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19章:建国祭ラブステップ

18話:初めてのアベルザード家(ジェイソン×アーリン)

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 新年一日、アーリンはジェイソンの実家の前にいた。

「…………」

 大きい。そして立派だ。今からここに乗り込むのかと思うと胃が痛くなる。大体、どの面下げてここに乗り込むんだ? 息子さんの彼氏(彼女?)ですって? 死ぬの分かってて飛び込む戦場かなにかか?

「アーリン?」

 隣ではまったくこちらの気持ちを察していない大型犬(ジェイソン)がバカ面でいる。察してくれ、この緊張感を。

「あっ、やっぱ、その……昨日の酒が……」
「具合悪いのか? それなら余計に入って休もう」
「あぁ、いや……」

 分かっている、こういう素直で裏表のない所も好きなんだ。もの凄くド直球に好意を伝えてくるこいつをどうして憎める。二人きりならもの凄く嬉しく思う。
 けれど今は察して。お願いだから表情とか読んで。付き合って一年満たない同性のカップルが彼の実家に新年にご挨拶ってハードルが高すぎる!!

 プルプルしたまま門を開けられないアーリンの顔色はいいとは言えない。本音で言えば回れ右して帰りたいのだ。
 これがせめて普通の家柄であればいい。同性である事を非難されるのは覚悟ができている。だが、アーリンには他の問題もある。
 国敵、ルースの従兄弟。
 彼が西で反乱を起こし、国は甚大な被害を被った。そんな者と親族だというだけで今更縁も切れていたというのに翻弄される人生だった。
 貴族家の跡取りだったのが男娼に身を落とし、隠れるように生きてきて。
 その中で掬い上げてくれたのが、ジェイソンや他の仲間だ。

 切れたくない。この事が知られて、彼の両親から物言いが付いて、結果別れる事になってしまったら……。それを考えると、怖くてたまらないのだ。

 躊躇っている、その背後から突如声がかかったのは、やっぱり行きたくないと喉元まで出かかっていた時だった。

「あれ、ジェイソンとアーリン。どうしたの?」
「オスカル様!」

 反応して振り向けば、私服姿のオスカルとエリオットがいる。手には同じようにお土産があり、帰省だと直ぐにわかった。

 オロオロしているアーリンを見て、エリオットが直ぐに何かを察して近づいてきてくれる。そしてポンと、お日様のような温かな笑みをくれた。

「大丈夫、行きましょう」
「あの」
「大丈夫ですよ」

 そう言っていとも簡単に、門を開けてしまったのだ。


 アベルザードの屋敷は立派でそれなりの大きさがあるが、とても温かな家だと感じた。それはきっとここの主人、ラザレスとステイシー夫婦の人柄なのだろうと思った。

「まぁ、オスカル、ジェイソン、お帰りなさい」
「ただいま、母様!」

 パッと子供のような笑みを見せるジェイソンが小柄な女性へと駆け寄って家族の抱擁をする。そしてオスカルは隣にいるラザレスと穏やかに頷きあった。

「エリオットも、いらっしゃい」
「お邪魔いたします、ステイシーさん」
「あら、お邪魔だなんて言い方しないで。ここは貴方のもう一つのお家よ? ただいまって、言ってちょうだいね」
「……ただいま」
「はい、おかえり」

 綻ぶような笑みを見せるステイシーに、エリオットが照れたように笑う。

 理想が、ここにある。こんな家庭に生まれたかった。こんな家だったなら、母も苦労しなかったのだろうか。
 思うと、多少沈んでしまう。知らず俯いたアーリンは、突如強く肩を組まれて驚いて、その方を見た。ニッカと笑うジェイソンがいて、両親の前にアーリンを引っ張っていく。何の覚悟も出来ていないのに。

 それでも、優しそうな二人はアーリンを見て穏やかにしてくれる。心臓が緊張で飛び出してしまいそうだ。

「父様、母様、紹介する。こちらがアーリン。俺の恋人だよ」
「!」

 ドキッとした。仲のいい友人でも、同室の同僚でもなく、恋人として紹介された。
 どんな顔をされるのだろう。怖くて直視ができないアーリンの肩に、ふわりと柔らかな手が置かれた。

