4 / 9
舞踏会 Ⅱ
しおりを挟む
「あとは?」
それまで口を開かなかった王妃殿下が私達に声を掛けてきた。
「その程度のことでエヴァンジェリンが侯爵家を出るとは思えません。そのような理不尽な理由で追い出されるというのなら、王宮を頼ったことでしょう。婚約解消の話の他にも何か言ったのではありませんか?」
侯爵はやはり原因は、私との婚約が破棄された以外に理由は浮かばないと言い、そうして順番が回ってきた私は一つだけ思い当たるものがあった。
「ダルシニアが、エヴァンジェリンの耳飾りが欲しいと。私は妹が欲しいというのなら譲ってやるのが姉であろうと諭したのです」
美しい意匠の耳飾りだった。それに他の耳飾りに比べて、エヴァンジェリンはよく身に着けていたように思う。だからこそ、姉との距離を縮める為に欲しがるものにピッタリだと私も思ったのだ。
「まぁ、何て卑しい」
「え?」
王妃殿下も分かってくださると思ったのに、冷たい眼差しで見下された。
「耳飾りが欲しいのなら、父親に言えば良いでしょう。義姉の宝石箱から奪おうと企むなんて。その方法も義姉の婚約者に泣きついて奪おうなどと、卑しい上に意地の悪い娘だこと」
「し、しかし、ダルシニアは距離を縮める切っ掛けに欲しいと願ったのです」
「嫌だと断ったのでしょう?それを強制するなんて仲良くなれるはずがないじゃない」
それを言われると反論できない。
「侯爵家は耳飾りの一つ買ってやれないほど貧しいのかしら?それともエヴァンジェリンが持っていたものが他に類を見ないほど素晴らしいものだったのかしら?」
「エヴァンジェリンが持っていた青と紫の銀細工の耳飾りでした」
「何だとッ!?」
「何ですって!!」
父上と王妃殿下は私が耳飾りの特徴を伝えると、玉座から飛び上がるように立ち上がった。王妃殿下に至ってはキッと強く睨みつけられ、そのように憎しみを向けられたことがなかったので驚きを隠せない。
「侯爵!!あの耳飾りが一体どんなものか分かっていて譲るように言わせたの!?」
しかし、やはり侯爵は思い至らないようで首を傾げるばかり。正直に言って、こんな男が私の後見というのは不安しか残らない。
「あれは今は亡き第二王子がエヴァンジェリンへ婚約の前約束に贈った耳飾りではないか」
スティーヴンとエヴァンジェリンが婚約?そんな話は知らない。しかし、耳飾りを贈った弟は銀髪に紫色の瞳をしていて、受け取ったエヴァンジェリンの瞳は青かった。
「元々、エヴァンジェリンはあの子と結婚させるつもりだったのです。とても仲が良く思い合っていましたからね。今でもあの子を忘れず思い出してくれる縁を奪おうなどと……」
「……エヴァンジェリンは、一言もそのようなことを言いはしませんでした」
「知らなければ、強請って物を貰って良いと言うの?それでは物乞いと同じだと、何故分からないのですか?」
王子たる私が物乞いなどと呼ばれる屈辱を、拳に爪を立てて堪える。
「仮にも侯爵家の娘が物乞いとは浅ましい」
「所詮は娼婦の娘だ。男に強請って欲しいものを奪うのは御得意だろうよ」
「そもそも侯爵の血を引いているかも怪しいがな」
「違いない」
下卑た笑い声がそこら中から聞こえてくる。ダルシニアがいなくて良かった。心優しいダルシニアが聞いていたら傷ついていただろう。
「スティーヴンがいなくなって、後ろ盾の乏しい貴方の為にと、この婚約を整えてやったというのに愚かな真似をしたものね」
「王妃殿下、私にはそのような意図はありませんでした!エヴァンジェリンとダルシニアが仲の良い姉妹になればと思っただけなのです。ただ、結果として勇み足を踏んでしまいましたが……」
「馬鹿馬鹿しい。卑しい物乞いではなく婚約者であるエヴァンジェリンを責めたのは、自分自身ではありませんか!浮気者の浅ましい性根が透けて見えるわ!汚らわしい!!」
いつも穏やかで慈愛溢れる国母として評判の王妃殿下の、これほどまでに嫌悪に満ちた顔を誰も見たことがなかった。
「不愉快です。今夜はもう下がらせていただくわ」
父や宰相が取り成そうとも王妃殿下は覆すことなく会場を後にした。
舞踏会は葬式のように静まり返り、すぐにお開きとなった。その夜の内に、私は父上と宰相からも話を聞かれ、叱責を受けた。まさか侯爵が娘を放逐するなどと夢にも思わなかったのだと言ったところで何の意味も成さない。
その後は言うまでもないだろう。私の周りからは潮が引くように人が離れていった。
エヴァンジェリンの放逐と私とダルシニアとの仲を揶揄した酷い噂が出回り、それを真に受けた愚かな者達は私から距離を置いたのだ。巷では王妃殿下は王弟の息子を引き取って立太子させるのではないかとまで言われるようになってしまっていた。
幸い、エヴァンジェリンとの婚約の解消について書面での手続きは何一つ行われていない。だから人をやって探させた。どうにかエヴァンジェリンを連れ戻せば、元に戻ると私は信じていたのだ。しかし、あの女の行方は杳として知れぬまま三ヶ月が過ぎようとしていた。そんな陰鬱な王宮に一人の青年が現れた。
それまで口を開かなかった王妃殿下が私達に声を掛けてきた。
