つけられて、リーヴァイの指先は痺れと麻痺が残り、強く物を握れない。それでも当人はまったく気に留めていないのか元気で明るく、「腕は振れるぞ!」と言って左手でバシバシランバートの背中を叩いて大笑いしていた。
 強い人だ。そして、ファウストの肉体的な要素はこちらの遺伝なのだろうと分かった。

「衣装は母上が二人分仕立ててる。次の休みに試着させろって言ってたよ」
「あぁ、聞いている。同じタイミングで指輪も出来るはずだ。引き取りに行こう」
「本当! うわ、楽しみ。でも、試着して当日までは箱の中な」
「あぁ」

 「婚礼衣装は私が仕立てる!」と、シルヴィアは譲らなかった。だから以前トレヴァーに貸してもらったヴェールを母に見せ、そのまま預けてある。当日もこれを使いたいと申し出ると、彼女は目を輝かせて「こんな一級品をどうしたの!」と喜んでくれた。
 そこで経緯を話すとシルヴィアは早速キアランの母に連絡をして、直接会ったらしい。ちなみにキアランの母親は感激のあまり翌日熱を出したとか。申し訳ない。
 そんなこんなで婚礼衣装を作るのに頭の先からつま先まで採寸をされ、生地を選び、母が最初からデザインを描いた完全なオーダーの服を作っている。
 ここにリッツが更に絡み、サバルドの絹織物を使ったらしい。大貴族の採算度外視という本気がいっそ恐ろしいランバートだった。

 指輪も順調に作られている。デザインと石は選んであるが、職人の手が空かずに少し遅れが出ていた。だがそれを大きく上回る延期となったため平気だと伝えると、店もほっとしたようだった。

 何にしても準備は当人達を置き去りに進んでいく。これでいいのか? という疑問もありはするが、心配はしていない。皆がある意味その道のプロだ。何より祝われているのはよく分かる。照れくさく、でも幸せな時間になっていくのだろう。

◆◇◆

 ランバート個人はもう一つ大事な事がある。部屋の引っ越しだ。

 結婚したら相手の部屋に引っ越す。二人で一つの部屋を使う事になる。
 今回は二人で話し合い、ファウストの部屋にランバートが引っ越すのだが……物が多くなってしまった。
 現在は物の整理をしている……のだが、物が捨てられない。
 どれも二人で選んだものだったりする。あとは贈り物だ。そういう物には思い出があり、なかなか捨てられない。物がなくなったからって思い出がなくなる訳じゃないのは承知しているのだが。

「う~ん……」

 いっそ、持ち込みきれない物は実家におしつけようか。思った所でドアがノックされ、ラウルがひょっこりと顔を出した。

「ランバート、整理進んでる?」
「手伝いにきましたよ」
「夜食も持ってきた」
「ラウル、エリオット様、ゼロス」

 いわゆる団長を彼氏(旦那)に持つ面々が笑いながら入ってくる。そして部屋の有様に苦笑した。

「物持ちになりましたね」
「二人部屋の時はこんなになかったのにね」
「お前、整理進んだのか?」
「全然。なんかどれも思い入れがあって、整理が付かなくてさ。いっそ実家に送ろうかと思ってたんだ」

 それに、入ってきた三人が苦笑した。

「あぁ、これ」

 ゼロスがふと箱を見つけて手に取る。それは小さな箱で、中はボタンカフスだ。しっかりと使った跡の見えるそれも、ランバートの大事な物だ。

「懐かしいな、俺たちがお前の誕生日に贈ったものだ」
「ほんと、懐かしいよな」

 思えばあの日、ちゃんと自分の誕生日を認識した。その後も忘れていて、当日や近くなって彼らに祝って貰って思い出すのだが、それでも自分が何日に生まれたのかは分かった。

「使ってるじゃないか」

 嬉しそうに笑うゼロスにランバートも笑う。

「使えって言ったのお前等だろ?」
「あぁ」
「ちなみに、これも残ってるぞ」

 言って取り出したのはあの時第五師団から渡された薄い本の詰め合わせだ。まぁ、いくつかは手元にない。現在その一部は恋人とどのように夜を過ごしていいか分からない隊員のバイブルとなっている。そんなつもりはなかったが、チェスターに貸した物がトレヴァーに渡ったりしているらしい。

