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婚約破棄

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今夜は社交シーズンの始まりを告げる王家主催の舞踏会。
 
国王と王妃によるファーストダンスが終わり、それぞれが歓談やダンス、食事を楽しむ時間が始まるはずでした。
 
 
「ローラ・レッドアロー!!今日をもって貴様との婚約を破棄する!!」
 
 
不躾にも私を指で差し、名前を呼びつけたのは我がエライオン王国の王子であるヘリオス殿下です。
 
「どういうことでしょうか?」
 
堪らず返事をすると忌々しげに睨みつけられ、舌打ちされました。とても婚約者に対するものとは思えない態度です。けれども、今日という日がいつかやって来るかもしれないとは心のどこかで思っておりました。
 
私達の婚約は、殿下の希望によるものでした。
白百合の精と讃えられた母譲りの容姿を見初められ、ぜひにと婚約者に迎えられたのです。
 
東側の国境警備を一手に引き受ける辺境伯の娘というのも、国防の引き締めに繋がると思われたのでしょう。
それが三年前のこと。けれど一晩で全ては覆ってしまいました。
 
「貴様のような豚と添い遂げるなど、死んでも御免だ」
 
豚――殿下の言葉が聞こえた者達から、小さな笑い声が聞こえてきます。
 
一年ほど前、体調を崩したのをきっかけに、私の体は変わってしまいました。
体が重だるく、頭が痛い。天気が悪い日は耳鳴りがする。そして一番は体型の変化。
 
不調が少し回復すると、次に体がブクブクと太り始めました。もちろん顔も。手も足もお腹も膨らんで、これまで着ていた服は着れなくなりました。そして瞼の肉の重みで目が細くなり、頬の膨らみで鼻の高さも分からなくなりました。
 
私の容姿を気に入っていた殿下は、今の私を大層嫌がりました。
 
「そのパンパンに腫れて首との境のない顔も、流行りのドレスも似合わない太ましい体も目障りだ!!」
 
眩いものでも見るように私を見ていた殿下の瞳は、今では腐った汚物でも見るように冷淡なものに変わりました。
 
「みっともない姿を晒して恥ずかしくはないのか?民からの血税で贅沢をして浅ましい。そのような女を王室に迎えるなど言語道断だ!」
 
一言言わせてもらえるのであれば、私の食事量は不調の前に比べて随分と減りました。食事をすると体がだるくなり、気分が悪くなるからです。食は細くなる一方で、決して贅沢など致してはおりません。
 
殿下の言葉に乗るようにして、私を嗤う声が聞こえてきます。
 
「本当にみっともないわね。メイドのマッサージの腕が悪いのかしら?」
「コックの腕も知れてるわね」
「ご両親もお可哀想に」
「あら。娘の躾も出来ない、使用人も無能なのは、当主の器量が足りないからでしょう」
 
侍女やコック達も、私が元の姿に戻れるように努力してくれました。評判の痩身マッサージやお茶を探して、一緒に頑張ってきたのです。
 
ですが、残念ながら私が元の体型に戻ることはありませんでした。両親が呼んでくれたお医者様達も原因不明も首を傾げるばかりでした。
 
大切な両親と使用人達を貶され、涙が零れそうになるのをグッと堪えました。
 
結局、求められるのは結果なのです。確かに過程は重要ですが、人々の上に立つ者として模範になろうとするなら、やはり目に見えるものを示す必要があります。
 
国王陛下の御前で行われた婚約破棄。咎める者どころか止める者もいない。きっと私との婚約破棄は王家が認めたものなのです。
 
一緒に会場に来た両親は陛下に呼び出されたはずなのに、開会されても戻ってくる様子もありません。
恐らくこの余興の為に足止めを食らっているのでしょう。
 
「婚約破棄について、確かに承りました」
 
頭を下げて、私は大広間を退出しました。早く馬車に戻り、タウンハウスに戻りたかった。
 
久しぶりに着飾ったのと衆目を集めたせいか、体がいつも以上に重くて辛いです。頭痛と吐き気を抑えながら、足を動かしました。

私の後ろでは、再び優雅な音楽が聞こえ始めます。惨めな娘を甚振る余興は終わり、また日常に戻っていくのでしょう。
 
我慢していた涙が、今度こそ頬を伝って落ちてきました。
 
何故、このようなことになったのでしょう。
『妖精姫』と持て囃されて、いつの間にか調子に乗っていたのでしょうか?
太っている方を心のどこかで、嘲笑っていたのでしょうか?
だから神様は私に罰を与えたのでしょうか?
 
私の心が醜いというのなら悔い改めます。ですからどうか、私の大切な人達が悲しまないようにしてください。
 心の中で神へ祈りを捧げる間も、頭痛は止まず、ついには耳鳴りまでしてきて立っていられなくなりました。
 
私の思い通りにならない私の体が恨めしい。このまま死んでしまうのだろうと思いながら、私は目を閉じました。
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