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16章:特別な記念日を君に

2話:婚約指輪(ファウスト)

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 ゼロスからの提案があった次の安息日。事前に同期達がランバートを連れて遠乗りへと行ったのを確かめてからオスカルと共に宿舎を出た。
 そうして向かったのは何度か行った大きな宝石店。薄暗い店内にポッと浮かぶ宝石のきらめきは、やはり場違いに思えて気が引けてしまう。

「それにしてもさ、シウスって案外怖いよね。まさか僕たちの指のサイズも全部知ってるなんてさ」

 指輪をおいている場所へと向かう中、オスカルが言う。それにファウストは苦笑して頷いた。

 衣装の関係で指のサイズも全て測ってある。そう言ってシウスはいとも簡単にランバートの指のサイズを教えてくれた。それをしっかりと記憶してきた。

「まぁ、おかげで助かったけれど」

 丁度指輪のある場所へとさしかかり、真っ先にオスカルがガラスケースを覗く。まるで自分の物を選ぶ勢いだ。

「それにしてもさ、ファウストはこの提案がなかったら婚約ってするつもりなかったの?」

 オスカルの隣で同じように指輪を見ていたファウストに、オスカルが少し責めるような口調で問いかけてくる。これには申し訳なく、ファウストは項垂れるばかりだった。

「ほんとさ、いい加減自分の幸運を逃がすよ。あんなにいい子、もう見つける事はできないよ。それに今更ランバート以外なんて考えられないでしょ? 逃がしたらそれこそ、生きていけないくらいショックでしょ」
「そうなんだが……家の事で一杯になってしまっていたんだ。そこまで考えが至らなかった」
「そのお家騒動って、どんだけなのさ。ファウストがパニクるのは割とあるけれど、ランバートまで頭が回らないってさ」

 しばらく考えた。だが、溜息をついて口を開いた。

「シュトライザーの家を継げと言われたんだ」
「…………え?」

 ガラスケースから視線を上げなかったオスカルが、事の深刻さに気づいて顔を上げた。珍しくその目が焦ったように揺れていた。

「ランバートとの結婚、反対されたってこと?」
「そっちの方がよかったな。ランバートとの結婚は認めてくれるそうだ」
「じゃあ、愛人を作れってこと? だって、跡取り」
「まぁ、平たく言えば子供だけはどうにかしろって事だ」
「それ、ランバートも知ってるわけ?」
「あぁ」
「……最悪。なるほど、それは二人でパニックだよね」

 深く納得したらしいオスカルの目は、怒っているように見える。だからこそ、ファウストは笑えるんだと思った。

「俺はもう家と縁を切ってもいいと思っていたんだが、ランバートは家族を大事にするからな」
「なんだかんだ言って仲がいいんだよね、あの一家。ジョシュア様もあれで愛妻家で息子大事な人だし」
「わかり合えるように、最後まで道を考えたいと言われたんだ」
「ランバートらしいな。苦労背負い込んで、もう」

 オスカルの目が再びガラスケースへと落ちた。

「いいの、選ぼうね。婚約指輪だけど、約束のものだからね」
「あぁ、そうだな」

 笑って、ファウストもケースの中を覗き込む。そして一つずつを見ながら、これを渡したときランバートはどんな顔をするのかと、少し不安で、楽しみになった。

 その時ふと、目に止まった指輪があった。
 プラチナの台に黄色い宝石がはまった指輪。その黄色があまりに透明で美しく、ランバートの月のイメージと重なった。しかも指輪のモチーフ自体が三日月で、月が宝石を抱え込んでいるような感じなのだ。

「これがいい」
「え?」

 思わず呟き指を差した指輪を見て、オスカルは少し驚いた顔をした。

「ファウスト、大丈夫? これ、イエローダイヤモンドだよ?」
「イエローダイヤモンド?」

 値札を見て、流石に驚いてしまった。周囲の指輪よりもゼロが一つ多いのだ。
 それでも出せない額ではない。何よりランバートには金では払いきれない沢山のものをもらっている。