「それは捨てていいだろ。おかずなんていらないし」
「贈り物って捨てられない質なんだよな」
「いや、エロ本持って嫁ぐってどうなんだよ」

 呆れ顔のゼロスの側で薄い本を開いたラウルとエリオットが、こっそりと顔を赤くしている。この人達も相変わらず恥ずかしいらしい。

「編み物の道具もあるね」

 小さな裁縫箱の中にあるのはいつぞやの編み物の道具だ。一年目の聖リマの日、シルヴィアから突如送られてきた毛糸は流石にない。だがその時の道具は今も使う事がある。

「懐かしいな。これで一緒にマフラー編んだよね」
「あぁ」
「ファウスト様、今も冬になるとあの時のマフラーしてるよね」
「編み直そうかって言うんだけど、このままでいいって言うんだ。少し伸びてきてるのに」

 一年目の聖リマの日。お世話になっている人や恋人に感謝の気持ちを物に乗せて伝える日。あの時、ランバートはファウストに手編みのマフラーを贈った。あの時はまだ付き合ってなんていなかったが、日頃の感謝を込めて作ったのだ。
 あれから五年の歳月が流れた。親しい上司と部下から、恋人、そして伴侶になろうとしている。でもあの時の思い出を、ファウストもランバートも大事に手元に置いているのだ。

「私達が贈ったティーセットも、随分使ってくれたのですね」
「今も愛用しています。本当に、有り難うございます」

 二十歳の誕生日、エリオットとオスカルは揃いのティーセットをくれた。それは今もランバートの愛用品だ。そればかりではない、シウスがくれたペンは今もっとも酷使されている。それでも丈夫で書きやすく、そして壊れていない。
 クラウルがくれた投げナイフは何度となくランバートを救ってくれた。うち数本はダメにしてしまったが、今も現役で残っているものもある。

「この投げナイフ……」
「クラウル様が俺の誕生日にくれた物だよ」
「だからあの人は、刃物を贈り物にするのは止めろってあれほど……」
「落ち着けってゼロス! お前と付き合う前だし、実際俺の命を助けてくれたんだし」

 革のホルダーに入ったナイフのセットを見てジトリとした目をするゼロスを宥めるランバートの顔に笑みが浮かぶ。それを、三人が見て微笑んだ。

「整理、時間がかかってしまいますね」
「でも、色々と幸せです」
「捨てられないよね、全部」
「大事な思い出だからな。まぁ、整理がつけられるまでは実家でもいいんだろ?」
「やっぱりそうなるよな」

 半ば整理を諦めたランバートは、それでも部屋に残す物と残さない物に分ける。服を少し実家に送りつけ、ラグなどの少し大きな家具はそのまま部屋に置くことにした。次にここを使う人に残すつもりだ。

「あっ、画材まだあったんだね」

 クローゼットの下に置いてある箱を開けたラウルが嬉しそうに言う。ゼロスもエリオットも覚えがあるから、それを見て温かく笑った。

 「シウスの誕生日に、特別な贈り物をしたい」
 シウスとラウルが結婚して初めて迎えた誕生日、ラウルは肖像画をランバートに依頼した。母も父も既に他界しているシウスに家族の肖像画を贈りたい。そう願ったラウルに、ランバートは快く話を受けた。
 シウスとラウルの肖像、それを囲むシウスの両親の肖像は生前のものを模写した。そしてシウス達の後ろには今の仲間が立ったのだ。
 受け取ってくれた時、シウスは涙を零して笑ってくれた。あの時の事をランバートは忘れていない。一度は手放した絵という趣味が誰かを幸せにできる。それを思い出した瞬間だった。
 あの絵は今もシウスの私室を飾っている。ラウルに聞くと、あの絵を見ている時はとても優しい顔をしているそうだ。

「本当に、思い出だらけですね」
「はい」

 騎士団にきて五年、沢山大変な事もあったが、こんなにもかけがえのない思い出が出来た。母の無茶な要求できて、生きている実感を得るために無茶もしたランバートは、今多くを手にしている。簡単に手放せないものたちを抱え込み、慈しんで。

 本当に、幸せ者だ。


▼ファウスト

 ファウストもランバートと同じく、自室の整理をしていた。だが、あまり整理する物もない。元々あまり物を持たない方だし、今ある物はランバートがくれた物や、一緒に買ってこれからも使う予定のものだ。
 だが、一つずつ思い出のある物を手に取ると思い出される。それがくすぐったくも嬉しくて、自然と笑みが浮かんでいた。