「緊張しなくてもいいのよ、アーリン」
「あ……」
「君の事はジェイソンから聞いているよ。会うのを楽しみにしていた」
「え?」

 情けない顔のまま上げると、二人はとても優しく笑ってくれていた。

「歓迎するわ、アーリン。うちの子がお世話になっています」
「あっ、えっと」
「母様、俺はそんなに世話になってないよ」
「あら、そうかしら? ご迷惑かけてない?」
「かけてない!」

 ……既に、半ば無理矢理ここまできたという迷惑があるが、飲み込む事にした。

 ジェイソンの手を下ろさせて、アーリンは居住まいを正して改めて、ジェイソンの両親へと頭を下げた。

「アーリン・ドイルです。ジェイソンと、とても親しくさせて頂いています」

 結局今までなんて言おうか考えて、決まらなかった。結果、とても簡素なものになったけれど彼の両親を見ればそれでよかったんだと直ぐに分かった。


 お土産を渡したら、ステイシーはとても喜んでお茶の時間に出すと言ってくれた。エリオットとオスカルは勝手知ったると二人の部屋に行ってしまう。別れ際、「また後で」とエリオットに微笑まれて分かれた。
 そうして今はジェイソンの使っていた部屋にいる。広い部屋にはベッドと机と棚が一つ。床面が多くて、何やら箱が置いてある。何かと思って見てみると筋トレ用の物がぎっちりだ。

「お前、部屋でも筋トレしてたのか?」

 騎士団を見回せばジェイソンは筋骨隆々というタイプではない。第五なんてグリフィスやドゥーガルドを筆頭に大柄で筋肉質な人が多い。友人のリーもそっちの部類だ。
 だがジェイソンだって細く見せて実はかなり鍛えている。腹筋も綺麗な形に割れているし、太股の筋肉も張りがいい。腕回りも綺麗なラインが出ている。
 一方アーリンはそういう見える筋肉があまりつかない。勿論触れれば硬いのだが。

 部屋に荷物を置いたジェイソンが懐かしそうに近づいてくる。そして箱の中を見て、苦笑した。

「これ、結局やめたんだよ」
「え?」
「エリオット兄ちゃんに止められたんだ。毎日筋トレなんてするもんじゃない。逆に筋肉が細くなるって」
「あ……」

 これはアーリンも騎士団に入って知ったことだった。
 持久力などを付ける訓練はそれこそ同じメニューを毎日のようにこなす。が、筋力のトレーニングは数日に一回。しかも始まる前と終わった後のストレッチはとても入念で、筋肉が熱を持ってる場合は冷やすように言われる。
 どうやら過剰な負荷を毎日かけ続けると筋肉が傷ついて逆に痩せるそうなのだ。
 それを聞いて、リーは日課の筋トレを少し減らした。連続する場合は鍛える部位を変えているらしい。

「騎士団に入りたくてウズウズしててさ。でも、色々あって去年まで延びちゃって、燻ってたんだ。その時に、いつでも準備ができてなきゃって思ってやってたんだよな」

 重しの入った袋を軽々と持ち上げたジェイソンが思わず「かる!」と驚きの声を上げる。それに、アーリンは思わず笑った。

「うわ、これあの当時けっこう無理してたのに」
「それだけ筋力がついたってことだろ?」
「だな。そんな気してなかったけれど」

 ちゃんとついてるよ。アーリンはジェイソンの腕に触れて笑う。逞しい腕だ。

「アーリン?」
「お前は間違いなく力をつけてる。そしてこれから、もっと」

 置いて行かれないようにしないと、隣に立っていられない。大雑把なところのあるジェイソンの穴を埋めるようにアーリンは側に。そう、望むのだから。

 近くに見るジェイソンの顔が、何故か近づいてくる。そしてとても自然にキスをされた。

「俺、アーリンを護れる男になる!」
「……ふん、バカにするな。力任せのお前になんて追い越されないからな」

 スルリと抜けて腕を組むアーリンは複雑だ。騎士として、男としてのアーリンは反発がある。だが……恋人としては不覚にもドキリとしたのだ。
 これは、気合いをいれなければ。そう改めて思うアーリンだった。


