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煉獄の闇
刀の重み
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「この世の因果の重みじゃ。とくと味わい、押し潰されるがよい」
「ぐ……」
さらに重みが増していく。
さしもの夢見客人も、とうとう耐えかねて膝をついた。
お世継ぎ殺し村正も、持っているのがやっととなる。
「その刀も、もうおぬしでは持つことかなうまい。我らの党首がご所望じゃ、手放してしまえ。もっとも、持ち上げることもできんか。ふぉっふぉっふぉっ!」
一石仙人が、肩を揺すって笑った。
「……榊世槃とやらも、この村正の祟りがほしいのか」
「豊家の隠し金ともなれば、天下を覆しても余りあろう。まさに徳川への祟り、その怨念を我らのご党首がまとめ上げる」
「ならば、ますます手放すわけにはいかんな」
「そうかそうか、ではもう一〇貫じゃ」
「むおっ――!」
耐えきれない重さとなった。客人も思わず手放してしまいそうになる。
そんなときであった。
「クエエエエエエエエ――ッ!!」
劈くように鳴いた鷹が、一石仙人目掛けて急降下してその爪を向けた。
晴満が式神を通じて助力してくれたのだ。
一石仙人は、これを打ち払おうと杖を振るった。
鷹は、さっとその身を躱すと、ふたたび空へと羽ばたいていく。
「小賢しい、鷹匠でも連れておるのか」
憎々しげに上空で円を描く式神の鷹を見上げている。
これで、客人はあることに気づいた――。
「仙人殿よ……何か、事が起きておるな?」
「ほう、何故そう思う?」
客人の言葉に、一石仙人は一際視線を鋭くして睨みつけた。
「いかに凄まじい仙術使いであろうと、この広い樹海を手勢も率いずに待ち受けると言うのも妙な話だ。見張りに手を割けぬ理由があろう」
「それをわざわざ語ってやることもあるまいて。どうせ、おぬしらは押し潰されて死ぬ運命にある」
「その技、まだ通じると思っていたか」
「何……?」
客人は、朱鞘に仕込まれた小柄を取った。
何を思ったか、その小柄をおのれの手の甲に突き立てる。
「む、貴様……!?」
「これで、おぬしの仙術とやらも破れた」
すぐさま、客人は石火の技で脇差しを抜き、そのまま一石仙人に放った。
重さからは、まったく解放されたような動きであった。
「ぐ、む……!! 見破ったというのか」
脇差しは真っ直ぐ一石仙人の心の臓に突き刺さった。
「飛龍剣……。轟天流の技ではないが」
飛龍剣――。
かの宮本武蔵が鎖鎌使いの宍戸梅軒に対してに使ったとされる。
分銅の間合いの外から脇差しを飛ばすというものである。
技として磨いたわけでもなく、伝え聞いたものを客人が使ってみた、という咄嗟のものにすぎない。
しかし、これを咄嗟にできるのも剣術を通じて身体を鍛練した成果といえよう。
「む、無念……。これよりご党首が決起なされるというのに……」
「あの妖術使い、姫をさらって何をするつもりだ?」
「た、楽しみにしておるがいい。我らは、ご党首に魅入られたのじゃ……」
「魅入られた、だと」
「この世のものではない……魂、にな。ごふっ……!」
一石仙人は、血を吐いてそのまま仰向けに倒れた。
夢見客人の飛龍剣は、確かにこの仙人を仕留めたのである。
「身体が、軽くなった?」
瞳鬼も気づいた、もう術が解けているようだ。
重さを自在に操るという一石仙人の仙術は、こうして破られたのだが――。
「一体、どういう仕掛けであったのか?」
瞳鬼には、わからなかった。
夢見客人が、いかにしてあの仙術を破ったのかが。
「暗示であったのだ」
「暗示だと?」
「重さを自在に操れるというなら、あの式神の鷹にも使って落とせばいいはず」
「……あっ!」
そこで瞳鬼も理解した。そうなのだ、飛んでいる鷹に使えば落とせるはず。
それをしないということは――。
「できかったのか、鷹には暗示をかけられないから」
暗示というものは、人間の思い込みを利用するもの。
一石仙人に重いと思わされたからこそ、重く感じてしまったのだ。
言葉や身ぶり、錯覚などを利用してそのように思い込みを誘導する。
重いという感覚は、視覚や嗅覚の変化が伴うものではない、よってその感覚が狂わされると容易に修正できない。
しかし、式神の鷹には人間と同じ意識はない。その感覚を誘導できない。
だから、重いと感じさせることができない。
無機物の重さを実際に変えられるわけではなく、あくまでも客人に刀が重いと錯覚させることしかできなったのだ。
その暗示から脱するため、小柄にて目を覚ましたのである。
「しかし、いつの間に暗示などをかけられてしまったのか」
「拙者たちの前に、ふわりと降りてきたときであろう。ひょっとしたら重さを自在に扱えるのでは刷り込まれた。鳴子の糸ばかりに気を取られて、仕掛けから目を逸らされた」
一石仙人の亡骸から脇差しを引き抜き、客人はその背に仕込まれた縄を切っ先で示した。
これで重さを扱う仙人であると錯覚させられたのだ。
「やられた! そんな手にかかるなんて」
わかってしまえば、単純な手品である。
しかし、その手品を巧みに用いて、重さを操るという超常の力を信じ込ませ、ふたりを手玉に取ったのだ。やはり、恐るべき敵であったことには違いない。
「この老人ひとりのみが待ち受けているというのは、やはり妙な話だ……」
「逆卍党のうちで何かあったということか?」
「おそらくはな」
その客人の判断に、異を唱える要素は今のところない。
瞳鬼も、これを信じることにした。
「賊どもが何をするつもりかはわからんが、その村正を欲してご公儀に逆らうつもりなのは確かなようじゃ」
じろり、と瞳鬼が客人に横目で視線を送る。
今のところ、夢見客人には幕府に逆らおうという気もなければ従う気もないようだ。
しかし、その腰に御世継ぎ殺し村正が納まっているかぎり、目を離せない。
そんな瞳鬼に、客人はふと笑みを返す。
「安心するがいい。この刀の重みは心得ている」
「な、ならばよいがな」
言い捨てながら、顔を背けた。
瞳鬼は、まだ夢見客人の微笑みを直視できないでいる。
「ぐ……」
さらに重みが増していく。
さしもの夢見客人も、とうとう耐えかねて膝をついた。
お世継ぎ殺し村正も、持っているのがやっととなる。
「その刀も、もうおぬしでは持つことかなうまい。我らの党首がご所望じゃ、手放してしまえ。もっとも、持ち上げることもできんか。ふぉっふぉっふぉっ!」
一石仙人が、肩を揺すって笑った。
「……榊世槃とやらも、この村正の祟りがほしいのか」
「豊家の隠し金ともなれば、天下を覆しても余りあろう。まさに徳川への祟り、その怨念を我らのご党首がまとめ上げる」
「ならば、ますます手放すわけにはいかんな」
「そうかそうか、ではもう一〇貫じゃ」
「むおっ――!」
耐えきれない重さとなった。客人も思わず手放してしまいそうになる。
そんなときであった。
「クエエエエエエエエ――ッ!!」
劈くように鳴いた鷹が、一石仙人目掛けて急降下してその爪を向けた。
晴満が式神を通じて助力してくれたのだ。
一石仙人は、これを打ち払おうと杖を振るった。
鷹は、さっとその身を躱すと、ふたたび空へと羽ばたいていく。
「小賢しい、鷹匠でも連れておるのか」
憎々しげに上空で円を描く式神の鷹を見上げている。
これで、客人はあることに気づいた――。
「仙人殿よ……何か、事が起きておるな?」
「ほう、何故そう思う?」
客人の言葉に、一石仙人は一際視線を鋭くして睨みつけた。
「いかに凄まじい仙術使いであろうと、この広い樹海を手勢も率いずに待ち受けると言うのも妙な話だ。見張りに手を割けぬ理由があろう」
「それをわざわざ語ってやることもあるまいて。どうせ、おぬしらは押し潰されて死ぬ運命にある」
「その技、まだ通じると思っていたか」
「何……?」
客人は、朱鞘に仕込まれた小柄を取った。
何を思ったか、その小柄をおのれの手の甲に突き立てる。
「む、貴様……!?」
「これで、おぬしの仙術とやらも破れた」
すぐさま、客人は石火の技で脇差しを抜き、そのまま一石仙人に放った。
重さからは、まったく解放されたような動きであった。
「ぐ、む……!! 見破ったというのか」
脇差しは真っ直ぐ一石仙人の心の臓に突き刺さった。
「飛龍剣……。轟天流の技ではないが」
飛龍剣――。
かの宮本武蔵が鎖鎌使いの宍戸梅軒に対してに使ったとされる。
分銅の間合いの外から脇差しを飛ばすというものである。
技として磨いたわけでもなく、伝え聞いたものを客人が使ってみた、という咄嗟のものにすぎない。
しかし、これを咄嗟にできるのも剣術を通じて身体を鍛練した成果といえよう。
「む、無念……。これよりご党首が決起なされるというのに……」
「あの妖術使い、姫をさらって何をするつもりだ?」
「た、楽しみにしておるがいい。我らは、ご党首に魅入られたのじゃ……」
「魅入られた、だと」
「この世のものではない……魂、にな。ごふっ……!」
一石仙人は、血を吐いてそのまま仰向けに倒れた。
夢見客人の飛龍剣は、確かにこの仙人を仕留めたのである。
「身体が、軽くなった?」
瞳鬼も気づいた、もう術が解けているようだ。
重さを自在に操るという一石仙人の仙術は、こうして破られたのだが――。
「一体、どういう仕掛けであったのか?」
瞳鬼には、わからなかった。
夢見客人が、いかにしてあの仙術を破ったのかが。
「暗示であったのだ」
「暗示だと?」
「重さを自在に操れるというなら、あの式神の鷹にも使って落とせばいいはず」
「……あっ!」
そこで瞳鬼も理解した。そうなのだ、飛んでいる鷹に使えば落とせるはず。
それをしないということは――。
「できかったのか、鷹には暗示をかけられないから」
暗示というものは、人間の思い込みを利用するもの。
一石仙人に重いと思わされたからこそ、重く感じてしまったのだ。
言葉や身ぶり、錯覚などを利用してそのように思い込みを誘導する。
重いという感覚は、視覚や嗅覚の変化が伴うものではない、よってその感覚が狂わされると容易に修正できない。
しかし、式神の鷹には人間と同じ意識はない。その感覚を誘導できない。
だから、重いと感じさせることができない。
無機物の重さを実際に変えられるわけではなく、あくまでも客人に刀が重いと錯覚させることしかできなったのだ。
その暗示から脱するため、小柄にて目を覚ましたのである。
「しかし、いつの間に暗示などをかけられてしまったのか」
「拙者たちの前に、ふわりと降りてきたときであろう。ひょっとしたら重さを自在に扱えるのでは刷り込まれた。鳴子の糸ばかりに気を取られて、仕掛けから目を逸らされた」
一石仙人の亡骸から脇差しを引き抜き、客人はその背に仕込まれた縄を切っ先で示した。
これで重さを扱う仙人であると錯覚させられたのだ。
「やられた! そんな手にかかるなんて」
わかってしまえば、単純な手品である。
しかし、その手品を巧みに用いて、重さを操るという超常の力を信じ込ませ、ふたりを手玉に取ったのだ。やはり、恐るべき敵であったことには違いない。
「この老人ひとりのみが待ち受けているというのは、やはり妙な話だ……」
「逆卍党のうちで何かあったということか?」
「おそらくはな」
その客人の判断に、異を唱える要素は今のところない。
瞳鬼も、これを信じることにした。
「賊どもが何をするつもりかはわからんが、その村正を欲してご公儀に逆らうつもりなのは確かなようじゃ」
じろり、と瞳鬼が客人に横目で視線を送る。
今のところ、夢見客人には幕府に逆らおうという気もなければ従う気もないようだ。
しかし、その腰に御世継ぎ殺し村正が納まっているかぎり、目を離せない。
そんな瞳鬼に、客人はふと笑みを返す。
「安心するがいい。この刀の重みは心得ている」
「な、ならばよいがな」
言い捨てながら、顔を背けた。
瞳鬼は、まだ夢見客人の微笑みを直視できないでいる。
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