「ファウスト、やってる?」
「手伝いに来たぞ」

 ノックもなくいきなりドアが開いて声がして、ファウストは驚きながら振り向く。そこにはオスカルとシウス、そしてクラウルがいた。

「相変わらずあまり物がないな」
「ほんとだよね。これ、片付けいるの?」
「お前は少し物が多すぎるわ、オスカル。あれこれ細々と」
「えー、クラウルだって多いし。僕だけじゃないよ」

 そんな事を言いながら当然のように入ってくる彼らを、ファウストも苦笑しながら出迎えた。

「順調かえ?」
「あぁ、それなりにな。処分するものは処分したし、これといって家具の買い換えもない。まぁ、ランバートが物の多い奴だからな。それらを仕舞うのに整理していただけだ」
「ランバートも物が捨てられない方なのか?」
「私的な物はわりと簡単に捨てるんだがな。誰かから貰った物や思い入れのある物はどうしても捨てられないらしい」

 だがそれも、ファウストはいい事だと思える。騎士団にきて、ランバートには大切なものが増えた証だ。

「ってかさ、ファウスト服整理したんだね。前はここ、黒、グレー、紺ばっかだったのに今じゃそれなりにカラフル」
「ランバートに怒られて、あいつに見立ててもらってるからな」

 白やキャラメル色、深いグリーンなんかも増えた。アウターは明るめが多い気がする。

「まぁ、そういうことなら飲もうよ」
「オスカル、お前最初からそれが目的だっただろ」
「細かい事はなしじゃ。よいではないか、独身は短いものぞ」
「お前等、嫁はどうした」
「今頃ランバートの部屋で片付けの手伝いしてるよ」
「嫁会なんだそうだ」

 クラウルまで苦笑している。こいつが一番キャラ変わったな。
 まぁ、賑やかなのは悪くない。ファウストは片付けの手を止め、ラグの上に腰を下ろした。

「それにしてもさ、色んな事があったよね」
「そうだな」
「でもさ、こうなるのはなんとなく最初から分かってたよね」
「そうさな。堅物ファウストが入団間もないランバートを自分のベッドに入れておったからな」

 思えばそれが最初だった。今では懐かしい話だ。
 あの時は団長としてのケジメだと自らに言い聞かせ、部下から恋人を作らないと頑なに誓っていた。この部屋には師団長すら滅多に入れなかった。なのに、入団一ヶ月もたっていなかったランバートをここに泊めたのだ。事件後で、罪悪感があったとはいえ。

「頑固だったよねぇ。でも、何だかんだとランバートはファウストの部屋に入り浸ったよね」
「アレも上手かったんだよ。それに俺も心地よかった」

 一度許せばその後も。風邪を引いて看病されたこともあるし、逆もある。一緒にこの部屋で酒を飲んだ事もある。あいつの誕生日もこの部屋だった。

「実際どうだったんだ?」
「ん? 何がだ?」
「最初の頃からランバートを受け入れていたように俺も思ったが、そのつもりはなかったのか?」
「……どうだろうな。あの当時の俺はそんなつもりはなかったんだが……今にして思えば好きだったんだろう」
「その割に拗らせたよね」
「そうじゃぞ、面倒くさい。あんなに腹が立ったのは久しぶりじゃったわ」
「その節は世話になった」

 ジロリとシウスに睨まれて、ファウストは大人しく頭を下げた。この件に関してはまったくもって頭が上がらない。お節介で有り難い友人のお陰で今がある。

 実家で持ち上がったお見合い話を断る為に、ランバートに恋人のフリをしてもらった。そしてその場で、彼から泣きながら告白をされ、同時に別れを言われた。
 訳がわからなかったし、何の間違いかと思った。だが……よく分からない衝動と同時に恐怖が強かった。
 失う恐ろしさに耐えきれない。大切な者を失う時、自らもまた壊れてしまうような気がした。そしてランバートは間違いなくそこに入っていた。
 抗ったのだろう、この関係に「恋人」という言葉を与えてしまえば失う恐怖を身のうちに宿す。今更抵抗しても遅いというのに、かっこ悪く足掻いて、それでランバートを傷つけた。
 今も、失う事は怖い。だが、それ以上に「失わせない」という思いが強い。ランバートがいるならもっと強くあれる。あいつが背中をドンと押すから、ファウストは何も心配せずに前へ進める。

「……今は、幸せかえ?」
「あぁ、とても」
「ならば、世話を焼いた価値もあるというものじゃ」

 そう言って笑うシウスの気の抜けた顔を、ファウストは沢山の感謝を込めて見ていた。
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