 程なくしてお茶に呼ばれて談話室へと行くと、夫妻の他に知らない人も数人いた。
 最初に目に飛び込んできたのは幼い子を慈しむ優しげな女性とその夫だろう人物。そしてその女性のお腹はふっくらとして見えた。

「アーリン、紹介する」

 ジェイソンに手を引かれて、その家族へと近づいていくと彼女も立ち上がり、こちらにペコリと頭を下げた。

「俺の双子の妹でシェリー。こっちが旦那のリアム。で、二人の子供のノエル」
「初めまして、アーリンさん。ジェイソンがいつもお世話になっています」

 お腹を気にしながらもにっこりと微笑むシェリーに、アーリンも改めて自己紹介をする。その隣ではリアムが小さなノエルを抱っこして、同じようにお辞儀をした。

 そうするうちにドアが開いて、まったく印象の違う女性と男性が入ってくる。黒髪に、ハッキリとした顔立ちの美女だ。
 連れられているのはどこか不釣り合いに見える男性。おっとりしていると言えばよく聞こえるが、どちらかと言えば鈍くさくてオロオロして見える。丸い緑の目に眼鏡。細くて、ちょっと押されたら倒れてしまいそうだ。

「オーレリア姉様?」
「あら、ジェイソン帰ってたの? そちらは?」

 見た目の印象そのままのハキハキした物言いの女性に、アーリンは会釈をした。

「アーリン・ドイルと申します」
「俺の恋人。美人でしょ」

 自慢するようにジェイソンが言うと、途端にオーレリアは難しい顔で腕を組み、溜息をついた。

「あんたまでそっちに行ったの。騎士団ってやっぱり男社会なのね」

 嫌がっているのだろうか。拒絶に聞こえて多少気持ちが沈んだが、その目の前にほっそりとした手が差し伸べられた。

「オーレリア・アベルザードよ。うちの弟が迷惑をかけるわね」

 拒絶では、ない?

 改めて見ると、オーレリアからはそんな空気は出ていない。だからおずおずと、握手に応じる事ができた。

「それより姉さん、その人誰?」

 無遠慮にジェイソンがオーレリアの側に立つ気の弱そうな青年へと視線を向ける。それだけで青年はどこか怯えたが、オーレリアは堂々としていた。

「私の婚約者よ」
「婚約者!!」
「まぁ、まだ数日だけれどね」

 腰に手を当て、トンと青年を前に出す。それに、青年は落ち着かなげにしながらも頭を下げた。

「オルトン・フィッシャーです。初めまして」

 ペコペコしている青年。だがそれを見るオーレリアは嬉しそうだ。
 が、声は意外な所からかかった。

「フィッシャー?」
「オスカル様?」

 たった今入って来たオスカルとエリオットが目を丸くしている。それにもオルトンはちょっとオロオロだ。

「もしかして、ボリスの親族ですか?」
「ボリス先輩?」

 エリオットの問いかけに、ふとアーリンも首を傾げる。そういえば、そんな気も……

「はい。弟がお世話になっています」
「弟!!!」

 何重の驚きだったのか。思わぬ大声になってしまった。が、それだけ衝撃的だった。
 言ってはなんだが、ボリスという人は柔和に見せてかなりスパルタで部下をしごく。勿論訓練の範囲を超えたり、誰か特定の人をという事はなく、全体に、まんべんなく厳しい。厳格で言えばゼロスだが、実際にはボリスの方が厳しい上官だ。
 そのお兄さんが、こんな優男とは……

「似てませんよね。いえ、性格も顔も全然似てないので、兄弟に見えないとよく言われますが」
「貴方の弟って、この間こっそり尾行してた子よね? 確かに似てないわ」
「うん。あの、まだ怒ってる?」
「呆れたのよ、貴方の自信のなさに。もっとシャキッとなさい」

