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1章:落日の王都
3話:咆哮(グリフィス)
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ユリエルが王都を離れて一カ月、都は静寂を守っていた。
ラインバール平原では相変わらず小競り合いが続いている。一度大きく攻め込まれた事もあり、王は前線に第一部隊の一部と第三部隊を送り込んだ。
ただ、グリフィスだけはユリエルとの約束もあり、部隊を部下に任せて一人王都に残っていた。
◆◇◆
その夜も、いつもと変わりなく更けていった。人々が寝静まる深夜、突如として鐘が鳴り響くまでは。
それは城壁に取り付けられた大鐘楼のもの。音は王都の全てに響き渡った。
城の士官部屋で眠っていたグリフィスはこの音に跳び起き、寝間着のまま宿舎の屋上へと駆けあがる。
そうして眼前に広がった光景は、おもわず目を覆いたくなるものだった。
外周の城壁から城へ向かって、炎の川のような松明の明かりが連なっている。その数はざっと見ても五千は超えている。現在この城に残っている兵は三千程度だろう。ラインバールに多くの兵を出した後だ。
これで外壁を破られていなければ応援を要請し籠城という手も使えた。だが、既に門扉は破られ続々と城へ光は押し寄せている。
「あの方の嫌な予感は、こんなにも当たるものか」
苦々しく吐き捨て、グリフィスは自室へと戻って手早く支度をし、その足で真っ直ぐに王の元へと駆けていった。
王は深刻な顔で主要な家臣の前にいた。グリフィスは一番前に膝をついて礼を取っている。その隣には壮年の騎士が、同じように礼を尽くしている。
「現状は把握できた。ルルエ軍の夜襲で、間違いないのだな?」
「はい。外門は破られ、続々と城へ向かって押し寄せております。その数は、未だ増えているとのこと」
「現在城には三千強の兵がおります。相手方の数は正確には把握できませんが、おそらく倍はいるかと思います」
二人の隊長の報告に、王は深く息をつき目を閉じた。
現在は深夜、城に人は少ない。家臣の大半は自宅にいる。それが、不幸中の幸いか。
「陛下、城門が無事なうちに避難を考えるべきかと存じます」
グリフィスの進言に、王は深く頷いた。そして、傍らに控えている老齢の男に目配せをする。その視線を受けただけで、老齢の男は一つ丁寧に礼を取って出て行った。
「グリフィス、第一部隊はどのくらいここに残っている」
「精鋭百を残しております」
「それを連れ、シリルを連れてここを離れろ。ルートはお前に任せる」
「はっ」
一つ深く礼を取ったグリフィスは、内心安堵した。もしも城に残って戦えと言われたら、進言しようと思っていたのだ。
「第二部隊は残りの兵を使って城を守れ」
「はい」
グリフィスの隣にいる、壮年の騎士が短く答えた。
◆◇◆
城の中はその間にも大騒ぎとなっていた。兵ですらこの突然の夜襲に狼狽している。
グリフィスは真っ直ぐにシリルの元へ向かった。おそらくこの騒ぎで心細い思いをしているだろう。そう思って扉を叩くと、意外と落ち着いた声が返ってきた。
扉を開けると、緊張した面持ちではあるがしっかりと準備を整えたシリルが立っていた。
「何があったのですか?」
不安そうに瞳が揺れている。胸当てをつけ、外套を纏い、小さな手荷物を持ち、腰には慣れない短剣を差していた。おそらく、ある程度の予測はしているだろう。
「敵襲です。陛下から、シリル様を連れてここを離れるよう仰せつかりました。お辛いとは思いますが、同行をお願いします」
「父上は、大丈夫でしょうか」
それには、なんと答えていいか分からなかった。
王の様子からは何とも言えなかった。もしかしたら、ここに残るつもりなのかもしれない。少なくとも率先して逃げる気はなさそうだった。
「陛下には陛下の覚悟がございます。貴方は逃げねばなりません。これは陛下の願いでもあり、王子と生まれた者の義務です」
「義務……。そうですね」
