上 下
1 / 14

青天の霹靂

しおりを挟む



『あー!!やだやだ!性格悪い男って最低!』



突然投げつけられた罵倒に、私は驚きに目を見張った。

私の名はテオフィル・ド・アジュール。穏やかな昼下がり、私は王宮の庭で婚約者であるナタリー・ド・ブランシュと共に過ごしていた。この場には婚約者であるナタリーと数人の使用人しかいないはずだった。

そうだというのに、一瞬の隙を突いて私の前に16、7歳くらいの平民のような身なりをした女が現れたのだ。女は不躾にもテーブルに手をついて私を見下ろしてくる。

『せっかくのティータイムだっていうのに辛気臭い顔しちゃって、鬱陶しいったらありゃしない。美味しいお茶もお菓子も、アンタの顔のせいで不味くなるわ』

幻かと思ったが、更に続いた侮辱の言葉に私は椅子から立ち上がって女から距離を取った。

「テオフィル殿下?」
「何を平然としているのだ!君には見えないのか?」
「仰っている意味が……」

目の前に不審者がいるというのに、ナタリーは私を見上げて首を傾げるばかりで動こうともしない。それどころか侍従達まで不審げに私を見る始末。

『不審者がいたら、そりゃあ逃げるわよね。でも、仮に危険が迫っているのなら、か弱い女性を庇うとかそういうこと出来ないわけ?全く情けないったら無いわね』

女は私を心底軽蔑した表情で罵詈雑言を言い続ける。

『それにしても、茶会の主催者の癖にアンタの態度は何?婚約者が場を盛り上げようと一生懸命話を振ってくれてるのに、面白くも無さそうに生返事ばっかり。自分が王族で、相手が臣下だからって舐めてんの?』

立て板に水のごとく暴言は止まらない。

『最近の流行なんてどうでも良いし、お菓子の話題なんて頭の弱い話はしたくないって?何様のつもりよ?あぁ、王子様って?女一人笑顔にさせられないくせに調子に乗ってんじゃないわよ!!』

女は私が王族であることを知っているようだった。にも関わらず、王族を罵倒するなど正気ではない。これまで注意されることはあっても傅かれて生きて来た私は、言い返すこともできず、身が竦んで動くことが出来なかった。

『あら、だんまり?本当に情けない。弱い者にしか強く出れないなんて男の風上にも置けないわね』

追及の手が緩むことはなく、私はすっかり参ってしまった。

「殿下、大丈夫ですか?御顔が真っ青だわ。今日はもうお休みになった方がよろしいかと思います。そこの貴方は、御医者様を手配して頂戴」

見知らぬ女には気づかないものの、私の尋常でない様子を見て慌てたナタリーや侍従達が動き出す。
ナタリーは常々気の回らない女だと思っていたが、今回ばかりは助かった。そうして茶会はお開きとなり、私は侍従達に抱えられるようにして部屋に戻った。医者やら何やらに騒がれたものの、特に問題はなく、過労ということで私は明日の予定までキャンセルして休むことになったのだった。

使用人達も部屋から下がり、誰もいなくなった部屋でようやく人心地がつく。
先程の『アレ』は何だったのだろうかと考えながら、用意されていた香草茶を一口飲む。


『安心したところで悪いけど、逃げられると思ったら大間違いよ』


再び姿を現した女に驚き過ぎて、私は口に含んだものを噴き出した。取り落としたティーカップがソーサーにぶつかり、ガチャンと不快な音を立てる。

「なッ――!」
「殿下!大丈夫ですか!!」

女を誰何する前に、部屋の外に控えた護衛達が雪崩れ込んでくる。しかし、彼らも私の目の前にいる女に気づくことはない。見えないものを言及したところで、私自身の精神を疑われるだけなので口を噤むしかない。

『そういえば部屋の外じゃ、アンタが勝手に体調不良になったせいで責任を誰が取るのか騒ぎになってるわよ』
「――ッ!?」
『今日はそれなりに日差しも強かったし、日除け係辺りが無難かしらね』

医者の見立てでは毒の混入ではないと分かっている。何より、私は女を見て驚いて挙動不審になったのであって、決して霍乱したのではない。だが、高位の人間が不調になれば、責任の所在を問われることはままあることだ。そして今回の場合は、女の言う通り日除け係の侍従が“適任”であろう。

「何でもない。どうやら昨夜、読書に夢中になり過ぎたせいで睡眠が足りなかったようだ」
「左様でございますか」
「あぁ。私が至らぬばかりですまない。従者達にも気に病むなと伝えてくれ」

暗に従者達に責任を問わないと言えば、今回は問題にされることはないだろう。女の言葉を真に受けたつもりは無いが、何のフォローも入れないでいて、明日の朝には誰かが解雇されていては目も当てられない。

「勿体ない御言葉でございます。ですが、殿下の御心遣いを侍従らは喜ぶことでしょう」

それから護衛は『夕食までのお時間、ゆっくりお休みください』と部屋を退出していった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

勘違い

ざっく
恋愛
貴族の学校で働くノエル。時々授業も受けつつ楽しく過ごしていた。 ある日、男性が話しかけてきて……。

【完結】やり直しですか? 王子はいらないんで爆走します。忙しすぎて辛い(泣)

との
恋愛
目覚めたら7歳に戻ってる。 今度こそ幸せになるぞ! と、生活改善してて気付きました。 ヤバいです。肝心な事を忘れて、  「林檎一切れゲットー」 なんて喜んでたなんて。 本気で頑張ります。ぐっ、負けないもん ぶっ飛んだ行動力で突っ走る主人公。 「わしはメイドじゃねえですが」 「そうね、メイドには見えないわね」  ふふっと笑ったロクサーナは上機嫌で、庭師の心配などどこ吹く風。 ーーーーーー タイトル改変しました。 ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...