 ……オーレリアの方がよほどボリスに近い気がする。

「えー、ボリスが義弟になるのー」
「オスカル」
「いいけどさー」

 オスカルは何か言いたげな顔をしたけれど、エリオットはそれを穏やかに宥めている。そんな様子をシェリー夫妻も、ラザレス夫妻も楽しそうに笑って見ていた。

 そして、お茶の時間の少し前にもう二人、人が加わった。

「エレナ?」
「兄さん、おかえり~。なんちゃって」

 黒髪に、落ち着いた青い瞳の端正な青年と共に入ってきた女性は、どことなくエリオットに面差しが似ている。首の後辺りで切られた亜麻色の髪はボーイッシュで元気な表情の彼女には似合っているし、緑に黄色を混ぜたような明るい瞳はとても独特だ。

 だが、エリオットの方はこの二人が連れ立って入って来たことに驚いた様子でいる。ラザレスが苦笑している。

「婚約して、王都に住むことになったんだよ」
「え!」
「あっ、のね……ごめんなさい! その、連絡遅れて。タイミング、逃しちゃって」

 胸の前でパンと手を合わせて謝るエレナに、エリオットは色々と言いたい事がありそうだったが、やがて全部を飲み込んで深い溜息をついた。

「そういうことはちゃんと言ってくれないと」
「ごめん兄さん! こちらも引っ越す家の下見とかで忙しくて」
「いいですけれどね」

 少し拗ねるエリオットなんて、アーリンは見たことがない。でも、そこには確かに家族の空気感があった。

「おめでとう、エレナ。バイロンも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします、義兄さん」

 キッチリと真面目に頭を下げたバイロンが、ふとアーリンとオルトンに視線を向ける。そこでまたお決まりな自己紹介をしているとお菓子とお茶が運ばれて、なんとも賑やかなお茶会が始まったのだった。

◇◆◇

 色々と忙しかった。そしてとても、楽しかった。
 家族との食事で楽しかったなんて、初めての事だ。アーリンの家ではとても静かで、食器の立てる音の方が大きかった覚えがある。今日はそんなもの聞こえないくらいで、誰も不機嫌な顔をしていなかった。
 お湯を頂き、ジェイソンの部屋へと戻るとワインのボトルとグラスが二つ置いてある。その側ではまだ少し濡れていそうな髪のまま、ジェイソンが楽しそうに絵本を眺めていた。

「なにしてるんだ?」
「あっ、おかえり」

 顔を上げたジェイソンの隣に行くと、彼はポンポンと隣を叩く。座って本を覗き込むと、それは皆が知っているような絵本だった。

「俺、これが好きだったんだ。王子様が頑張るじゃん」
「あぁ、まぁ」

 白鳥の湖。悪魔によって白鳥に変えられた姫を助ける為、王子が悪魔と戦うのだ。

「姉様のお下がりだし、読み聞かせの時はシェリーも一緒だったから、お姫様の本が多くてさ。でもお姫様の本はお姫様が主役なのな」
「あぁ、そうだな」
「でもこれはお姫様を助ける王子様の話で、珍しくてさ。何度も読んでって母様にせがんだんだ」

 確かに指の所が少しだけ色が違う。それだけ読んだ証だ。

「王子様になりたかったんだよな。まぁ、無理だけど」

 そう言うと、ジェイソンはパタンと本を閉じてそれを棚に戻す。そして、パッとこちらを見て嬉しそうな顔をした。

「でも、俺はアーリンの王子様になれたから満足」
「はぁ?」

 馬鹿な事を言う。でも、恋人としては不覚にもドキリとした。

「俺はお前に助けられるお姫様じゃないぞ」
「知ってる。気持ちだけ」
「……俺は、お前の相棒になりたい。建国記にあるような沢山の、友情と信頼の上にあるような」

 そして今、騎士団の中にいる沢山のカップル達のような。
 伝えたら、ジェイソンは目を丸くした後で嬉しそうな顔をする。そして足早に近づいてきて、ガバリとアーリンに抱きついた。

「俺も、そうなりたい!」
「……なれるさ、きっと」

 そう、信じているから。

 アーリンを解放したジェイソンが手を引いて、テーブルセットへと誘ってくれる。まだ若いワインを開けて乾杯をした。

「立て続けに飲んで大丈夫?」

 そういえば、昨日も美味しいチョコとウィスキーをご馳走になった。ふと思い出して、アーリンは笑った。昨日の事を思い出したのだ。

「昨日は凄かったな」
「あぁ、女装コンテスト?」
「本気すぎて思わず飲まれた」
「あぁ、わかる」

 口に流し込む液体は昨日のようなトロリと濃厚なものではなくて、もっとライトでフルーティーだ。だから、それほど酔うこともないだろうと思う。

「ユーイン、可愛かったな」
「でもあれ、リーの為の女装だろ?」
「そうなのか?」

 そういえば、そんな記憶があるような、ないような……
 酔うと多少記憶があやふやになる。でも、ジェイソンの言葉は理解できる。あれは、たった一人へと向けられたものだったんだな。

「リーの事が好きなんだ、ユーイン」
「だな。どんな種類かは知らないけれど」
「恋人になったら応援する」
「勿論! あぁ、でもそっとしとくのがいいのかな? 俺、嬉しいと騒がしくなるからさ」
「かもな」

 少なくとも、ユーインはあまり騒がしいのが得意ではないだろう。こっそりと、潜むような関係が似合いそうでもある。
 だが意外なのが相手のリーだ。おおよそ恋愛に興味がある男とは思えない。気が優しく気遣いができるとは思うが。

「リーも、まんざらじゃなさそうだよ」
「そうなのか?」
「意外?」
「正直。リーはそういう……特定の誰かを選ぶような感じはなかったから」
「まぁ、俺もそれは感じる。でも、昨日酔ったユーインを相手していた時のリーは、とても優しい顔をしていたんだ」

 記憶にない。でも、それはきっとある種の好きなんだろうことは分かった。

「リーも自分を語らないから、分からないな」
「それを言ったらスペンサーもだけどさ。あっちは完全にはぐらかす」

 それは思う。スペンサーにおいてはこちらの過去を詮索しないから、自分もするなと言わんばかりだ。とにかく騎士団に入る前が完全に謎すぎる。ジェイソンは自分の子供の頃の話など、とにかく賑やかなのだが。

 だが、探られたくない事がある。例え友人であってもだ。それは、よく知っている。

 ふと、思っていたことが再燃する。アーリンの表情は自然と沈んで、グラスも置いてしまった。

「アーリン?」
「ジェイソン、俺……明日、ラザレスさんとステイシーさんに話してくる」
「なにを?」
「俺が……ルースの親族だって」

 歓迎されて、優しくされて。そうすればするほど、後ろめたさがあった。大事な事を隠したままだという事だ。
 大事な息子が国賊の親族と恋仲なんて、両親はどう思うのだろう。普通は嫌なんじゃないか。知らないまま関係を続けて、後になってバレて反対などされたら。
 今ならまだ、この関係を終わらせても傷は浅いのではないか。そう、気持ちが後ろを向いてしまう。

 が、何故かジェイソンは目線を少し泳がせる。そしてしばらくして、ガバリと机に手を付いて頭を下げてきた。

「ごめん!」
「ジェイソン?」
「あの……怒ってもいいから、聞いてくれる?」
「……」

 何か、やらかしたんだろうな。
 思うが、もう溜息しか出ない。アーリンは頷いた。

「実は……両親にはアーリンのこと、もう話したんだ」
「……は?」
「だから、その……ルースさんの件、話した」

 心臓が嫌な音を立てた。知らない間にそんな……大事な事を相談もなく話したなんて。
 怒りがこみ上げるのは確かにあった。でも、目の前のジェイソンはとても真剣な顔のままだった。

