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5章:すれ違いもまたスパイス
4話:まさかの遭遇(フェオドール)
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十月も後半、その間にも色々あったようだがそれも解決したようで、ボリスも安息日前日から泊まりに来ることが多くなった。
「収穫祭のマーケットは本当に賑やかなんだな」
今日は安息日。収穫の季節を迎えた帝国では大きな市が開かれている。沢山の人が集まり、産地の収穫物を売っている。
「あと一週間もしたら死者の祝祭日だしね。それまでは賑やかだよ」
「死者の祝祭日?」
「十月の最後の日は、生者の世界と死者や精霊の世界に橋がかかるとされてるんだ。先祖の霊が戻ってきたり、精霊がこの世に遊びにきたりする。人間はこの日をお祝いして先祖をもてなしたり、精霊に扮したりするんだ」
帝国の行事にまだ疎いフェオドールは、それを聞いて僅かにその日を期待する。聞いているだけで賑やかそうだ。
「ほら、アレなんか祝祭日のメインだよ」
「カボチャ?」
見ればオレンジ色のカボチャが山の様に積み上がっている。そして店頭にはそこに目と口をくり抜いたものが置かれていた。
「カボチャでランタンを作るんだ」
「あんなの作るんだな!」
憎たらしい顔をしたものから楽しそうなものまで様々。作った人の人間性が出そうだ。
「当日はクッキーなんかが売れるかな。カボチャのランタン、黒猫、魔女、コウモリなんかのクッキー。これも祝祭日の定番アイテムなんだ」
「何をするんだ?」
「当日は仮装した子供がお菓子をねだりに来るから、その子達に渡すんだよ」
「それもいいな」
この季節の自国を思うと、なんとも生活感が溢れている。なにせ十一月には雪が降り始めるため、この季節は冬支度の追い込み。羊の毛を刈って糸にしたり、木々が雪の重みに耐えられるように補強したり、保存食を地下の貯蔵庫に溜めたり、果物などはジャムにして。
「クシュナートではこういう祭りはあったの?」
「いや、ないな。だが四月の初めに豊穣祭がある。春の女神を迎え入れ、一年の豊穣を願う祭りだ」
派手さはないが、季節の花の種を蒔いたりする。雪深い国だから、春の訪れを皆が楽しみにしているのだ。
そんなこんなでマーケットを楽しみながら二人で歩いている。そろそろ昼のご飯をどうするか話していると、不意に誰かがボリスを呼び止めた。
「ボリスちゃん?」
「え?」
ボリス……ちゃん? なんだか凄い呼び方に足を止めたフェオドールの隣で、ボリスは明らかに戸惑った顔をしている。
見ると少し先にいる女性が、若い男性と一緒にこちらに歩み寄っている所だった。
「ボリスちゃん! やっぱり間違いじゃなかったわ。もう、最近帰って来ないから心配しているのよ」
「あぁ、うん」
珍しくボリスが応対に困っている。そんな姿を初めて見たフェオドールは落ち着かなくてたまらない。キョロキョロと双方を見ていると、女性の優しそうな緑色の瞳がこちらを見て、ニッコリと微笑んだ。
「あら、お友達?」
「え? えぇ」
問われ、咄嗟に肯定する。フェオドールとしてはそんなに違和感のない受け答えだ。
それというのもやはり、世間一般では同性カップルというのは多少奇異の目で見られる。祖国でもそうだったので、表向きは「友人」とすることに全くの躊躇いはない。当人達の間でちゃんとしていれば構わないと思っている。
けれど隣のボリスはこの対応に、僅かに神経を尖らせたようだった。
「まぁ、初めまして。私、ボリスの母です。息子がいつもお世話になっています」
「初めまして、フェオドールと申します。ボリスとは、とても良いお付き合いをさせて頂いています」
にこやかに微笑み、差し伸べられた手を取って握手をする。そして視線を隣りにいる若い男性へも注いだ。
多分、兄弟なんだろうと思う。顔立ちがボリスの母によく似ている。おっとりとした眼鏡の青年で、髪の色や瞳の色が同じだ。表情も柔らかい。
「兄のオルトンです。弟がお世話になっています」
「こちらこそ、お世話になっています」