「その程度のことでエヴァンジェリンが侯爵家を出るとは思えません。そのような理不尽な理由で追い出されるというのなら、王宮を頼ったことでしょう。婚約解消の話の他にも何か言ったのではありませんか?」
侯爵はやはり原因は、私との婚約が破棄された以外に理由は浮かばないと言い、そうして順番が回ってきた私は一つだけ思い当たるものがあった。
「ダルシニアが、エヴァンジェリンの耳飾りが欲しいと。私は妹が欲しいというのなら譲ってやるのが姉であろうと諭したのです」
美しい意匠の耳飾りだった。それに他の耳飾りに比べて、エヴァンジェリンはよく身に着けていたように思う。だからこそ、姉との距離を縮める為に欲しがるものにピッタリだと私も思ったのだ。
「まぁ、何て卑しい」
「え?」
王妃殿下も分かってくださると思ったのに、冷たい眼差しで見下された。
「耳飾りが欲しいのなら、父親に言えば良いでしょう。義姉の宝石箱から奪おうと企むなんて。その方法も義姉の婚約者に泣きついて奪おうなどと、卑しい上に意地の悪い娘だこと」
「し、しかし、ダルシニアは距離を縮める切っ掛けに欲しいと願ったのです」
「嫌だと断ったのでしょう?それを強制するなんて仲良くなれるはずがないじゃない」
それを言われると反論できない。
「侯爵家は耳飾りの一つ買ってやれないほど貧しいのかしら?それともエヴァンジェリンが持っていたものが他に類を見ないほど素晴らしいものだったのかしら?」
「エヴァンジェリンが持っていた青と紫の銀細工の耳飾りでした」
「何だとッ!?」
「何ですって!!」
父上と王妃殿下は私が耳飾りの特徴を伝えると、玉座から飛び上がるように立ち上がった。王妃殿下に至ってはキッと強く睨みつけられ、そのように憎しみを向けられたことがなかったので驚きを隠せない。
「侯爵!!あの耳飾りが一体どんなものか分かっていて譲るように言わせたの!?」
しかし、やはり侯爵は思い至らないようで首を傾げるばかり。正直に言って、こんな男が私の後見というのは不安しか残らない。
「あれは今は亡き第二王子がエヴァンジェリンへ婚約の前約束に贈った耳飾りではないか」
スティーヴンとエヴァンジェリンが婚約?そんな話は知らない。しかし、耳飾りを贈った弟は銀髪に紫色の瞳をしていて、受け取ったエヴァンジェリンの瞳は青かった。
「元々、エヴァンジェリンはあの子と結婚させるつもりだったのです。とても仲が良く思い合っていましたからね。今でもあの子を忘れず思い出してくれる縁を奪おうなどと……」
「……エヴァンジェリンは、一言もそのようなことを言いはしませんでした」
「知らなければ、強請って物を貰って良いと言うの?それでは物乞いと同じだと、何故分からないのですか?」
王子たる私が物乞いなどと呼ばれる屈辱を、拳に爪を立てて堪える。
「仮にも侯爵家の娘が物乞いとは浅ましい」
「所詮は娼婦の娘だ。男に強請って欲しいものを奪うのは御得意だろうよ」
「そもそも侯爵の血を引いているかも怪しいがな」
「違いない」
下卑た笑い声がそこら中から聞こえてくる。ダルシニアがいなくて良かった。心優しいダルシニアが聞いていたら傷ついていただろう。
「スティーヴンがいなくなって、後ろ盾の乏しい貴方の為にと、この婚約を整えてやったというのに愚かな真似をしたものね」
「王妃殿下、私にはそのような意図はありませんでした!エヴァンジェリンとダルシニアが仲の良い姉妹になればと思っただけなのです。ただ、結果として勇み足を踏んでしまいましたが……」
「馬鹿馬鹿しい。卑しい物乞いではなく婚約者であるエヴァンジェリンを責めたのは、自分自身ではありませんか!浮気者の浅ましい性根が透けて見えるわ!汚らわしい!!」
いつも穏やかで慈愛溢れる国母として評判の王妃殿下の、これほどまでに嫌悪に満ちた顔を誰も見たことがなかった。
「不愉快です。今夜はもう下がらせていただくわ」
父や宰相が取り成そうとも王妃殿下は覆すことなく会場を後にした。
舞踏会は葬式のように静まり返り、すぐにお開きとなった。その夜の内に、私は父上と宰相からも話を聞かれ、叱責を受けた。まさか侯爵が娘を放逐するなどと夢にも思わなかったのだと言ったところで何の意味も成さない。
その後は言うまでもないだろう。私の周りからは潮が引くように人が離れていった。
エヴァンジェリンの放逐と私とダルシニアとの仲を揶揄した酷い噂が出回り、それを真に受けた愚かな者達は私から距離を置いたのだ。巷では王妃殿下は王弟の息子を引き取って立太子させるのではないかとまで言われるようになってしまっていた。
幸い、エヴァンジェリンとの婚約の解消について書面での手続きは何一つ行われていない。だから人をやって探させた。どうにかエヴァンジェリンを連れ戻せば、元に戻ると私は信じていたのだ。しかし、あの女の行方は杳として知れぬまま三ヶ月が過ぎようとしていた。そんな陰鬱な王宮に一人の青年が現れた。
196
お気に入りに追加
4,382
あなたにおすすめの小説
ざまぁ?………………いや、そんなつもりなかったんですけど…(あれ?おかしいな)
きんのたまご
恋愛
婚約破棄されました!
