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破滅の王子 (フリーダ視点)

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突然、茂みの中からガサガサという音が聞こえてきた。二人がその音に目を向けると、茂みから一人の男が現れた。

「誰だ、その男は!!」

それがサディアス王子であることに、フリーダとジンフイ王子は一瞬で気が付いた。彼の顔は紅潮し、目には怒りが燃え盛っている。

上等な服を身にまとっていたが、手入れがされておらず、くたびれた様子が伺える。その姿からは、かつての威厳が失われ、自分の宮から出ることも許されず、使用人たちからの世話も疎かにされている現状が透けて見えた。

フリーダは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、冷ややかに彼を見つめた。
ジンフイ王子が一歩前に出て、フリーダの前に進み出た。彼の落ち着いた態度と鋭い目線が、サディアス王子の怒りを更に煽った。

「フリーダ!!お前は私の婚約者だろう!他の男と通じるとは何事だ!!」

サディアス王子の言葉に、フリーダは冷たく答えた。

「ジンフイ殿下は鬼燈国の王子です。この国を立て直すためにいらしてくれたのです。失礼な態度を取るのはお止めください」

サディアス王子はその言葉にさらに怒りを募らせた。

「そんな奴は必要無いだろう!お前とアイヴァンがいればやり直せる!」

フリーダの目に鋭い光が宿り、彼女は一歩前に出た。

「兄は戻って来ません。殿下の御望み通り、リンレイ王女と仲睦まじく暮らしておりますので」
「恩知らずめ!私のために働かせてやったというのに、あの裏切り者がッ!!」

サディアス王子は怒りに満ちた声で叫んだ後、態度を一変させ、フリーダに向かって縋りつくように言った。

「だが、お前は戻って来てくれたんだな……」

彼は顔を輝かせながら、フリーダに近づいてきた。彼の目は期待に満ちており、表情には喜びが溢れていた。王子はフリーダが自分を助けに戻ってきたと勘違いしているようだった。

「何を仰っているのかしら?」

フリーダは冷たい目で彼を見下ろし、声には一片の同情も含まれていなかった。

「私を助けに戻って来たんだろう?君なら私を救ってくれるはずだ」

まるで自分たちを奴隷のように使ったことを忘れたかのような口ぶりに、フリーダは軽蔑の色を隠さなかった。

「殿下、私は貴方のために戻って来たのではありません」
「そんな……君は私を見捨てるのか?あんなに助けてくれていたじゃないか!?」

サディアス王子の声は震えていた。彼の目は期待から焦りと絶望に塗り替えられていく。

「助ける?貴方が私や兄をどう扱ってきたか、忘れたとでも思っていらっしゃるの?」

フリーダは毅然とした口調で明確な拒否を示した。
打ちのめされたようにサディアス王子は肩を落とし、膝をついた。彼の目からは涙が零れ落ちる。

「フリーダ、過去の過ちは認める。でも、今は反省している。全てを水に流して、もう一度私を助けてくれ」

サディアス王子はフリーダの足元に這いつくばりながら、哀願の声を上げる。

「お願いだ!お前だけが私を救えるんだ!お前がいなければ、私は全てを失ってしまう!」

その姿を見て、フリーダは心底からの怒りを感じた。彼がこんなにも惨めな姿を晒すことになっているのは、彼自身の行動の結果だというのに。

「私たちに全てを捨てさせ、追い出したくせに!今更私に助けを求めるなんて、虫のいい話をしないで!!」

サディアス王子の目に一瞬、怒りの色が浮かんだ。彼は立ち上がり、フリーダに掴みかかろうとしたが、その瞬間、ジンフイ王子が素早く彼の腕を掴んだ。

「これ以上愚かな真似をするな。自分を貶めるだけだと分からないのか?」

その時、サディアス王子を探しに来たであろう衛兵たちが現れた。
彼らはジンフイ王子に取り押さえられたサディアス王子の姿を見て驚愕の表情を浮かべた。くたびれているとはいえ健康な姿を見せたら、謹慎を病気療養と偽る国王の計画が台無しになってしまう。

しかし、どう取り繕うべきかも分からず、彼らは立ち尽くすばかりだった。

「不審者が紛れ込んだようだ」

ジンフイ王子が衛兵たちに声をかけると、居た堪れない様子でサディアス王子を引き取っていった。
彼はあえてサディアス王子だと名指ししなかった。沈黙を守ることで、鬼燈国にとって有利な立場を手に入れるカードを手に入れたのである。

親善訪問の際の、高慢で独善的な振る舞いは見る影もなく、情けない後姿を見送ったジンフイ王子は、ふと隣にいるフリーダの手が震えていることに気づいた。

「フリーダ、大丈夫か?」

彼は優しく尋ねた。青い顔をしたフリーダは深く息を吸い込み、震えを抑えながら微笑んだ。

「大丈夫よ。少し感情的になったみたい……。でも、これで区切りがついた気がするの」

フリーダの言葉にジンフイ王子は頷き、そっと彼女を見守る。

「お兄様なら許してしまったかもしれない……。でも、私は鬼燈国で幸せに暮らすお兄様の邪魔だけはさせたくはなかった……」

アイヴァンは情の厚い人間であった。彼が祖国ヴェリアスタの窮状を聞けば、非情な判断はできないかもしれない。これ以上、兄に苦渋の決断を迫りたくはなかった。

そうならないようにヴェリアスタからの使者が来ると分かった時点で、彼を地方への視察に行くように図らったのはフリーダ自身であった。

鬼燈国で暮らすアイヴァンの姿を思い浮かべた。

兄は鬼燈国の宮廷では、人々と楽しそうに語らい、生き生きと仕事をしている。彼の笑顔は自然で、人々との会話も心から楽しんでいるように見えた。その誠実な人柄と正確な実務能力で周囲の信頼を勝ち取り、兄の存在は鬼燈国にとって欠かせないものとなっていた。

妻となったリンレイ王女とも仲睦まじく、本当に幸せそうなのだ。その姿を思い出すだけで心が温かくなる。人として当たり前の生活を送る兄の姿に、フリーダもまた力をもらえたような気がするのだ。

「お兄様の幸せが、私にとって一番の喜びよ。だから、あの人たちに二度とお兄様の邪魔をさせない」

フリーダの決意に満ちた言葉に、ジンフイ王子は感心しながら微笑んだ。

「君のその思い、アイヴァンもきっと理解してくれるだろう。でも、彼に叱られる時は私も一緒に叱られる覚悟だよ」

フリーダは笑みを浮かべながら頷いた。

「ありがとう。じゃあ二人で叱られましょう。きっと怖さも半分ね」

そして、彼らはヴェリアスタを立て直すための新たな挑戦に向けて、静かに決意を新たにしたのだった。
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