「アーリンを両親に紹介したかったんだ! でも、後になって色々言われるのは嫌で……それに、そういうことで他人を見る両親じゃないって信じてたから」
「ジェイソン」
「ごめん……先に、アーリンに話さなくて。絶対に嫌だって、言うと思ったから」
「……」

 多分、そう言っただろう。これがアーリンの転落の始りだったんだから。

 怒りは、少しだけ緩んだ。ジェイソンなりに考えてくれていたのだろう。なんなら、先に説得しようとしてくれたんだろう。
 それに、それを知ってこれだけの歓待を受けたのだ。ラザレス夫妻に、アーリンを拒む様子はなかった。

「……もし、両親が反対してたらお前、どうするつもりだったんだ」

 問いかけた。こいつが家族から大切にされてきたのは分かっている。ジェイソンの様子からも家族を大事にしているのが分かる。そんな家族から恋人を否定されたら、どうなっていたのだろう。
 不安はあった。家族は切れない絆があるけれど、恋人は案外簡単に切れてしまう。捨てられただろうか。薄汚い過去もあるから、アーリンは自分をどうしても優先して考えられない。
 が、それは杞憂だったのだろう。ジェイソンはとてもしっかりした目でこちらを見て、アーリンの手を握った。

「そんな事させない! 何度でも説得する。両親が納得してくれるまで会わせる気なんてなかったんだ。アーリンをこれ以上傷つけさせるなんて、例え両親でもさせない」
「ジェイソン」
「それでも反対されるなら、俺はここに帰る気はなかったよ。もう大人で、ちゃんと仕事もしている。両親に認められなきゃ大切な人を選べないなんて年じゃないから」

 ……意外、だった。
 男の顔をするジェイソンにドキドキする。そして、嬉しさがこみ上げてくる。こんなのを選んでくれる事が幸せだ。誰にも選ばれなかったアーリンだから、嬉しくてたまらないのだ。

 怒りは消えていた。その分、愛しさが溢れた。

「アーリン、俺はまだまだひよっこで、全然だけれど。でももっと強くて立派な騎士になる。頑張るから、そうしたら俺と結婚してほしい」
「!」
「本気だから! あっ、でも今じゃなくてさ。え? プロポーズしてる、俺?」
「ぷっ……ぁ、はははははっ」

 締まらない顔をするジェイソンがジェイソンらしい。

「今のなし! 俺、ちゃんとその時にはプロポーズするから今のは、えっと」
「ほんと、ジェイソンらしいよそういう所」

 直球で、素直で、飾らない。そういう所が好きだよ。

 席を立って、アーリンはジェイソンの隣にいく。そして思いのまま、ギュッと抱きしめた。

「いいよ、結婚してあげる」
「!」
「俺も、お前に負けない騎士になる。ランバート先輩みたいな、そんな騎士に」

 軍神を支える程の力はないけれど、大事な恋人を支える力くらいは欲しい。今はまだこちらが倒れてしまいそうだけれど、ちゃんと乗り越えていくから。

 腕の中のジェイソンが抱きしめ返してくる。こういうところ、ちょっと可愛いと思う。

「俺、ファウスト様みたいにはなれないけれど」
「当たり前だろ」
「でも、そのくらいかっこよくていい男になります」
「……ジェイソンは今のままでも俺はいいよ」
「アーリン、好き。愛してる」
「……俺もだよ」

 恥ずかしいくらい真っ直ぐに紡がれる言葉にムズムズする。でも、これを疑ったりはしないから。このままのジェイソンで、いて欲しい。

 ワインがなくなって、寝る事になった。ジェイソンのベッドは十分な広さがあるから二人で寝ても窮屈ではない。なのに、ジェイソンはアーリンにくっついて寝たがる。

「アーリン」

 誘惑するような声に応えないように背中を向けると、ジェイソンは明らかに不機嫌そうな空気になった。

「ダメなの?」
「ダメだ」
「どうして?」
「どうしてって……ここは宿舎じゃないんだぞ」

 恋人の実家で堂々とやれるか。恥ずかしい。

 そう思うアーリンとは真逆で、ジェイソンはとても不服な顔をする。そして徐に、項にチュッとリップ音を立ててキスをした。

「!」
「じゃ、アーリンは寝ていいよ。俺は触りたいから触る」
「だから!」
「寝たいなら寝ていいからさ」

 そんな事を言われても、こんな事をされていたんじゃ寝られない。
 唇が項や首筋に触れる。手が悪戯に腰骨を撫でる。際どいラインを服の上から。それに、淫乱な体が僅かに熱をもった。