こちらともにこやかに挨拶を交わす。これで何事もなく過ぎ去るはずだった。少なくとも嫌な印象は与えていないはずだった。
だが予想外にも隣りから強い力で腕を引かれたフェオドールはボリスの腕の中に突然抱き寄せられ、更にこめかみの辺りにキスをされたのだ。
これにはボリスの母も兄も目が点になっている。フェオドールも顔が熱くなるのを感じて逃れようとするが、予想外に強い力で上手くいかない。
第一この人は何を考えているんだ。せっかくこの場を丸く収めたのに、どうして乱すような事をするんだ。
「友人じゃない。彼は俺の恋人だよ」
「ボリス!」
驚いて顔を見上げると、怖いくらい真剣だった。こんな顔、国で出会ったあの一件以来だ。
そんな視線で見られた二人は動揺が隠せないのかオロオロしている。ボリスはそんなのもまったく気にしていないのか、引き寄せて更に額にもキスをしてくる。
「冗談よね、ボリスちゃん?」
ようやく戻ってきたらしい母親が口元を引きつらせながらも問いかけてくる。普通、親としてはこれが正しい反応だろう。そんな事は分かっているからフェオドールも責めたりはしないし、こんな突然カミングアウトされる側の気持ちを考えてしまう。
だがこの日のボリスは強情で、まったく譲る感じがしなかった。
「冗談のつもりはないよ。もう彼の保護者には会って、申し入れしてる。その上での交際なんだから、遊びでもない。わりと本気だよ」
この言葉には不謹慎だが、ときめいてしまった。真剣だと言われる事もあるけれど、どこか飄々としているから自信がない時もある。そこでの「本気」宣言だ。ニヤけるのだけ、どうにか堪えられた。
だが突然の話に驚きを通り越して混乱している母はどうしたらいいんだ。睨まれそうで怖くなってくる。
「ボリスちゃん、だって貴方お付き合いしている相手は女性ばかりだったんじゃ……」
「その時遊んでた相手がたまたま女の人だっただけ。昔から、男も女もなく遊んでたよ」
「遊んでたって!」
「大丈夫、あっちも同じ感覚だから後腐れなんてないし、避妊とかもしてたから隠し子とかいないし。ただ、今回はちょっと事情が違う」
もうそれっきり何かを伝えるのを止めたのか、ボリスはフェオドールを抱き寄せたまま二人に背中を向けた。
「ボリスちゃん!」
「これ以上は言う事ないよ。俺は騎士団に骨を埋める覚悟だし、そうならないなら彼の祖国に渡ってもいいと思ってる。無理に理解してなんて言わないから」
小さな声で「行こう」と言われ、どうしていいか分からないまま背後も気にして歩き出す。その背に母親の声がするけれど、いつの間にか喧騒にかき消されてしまっていた。
なんとも言えない空気のまま無言でフェオドールの家まで戻って来た。そうして家に入ってすぐ、根こそぎ奪い取るようなキスをされて頭の中がクラクラした。
「ボリ、ス! まっ……んぅっ」
全身ゾクゾクして、腹の中も震えてしまいそう。昨日の夜も彼を受け入れ、気持ち良くて何度も真っ白になったのを体は覚えている。
でも今は……今だけは流されちゃいけないんだ。
「待ってボリス! 今はダメ!」
「どうして? 今からでも十分時間あるよ?」
「誤魔化すな!」
怒って言えばバツの悪い笑みが返ってくる。誤魔化そうとしたのは明白だ。
「あの対応、どうしてだよ。そりゃ、私も誤魔化したけれどでも……」
「付き合ってるのは本当だし、俺に偽りはないよ」
「それでもあんな風に突然言われたら混乱するだろ。母親なんだろ?」
俯いたボリスはいつになくらしくない。話したくないようだけれど、誤魔化しもしないんだ。
「俺さ、今まで散々家族に嘘ついて生きてきたんだよね」
「え?」
ポツリポツリと語られる言葉はとても重く感じる。俯き加減の表情は笑っているけれど、悲しそうに見えた。
「見て分かっただろ? 俺の家族って、みんな善人で優しいんだ。そんな中で俺だけがこの通りでね」
言いたい事は分かった。ボリスは過剰な部分が……簡単に言えばサディストの気がある。愛情ある責め苦に悶えているフェオドールは自信を持って言えるし、かつてフェオドールの側近に行った苛烈極まる粛清は聞くだけで身が縮む思いがする。
