1 / 6
婚約破棄
しおりを挟む今夜は社交シーズンの始まりを告げる王家主催の舞踏会。
国王と王妃によるファーストダンスが終わり、それぞれが歓談やダンス、食事を楽しむ時間が始まるはずでした。
「ローラ・レッドアロー!!今日をもって貴様との婚約を破棄する!!」
不躾にも私を指で差し、名前を呼びつけたのは我がエライオン王国の王子であるヘリオス殿下です。
「どういうことでしょうか?」
堪らず返事をすると忌々しげに睨みつけられ、舌打ちされました。とても婚約者に対するものとは思えない態度です。けれども、今日という日がいつかやって来るかもしれないとは心のどこかで思っておりました。
私達の婚約は、殿下の希望によるものでした。
白百合の精と讃えられた母譲りの容姿を見初められ、ぜひにと婚約者に迎えられたのです。
東側の国境警備を一手に引き受ける辺境伯の娘というのも、国防の引き締めに繋がると思われたのでしょう。
それが三年前のこと。けれど一晩で全ては覆ってしまいました。
「貴様のような豚と添い遂げるなど、死んでも御免だ」
豚――殿下の言葉が聞こえた者達から、小さな笑い声が聞こえてきます。
一年ほど前、体調を崩したのをきっかけに、私の体は変わってしまいました。
体が重だるく、頭が痛い。天気が悪い日は耳鳴りがする。そして一番は体型の変化。
不調が少し回復すると、次に体がブクブクと太り始めました。もちろん顔も。手も足もお腹も膨らんで、これまで着ていた服は着れなくなりました。そして瞼の肉の重みで目が細くなり、頬の膨らみで鼻の高さも分からなくなりました。
私の容姿を気に入っていた殿下は、今の私を大層嫌がりました。
「そのパンパンに腫れて首との境のない顔も、流行りのドレスも似合わない太ましい体も目障りだ!!」
眩いものでも見るように私を見ていた殿下の瞳は、今では腐った汚物でも見るように冷淡なものに変わりました。
「みっともない姿を晒して恥ずかしくはないのか?民からの血税で贅沢をして浅ましい。そのような女を王室に迎えるなど言語道断だ!」
一言言わせてもらえるのであれば、私の食事量は不調の前に比べて随分と減りました。食事をすると体がだるくなり、気分が悪くなるからです。食は細くなる一方で、決して贅沢など致してはおりません。
殿下の言葉に乗るようにして、私を嗤う声が聞こえてきます。
「本当にみっともないわね。メイドのマッサージの腕が悪いのかしら?」
「コックの腕も知れてるわね」
「ご両親もお可哀想に」
「あら。娘の躾も出来ない、使用人も無能なのは、当主の器量が足りないからでしょう」
侍女やコック達も、私が元の姿に戻れるように努力してくれました。評判の痩身マッサージやお茶を探して、一緒に頑張ってきたのです。
ですが、残念ながら私が元の体型に戻ることはありませんでした。両親が呼んでくれたお医者様達も原因不明も首を傾げるばかりでした。
大切な両親と使用人達を貶され、涙が零れそうになるのをグッと堪えました。
結局、求められるのは結果なのです。確かに過程は重要ですが、人々の上に立つ者として模範になろうとするなら、やはり目に見えるものを示す必要があります。
国王陛下の御前で行われた婚約破棄。咎める者どころか止める者もいない。きっと私との婚約破棄は王家が認めたものなのです。
一緒に会場に来た両親は陛下に呼び出されたはずなのに、開会されても戻ってくる様子もありません。
恐らくこの余興の為に足止めを食らっているのでしょう。
「婚約破棄について、確かに承りました」
頭を下げて、私は大広間を退出しました。早く馬車に戻り、タウンハウスに戻りたかった。
久しぶりに着飾ったのと衆目を集めたせいか、体がいつも以上に重くて辛いです。頭痛と吐き気を抑えながら、足を動かしました。
私の後ろでは、再び優雅な音楽が聞こえ始めます。惨めな娘を甚振る余興は終わり、また日常に戻っていくのでしょう。
我慢していた涙が、今度こそ頬を伝って落ちてきました。
何故、このようなことになったのでしょう。
『妖精姫』と持て囃されて、いつの間にか調子に乗っていたのでしょうか?
太っている方を心のどこかで、嘲笑っていたのでしょうか?
だから神様は私に罰を与えたのでしょうか?