「っ」

 こんな所で声を上げるのは恥ずかしい。これをジェイソンの家族に知られるのは恥ずかしい。でも、体が動きを追ってしまう。欲しそうに、熱を持っている。

「っ!」

 割れ目の辺りを指が撫で、思わずゾクリと体が震えた。どうしようもない疼きが沸き起こる。これ以上は本当に耐えられない。
 アーリンは振り向き、ジェイソンを睨み付ける。すると彼はとても哀しそうな顔をした。

「どうしてダメなの?」
「恥ずかしいだろ! お前は実家でも俺はお客さんだ。遠慮とかもあるんだよ」
「平気だよ、聞こえない。部屋離れてるし」
「そういうことじゃ!」
「アーリン、俺達恋人だよね? 恋人に触りたいって思うのは、恥ずかしい事なのかな?」
「……」

 何も、言えなかった。
 しょんぼりするジェイソンはとても哀しそうで……アーリンも、哀しい気持ちになる。
 恋人で、付き合っている。その気持ちを確かめる行為を、恥だなんて思わない。気持ちのない関係とは違うんだ、大事な時間でもある。
 でも…………

「……恥ずかしい事じゃ、ない」
「アーリン」
「……声、抑えられない。自分が分からなくなるくらい乱れるのは、後になって恥ずかしく思うんだ。俺は淫乱だから、そういう姿をお前に見せるのは少し……躊躇う」

 声を聞かせろと言われる事はあった。だから、今も抑えられない。乱れた方が実入りがよかった。だから訳も分からないほど快楽に任せて乱れた。でも今になってそういう姿をこいつは、どう思うのだろうと考える。五月蠅くないか? 淫乱だと思われていないか? そういうのが、怖いし辛い。

 正直に言えば、ジェイソンはまったく思っていなかったのだろう。キョトンとした顔をして、次にはガバリを抱きしめてきた。

「アーリンは可愛くてかっこよくて綺麗で大好きだよ! 乱れたら凄くエッチで、俺はずっとドキドキしてるし。それに声も掠れた感じが凄く可愛い」
「……そう、か」
「そうだよ! 気にする事なんてないって。アーリンは今のままでとても魅力的で、綺麗で、可愛くて、大好きなんだから」

 正直、顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしい。でもこの言葉が、気持ちが、アーリンを温めてくれる。彼の言葉に嘘はない。心がそのまま言葉に出ているのは十分知っている。

「そうだ! 声が外に漏れるのが嫌ならさ、俺がちゃんと塞いでおくから」
「……え?」
「そらなら、恥ずかしくないだろ?」

 ……ん? 何か、妙な所に飛び火していないか?

 思ったのだが、こうなったら彼はとても素早い事をアーリンは失念していた。

◇◆◇

「んぅ! んっ……はぁ……」

 深く口づけられながら胸を捏ねくり回されると、酸欠と熱で頭の芯がボーッとする。もう、逆上せてしまいそう。

「アーリン」

 掠れた色っぽい囁き声、潤んだ瞳。それらを見上げるアーリンもまた、涙でグチャグチャになっている。
 声を上げそうになると、ジェイソンはすかさず唇を塞いだ。舌と舌が触れあい絡まる心地よさと気持ちいい刺激でいつもの倍は気持ち良くて、もう体に力が入らない。最初は押しのけようとしたけれど、もうそんな力も気持ちもなくなった。