あぁ、だから似ていないなと思ったのか。あの善良そうな二人を見てもボリスと繋がらない。見た目は似ているのに、そこにボリスが加わると違和感があった。
「俺だけがこの人間性だった。最初は必死に誤魔化して繕ったし、これを受け入れてからは猫を被った。それがずっと癖になって、初めての相手に対しては猫を被るのが普通になっていったんだ」
「ボリス……」
「でも、もうそれも嫌になった。今の仲間はこのままの俺を嫌わずにいてくれるし、フェオドールも受け入れてくれる。もう、嘘をついて生きて行くのは辛いんだ」
弱い声でそう伝えたボリスは、そっとフェオドールを抱き寄せる。本当にそれだけで、拍子抜けしてしまう。でもそれだけ、ボリスもこの問題を考えて苦しんでいたんだと思う。
「それに、言ったことは本当。五年したら一度国に戻るだろ?」
「うん」
兄アルヌールの子が王太子になる。その祭典に招かれているし、そこで一度留学は区切る約束だ。
でも、今更国に戻るつもりはない。可能ならば帝国と祖国とを繋ぐ架け橋になりたい。外交官として両国の間に立てればいいと思い、その為の勉強を今しているのだ。
「もしもフェオドールがその時に国に戻るなら、俺も騎士を止めて一緒に行くよ」
「そんな! ちょっと待って、それでどうするつもり!」
「末端貴族の末っ子だから、騎士を通すか他の道を探すかだからね。アルヌール様にお願いして、あちらの騎士団に入ろうかな。拷問官はしないから安心して」
「それ、天職すぎて私が止めるよ」
でも、そんな事を考えていたなんて思ってもみなかった。いつもはこんな事言わないから。
「私は両国の橋渡しをしたい。だから帝国を離れるつもりはないから、安心して」
「そっか……フェオドールも、自分の道を決めてたんだ」
力なく笑うボリスがあまりに見慣れなくて、切なくも愛しく思えてきて、フェオドールは伸び上がってキスをした。触れるだけの、優しいものだ。
「ボリスの事は私にも関わってくるから、家族との事はちゃんと考える。必要なら挨拶にも行くから、一人で抱え込まないで欲しい」
「なにそれ、カッコいいね」
「失礼だな、お前」
弱くてもほんの少し笑ってくれるボリスを見ると安心する。フェオドールも穏やかに笑って、互いを確かめるようにただ抱き合っていた。
「収穫祭のマーケットは本当に賑やかなんだな」
今日は安息日。収穫の季節を迎えた帝国では大きな市が開かれている。沢山の人が集まり、産地の収穫物を売っている。
「あと一週間もしたら死者の祝祭日だしね。それまでは賑やかだよ」
「死者の祝祭日?」
「十月の最後の日は、生者の世界と死者や精霊の世界に橋がかかるとされてるんだ。先祖の霊が戻ってきたり、精霊がこの世に遊びにきたりする。人間はこの日をお祝いして先祖をもてなしたり、精霊に扮したりするんだ」
帝国の行事にまだ疎いフェオドールは、それを聞いて僅かにその日を期待する。聞いているだけで賑やかそうだ。
「ほら、アレなんか祝祭日のメインだよ」
「カボチャ?」
見ればオレンジ色のカボチャが山の様に積み上がっている。そして店頭にはそこに目と口をくり抜いたものが置かれていた。
「カボチャでランタンを作るんだ」
「あんなの作るんだな!」
憎たらしい顔をしたものから楽しそうなものまで様々。作った人の人間性が出そうだ。
「当日はクッキーなんかが売れるかな。カボチャのランタン、黒猫、魔女、コウモリなんかのクッキー。これも祝祭日の定番アイテムなんだ」
「何をするんだ?」
「当日は仮装した子供がお菓子をねだりに来るから、その子達に渡すんだよ」
「それもいいな」
この季節の自国を思うと、なんとも生活感が溢れている。なにせ十一月には雪が降り始めるため、この季節は冬支度の追い込み。羊の毛を刈って糸にしたり、木々が雪の重みに耐えられるように補強したり、保存食を地下の貯蔵庫に溜めたり、果物などはジャムにして。
「クシュナートではこういう祭りはあったの?」
「いや、ないな。だが四月の初めに豊穣祭がある。春の女神を迎え入れ、一年の豊穣を願う祭りだ」
派手さはないが、季節の花の種を蒔いたりする。雪深い国だから、春の訪れを皆が楽しみにしているのだ。
そんなこんなでマーケットを楽しみながら二人で歩いている。そろそろ昼のご飯をどうするか話していると、不意に誰かがボリスを呼び止めた。
「ボリスちゃん?」
「え?」
ボリス……ちゃん? なんだか凄い呼び方に足を止めたフェオドールの隣で、ボリスは明らかに戸惑った顔をしている。
見ると少し先にいる女性が、若い男性と一緒にこちらに歩み寄っている所だった。
「ボリスちゃん! やっぱり間違いじゃなかったわ。もう、最近帰って来ないから心配しているのよ」
「あぁ、うん」
珍しくボリスが応対に困っている。そんな姿を初めて見たフェオドールは落ち着かなくてたまらない。キョロキョロと双方を見ていると、女性の優しそうな緑色の瞳がこちらを見て、ニッコリと微笑んだ。
「あら、お友達?」
「え? えぇ」
問われ、咄嗟に肯定する。フェオドールとしてはそんなに違和感のない受け答えだ。
それというのもやはり、世間一般では同性カップルというのは多少奇異の目で見られる。祖国でもそうだったので、表向きは「友人」とすることに全くの躊躇いはない。当人達の間でちゃんとしていれば構わないと思っている。
けれど隣のボリスはこの対応に、僅かに神経を尖らせたようだった。
「まぁ、初めまして。私、ボリスの母です。息子がいつもお世話になっています」
「初めまして、フェオドールと申します。ボリスとは、とても良いお付き合いをさせて頂いています」
にこやかに微笑み、差し伸べられた手を取って握手をする。そして視線を隣りにいる若い男性へも注いだ。
多分、兄弟なんだろうと思う。顔立ちがボリスの母によく似ている。おっとりとした眼鏡の青年で、髪の色や瞳の色が同じだ。表情も柔らかい。
「兄のオルトンです。弟がお世話になっています」
「こちらこそ、お世話になっています」
こちらともにこやかに挨拶を交わす。これで何事もなく過ぎ去るはずだった。少なくとも嫌な印象は与えていないはずだった。
だが予想外にも隣りから強い力で腕を引かれたフェオドールはボリスの腕の中に突然抱き寄せられ、更にこめかみの辺りにキスをされたのだ。
これにはボリスの母も兄も目が点になっている。フェオドールも顔が熱くなるのを感じて逃れようとするが、予想外に強い力で上手くいかない。
第一この人は何を考えているんだ。せっかくこの場を丸く収めたのに、どうして乱すような事をするんだ。
「友人じゃない。彼は俺の恋人だよ」
「ボリス!」
驚いて顔を見上げると、怖いくらい真剣だった。こんな顔、国で出会ったあの一件以来だ。
そんな視線で見られた二人は動揺が隠せないのかオロオロしている。ボリスはそんなのもまったく気にしていないのか、引き寄せて更に額にもキスをしてくる。
「冗談よね、ボリスちゃん?」
ようやく戻ってきたらしい母親が口元を引きつらせながらも問いかけてくる。普通、親としてはこれが正しい反応だろう。そんな事は分かっているからフェオドールも責めたりはしないし、こんな突然カミングアウトされる側の気持ちを考えてしまう。
だがこの日のボリスは強情で、まったく譲る感じがしなかった。
「冗談のつもりはないよ。もう彼の保護者には会って、申し入れしてる。その上での交際なんだから、遊びでもない。わりと本気だよ」
この言葉には不謹慎だが、ときめいてしまった。真剣だと言われる事もあるけれど、どこか飄々としているから自信がない時もある。そこでの「本気」宣言だ。ニヤけるのだけ、どうにか堪えられた。
だが突然の話に驚きを通り越して混乱している母はどうしたらいいんだ。睨まれそうで怖くなってくる。
「ボリスちゃん、だって貴方お付き合いしている相手は女性ばかりだったんじゃ……」
「その時遊んでた相手がたまたま女の人だっただけ。昔から、男も女もなく遊んでたよ」
「遊んでたって!」
「大丈夫、あっちも同じ感覚だから後腐れなんてないし、避妊とかもしてたから隠し子とかいないし。ただ、今回はちょっと事情が違う」
もうそれっきり何かを伝えるのを止めたのか、ボリスはフェオドールを抱き寄せたまま二人に背中を向けた。
「ボリスちゃん!」
「これ以上は言う事ないよ。俺は騎士団に骨を埋める覚悟だし、そうならないなら彼の祖国に渡ってもいいと思ってる。無理に理解してなんて言わないから」
小さな声で「行こう」と言われ、どうしていいか分からないまま背後も気にして歩き出す。その背に母親の声がするけれど、いつの間にか喧騒にかき消されてしまっていた。
なんとも言えない空気のまま無言でフェオドールの家まで戻って来た。そうして家に入ってすぐ、根こそぎ奪い取るようなキスをされて頭の中がクラクラした。
「ボリ、ス! まっ……んぅっ」
全身ゾクゾクして、腹の中も震えてしまいそう。昨日の夜も彼を受け入れ、気持ち良くて何度も真っ白になったのを体は覚えている。
でも今は……今だけは流されちゃいけないんだ。
「待ってボリス! 今はダメ!」
「どうして? 今からでも十分時間あるよ?」
「誤魔化すな!」
怒って言えばバツの悪い笑みが返ってくる。誤魔化そうとしたのは明白だ。
「あの対応、どうしてだよ。そりゃ、私も誤魔化したけれどでも……」
「付き合ってるのは本当だし、俺に偽りはないよ」
「それでもあんな風に突然言われたら混乱するだろ。母親なんだろ?」
俯いたボリスはいつになくらしくない。話したくないようだけれど、誤魔化しもしないんだ。
「俺さ、今まで散々家族に嘘ついて生きてきたんだよね」
「え?」
ポツリポツリと語られる言葉はとても重く感じる。俯き加減の表情は笑っているけれど、悲しそうに見えた。
「見て分かっただろ? 俺の家族って、みんな善人で優しいんだ。そんな中で俺だけがこの通りでね」
言いたい事は分かった。ボリスは過剰な部分が……簡単に言えばサディストの気がある。愛情ある責め苦に悶えているフェオドールは自信を持って言えるし、かつてフェオドールの側近に行った苛烈極まる粛清は聞くだけで身が縮む思いがする。
あぁ、だから似ていないなと思ったのか。あの善良そうな二人を見てもボリスと繋がらない。見た目は似ているのに、そこにボリスが加わると違和感があった。
「俺だけがこの人間性だった。最初は必死に誤魔化して繕ったし、これを受け入れてからは猫を被った。それがずっと癖になって、初めての相手に対しては猫を被るのが普通になっていったんだ」
「ボリス……」
「でも、もうそれも嫌になった。今の仲間はこのままの俺を嫌わずにいてくれるし、フェオドールも受け入れてくれる。もう、嘘をついて生きて行くのは辛いんだ」
弱い声でそう伝えたボリスは、そっとフェオドールを抱き寄せる。本当にそれだけで、拍子抜けしてしまう。でもそれだけ、ボリスもこの問題を考えて苦しんでいたんだと思う。
「それに、言ったことは本当。五年したら一度国に戻るだろ?」
「うん」
兄アルヌールの子が王太子になる。その祭典に招かれているし、そこで一度留学は区切る約束だ。
でも、今更国に戻るつもりはない。可能ならば帝国と祖国とを繋ぐ架け橋になりたい。外交官として両国の間に立てればいいと思い、その為の勉強を今しているのだ。
「もしもフェオドールがその時に国に戻るなら、俺も騎士を止めて一緒に行くよ」
「そんな! ちょっと待って、それでどうするつもり!」
「末端貴族の末っ子だから、騎士を通すか他の道を探すかだからね。アルヌール様にお願いして、あちらの騎士団に入ろうかな。拷問官はしないから安心して」
「それ、天職すぎて私が止めるよ」
でも、そんな事を考えていたなんて思ってもみなかった。いつもはこんな事言わないから。
「私は両国の橋渡しをしたい。だから帝国を離れるつもりはないから、安心して」
「そっか……フェオドールも、自分の道を決めてたんだ」
力なく笑うボリスがあまりに見慣れなくて、切なくも愛しく思えてきて、フェオドールは伸び上がってキスをした。触れるだけの、優しいものだ。
「ボリスの事は私にも関わってくるから、家族との事はちゃんと考える。必要なら挨拶にも行くから、一人で抱え込まないで欲しい」
「なにそれ、カッコいいね」
「失礼だな、お前」
弱くてもほんの少し笑ってくれるボリスを見ると安心する。フェオドールも穏やかに笑って、互いを確かめるようにただ抱き合っていた。
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