辛そうに目を伏せながらも、シリルは頷いて歩き出す。それに、グリフィスは安堵したのだった。
ラインバール平原では相変わらず小競り合いが続いている。一度大きく攻め込まれた事もあり、王は前線に第一部隊の一部と第三部隊を送り込んだ。
ただ、グリフィスだけはユリエルとの約束もあり、部隊を部下に任せて一人王都に残っていた。
◆◇◆
その夜も、いつもと変わりなく更けていった。人々が寝静まる深夜、突如として鐘が鳴り響くまでは。
それは城壁に取り付けられた大鐘楼のもの。音は王都の全てに響き渡った。
城の士官部屋で眠っていたグリフィスはこの音に跳び起き、寝間着のまま宿舎の屋上へと駆けあがる。
そうして眼前に広がった光景は、おもわず目を覆いたくなるものだった。
外周の城壁から城へ向かって、炎の川のような松明の明かりが連なっている。その数はざっと見ても五千は超えている。現在この城に残っている兵は三千程度だろう。ラインバールに多くの兵を出した後だ。
これで外壁を破られていなければ応援を要請し籠城という手も使えた。だが、既に門扉は破られ続々と城へ光は押し寄せている。
「あの方の嫌な予感は、こんなにも当たるものか」
苦々しく吐き捨て、グリフィスは自室へと戻って手早く支度をし、その足で真っ直ぐに王の元へと駆けていった。
王は深刻な顔で主要な家臣の前にいた。グリフィスは一番前に膝をついて礼を取っている。その隣には壮年の騎士が、同じように礼を尽くしている。
「現状は把握できた。ルルエ軍の夜襲で、間違いないのだな?」
「はい。外門は破られ、続々と城へ向かって押し寄せております。その数は、未だ増えているとのこと」
「現在城には三千強の兵がおります。相手方の数は正確には把握できませんが、おそらく倍はいるかと思います」
二人の隊長の報告に、王は深く息をつき目を閉じた。
現在は深夜、城に人は少ない。家臣の大半は自宅にいる。それが、不幸中の幸いか。
「陛下、城門が無事なうちに避難を考えるべきかと存じます」
グリフィスの進言に、王は深く頷いた。そして、傍らに控えている老齢の男に目配せをする。その視線を受けただけで、老齢の男は一つ丁寧に礼を取って出て行った。
「グリフィス、第一部隊はどのくらいここに残っている」
「精鋭百を残しております」
「それを連れ、シリルを連れてここを離れろ。ルートはお前に任せる」
「はっ」
一つ深く礼を取ったグリフィスは、内心安堵した。もしも城に残って戦えと言われたら、進言しようと思っていたのだ。
「第二部隊は残りの兵を使って城を守れ」
「はい」
グリフィスの隣にいる、壮年の騎士が短く答えた。
◆◇◆
城の中はその間にも大騒ぎとなっていた。兵ですらこの突然の夜襲に狼狽している。
グリフィスは真っ直ぐにシリルの元へ向かった。おそらくこの騒ぎで心細い思いをしているだろう。そう思って扉を叩くと、意外と落ち着いた声が返ってきた。
扉を開けると、緊張した面持ちではあるがしっかりと準備を整えたシリルが立っていた。
「何があったのですか?」
不安そうに瞳が揺れている。胸当てをつけ、外套を纏い、小さな手荷物を持ち、腰には慣れない短剣を差していた。おそらく、ある程度の予測はしているだろう。
「敵襲です。陛下から、シリル様を連れてここを離れるよう仰せつかりました。お辛いとは思いますが、同行をお願いします」
「父上は、大丈夫でしょうか」
それには、なんと答えていいか分からなかった。
王の様子からは何とも言えなかった。もしかしたら、ここに残るつもりなのかもしれない。少なくとも率先して逃げる気はなさそうだった。
「陛下には陛下の覚悟がございます。貴方は逃げねばなりません。これは陛下の願いでもあり、王子と生まれた者の義務です」
「義務……。そうですね」
辛そうに目を伏せながらも、シリルは頷いて歩き出す。それに、グリフィスは安堵したのだった。
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