「アーリン、気持ちいい?」
「気持ち、いぃっ」
「よかった」

 嬉しそうに微笑む顔が、少しずつ男のものになっている気がする。付き合い始めた頃は大きな犬みたいだ、なんて思っていたのに。
 悔しい、どんどん惚れる。

「ぁっ、んぅ! ふっ、ふぅぅ!」

 指で捏ねられ、あっという間に硬くなった乳首を摘ままれるとツキンと背を突き抜ける快楽で声が上がる。でもそれは全部、ジェイソンの唇の中だ。
 一緒に、裸の下半身同士が擦れて痺れる。ジェイソンの熱く硬いものが内腿に、そして昂ぶりに擦れる。ぴったりと体を合わせているから余計に摩擦があって、もうドロドロに汚れてしまっている。

「へへっ、気持ちいいな」
「っ!」

 嬉しそうに、わざと擦りつけられてゾクリとした。

「今日はローションとかないし、挿れないでこのまま、擦りっこもいいかも」

 それは……少し寂しいけれど願ってもない。
 多少無理をされたって大丈夫だとは思う。完全に硬くなってしまうほど間を空けてはいないし、緩むのも早い。今垂れ流している先走りでも最低限大丈夫だ。何より、ちょっと酷いくらいでも興奮できてしまう。
 でも、挿入されたらもう声をどうする事もできない。今も中でイッている。胸だけでも時間をかければ達する事ができる体は、ジェイソンの甘ったるい愛情で更にイキやすくなった。これで彼の逞しいものを後孔で受け止めたら……

「っ! んぅぅ!」

 想像だけで腹の中が締まり腰が浮いて強い快楽が全身に走った。中イキは繰り返すと本当に癖になると思う。

「あっぶな。イッちゃった?」
「(コクコク)」
「可愛い、アーリン。気持ちいいよな」

 こんな淫乱を、笑って頭を撫でて見下す事もなく。この心は彼に救われている。

 触れるだけのキスをする。ジェイソンが狙って、アーリンの昂ぶりに自分のものを擦るように腰を動かす。イッたばかりの腹の中が引き絞るように疼いて痺れて、アーリンは嬌声を上げた。すべてはジェイソンの中に、目からは涙が零れて、体を強く抱きしめられる。

「ぁ……はぁ、ぁあ……」
「何度でもイッていいよ、アーリン。俺も、気持ちいい」
「ふぁ! んぐ、んっ」

 先端が擦れてぬるりと滑る。更にジェイソンの手が二人分の昂ぶりを軽く握り込んで扱くから、頭の中が真っ白になってコントロールが切れた。

「んぅ! ふっ、んぅぅ!」

 止まらないまま、体が勝手に暴れる。気持ち良くておかしくなる。
 ジェイソンはそれでもやんわり抱きしめて、少し急ぎ気味に扱きあげていく。一気に上り詰めたアーリンの先端からは白濁が散ってビリビリする。気持ちいいのと狂いそうなのが一緒に押し寄せて、気持ちいいのに泣いている。

「ごめ、アーリンもう少しだけ」

 色っぽい息を詰めるジェイソンに頷いたアーリンは素直に体を差し出した。心臓、壊れそう。塞がれている唇から息が吸えていない。

「っ!」

 ジェイソンが息を詰めて、自分とは違う温度のそれが腹の上に散るのを感じる。解放された唇から少し冷たい空気が流れてきて、うわごとみたいな声が漏れた。

「ごめん、アーリン。苦しかっただろ」
「あっ…………」

 大きな手がグチャグチャの頬を手の平いっぱいで撫でてくれる。それにすり寄って、手首の辺りにキスをした。上手く声が出ないから、これしか好きを伝える方法が浮かばなかった。
 けれど、これだけでジェイソンは顔を真っ赤にした。

「もう、可愛すぎるよアーリン」

 困ったジェイソンの困った愚息が、まだ収まらない様子。それに、アーリンも困って笑った。

「明日、宿舎なら、いいよ」
「!」

 途端、嬉しそうな忠犬の尻尾が揺れた気がして、アーリンはたまらずに笑う。
 困った。この愛情はまだまだ深くて甘くて、どうやら底がないらしい。
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