「これ、宝石の王様って言われてるんだよ。しかも色が深くて綺麗。まるで」
「月みたいだろ?」

 笑ったファウストは店員を呼び、迷わずその指輪をみたいと伝えた。黒い布の上に置かれた指輪はやはり綺麗で、ランバートのイメージそのままだった。そしてサイズは偶然にも、ランバートのサイズだったのだ。

「これがいい。あいつのイメージそのままだ」
「いいけどさ。大丈夫?」
「けっこうため込んでるぞ」
「マジか。まぁ、ファウストがショッピングで大量買いとか、見たことないしね」

 すぐにその指輪の購入を決めると、店の方があれこれ忙しくなり、綺麗なケースにリングピローまでつけた状態で出てきた。
 これをはめるランバートはどんな顔をしてくれるだろう。ケースの上から愛でるように撫でたファウストは満足な笑みを浮かべて店を後にするのだった。


▼ランバート

 遠乗りに出たランバートは気持ちのいい風に吹かれて思い切り伸びをした。
 森の中を抜けた先にある野原で馬を下りたランバートは、誘ってくれたチェスターとトレヴァー、そしてコンラッドと早めの昼食をしていた。
 事前にお弁当にとサンドイッチやらを買い込んでいた。それを敷物の上に広げて、風通しのいい場所でやんのやんのだ。

「やっぱ遠乗りって気持ちいいなー。なんかさー、仕事じゃない感がいい!」
「わかる!」

 ある程度食べ物を胃に入れて片付けた所で、チェスターが思い切り伸びをして言う。それにトレヴァーも同意して、二人して敷物の上にゴロンだ。

「お前ら、だらしないぞ」
「いーじゃんコンラッド、休みだもん」
「だからって……」
「気持ちいいぞー」

 ニッと笑ったトレヴァーがコンラッドの腕を引っ張る。崩れたコンラッドもまた敷物の上に転がり……そのまま動かなくなった。

「コンラッド? あのさ、大丈夫?」
「……気持ちいいな」
「だろー!」

 ドッと笑いが起こって、ランバートまで押し倒される形で転がる。高い青空がとても綺麗で、気持ちよくてたまらなかった。

「最高かよ」
「だよな」

 思わず呟いた言葉にチェスターが返して、しばらく男四人が並んで黙って空を見ていた。

「なんか、色んな事切り離したみたいでいいな」
「ん?」
「仕事とかさ、やらなきゃならない事とか、そういうの全部切り離したみたいだ。気持ちいい」

 呟く言葉を、ランバートは聞いて目を閉じた。
 確かに今、色んな事を切り離してしまいそうだ。仕事の事とか、新人の教育とか……ファウストの家の色んな事とか。
 あれからずっと考えてはいる。けれど結局答えが出なくてやめてしまう。養子をもらう事はできないか。シュトライザーの遠縁はいないか。そんな事を考えて調べたりもした。けれど、やはり血の関係で養子は難しく、シュトライザーの分家も今ではすっかり絶えていることを知るばかりだった。
 唯一絶えていない家も見つけたのだが、不可能だ。まさかローゼン家が遠縁とは。クラウルを養子にしろって? 馬鹿らしい。しかも分かれてから遠すぎてもうまったく違う家だろう。
 ただ、何か納得はした。

「でもさ、会いたくならないか?」
「誰に?」
「恋人」

 茶化すようなチェスターの声に、誰も否定が出ない。ランバートもこういう事態になっていても、ファウストと別れる事は考えられない。そして毎日顔を合わせているのに、それでも会いたいと思ってしまうのだ。

「チェスターは最近、上手くいってるのか?」
「うん。今度のんびりと旅行がしたいって言ってたんだけど」
「旅行と言えばランバート、この間は有難う。楽しかった」
「あぁ、いいよ。何もないけどのんびりはできただろ?」
「遊びまくって逆にのんびりはしなかったよ」

 コンラッドが苦笑する。ランバートからすると田舎の小さな家だし、あまりやることもないと思ってしまうのだが。

「何もないと思うけれど」
「釣りをして、農業体験もして、収穫もさせてもらった」
「そんなに! 満喫できたなら良かったけれど」

 帰ってきた二人がよりラブラブで顔色もよかったからあまり聞かなかったけれど、案外忙しくしていたことを知ってランバートは驚いた。

「いいな、それ。俺も行ってみたい」
「行くなら紹介するよ」

 興味を示すトレヴァーに、ランバートはそう返して笑った。

「トレヴァーの方は上手くいってるのか? キアラン様って、よく知らないから」

 チェスターの問いにトレヴァーは笑う。そして今自分が着ているチュニックを見て、嬉しそうに笑った。

「楽しいし、キア先輩は面倒見がいいんだ。俺の服も直してくれた」
「キアラン様が?」
「ご実家が服飾関係らしく、小さい頃からやらされていたらしい。俺、腕の長さとか既製品だと合わないって話しをしたら直してくれたんだ」
「あ! だから最近トレヴァー、服装変わったなって思ったのか!」

 チェスターが納得いった声で言う。それに、トレヴァーは少し恥ずかしそうに頷いた。

「コンラッドはどうよ」
「ゼロスのおばさんから、俺の母さんに色々情報が伝わったらしい。恋人がいるなら連れてきなさいって、この間言われて困ったよ」

 コンラッドが本当に困ったように笑う。でも、笑えるのだ。

「ハリー連れてくの?」
「まぁ、そのつもりかな。ハリーは案外緊張するのか、大丈夫って言いながらもこわばってた。俺としても誤解とかあると嫌だから、母親とちゃんと話して理解してもらってから会わせるつもり」
「コンラッドって、優しいよな」

 本当にそう思う。ちゃんと恋人のフォローもしつつ形を決めようとしているのだから。
 それが、上手くいかない。それともこれは、ランバートの我が儘なのだろうか。

「……いいな、ちゃんと進めていて」
「ランバート?」

 思わず出た言葉にランバートが驚いた。けれどどこかで溢れそうな気持ちがあったのも確かだった。

「俺、進めてるのかな?」
「進んでるだろ。ランバートの家族はファウスト様を受け入れる気満々なんだろ?」

 トレヴァーが慌ててフォローを入れてくれる。これには頷けた。けれど……

「何か、あったのか? ファウスト様の家と」
「……俺じゃ、ダメなのかなって」
「なになに! 反対されたの!」
「反対はされなかった。されなかった……けれど…………」

 跡継ぎの問題は、どうやって解決したらいいのだろう。

 思わず言葉がつまった。目頭が少し熱くなるような気がする。慌てて目元を隠すようにうつ伏せになると、その上にチェスターがドンと乗っかった。

「ぐへぇ!」
「俺! ランバートの味方だぞ!」

 圧迫感に思わず。けれど背中からの声はとても力強くて、嬉しくなった。
 違う重みが二人分乗って、重たくてジタジタする。けれど重みは応援みたいになって、そのうちにバカな事に笑った。

「俺達も味方で仲間で友達だからな!」
「無理するなよ、ランバート。俺達がついてるからな」
「もう、重たいってお前ら! まったく……ありがとう」

 ちょっとだけ、元気が出た気がする。笑えたランバートに上に乗っていた三人がどける。起き上がると、三人に一斉に抱き込まれた。

「一人じゃないぞ」
「負けるなよ」
「側にいるからな」
「ほんと、皆男前だな」

 有難う。心から、有難う。

 声にならない言葉を何度も心の中で呟いて、ランバートは少し俯いて泣いた。そして三人はそんなランバートを見ないようにしてくれた。
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