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新天地へ
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書斎から少し離れると、アイヴァンはフリーダに小声で話しかける。
「フリーダ。私たちはもうヴェリアスタには戻れない。だから、本当に大切なものは必ず持っていくように。何があっても後悔しないように」
フリーダは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで頷いた。
「持っていくものはありません。お兄様がいればそれで良いのです。お兄様がこの国に使い潰されなくて良かった。それが何よりです」
その言葉にアイヴァンは驚くと同時に、胸が熱くなった。妹が自分を思いやってくれるその気持ちが、今までの辛い思いを少しだけ和らげてくれるように感じた。
「フリーダ……ありがとう」
フリーダは更に微笑みを深め、アイヴァンの手を握った。
「新しい土地で頑張りましょう、お兄様。鬼燈国は友好国ですし、リンレイ王女殿下も素晴らしい方だと仰っていたではありませんか。二人で力を合わせれば、どんな困難にも乗り越えられます」
「そうだな。二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられるはずだ」
アイヴァンも頷き、フリーダの手をしっかりと握り返した。小さく細い手ではあったが頼もしく感じられた。
妹の前向きな言葉に喜びを感じながらも、アイヴァンの心には恐怖が渦巻いていた。
鬼燈国に行くことはスズとの接触を意味していた。彼女への感情が抑えきれなくなったらどうなるのか。リンレイ王女の婿として鬼燈国へ向かうというのに、妻となる人を裏切るような真似は決して許されない。何より父親のようにはなりたくない。自分の弱さが露呈するのが怖かった。
翌日――出発に相応しく、空は青く澄み渡り、穏やかな日差しが広場を照らしていた。多くの観衆が集まり、鬼燈国の使節団の帰国を見送る為の式典が行われていた。
アイヴァンとフリーダは出発の準備を整え、最後の挨拶のためにヴェリアスタ国王の前に立っていた。
国王夫妻、サディアス王子、そしてその他の貴族たちが並び、見送りの場を彩っていた。アイヴァンはリンレイ王女の隣に立ち、フリーダはその後ろに控えている。彼の心は緊張と不安でいっぱいだったが、冷静な表情を保っていた。
国王が一歩前に進み、見送りの言葉を口にする。
「リンレイ王女殿下、そして御一考の安全を心からお祈りいたします。この親善訪問がヴェリアスタと鬼燈国の友好関係を更に強固にすることを期待しています」
リンレイ王女も優雅に礼をし、国王に応えた。
「陛下、ヴェリアスタの温かいおもてなしに心から感謝しております。父である国王にもヴェリアスタからの御厚情をよくよく伝えておきます」
その後、アイヴァンも深く頭を下げ、フリーダもそれに倣う。国王はアイヴァンとフリーダに目を向け、それぞれに激励の言葉をかけた。
「アイヴァン、王女殿下の伴侶として彼女を支え、両国の友好の懸け橋となって欲しい」
国王はアイヴァンに向かって微笑みながら言った。続いて国王はフリーダに目を向ける。
「フリーダ。鬼燈国で多くを学び、ヴェリアスタに帰ってきて欲しい。そなたの成長を楽しみにしている」
ヴェリアスタ王国現国王は人品卑しからぬ人物であり、その温かい言葉には真心が感じられる。しかし、彼は王妃やサディアス王子の性根を見抜ける人間ではなかった。信じやすいが故に、周囲の者たちの計略に気づかないことが多いようだった。アイヴァンとフリーダは、国王の優しさがかえって悲しいものに感じられた。
式典が終わり、ついに出発の時が来た。
アイヴァンとフリーダ、そしてリンレイ王女一行は整然と並び、馬車に向かって歩き始めた。アイヴァンはリンレイ王女のエスコートを務め、彼女の手を取った。
ふと、アイヴァンは手袋越しに感じるリンレイ王女の手の感触に違和感を覚えた。思ったよりも力強く、しっかりした手だった。王女は見た目に反して、意外なほどの筋力を持っているのかもしれない。彼は一瞬その違和感を心に留めたが、すぐにその疑問を頭の片隅へと追いやった。
馬車にリンレイ王女、アイヴァンが乗り込む。リンレイ王女が優雅に腰を下ろし、その向かいにアイヴァンが座る。アイヴァンの心は緊張と不安でいっぱいだったが、冷静な表情を保っていた。フリーダは別の馬車に乗り込み、行列は出発した。
「出発いたします」
御者の声が響き、馬車は静かに動き出した。リンレイ王女は窓越しに外の光景を見つめ、手を振る。その姿を見て、アイヴァンも民衆に向けて手を振った。歓声と拍手に包まれる中、アイヴァンはふと遠くにエセルらしき女性の姿を見つけた。彼女は一人立ち尽くし、静かにこちらを見つめているようだった。
アイヴァンの中に一瞬、舞踏会の夜の記憶が蘇る。あの時、エセルが言いかけていた言葉、そしてその瞳に宿っていた感情。ずっと邪険にしてきた彼女が、何故あの時だけは違う態度を見せたのか。今更ながら、その意味が気になって仕方がない。
(だが、もう遅い……)
アイヴァンは目の前の現実に戻り、深く息を吸った。
馬車は穏やかに揺れながら、徐々に王都の景色を後ろに流していく。いくつもの懸念はあれど、今は新しい未来に向き合わなければならないと自分に言い聞かせる。
「フリーダ。私たちはもうヴェリアスタには戻れない。だから、本当に大切なものは必ず持っていくように。何があっても後悔しないように」
フリーダは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで頷いた。
「持っていくものはありません。お兄様がいればそれで良いのです。お兄様がこの国に使い潰されなくて良かった。それが何よりです」
その言葉にアイヴァンは驚くと同時に、胸が熱くなった。妹が自分を思いやってくれるその気持ちが、今までの辛い思いを少しだけ和らげてくれるように感じた。
「フリーダ……ありがとう」
フリーダは更に微笑みを深め、アイヴァンの手を握った。
「新しい土地で頑張りましょう、お兄様。鬼燈国は友好国ですし、リンレイ王女殿下も素晴らしい方だと仰っていたではありませんか。二人で力を合わせれば、どんな困難にも乗り越えられます」
「そうだな。二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられるはずだ」
アイヴァンも頷き、フリーダの手をしっかりと握り返した。小さく細い手ではあったが頼もしく感じられた。
妹の前向きな言葉に喜びを感じながらも、アイヴァンの心には恐怖が渦巻いていた。
鬼燈国に行くことはスズとの接触を意味していた。彼女への感情が抑えきれなくなったらどうなるのか。リンレイ王女の婿として鬼燈国へ向かうというのに、妻となる人を裏切るような真似は決して許されない。何より父親のようにはなりたくない。自分の弱さが露呈するのが怖かった。
翌日――出発に相応しく、空は青く澄み渡り、穏やかな日差しが広場を照らしていた。多くの観衆が集まり、鬼燈国の使節団の帰国を見送る為の式典が行われていた。
アイヴァンとフリーダは出発の準備を整え、最後の挨拶のためにヴェリアスタ国王の前に立っていた。
国王夫妻、サディアス王子、そしてその他の貴族たちが並び、見送りの場を彩っていた。アイヴァンはリンレイ王女の隣に立ち、フリーダはその後ろに控えている。彼の心は緊張と不安でいっぱいだったが、冷静な表情を保っていた。
国王が一歩前に進み、見送りの言葉を口にする。
「リンレイ王女殿下、そして御一考の安全を心からお祈りいたします。この親善訪問がヴェリアスタと鬼燈国の友好関係を更に強固にすることを期待しています」
リンレイ王女も優雅に礼をし、国王に応えた。
「陛下、ヴェリアスタの温かいおもてなしに心から感謝しております。父である国王にもヴェリアスタからの御厚情をよくよく伝えておきます」
その後、アイヴァンも深く頭を下げ、フリーダもそれに倣う。国王はアイヴァンとフリーダに目を向け、それぞれに激励の言葉をかけた。
「アイヴァン、王女殿下の伴侶として彼女を支え、両国の友好の懸け橋となって欲しい」
国王はアイヴァンに向かって微笑みながら言った。続いて国王はフリーダに目を向ける。
「フリーダ。鬼燈国で多くを学び、ヴェリアスタに帰ってきて欲しい。そなたの成長を楽しみにしている」
ヴェリアスタ王国現国王は人品卑しからぬ人物であり、その温かい言葉には真心が感じられる。しかし、彼は王妃やサディアス王子の性根を見抜ける人間ではなかった。信じやすいが故に、周囲の者たちの計略に気づかないことが多いようだった。アイヴァンとフリーダは、国王の優しさがかえって悲しいものに感じられた。
式典が終わり、ついに出発の時が来た。
アイヴァンとフリーダ、そしてリンレイ王女一行は整然と並び、馬車に向かって歩き始めた。アイヴァンはリンレイ王女のエスコートを務め、彼女の手を取った。
ふと、アイヴァンは手袋越しに感じるリンレイ王女の手の感触に違和感を覚えた。思ったよりも力強く、しっかりした手だった。王女は見た目に反して、意外なほどの筋力を持っているのかもしれない。彼は一瞬その違和感を心に留めたが、すぐにその疑問を頭の片隅へと追いやった。
馬車にリンレイ王女、アイヴァンが乗り込む。リンレイ王女が優雅に腰を下ろし、その向かいにアイヴァンが座る。アイヴァンの心は緊張と不安でいっぱいだったが、冷静な表情を保っていた。フリーダは別の馬車に乗り込み、行列は出発した。
「出発いたします」
御者の声が響き、馬車は静かに動き出した。リンレイ王女は窓越しに外の光景を見つめ、手を振る。その姿を見て、アイヴァンも民衆に向けて手を振った。歓声と拍手に包まれる中、アイヴァンはふと遠くにエセルらしき女性の姿を見つけた。彼女は一人立ち尽くし、静かにこちらを見つめているようだった。
アイヴァンの中に一瞬、舞踏会の夜の記憶が蘇る。あの時、エセルが言いかけていた言葉、そしてその瞳に宿っていた感情。ずっと邪険にしてきた彼女が、何故あの時だけは違う態度を見せたのか。今更ながら、その意味が気になって仕方がない。
(だが、もう遅い……)
アイヴァンは目の前の現実に戻り、深く息を吸った。
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