私の心が醜いというのなら悔い改めます。ですからどうか、私の大切な人達が悲しまないようにしてください。
心の中で神へ祈りを捧げる間も、頭痛は止まず、ついには耳鳴りまでしてきて立っていられなくなりました。
私の思い通りにならない私の体が恨めしい。このまま死んでしまうのだろうと思いながら、私は目を閉じました。
15
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
断罪された公爵令嬢は自分が聖女だと気づき、甘い溺愛の中でもう一度人生をやり直す
海咲雪
恋愛
わずか16歳で聖女を虐めた嘘の罪を着せられ、挙句帰り道の馬車で事故に遭い亡くなった公爵令嬢エイリル・フォンリース。
そんな彼女に女神は言いました。
「貴方だって【聖女】よ?」
女神の力で馬車で亡くなる運命を変えてもらい、エイリルは最悪の状況からもう一度人生をやり直す。
「愛しているよ、エイリル嬢」
「私にはどれだけ甘えてもいいんだ。愛する者に甘えてもらえることほど幸せなことはないのだから」
「これから先も私は君に愛を伝える。今の私を愛してもらえるように。そして、君と未来を歩めるように」
決意を新たにしたエイリルに愛を伝えるのは一体誰なのか。
そして、優しい彼女に与えられた聖女の能力は一体どんなものなのか。
今、もう一度、エイリルの世界が回り始める。
【登場人物】
エイリル・フォンリース・・・フォンリース公爵家長女。とても優しい性格。16歳。
リエナ・シーラック・・・ベルシナ国の聖女。16歳。
グレン・ヴィルシュトン・・・ベルシナ国第一王子。優秀であり、国王からの期待も大きい。17歳。
ルーマス・ヴィルシュトン・・・ベルシナ国第二王子。聖女リエナに心酔している。16歳。
リベス・ベルティール・・・エイリルが出会う青年。彼の正体は・・・?
虐げられ聖女の力を奪われた令嬢はチート能力【錬成】で無自覚元気に逆襲する~婚約破棄されましたがパパや竜王陛下に溺愛されて幸せです~
てんてんどんどん
恋愛
『あなたは可愛いデイジアちゃんの為に生贄になるの。
貴方はいらないのよ。ソフィア』
少女ソフィアは母の手によって【セスナの炎】という呪術で身を焼かれた。
婚約した幼馴染は姉デイジアに奪われ、闇の魔術で聖女の力をも奪われたソフィア。
酷い火傷を負ったソフィアは神殿の小さな小屋に隔離されてしまう。
そんな中、竜人の王ルヴァイスがリザイア家の中から結婚相手を選ぶと訪れて――
誰もが聖女の力をもつ姉デイジアを選ぶと思っていたのに、竜王陛下に選ばれたのは 全身火傷のひどい跡があり、喋れることも出来ないソフィアだった。
竜王陛下に「愛してるよソフィア」と溺愛されて!?
これは聖女の力を奪われた少女のシンデレラストーリー
聖女の力を奪われても元気いっぱい世界のために頑張る少女と、その頑張りのせいで、存在意義をなくしどん底に落とされ無自覚に逆襲される姉と母の物語
※よくある姉妹格差逆転もの
※虐げられてからのみんなに溺愛されて聖女より強い力を手に入れて私tueeeのよくあるテンプレ
※超ご都合主義深く考えたらきっと負け
※全部で11万文字 完結まで書けています
聖女の力を失ったと言われて王太子様から婚約破棄の上国外追放を命じられましたが、恐ろしい魔獣の国だと聞かされていた隣国で溺愛されています
綾森れん
恋愛
「力を失った聖女などいらない。お前との婚約は破棄する!」
代々、聖女が王太子と結婚してきた聖ラピースラ王国。
現在の聖女レイチェルの祈りが役に立たないから聖騎士たちが勝てないのだと責められ、レイチェルは国外追放を命じられてしまった。
聖堂を出ると王都の民衆に石を投げられる。
「お願い、やめて!」
レイチェルが懇願したとき不思議な光が彼女を取り巻き、レイチェルは転移魔法で隣国に移動してしまう。
恐ろしい魔獣の国だと聞かされていた隣国で、レイチェルはなぜか竜人の盟主から溺愛される。
(本作は小説家になろう様に掲載中の別作品『精霊王の末裔』と同一世界観ですが、200年前の物語なので未読でも一切問題ありません!)
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します
しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。
失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。
そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……!
悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。
【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです
菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。
自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。
生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。
しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。
そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。
この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。
【短編完結】婚約破棄なら私の呪いを解いてからにしてください
未知香
恋愛
婚約破棄を告げられたミレーナは、冷静にそれを受け入れた。
「ただ、正式な婚約破棄は呪いを解いてからにしてもらえますか」
婚約破棄から始まる自由と新たな恋の予感を手に入れる話。
全4話で短いお話です!
妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても
亜綺羅もも
恋愛
クリスティーナ・デロリアスは妹のエルリーン・デロリアスに辛い目に遭わされ続けてきた。
両親もエルリーンに同調し、クリスティーナをぞんざいな扱いをしてきた。
ある日、エルリーンの婚約者であるヴァンニール・ルズウェアーが大火傷を負い、醜い姿となってしまったらしく、エルリーンはその事実に彼を捨てることを決める。
代わりにクリスティーナを押し付ける形で婚約を無かったことにしようとする。
そしてクリスティーナとヴァンニールは出逢い、お互いに惹かれていくのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる