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8章:ジェームダルから愛をこめて
5話:恋人の距離感(ベリアンス)
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これは、ぼちぼち年末パーティーが話題に上る十二月後半のお話である。
帝国での生活は早いもので数ヶ月。ベリアンスにとって初めて帝国で過ごす新年が、あと数日という所まで迫っていた。
リハビリは、エリオット曰く順調とのこと。もう治療はいらない。無駄に力を入れたり、使い過ぎなければ痺れる事もなくなった。
こうなると日々をただ食い潰すのも申し訳なくなり、シウス達に相談したところ、一部訓練に参加出来る事になった。いい刺激になると言われた。
ただ一つ、プライベートな悩みもある。だがプライベート故に、誰に相談していいのかわからない問題だった。
「どうした、ベリアンス? お前も飲むが良いぞ」
「……いただく」
時々誘われるようになった団長会議という名の飲み会が、シウスの部屋で行われている。オスカルが、エリオットが、ファウストが、ランバートがと参加しているこの場に自分のような者が参加していいのか疑問にしていたが、ランバートが全力で「是非!」と言ったので数度お邪魔した。
ここにクラウルと彼の恋人のゼロスが参加すると、いよいよ場は騒々しいものだ。
「それにしても、この部屋も手狭になってきたのぉ。皆が恋人を連れてくるようになってしもうたからのぉ」
「だねー。最初は本当に団長ばかりだったのに」
シウスは既に出来上がっていて、顔が赤い。彼がとにかく酒が好きらしい。
それに返すオスカルも結構だが、まだ理性的。問題は少し離れて飲んでいるファウストとクラウル……主にクラウルらしい。主に、嫁についてだ。
「俺がここに呼ばれる意味はなんだ、ランバート」
「後片付けが大変なんです、ベリアンス。この人達、数人このまま潰れてしまうので。流石にこのままおいとまは心苦しい」
「なるほど」
酒は飲んでも飲まれるなが基本だと思っているが、この人達は飲まれるまで飲むのが楽しいとみえる。
「そう言えば、ベリアンスは最近アルフォンスと仲が良いですよね」
ふんわりと、訓練やリハビリの時とは違う感じで問いかけるエリオットに、ベリアンスは素直に頷いた。
「恋人になった」
「っっ! げほっ、な、なにぃ?」
「わぁお、うちのカウンセラー落としたんだ」
「ほぉ、あいつが落ちるとはな」
「あれも独り身が長かっただろうが」
問われたので素直に答えた。だが次の瞬間、シウスは飲みかけの酒を詰まらせて咽せ、オスカルは口笛を吹き、クラウルとファウストは驚いている。
「それほど、驚く事なのだろうか?」
「んー、かな? アルフォンスは皆に優しくて、それとなく気遣ってくれるからさ。特にホームシックな新人隊員なんかはすぐに惚れちゃうんだよね。これまでにも結構、愛の告白ってのされてるし。それに見た目も精悍な感じで。それでもなんでか、浮いた話はなかったんだよね」
オスカルの言葉に、僅かにだが胸が痛む。一瞬だが、想像したのだ。顔も名前もわからない新人隊員から告白されるアルフォンスの、困ったような優しい笑みを。
「でも、元から世話好きな人でしたからね、アルフォンスは。医師という面で言えば、ベリアンスさんの側に彼がついてくれるのは安心というか。途中で明らかに、リハビリや訓練に対する姿勢も変わりましたし。いい結果が出ていますよ」
エリオットは驚きながらも苦笑して、そんな事を言う。これに関してはベリアンスも同意だ。アルフォンスが側にいてくれるようになって、精神的に落ち着けているのは実感している。
だがしかし、困っていることもある。恋人という関係になったからこその悩みだ。
「何か、浮かない顔をしていますが。困りごとが?」
ランバートに問われ、ベリアンスは一瞬言葉に詰まった。だからといって一人で解決もできない。
見回して、意を決した。こういう事をあからさまにするのは憚られるとわかっているが、彼らは明らかにこの問題への糸口を持っているだろう。
「実は、恋人というものがどのようなものか、困っている」
「アルフォンスとは上手くいっているんだろ?」
「問題無い。二人で食事をする事もあるし、僅かな時間でも話すようにしている。時には彼の部屋で酒を飲む事もあるし、キスくらいまでは経験もした」
ここまでは問題無い。何故かゼロスは少し距離を置いたが、他は頷いてくれる。
「だが、恋人というならその先があるのだろ? 男同士でもセックスは可能だと聞くし、そういう衝動は多少あるものだと思うのだが、求められないということは恋人ではないのか?」
「げふぅ!」
今度こそシウスが吹いて、ラウルが苦笑しながら背中を叩きタオルを差し出している。エリオットは恥ずかしそうに目線を反らし、ゼロスは逃げた。だが、他は聞いてくれるようだ。
「したいんですか、ベリアンス?」
「俺はよくわからないが、求められるのはまんざらでも無い。正直やり方もわからないし、上手くできるとも思えないが……そうだな、酒を飲んでキスをしていると、妙にムラムラすることはある」
ランバートの問いかけに素直に答えれば、一部は更に遠ざかり、残りはやや寄ってくる。興味があるのだろうか。
「わかるよ、その気持ち! お酒飲んでる時って、そっちも満たされたくなるよね」
うんうんと腕を組んで頷くオスカルが酒を注ぐ。それを飲み込むと、やや考えたファウストも口を開いた。
「誘ったらどうだ?」
「どう言ったらいいんだ? ヤリたいだと、あまりに直球すぎて品がないだろうし。第一、アルフォンスは不規則な仕事をしている。あまり日常に支障あるような事はしたくない」
「何処かの誰かに、その精神を見習って貰いたいものですね」
ランバートがジロリとファウストを睨むと、ファウストは知らない顔でそっぽを向いた。
「あと、男同士は痛いと聞くし、あれこれ手間だと聞く。その想像もつかないのだが……何か日頃気を付けておくことはあるだろうか」
「誘う前に体の中も綺麗にしておけ。後は出来るだけ、日々後ろを解しておくと受け入れが楽に……」
「クラウル様!!」
ゼロスが真っ赤な顔をして睨むと、クラウルは咳払い一つで口をつぐんだ。
だがどうやら、男同士はやはり面倒で痛いらしい。あと、誘い方は分からないままだ。
「恋人なら、セックスも当然というのは間違いないのだろうが、求められないのは俺の問題なのだろうか。色気はないだろうが……困った。今から色気の勉強をするのは難しい」
「あの、そんなに難しく考えなくていいと思いますよ?」
シウスの介護をしているラウルが苦笑交じりに言う。そちらに視線を向けると、彼はニコニコと笑っていた。
「素直に気持ちが動いた時に、それを伝えてみてはどうでしょうか? アルフォンスさんはベリアンスさんを選んだんですし、真剣に伝えようとする気持ちに気付かない人じゃありませんよ」
「ラウルの言う事は一理ありですよ。毎日求める訳じゃないんですから、欲しいと思った時に素直に口にしてみればいいんです。後は成り行きで」
ランバートもそう言うのだから、そういうものなんだろう。彼らは恋人を得て長いし、ラウルなどは夫婦だという。それなら参考にするには最高の相手だし、正直一番納得がいく。
「わかった、今度そんな気分の時には伝えてみる。ところでクラウル殿、体の中を綺麗にするというのは一体どのようにすれば……」
「クラウル様、もう俺は部屋に戻りますからね!」
ゼロスが逃げるように部屋を出ると、クラウルも慌てて出ていく。あちらは圧倒的にゼロスが主導権を握っているらしい。
それぞれ、恋人同士といっても形がありそうだ。似ていても微妙に違う。
ベリアンスも自分の形というものを、見つける時がきているのかもしれない。
いよいよ年末となり、ベリアンスはアルフォンスからとあるお誘いを受けた。
「年末パーティー?」
問えばアルフォンスが頷く。それによると、年末は実家に帰ったり旅行に行く隊員が多く、居残った隊員で毎年ほぼ強制パーティーがあるらしい。親睦を深めるのが目的だが、その余興はなかなかに大変だとか。
「俺もそれに参加になるのか?」
「可能なら誘おうという話があるようだ」
それは困った。正直そのような無礼講の場は慣れないし、親しい相手となれば限られる。いや、そうした気の置けない相手を増やす場なのかもしれないが、生憎愛想がいいわけではない。更に言えば繋ぎとなる人物が少なくて、結局一人でぽつんといる可能性もある。
どうしたものかと悩んでいると、アルフォンスから提案があった。
「良ければ俺の部屋に逃げてこないか?」
「え?」
見ると、アルフォンスは苦笑を浮かべている。
「料理府と医療府は免除なんだ。普段休みらしい休みもなく過ごしているから、新年三日間は最低限の人数だけで本当に簡易の物しか用意しない。朝と昼にパンと飲み物とサラダくらいの準備で、夜は完全に休みだ。俺も新年は完全に一日休みを取った。俺の部屋なら、静かに過ごせる」
……これは、チャンスかもしれない。
ふと浮かんだ思いを秘めたまま、ベリアンスはこの話に乗ることにした。
そうして迎えた新年前日の夜。ベリアンスは妙な緊張を感じながらアルフォンスの部屋の前にいた。
事前に、この夜パーティーに参加するファウストとランバート、そしてクラウルに居場所を伝えると、それぞれに何かをベリアンスに渡してきた。
ランバートからは小瓶に入った香りのいい香油で、必要らしい。そしてクラウルからは何やら錠剤だった。これを飲むと体の中が綺麗になるという。そしてファウストからは団長専用浴場の鍵だった。
有り難くそれらを使ってみた。クラウルの薬はどういう理屈か、腹痛は無いが確かに楽になった。緊張やストレスでお通じが滞るベリアンスとしては、常に欲しくなってしまう。
その後、浴場を借りて綺麗に磨き上げて、アルフォンスの部屋の前にいる。
ノックをするとすぐにアルフォンスが出迎えてくれる。仕事では後ろに撫でつけ、三角巾をつけている髪は洗いざらしで自然と降りている。
「ゆっくりだったな」
「のんびりと風呂に入っていた」
「普段よりも人が減って、風呂も広く感じるからな」
そう言って笑ったアルフォンスに促されるまま、ベリアンスは座り慣れたソファーに腰を下ろした。
テーブルの上にはチーズや果物が置かれ、ワインもある。互いにそれを注いで、隣り合って乾杯をした。
「今頃上では大騒ぎだな」
「ラウンジ、だったか。人が多く集まっていたが」
「すごいぞ、あの空間は。俺も一度行ってみたが、悪乗り大会だ」
参加しなくて良かった。
それにしても、妙に意識をするというのは大変な事らしい。今もなんだが、口が渇く。ワインを飲んでも渇きが癒えない。
「そんなに急いで飲んで、大丈夫か?」
「あぁ、平気だ」
「あまり飲み過ぎるなよ。今夜は長くなる予定なんだからな」
「そう、なのか?」
長くなる? 夜の長さは同じだろうが……どういう意味だろうか。
ふと視界が暗くなり、見上げると覆うようにキスをされる。こういう事は何度かあったが、今日のは違う。すぐに唇を割られ、舌が潜り込んで絡められる。ゾクゾクっとして、すぐに息が乱れた。
「は……ぁ」
見上げる視界に霞がかかる。潤んだ目で見ると、アルフォンスは色っぽい顔をしている。なんだか、このまま全て従ってしまいそうな、逆らいきれない目だ。
「ベリアンス、君を貰いたい」
「……ぁ」
貰いたい。この言葉が何を意味しているのかは、何となくわかった。低く流れ込む声音に、ゾクッとする。抱きしめてくる腕は熱い。
「ベリアンス?」
「あ、あ。わかっている、その……よろしくお願いする」
で、いいのか?
見るとアルフォンスは可笑しそうに低く笑い、ベリアンスの体を軽々と抱き上げた。逞しいこの腕は日々の料理や食材運びで鍛えられている。ベリアンスを運ぶくらいはどうとでもなるらしい。
それにしても不安定で首に抱きつくと、これにも低く笑われた。
ベッドの上に降ろされ、上に陣取ったアルフォンスを見上げている。艶のある瞳が見下ろして、柔らかな笑みを浮かべた。
「少し性急だったか?」
「いや、そんな事はない。少し、安心した」
「ん?」
「恋人になってもこういう事が無いから、俺は魅力がないのか、もしくは恋とセックスは別問題なのかと思っていた」
素直に言うとアルフォンスは驚き、次に苦笑された。
「悩ませてしまったみたいだな」
「いや、いいんだ。俺は少し悩み込むタイプなんだろう。こうして求めてもらえるのならよかった。経験もなく、不器用だがよろしく頼む」
伝えると、アルフォンスは面白そうに笑って頷いた。
首筋に触れる唇はくすぐったい。ただ、笑い転げるようなものではなくてゾクッと肌が粟立つような感じだ。色々、落ち着かない。
「んぅ」
これは、気持ちいいのだろうか? 心地いいが……
「まだ、わからないという顔だな」
「すまない」
「何を謝るんだ? 最初はそんなものだ」
本当に色々と不完全で困る。恋人と抱き合う夜に、こんな曖昧な感じだなんて。
自然と寄った眉根にキスをされ、柔らかく笑うアルフォンスの指が胸を撫で、乳首を揉み込むように撫でる。ただここも、気持ちいいという感覚には遠い。
そもそもこんな所で感じるものなのだろうか? あのクズ王は自慢げにそんな事を言っていたが、それは女性の話だろう。果たして男の自分にも、そんな感覚あるのだろうか。
「ベリアンス、また悩んでいるな」
「……すまない、俺は不向きなんだろうか」
こうして抱き合う事は心地いい。キスは、感じる。ゾクゾクと痺れて頭の中がぼんやりとして、立っていられない。これが快楽なのは間違いない。
だが首筋も、乳首もこのような快楽を感じられないだ。
不安げに見上げたベリアンスを、アルフォンスは笑って受け入れてくれる。
「少しずつ、感じるようになるさ」
「そういうものなのか?」
「最初から気持ちのいい者と、そうでない者がいる」
「面倒ですまない」
「むしろ、染める楽しみができたさ」
楽しそうにするアルフォンスの言う事が理解出来ずに首を傾げるが、彼はそれ以上は言ってくれなかった。
肌の上を唇が滑るのと同時に、指は執拗に乳首を捏ね、爪の先で引っかかれる。少し、ムズムズして落ち着かない。奥の方が、ジワッと熱を持っている?
「諦めるには早そうだ」
「え?」
ニッと男の顔で笑ったアルフォンスは楽しそうだ。何か企んでいる感じはあるが、何かはわからない。それに、アルフォンスのする事なら怖くはない。
片方の手で胸元を刺激しながら、大きな手が下肢に触れる。皮膚の薄い内股を撫でられると、くすぐったいようなゾワゾワした感じが沸き起こり、僅かに声が漏れて股を開いてしまう。それをいい事に、アルフォンスは更に触れて完全に開いた足の間に身を滑りこませてくる。
弱い部分を大きく晒すというのは、とても落ち着かない。ただ、それは今更な気がする。最も弱い部分を晒しているわけだし。
「その……あまり見ないでくれないか? 恥ずかしい、のだが」
「壮観だぞ?」
「そう、なのか?」
男のこんな姿でも喜んでくれるなら、いいのだろうか。羞恥心に顔から火が出そうだが、ベリアンスはジッとしている。それでもいたたまれなくて、股間だけは隠そうとおずおずと手を伸ばした。
が、その手はアルフォンスに取られてしまう。
「隠すのは勿体ない」
「恥ずかしいのだが」
「俺も同じだ、恥ずかしくはない」
「そうか……っ!」
同じなら。そう思って目を向けたアルフォンスの体にドキリとした。彼の剛直は大きく育ち上を向いて、既に臨戦態勢を整えている感じがある。それに、けっこう大きい。いや、体格に見合っていると言えるのだが、細身のベリアンスからすると見慣れないものだ。
これに、これから犯される?
思わずキュッと尻の穴に力が入った。いくら無知でも予習はするタイプのベリアンスは、知識だけは入れておいた。それによると、男を受け入れるには尻の穴を使うとのこと。少し考えれば分かる話だ。
これが、入るのか? 慣らすとしても、平気か?
不安がこみ上げるが、拒む気も起きないのが不思議だ。心配しているのは入るかどうか。切れる事とかはあまり考えていない。
「あの……アルフォンス。俺の上着のポケットに小瓶があるから、それ使えば……」
「ん?」
首を傾げ、一度立ち上がったアルフォンスがベリアンスの上着のポケットから小瓶を出す。ランバートがくれたものだ。
「これは、ベリアンスが?」
「いや。俺は一応所在を明らかにしなければならないから、ランバート達に伝えたのだが、その時にランバートが」
「あいつは下世話だな」
ちょっと眉を寄せたアルフォンスが、こちらへと視線を投げる。そして中身を揺らしながら鋭く笑った。
「これの使い方を、あいつは言っていたかい?」
「? いいや。ただ必要だからとだけ」
それしか言わなかった。
「下世話だが、無粋ではないらしい。そういう部分があいつのいい所だな」
呟いたアルフォンスがベッドへと上がり、ベリアンスの股の間にまた陣取る。そして小瓶を開け、中身を小量指に絡めて後孔へと這わせた。
「力抜いておくんだよ」
「んっ」
つぷりと指が一本中へと軽く入り込む。第一関節の辺りまで。違和感はあるが、痛みは感じない。
「流石にこの程度は痛くないか」
「んっ、平気だ」
様子をみながら指が出入りを繰り返していく。香油に濡れた指が捻りながら通り抜けるだけで、なんだか変な気分だ。妙な高揚感と、羞恥心に心臓が音を立てる。見ているのが、少し恥ずかしい。
それにしても、徐々に違和感が消えて後ろが熱い。擦られているせいか、それとも興奮しているのか? なんとなく気持ちいいような、気がしてくる。
「指、増やすぞ。力まないでくれ」
「あっ、くっん、ふぅ……」
香油を纏わせた指が増えて、圧迫感と僅かな痛み。だがそれもすぐに慣れて行く気がする。そして、ゾクゾクとした感覚が増した。腰が震える。出入りされるだけで、腰が痺れていく。
「こちらの方は感じるみたいだな。勃ってきてるぞ」
「あ……」
僅かに首を上げて下を見ると、確かに自身の昂ぶりは立ち上がって汁を溢して濡れている。触られたわけではないのに。
「気持ちいいなら、俺も助かる。最初は感じなかったり、圧倒的に痛い事も多いからな」
「痛くは、ない。腰が重くて、痺れる」
「上々の反応だな」
指が探るように中で動いている。それが少し浅い部分で押し上げられた瞬間、ベリアンスの口から高い嬌声が上がった。
その声に驚いて、自分の口を両手で塞いだ。まるで女性のような声だったことにも、考える間もなく出てしまったことにも驚いた。
アルフォンスは嬉しそうに笑い、再び同じ場所を押し上げる。瞬間的に登り詰めるように鋭い快楽が頭まで走って、何かを考えるよりも前に声が出る。一緒に、こぽっと先走りが溢れて腹を汚した。
「ここか」
「あっ、ダメだそこ! やめっ、あぁ!」
嫌だ、怖い。理性が切れる。考えられなくなる。訳がわからなくなる!
怖くてシーツを握って唇を噛んだ。自分が自分ではないものになる感覚に恐怖心がある。この刺激は、そんな恐怖を含んでいる。
だがアルフォンスは止めてはくれない。むしろそこを重点的に擦られ、押し上げられて断続的に嬌声を上げた。ビリッビリッと走る快楽が徐々に理性の糸を切ろうとする。目に涙を浮かべて抵抗してもしきれない。
指が増えて、刺激される圧迫感が増えていくのもわからない。いつの間にかだ。後孔は香油の効果か濡れて緩く解けていって飲み込んでいる。体が熱くてたまらない。
「ベリアンス、大丈夫だから俺に身を委ねろ。唇は、噛むものじゃない」
「あっ、ふぅぅ」
片手を頬に添えられ、噛んだ唇を解くようにキスをされる。解かれてしまったら、もう声も抑えられない。声はそのまま、アルフォンスの中へと吸い込まれていく。
指が抜けると、楽になったはずなのに物足りなくてヒクヒクする。腹の奥が熱い。ここに欲しいと、頭の奥の方でもう一人の自分が訴えている。
「力抜いておけよ」
「……ぁ」
弛緩した部分に、熱い切っ先が触れる。膝裏を抱えられ、それが何かを認識したのは中へと入り込んだ後だった。
「あぁぁ! あっ、ぐっ、ぅう!」
衝撃と痛みに串刺しになって、奥歯がカチカチと鳴った。裂けてしまいそうな痛みにアルフォンスに抱きつく。さっきまで深かったはずの快楽も一瞬で霧散した。
「狭い、な……ベリアンス」
「ぁんっ、んっ……ふぅ」
キスが優しい。口腔を撫でるように甘やかして、絡まっていく。
同時に浅い部分を突かれ、また真っ白に飛んだ。弱い部分を熱い切っ先が押し上げると、急激に射精感が増す。
「少し、力が抜けたな」
「あっ……あぁ……」
ずるー、と抜けて行く感覚はゾクゾクする。背中から広がって、全身を痺れさせる。けれど次に突き込まれると、脳みそが真っ白に飛んでバカになって喘いだ。
何度もそんなのを繰り返して、いつしかピッタリと彼のものを飲み込む事ができた。硬く熱い楔が腹の中に埋まっている。痛みなどは消えていき、圧倒的圧迫感と『一つになった』という満足感が気持ちを満たしていく。
汗の浮いた背を抱きしめて、肩口に額を押し当てるようにして息を吐くと少し落ち着く。切れそうな理性はまだ、ギリギリ繋がっている。動かずにいてくれるから、自分を持ち直せる。
「辛くないか?」
「へい、きだ……っ!」
伝えた途端、トンッと軽く疲れて痺れが走る。腹の中が苦しい。熱く硬いものが、奥を先っぽの方でノックすると声を止める事ができない。
「アルフォンス、奥は……っ、あっ!」
「嫌か?」
優しく甘い声が鼓膜に直接吹き込むように空気を揺らす。その甘い響きに酔わされて、背にゾクッと快楽が走る。中まで全部を痺れさせられたみたいに、まともに考えられない。
「嫌じゃ、ない……っ!」
「痛くないか?」
「痛く、ない」
バカみたいにオウム返しにしていると、体を上げたアルフォンスが腰を固定して、ゆっくりと抽挿を繰り返していく。逸物の全てを使うように中を擦られると力が抜ける。気持ち良くて腰が立たないし、頭の中も浮き上がったまま戻ってこない。
指が、思いだしたように乳首を捻る。瞬間走ったビリッとする刺激に高く声が上がった。さっきまで何でも無かったはずの場所は、今やしっかりと性感帯の一つになっていた。
「あぁ、はぁ……あっ、あぁぁ!」
「乳首も、気持ちいいな。よく締まるっ」
唇が柔らかく尖った乳首を吸い上げ、舌で転がしていく。生暖かく肉感的なそれが押し潰すように刺激していくと、ゾクゾクする。同時に、中がキュッと絞り上げるように締まっていくような感覚がある。奥の方が、熱くてたまらない。
「あまり締められると、我慢ができないんだが」
「が、まん?」
しているのか?
背に回していた手を頬へとずらし、精悍さに色気を乗せた瞳を見据えてみる。少し辛そうな気がする。
「我慢、しないでくれ。俺は、平気だから」
「煽るな、ベリアンス」
「平気だ、アルフォンス。俺はそんなに簡単に、壊れない」
加減されて、我慢させるのは違うだろ? こういうのは、お互いに気持ちいいのが本当なんだろ?
グッと、持ち上げられている足を更に曲げられて少し苦しい。だが次の瞬間、深く一気に奥まで叩きつけるようにされた衝撃と刺激で、ベリアンスの中で何かが切れた。
「あぁぁぁぁ!」
「っ! よく締まる」
「あっ、ひっ、くぅぅ!」
熱い切っ先が最奥を抉るように押し上げる度、こみ上げる快楽に叫んだ。痛いくらいの快楽は苦しい。生理的に浮いた涙を、アルフォンスが丁寧に拭っていく。
「ベリアンス」
「あっ、やぁ、あぁあ! 壊れる、いっ、イッ!」
もう、イキたい。出したい。なのに出せない。
パンパンに張りつめているはずなのに、気持ち良くてクラクラしているのにイク事ができない。先走りばかりだ。まるで、方法を忘れたみたいだ。
「初めてで後ろだけは、無理だろうな」
「アル……イッ……せてぇ!」
「あぁ、勿論だ。俺も、もうっ」
交わりが深くて、ずっとコツコツと奥に当たる。その度に何度も絶頂の快楽を味わっているのに出せていなくて、頭の中が焼き切れてしまいそうだ。
求めて手を伸ばして背にしがみつくと、アルフォンスは受け入れてくれる。そして、パンパンに張りつめているベリアンスの昂ぶりを握り数度緩く扱き上げた。
「ひぁ! あぁぁぁぁぁぁ!」
「っ! くっ……」
登り詰めた瞬間に意識が僅かに飛んだ感じがあった。中が強く締まっていって、逃さないと絡みついていく。その状態で腰が動くのを止められない。変な所にも力が入って、抜く事ができない。心臓、壊れそうだ。
アルフォンスも息を詰め、ビクッと大きく震えた後は動きを止めた。腹の中が熱くなる。数度押し込むように最奥に放ったのを、感じる。
なんだ……満足して、幸せだな……
働かない頭で思うのは、これが精々だった。
後はゆっくりと眠気が襲ってくる。全身の痙攣がおさまると、後は弛緩していった。
「ベリアンス?」
「ぁ……」
「眠いのか?」
「ん……」
「そうか。では、寝ていてくれ」
柔らかく微笑む人が額に一つキスをする。それが妙にくすぐったい。こんなに生々しいセックスをしたのに、最後はこんなに可愛らしいキスで終わるのだから……。
――後日談
ランバートのくれた小瓶の香油には、ほんの少し緩やかに気持ち良くなるハーブがつけこんであったらしい。解された時に違和感ない程度に熱くなっていった事や、解れるのが早かったのはそのせいだそうだ。
アルフォンスにそれとなく怒られたらしいランバートがベリアンスに謝罪したのは、新年明けて数日後の事だった。
帝国での生活は早いもので数ヶ月。ベリアンスにとって初めて帝国で過ごす新年が、あと数日という所まで迫っていた。
リハビリは、エリオット曰く順調とのこと。もう治療はいらない。無駄に力を入れたり、使い過ぎなければ痺れる事もなくなった。
こうなると日々をただ食い潰すのも申し訳なくなり、シウス達に相談したところ、一部訓練に参加出来る事になった。いい刺激になると言われた。
ただ一つ、プライベートな悩みもある。だがプライベート故に、誰に相談していいのかわからない問題だった。
「どうした、ベリアンス? お前も飲むが良いぞ」
「……いただく」
時々誘われるようになった団長会議という名の飲み会が、シウスの部屋で行われている。オスカルが、エリオットが、ファウストが、ランバートがと参加しているこの場に自分のような者が参加していいのか疑問にしていたが、ランバートが全力で「是非!」と言ったので数度お邪魔した。
ここにクラウルと彼の恋人のゼロスが参加すると、いよいよ場は騒々しいものだ。
「それにしても、この部屋も手狭になってきたのぉ。皆が恋人を連れてくるようになってしもうたからのぉ」
「だねー。最初は本当に団長ばかりだったのに」
シウスは既に出来上がっていて、顔が赤い。彼がとにかく酒が好きらしい。
それに返すオスカルも結構だが、まだ理性的。問題は少し離れて飲んでいるファウストとクラウル……主にクラウルらしい。主に、嫁についてだ。
「俺がここに呼ばれる意味はなんだ、ランバート」
「後片付けが大変なんです、ベリアンス。この人達、数人このまま潰れてしまうので。流石にこのままおいとまは心苦しい」
「なるほど」
酒は飲んでも飲まれるなが基本だと思っているが、この人達は飲まれるまで飲むのが楽しいとみえる。
「そう言えば、ベリアンスは最近アルフォンスと仲が良いですよね」
ふんわりと、訓練やリハビリの時とは違う感じで問いかけるエリオットに、ベリアンスは素直に頷いた。
「恋人になった」
「っっ! げほっ、な、なにぃ?」
「わぁお、うちのカウンセラー落としたんだ」
「ほぉ、あいつが落ちるとはな」
「あれも独り身が長かっただろうが」
問われたので素直に答えた。だが次の瞬間、シウスは飲みかけの酒を詰まらせて咽せ、オスカルは口笛を吹き、クラウルとファウストは驚いている。
「それほど、驚く事なのだろうか?」
「んー、かな? アルフォンスは皆に優しくて、それとなく気遣ってくれるからさ。特にホームシックな新人隊員なんかはすぐに惚れちゃうんだよね。これまでにも結構、愛の告白ってのされてるし。それに見た目も精悍な感じで。それでもなんでか、浮いた話はなかったんだよね」
オスカルの言葉に、僅かにだが胸が痛む。一瞬だが、想像したのだ。顔も名前もわからない新人隊員から告白されるアルフォンスの、困ったような優しい笑みを。
「でも、元から世話好きな人でしたからね、アルフォンスは。医師という面で言えば、ベリアンスさんの側に彼がついてくれるのは安心というか。途中で明らかに、リハビリや訓練に対する姿勢も変わりましたし。いい結果が出ていますよ」
エリオットは驚きながらも苦笑して、そんな事を言う。これに関してはベリアンスも同意だ。アルフォンスが側にいてくれるようになって、精神的に落ち着けているのは実感している。
だがしかし、困っていることもある。恋人という関係になったからこその悩みだ。
「何か、浮かない顔をしていますが。困りごとが?」
ランバートに問われ、ベリアンスは一瞬言葉に詰まった。だからといって一人で解決もできない。
見回して、意を決した。こういう事をあからさまにするのは憚られるとわかっているが、彼らは明らかにこの問題への糸口を持っているだろう。
「実は、恋人というものがどのようなものか、困っている」
「アルフォンスとは上手くいっているんだろ?」
「問題無い。二人で食事をする事もあるし、僅かな時間でも話すようにしている。時には彼の部屋で酒を飲む事もあるし、キスくらいまでは経験もした」
ここまでは問題無い。何故かゼロスは少し距離を置いたが、他は頷いてくれる。
「だが、恋人というならその先があるのだろ? 男同士でもセックスは可能だと聞くし、そういう衝動は多少あるものだと思うのだが、求められないということは恋人ではないのか?」
「げふぅ!」
今度こそシウスが吹いて、ラウルが苦笑しながら背中を叩きタオルを差し出している。エリオットは恥ずかしそうに目線を反らし、ゼロスは逃げた。だが、他は聞いてくれるようだ。
「したいんですか、ベリアンス?」
「俺はよくわからないが、求められるのはまんざらでも無い。正直やり方もわからないし、上手くできるとも思えないが……そうだな、酒を飲んでキスをしていると、妙にムラムラすることはある」
ランバートの問いかけに素直に答えれば、一部は更に遠ざかり、残りはやや寄ってくる。興味があるのだろうか。
「わかるよ、その気持ち! お酒飲んでる時って、そっちも満たされたくなるよね」
うんうんと腕を組んで頷くオスカルが酒を注ぐ。それを飲み込むと、やや考えたファウストも口を開いた。
「誘ったらどうだ?」
「どう言ったらいいんだ? ヤリたいだと、あまりに直球すぎて品がないだろうし。第一、アルフォンスは不規則な仕事をしている。あまり日常に支障あるような事はしたくない」
「何処かの誰かに、その精神を見習って貰いたいものですね」
ランバートがジロリとファウストを睨むと、ファウストは知らない顔でそっぽを向いた。
「あと、男同士は痛いと聞くし、あれこれ手間だと聞く。その想像もつかないのだが……何か日頃気を付けておくことはあるだろうか」
「誘う前に体の中も綺麗にしておけ。後は出来るだけ、日々後ろを解しておくと受け入れが楽に……」
「クラウル様!!」
ゼロスが真っ赤な顔をして睨むと、クラウルは咳払い一つで口をつぐんだ。
だがどうやら、男同士はやはり面倒で痛いらしい。あと、誘い方は分からないままだ。
「恋人なら、セックスも当然というのは間違いないのだろうが、求められないのは俺の問題なのだろうか。色気はないだろうが……困った。今から色気の勉強をするのは難しい」
「あの、そんなに難しく考えなくていいと思いますよ?」
シウスの介護をしているラウルが苦笑交じりに言う。そちらに視線を向けると、彼はニコニコと笑っていた。
「素直に気持ちが動いた時に、それを伝えてみてはどうでしょうか? アルフォンスさんはベリアンスさんを選んだんですし、真剣に伝えようとする気持ちに気付かない人じゃありませんよ」
「ラウルの言う事は一理ありですよ。毎日求める訳じゃないんですから、欲しいと思った時に素直に口にしてみればいいんです。後は成り行きで」
ランバートもそう言うのだから、そういうものなんだろう。彼らは恋人を得て長いし、ラウルなどは夫婦だという。それなら参考にするには最高の相手だし、正直一番納得がいく。
「わかった、今度そんな気分の時には伝えてみる。ところでクラウル殿、体の中を綺麗にするというのは一体どのようにすれば……」
「クラウル様、もう俺は部屋に戻りますからね!」
ゼロスが逃げるように部屋を出ると、クラウルも慌てて出ていく。あちらは圧倒的にゼロスが主導権を握っているらしい。
それぞれ、恋人同士といっても形がありそうだ。似ていても微妙に違う。
ベリアンスも自分の形というものを、見つける時がきているのかもしれない。
いよいよ年末となり、ベリアンスはアルフォンスからとあるお誘いを受けた。
「年末パーティー?」
問えばアルフォンスが頷く。それによると、年末は実家に帰ったり旅行に行く隊員が多く、居残った隊員で毎年ほぼ強制パーティーがあるらしい。親睦を深めるのが目的だが、その余興はなかなかに大変だとか。
「俺もそれに参加になるのか?」
「可能なら誘おうという話があるようだ」
それは困った。正直そのような無礼講の場は慣れないし、親しい相手となれば限られる。いや、そうした気の置けない相手を増やす場なのかもしれないが、生憎愛想がいいわけではない。更に言えば繋ぎとなる人物が少なくて、結局一人でぽつんといる可能性もある。
どうしたものかと悩んでいると、アルフォンスから提案があった。
「良ければ俺の部屋に逃げてこないか?」
「え?」
見ると、アルフォンスは苦笑を浮かべている。
「料理府と医療府は免除なんだ。普段休みらしい休みもなく過ごしているから、新年三日間は最低限の人数だけで本当に簡易の物しか用意しない。朝と昼にパンと飲み物とサラダくらいの準備で、夜は完全に休みだ。俺も新年は完全に一日休みを取った。俺の部屋なら、静かに過ごせる」
……これは、チャンスかもしれない。
ふと浮かんだ思いを秘めたまま、ベリアンスはこの話に乗ることにした。
そうして迎えた新年前日の夜。ベリアンスは妙な緊張を感じながらアルフォンスの部屋の前にいた。
事前に、この夜パーティーに参加するファウストとランバート、そしてクラウルに居場所を伝えると、それぞれに何かをベリアンスに渡してきた。
ランバートからは小瓶に入った香りのいい香油で、必要らしい。そしてクラウルからは何やら錠剤だった。これを飲むと体の中が綺麗になるという。そしてファウストからは団長専用浴場の鍵だった。
有り難くそれらを使ってみた。クラウルの薬はどういう理屈か、腹痛は無いが確かに楽になった。緊張やストレスでお通じが滞るベリアンスとしては、常に欲しくなってしまう。
その後、浴場を借りて綺麗に磨き上げて、アルフォンスの部屋の前にいる。
ノックをするとすぐにアルフォンスが出迎えてくれる。仕事では後ろに撫でつけ、三角巾をつけている髪は洗いざらしで自然と降りている。
「ゆっくりだったな」
「のんびりと風呂に入っていた」
「普段よりも人が減って、風呂も広く感じるからな」
そう言って笑ったアルフォンスに促されるまま、ベリアンスは座り慣れたソファーに腰を下ろした。
テーブルの上にはチーズや果物が置かれ、ワインもある。互いにそれを注いで、隣り合って乾杯をした。
「今頃上では大騒ぎだな」
「ラウンジ、だったか。人が多く集まっていたが」
「すごいぞ、あの空間は。俺も一度行ってみたが、悪乗り大会だ」
参加しなくて良かった。
それにしても、妙に意識をするというのは大変な事らしい。今もなんだが、口が渇く。ワインを飲んでも渇きが癒えない。
「そんなに急いで飲んで、大丈夫か?」
「あぁ、平気だ」
「あまり飲み過ぎるなよ。今夜は長くなる予定なんだからな」
「そう、なのか?」
長くなる? 夜の長さは同じだろうが……どういう意味だろうか。
ふと視界が暗くなり、見上げると覆うようにキスをされる。こういう事は何度かあったが、今日のは違う。すぐに唇を割られ、舌が潜り込んで絡められる。ゾクゾクっとして、すぐに息が乱れた。
「は……ぁ」
見上げる視界に霞がかかる。潤んだ目で見ると、アルフォンスは色っぽい顔をしている。なんだか、このまま全て従ってしまいそうな、逆らいきれない目だ。
「ベリアンス、君を貰いたい」
「……ぁ」
貰いたい。この言葉が何を意味しているのかは、何となくわかった。低く流れ込む声音に、ゾクッとする。抱きしめてくる腕は熱い。
「ベリアンス?」
「あ、あ。わかっている、その……よろしくお願いする」
で、いいのか?
見るとアルフォンスは可笑しそうに低く笑い、ベリアンスの体を軽々と抱き上げた。逞しいこの腕は日々の料理や食材運びで鍛えられている。ベリアンスを運ぶくらいはどうとでもなるらしい。
それにしても不安定で首に抱きつくと、これにも低く笑われた。
ベッドの上に降ろされ、上に陣取ったアルフォンスを見上げている。艶のある瞳が見下ろして、柔らかな笑みを浮かべた。
「少し性急だったか?」
「いや、そんな事はない。少し、安心した」
「ん?」
「恋人になってもこういう事が無いから、俺は魅力がないのか、もしくは恋とセックスは別問題なのかと思っていた」
素直に言うとアルフォンスは驚き、次に苦笑された。
「悩ませてしまったみたいだな」
「いや、いいんだ。俺は少し悩み込むタイプなんだろう。こうして求めてもらえるのならよかった。経験もなく、不器用だがよろしく頼む」
伝えると、アルフォンスは面白そうに笑って頷いた。
首筋に触れる唇はくすぐったい。ただ、笑い転げるようなものではなくてゾクッと肌が粟立つような感じだ。色々、落ち着かない。
「んぅ」
これは、気持ちいいのだろうか? 心地いいが……
「まだ、わからないという顔だな」
「すまない」
「何を謝るんだ? 最初はそんなものだ」
本当に色々と不完全で困る。恋人と抱き合う夜に、こんな曖昧な感じだなんて。
自然と寄った眉根にキスをされ、柔らかく笑うアルフォンスの指が胸を撫で、乳首を揉み込むように撫でる。ただここも、気持ちいいという感覚には遠い。
そもそもこんな所で感じるものなのだろうか? あのクズ王は自慢げにそんな事を言っていたが、それは女性の話だろう。果たして男の自分にも、そんな感覚あるのだろうか。
「ベリアンス、また悩んでいるな」
「……すまない、俺は不向きなんだろうか」
こうして抱き合う事は心地いい。キスは、感じる。ゾクゾクと痺れて頭の中がぼんやりとして、立っていられない。これが快楽なのは間違いない。
だが首筋も、乳首もこのような快楽を感じられないだ。
不安げに見上げたベリアンスを、アルフォンスは笑って受け入れてくれる。
「少しずつ、感じるようになるさ」
「そういうものなのか?」
「最初から気持ちのいい者と、そうでない者がいる」
「面倒ですまない」
「むしろ、染める楽しみができたさ」
楽しそうにするアルフォンスの言う事が理解出来ずに首を傾げるが、彼はそれ以上は言ってくれなかった。
肌の上を唇が滑るのと同時に、指は執拗に乳首を捏ね、爪の先で引っかかれる。少し、ムズムズして落ち着かない。奥の方が、ジワッと熱を持っている?
「諦めるには早そうだ」
「え?」
ニッと男の顔で笑ったアルフォンスは楽しそうだ。何か企んでいる感じはあるが、何かはわからない。それに、アルフォンスのする事なら怖くはない。
片方の手で胸元を刺激しながら、大きな手が下肢に触れる。皮膚の薄い内股を撫でられると、くすぐったいようなゾワゾワした感じが沸き起こり、僅かに声が漏れて股を開いてしまう。それをいい事に、アルフォンスは更に触れて完全に開いた足の間に身を滑りこませてくる。
弱い部分を大きく晒すというのは、とても落ち着かない。ただ、それは今更な気がする。最も弱い部分を晒しているわけだし。
「その……あまり見ないでくれないか? 恥ずかしい、のだが」
「壮観だぞ?」
「そう、なのか?」
男のこんな姿でも喜んでくれるなら、いいのだろうか。羞恥心に顔から火が出そうだが、ベリアンスはジッとしている。それでもいたたまれなくて、股間だけは隠そうとおずおずと手を伸ばした。
が、その手はアルフォンスに取られてしまう。
「隠すのは勿体ない」
「恥ずかしいのだが」
「俺も同じだ、恥ずかしくはない」
「そうか……っ!」
同じなら。そう思って目を向けたアルフォンスの体にドキリとした。彼の剛直は大きく育ち上を向いて、既に臨戦態勢を整えている感じがある。それに、けっこう大きい。いや、体格に見合っていると言えるのだが、細身のベリアンスからすると見慣れないものだ。
これに、これから犯される?
思わずキュッと尻の穴に力が入った。いくら無知でも予習はするタイプのベリアンスは、知識だけは入れておいた。それによると、男を受け入れるには尻の穴を使うとのこと。少し考えれば分かる話だ。
これが、入るのか? 慣らすとしても、平気か?
不安がこみ上げるが、拒む気も起きないのが不思議だ。心配しているのは入るかどうか。切れる事とかはあまり考えていない。
「あの……アルフォンス。俺の上着のポケットに小瓶があるから、それ使えば……」
「ん?」
首を傾げ、一度立ち上がったアルフォンスがベリアンスの上着のポケットから小瓶を出す。ランバートがくれたものだ。
「これは、ベリアンスが?」
「いや。俺は一応所在を明らかにしなければならないから、ランバート達に伝えたのだが、その時にランバートが」
「あいつは下世話だな」
ちょっと眉を寄せたアルフォンスが、こちらへと視線を投げる。そして中身を揺らしながら鋭く笑った。
「これの使い方を、あいつは言っていたかい?」
「? いいや。ただ必要だからとだけ」
それしか言わなかった。
「下世話だが、無粋ではないらしい。そういう部分があいつのいい所だな」
呟いたアルフォンスがベッドへと上がり、ベリアンスの股の間にまた陣取る。そして小瓶を開け、中身を小量指に絡めて後孔へと這わせた。
「力抜いておくんだよ」
「んっ」
つぷりと指が一本中へと軽く入り込む。第一関節の辺りまで。違和感はあるが、痛みは感じない。
「流石にこの程度は痛くないか」
「んっ、平気だ」
様子をみながら指が出入りを繰り返していく。香油に濡れた指が捻りながら通り抜けるだけで、なんだか変な気分だ。妙な高揚感と、羞恥心に心臓が音を立てる。見ているのが、少し恥ずかしい。
それにしても、徐々に違和感が消えて後ろが熱い。擦られているせいか、それとも興奮しているのか? なんとなく気持ちいいような、気がしてくる。
「指、増やすぞ。力まないでくれ」
「あっ、くっん、ふぅ……」
香油を纏わせた指が増えて、圧迫感と僅かな痛み。だがそれもすぐに慣れて行く気がする。そして、ゾクゾクとした感覚が増した。腰が震える。出入りされるだけで、腰が痺れていく。
「こちらの方は感じるみたいだな。勃ってきてるぞ」
「あ……」
僅かに首を上げて下を見ると、確かに自身の昂ぶりは立ち上がって汁を溢して濡れている。触られたわけではないのに。
「気持ちいいなら、俺も助かる。最初は感じなかったり、圧倒的に痛い事も多いからな」
「痛くは、ない。腰が重くて、痺れる」
「上々の反応だな」
指が探るように中で動いている。それが少し浅い部分で押し上げられた瞬間、ベリアンスの口から高い嬌声が上がった。
その声に驚いて、自分の口を両手で塞いだ。まるで女性のような声だったことにも、考える間もなく出てしまったことにも驚いた。
アルフォンスは嬉しそうに笑い、再び同じ場所を押し上げる。瞬間的に登り詰めるように鋭い快楽が頭まで走って、何かを考えるよりも前に声が出る。一緒に、こぽっと先走りが溢れて腹を汚した。
「ここか」
「あっ、ダメだそこ! やめっ、あぁ!」
嫌だ、怖い。理性が切れる。考えられなくなる。訳がわからなくなる!
怖くてシーツを握って唇を噛んだ。自分が自分ではないものになる感覚に恐怖心がある。この刺激は、そんな恐怖を含んでいる。
だがアルフォンスは止めてはくれない。むしろそこを重点的に擦られ、押し上げられて断続的に嬌声を上げた。ビリッビリッと走る快楽が徐々に理性の糸を切ろうとする。目に涙を浮かべて抵抗してもしきれない。
指が増えて、刺激される圧迫感が増えていくのもわからない。いつの間にかだ。後孔は香油の効果か濡れて緩く解けていって飲み込んでいる。体が熱くてたまらない。
「ベリアンス、大丈夫だから俺に身を委ねろ。唇は、噛むものじゃない」
「あっ、ふぅぅ」
片手を頬に添えられ、噛んだ唇を解くようにキスをされる。解かれてしまったら、もう声も抑えられない。声はそのまま、アルフォンスの中へと吸い込まれていく。
指が抜けると、楽になったはずなのに物足りなくてヒクヒクする。腹の奥が熱い。ここに欲しいと、頭の奥の方でもう一人の自分が訴えている。
「力抜いておけよ」
「……ぁ」
弛緩した部分に、熱い切っ先が触れる。膝裏を抱えられ、それが何かを認識したのは中へと入り込んだ後だった。
「あぁぁ! あっ、ぐっ、ぅう!」
衝撃と痛みに串刺しになって、奥歯がカチカチと鳴った。裂けてしまいそうな痛みにアルフォンスに抱きつく。さっきまで深かったはずの快楽も一瞬で霧散した。
「狭い、な……ベリアンス」
「ぁんっ、んっ……ふぅ」
キスが優しい。口腔を撫でるように甘やかして、絡まっていく。
同時に浅い部分を突かれ、また真っ白に飛んだ。弱い部分を熱い切っ先が押し上げると、急激に射精感が増す。
「少し、力が抜けたな」
「あっ……あぁ……」
ずるー、と抜けて行く感覚はゾクゾクする。背中から広がって、全身を痺れさせる。けれど次に突き込まれると、脳みそが真っ白に飛んでバカになって喘いだ。
何度もそんなのを繰り返して、いつしかピッタリと彼のものを飲み込む事ができた。硬く熱い楔が腹の中に埋まっている。痛みなどは消えていき、圧倒的圧迫感と『一つになった』という満足感が気持ちを満たしていく。
汗の浮いた背を抱きしめて、肩口に額を押し当てるようにして息を吐くと少し落ち着く。切れそうな理性はまだ、ギリギリ繋がっている。動かずにいてくれるから、自分を持ち直せる。
「辛くないか?」
「へい、きだ……っ!」
伝えた途端、トンッと軽く疲れて痺れが走る。腹の中が苦しい。熱く硬いものが、奥を先っぽの方でノックすると声を止める事ができない。
「アルフォンス、奥は……っ、あっ!」
「嫌か?」
優しく甘い声が鼓膜に直接吹き込むように空気を揺らす。その甘い響きに酔わされて、背にゾクッと快楽が走る。中まで全部を痺れさせられたみたいに、まともに考えられない。
「嫌じゃ、ない……っ!」
「痛くないか?」
「痛く、ない」
バカみたいにオウム返しにしていると、体を上げたアルフォンスが腰を固定して、ゆっくりと抽挿を繰り返していく。逸物の全てを使うように中を擦られると力が抜ける。気持ち良くて腰が立たないし、頭の中も浮き上がったまま戻ってこない。
指が、思いだしたように乳首を捻る。瞬間走ったビリッとする刺激に高く声が上がった。さっきまで何でも無かったはずの場所は、今やしっかりと性感帯の一つになっていた。
「あぁ、はぁ……あっ、あぁぁ!」
「乳首も、気持ちいいな。よく締まるっ」
唇が柔らかく尖った乳首を吸い上げ、舌で転がしていく。生暖かく肉感的なそれが押し潰すように刺激していくと、ゾクゾクする。同時に、中がキュッと絞り上げるように締まっていくような感覚がある。奥の方が、熱くてたまらない。
「あまり締められると、我慢ができないんだが」
「が、まん?」
しているのか?
背に回していた手を頬へとずらし、精悍さに色気を乗せた瞳を見据えてみる。少し辛そうな気がする。
「我慢、しないでくれ。俺は、平気だから」
「煽るな、ベリアンス」
「平気だ、アルフォンス。俺はそんなに簡単に、壊れない」
加減されて、我慢させるのは違うだろ? こういうのは、お互いに気持ちいいのが本当なんだろ?
グッと、持ち上げられている足を更に曲げられて少し苦しい。だが次の瞬間、深く一気に奥まで叩きつけるようにされた衝撃と刺激で、ベリアンスの中で何かが切れた。
「あぁぁぁぁ!」
「っ! よく締まる」
「あっ、ひっ、くぅぅ!」
熱い切っ先が最奥を抉るように押し上げる度、こみ上げる快楽に叫んだ。痛いくらいの快楽は苦しい。生理的に浮いた涙を、アルフォンスが丁寧に拭っていく。
「ベリアンス」
「あっ、やぁ、あぁあ! 壊れる、いっ、イッ!」
もう、イキたい。出したい。なのに出せない。
パンパンに張りつめているはずなのに、気持ち良くてクラクラしているのにイク事ができない。先走りばかりだ。まるで、方法を忘れたみたいだ。
「初めてで後ろだけは、無理だろうな」
「アル……イッ……せてぇ!」
「あぁ、勿論だ。俺も、もうっ」
交わりが深くて、ずっとコツコツと奥に当たる。その度に何度も絶頂の快楽を味わっているのに出せていなくて、頭の中が焼き切れてしまいそうだ。
求めて手を伸ばして背にしがみつくと、アルフォンスは受け入れてくれる。そして、パンパンに張りつめているベリアンスの昂ぶりを握り数度緩く扱き上げた。
「ひぁ! あぁぁぁぁぁぁ!」
「っ! くっ……」
登り詰めた瞬間に意識が僅かに飛んだ感じがあった。中が強く締まっていって、逃さないと絡みついていく。その状態で腰が動くのを止められない。変な所にも力が入って、抜く事ができない。心臓、壊れそうだ。
アルフォンスも息を詰め、ビクッと大きく震えた後は動きを止めた。腹の中が熱くなる。数度押し込むように最奥に放ったのを、感じる。
なんだ……満足して、幸せだな……
働かない頭で思うのは、これが精々だった。
後はゆっくりと眠気が襲ってくる。全身の痙攣がおさまると、後は弛緩していった。
「ベリアンス?」
「ぁ……」
「眠いのか?」
「ん……」
「そうか。では、寝ていてくれ」
柔らかく微笑む人が額に一つキスをする。それが妙にくすぐったい。こんなに生々しいセックスをしたのに、最後はこんなに可愛らしいキスで終わるのだから……。
――後日談
ランバートのくれた小瓶の香油には、ほんの少し緩やかに気持ち良くなるハーブがつけこんであったらしい。解された時に違和感ない程度に熱くなっていった事や、解れるのが早かったのはそのせいだそうだ。
アルフォンスにそれとなく怒られたらしいランバートがベリアンスに謝罪したのは、新年明けて数日後の事だった。
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