でも真実の愛で結ばれたおふたりを応援しておりますので気持ちはとても清々しいです。
……でも私がおふたりの事をよく思っていないと誤解されているようなのでおふたりがどれだけ愛し合っているかを私が皆様に教えて差し上げますわ!
そして私がどれだけ喜んでいるのかを。
双子の妹は私から全てを奪う予定でいたらしい
佐倉ミズキ
恋愛
双子の妹リリアナは小さい頃から私のものを奪っていった。
お人形に靴、ドレスにアクセサリー、そして婚約者の侯爵家のエリオットまで…。
しかし、私がやっと結婚を決めたとき、リリアナは激怒した。
「どういうことなのこれは!」
そう、私の新しい婚約者は……。
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
新妻よりも幼馴染の居候を優先するって、嘗めてます?
章槻雅希
恋愛
よくある幼馴染の居候令嬢とそれに甘い夫、それに悩む新妻のオムニバス。
何事にも幼馴染を優先する夫にブチ切れた妻は反撃する。
パターンA:そもそも婚約が成り立たなくなる
パターンB:幼馴染居候ざまぁ、旦那は改心して一応ハッピーエンド
パターンC:旦那ざまぁ、幼馴染居候改心で女性陣ハッピーエンド
なお、反撃前の幼馴染エピソードはこれまでに読んだ複数の他作者様方の作品に影響を受けたテンプレ的展開となっています。※パターンBは他作者様の作品にあまりに似ているため修正しました。
数々の幼馴染居候の話を読んで、イラついて書いてしまった。2時間クオリティ。
面白いんですけどね! 面白いから幼馴染や夫にイライラしてしまうわけだし!
ざまぁが待ちきれないので書いてしまいました(;^_^A
『小説家になろう』『アルファポリス』『pixiv』に重複投稿。
妹は私から奪った気でいますが、墓穴を掘っただけでした。私は溺愛されました。どっちがバカかなぁ~?
百谷シカ
恋愛
「お姉様はバカよ! 女なら愛される努力をしなくちゃ♪」
妹のアラベラが私を高らかに嘲笑った。
私はカーニー伯爵令嬢ヒラリー・コンシダイン。
「殿方に口答えするなんて言語道断! ただ可愛く笑っていればいいの!!」
ぶりっ子の妹は、実はこんな女。
私は口答えを理由に婚約を破棄されて、妹が私の元婚約者と結婚する。
「本当は悔しいくせに! 素直に泣いたらぁ~?」
「いえ。そんなくだらない理由で乗り換える殿方なんて願い下げよ」
「はあっ!? そういうところが淑女失格なのよ? バーカ」
淑女失格の烙印を捺された私は、寄宿学校へとぶち込まれた。
そこで出会った哲学の教授アルジャノン・クロフト氏。
彼は婚約者に裏切られ学問一筋の人生を選んだドウェイン伯爵その人だった。
「ヒラリー……君こそが人生の答えだ!!」
「えっ?」
で、惚れられてしまったのですが。
その頃、既に転落し始めていた妹の噂が届く。
あー、ほら。言わんこっちゃない。
婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に
柚木ゆず
恋愛
※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。
伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。
ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。
そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。
そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。
「そう。どうぞご自由に」
妹と再婚約?殿下ありがとうございます!
八つ刻
恋愛
第一王子と侯爵令嬢は婚約を白紙撤回することにした。
第一王子が侯爵令嬢の妹と真実の愛を見つけてしまったからだ。
「彼女のことは私に任せろ」
殿下!言質は取りましたからね!妹を宜しくお願いします!
令嬢は妹を王子に丸投げし、自分は家族と平穏な幸せを手に入れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる