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テクタイト侯爵家02 『更に長引く義弟の婚約期間』
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オーア王国第一王子の結婚――本来、盛大に行われるはずだったそれは、想像よりも質素だったと言わざるを得ない。現国王が王太子時代に後に王妃となる妃を迎えた時など、沿道を埋め尽くすようなパレードが催され、大聖堂での挙式などそれはもう厳かで華やかだったと参列した人々は懐かしんでいた。
対して、この度の婚姻の儀といえば、挙式もパレードもあったが、貴族からの参列者は少なく、花嫁の衣装も王妃殿下がお召しになったものよりも見劣りしていたという話だ。その後の舞踏会にヘンリエッタも参加したが、王子妃となったレイチェルは、以前から取り沙汰されていた明け透けな物言いに貴婦人達からは嫌厭され、男性からも親世代以上からは眉を寄せられる始末であった。
ますますスチュワートを第一王子夫妻から引き離し、メイベルと結婚させなければと意気込むのだが、スチュワートは騎士団の寮に住み着いて実家になど帰ってきやしない。
婚家と常識に板挟みになる日々を送りながら、ヘンリエッタは第一子を出産した。男の子だった。これでスチュワートの利用価値など婿入り以外になくなったなと頭の片隅で思う。
「ご出産おめでとうございます、姉上」
実家のグランディディエライト子爵家から年の離れた末弟が出産を祝いにやって来た。
「すみません。父上達は忙しくて……」
「いいのよ。お父様は商談があるでしょうし、お母様とお兄様はお義姉様の出産が控えているしね」
相変わらず実家は忙しいようで、折しも長男の嫁の出産も重なってしまい、手が空いていたのは三男・エドワードだけだったのだろう。ちなみに次男は父や兄に代わって現地に取引にいっていて、国外へ出ている。義両親も夫も時勢は読めないが善人で、初孫に喜んでヘンリエッタを大事にしてくれるので心細くはなかった。
産まれたばかりの赤子を乳母に預け、弟としばらくぶりにゆっくりとお茶をすることにした。
「学院はどう?」
「はい。第三王子殿下と同じクラスになりまして、よくお声を掛けていただいています」
「まぁ!凄いじゃない!」
同じクラスとはいえ子爵家の人間に声を掛けるなんて、第三王子ジャスティン殿下は中々に気さくな人間なのかもしれない。
「御婚約者でいらっしゃるラズライト伯爵令嬢ともお話する機会をいただいて……」
「ちょっと、それは大丈夫なの?」
ユージーン殿下とレイチェル、そしてスチュワートを彷彿させる関係性に、ヘンリエッタは蒼褪めたのだが、エドワードは笑って返した。
「姉上の心配は分かりますが大丈夫です。僕も自分の立場を弁えていますし、そもそもジャスティン殿下もラズライト伯爵令嬢も“同じ過ち”を繰り返さないように注意していらっしゃいますから」
年若い者達にも『過ち』と言わせてしまうのだから、あの事件の影響は凄まじいものである。
「ラズライト伯爵は、今は遠方のアルテに滞在しているとかで、そちらで買い付けた品で近々展覧会とオークションを行おうと計画されているようですよ」
「面白いわね。その話にうちの商会も噛ませてもらえるようにお願いできないかしら?」
「分かっています。ラズライト伯爵令嬢もうちの商会を利用しようと話を振ったのでしょう」
ラズライト伯爵は王宮での役には就いていないが、各地を旅して回り、独自の人脈を頼りに交易路を開拓していく稀代の外交家である。かつて外務大臣であったギベオン公爵も一目置いていて、グランディディエライト子爵家も随分と恩恵を与っていた。
展示品が芸術の都と名高いアルテのものだと分かれば、さぞ客足も伸びることだろう。想像するだけで心が躍るような気持ちになるのは、自分が根っからの商人気質なのだろうとヘンリエッタは思う。
「良いわねぇ。面白そう」
「姉上もこちらの家でも中々のご活躍と聞いていますよ」
「まぁ、やり甲斐がないとは言わないけどねぇ……」
スチュワートとメイベルが事業提携で婚約しているように、ヘンリエッタも事情があって嫁いで来ている。金勘定が苦手なテクタイト侯爵家は、自分達が損をしないように頭の切れる娘を嫁に欲しがったのだ。高位貴族とお近づきになれる上に、公共事業に口を挟めるとあって、ヘンリエッタ達の両親も喜んで娘を送り込んだのだった。
「今のところお金を儲けるというよりは、損をしない為に根回しをするくらいだから、何だか盛り上がりに欠けるのよね」
「強欲な姉上らしいですよ」
本格的に行動を起こすには、あと一人か二人子供を産んで、次期当主の妻としての立場を確固なものとしてからだろう。今の内にできることは義両親や夫から、より深く信頼を寄せてもらうように振る舞いつつ、使用人や屋敷に出入りする人間の心をつかむことだろうと考えている。
「奥様……」
慌てた様子のメイドがやって来て、エドワードに聞こえないように耳打ちする。
「……またスチュワートさんは不在ですって?」
今日は月初めの安息日。約束通り、メイベルがスチュワートを訪ねてやって来る日なのに、当の本人は不在で、どうしようかとヘンリエッタに確認に来たのである。流石に毎回毎回同じことが起きれば、使用人達であってもマズいことは分かるはずだ。本来であればスチュワートの方が頭を下げてオニキス伯爵家を訪問するべきなのだ。メイベルが許していることが、スチュワートがメイベルは自分を好きだと勘違いさせ、傲慢な態度を助長させているのである。
「仕方ないわね。メイベル様をこちらに呼んでくださる?」
「分かりました」
何故義弟の尻ぬぐいなどしなければならないのか。
「僕は帰りましょうか?」
「いえ、ちょっと私も久しぶりに他家の方とお話するのは疲れるから、貴方も手伝ってちょうだい」
いくら乳母や使用人がいるからといっても、赤子の世話を自分でもしているので、外に出かけることもない。話すことも身内の話ばかりになってしまって、気の利いた話ができないかもしれないと、ヘンリエッタは弟を引き止めたのである。
「女性は苦手なんですからね。貸しですよ、姉上」
「あら。お客様には愛想がいいお前が?」
「僕の笑顔には金銭が伴うんですよ」
「馬鹿なことを言って……」
軽口を叩き合っている間に、メイベルはやって来たのだった。
対して、この度の婚姻の儀といえば、挙式もパレードもあったが、貴族からの参列者は少なく、花嫁の衣装も王妃殿下がお召しになったものよりも見劣りしていたという話だ。その後の舞踏会にヘンリエッタも参加したが、王子妃となったレイチェルは、以前から取り沙汰されていた明け透けな物言いに貴婦人達からは嫌厭され、男性からも親世代以上からは眉を寄せられる始末であった。
ますますスチュワートを第一王子夫妻から引き離し、メイベルと結婚させなければと意気込むのだが、スチュワートは騎士団の寮に住み着いて実家になど帰ってきやしない。
婚家と常識に板挟みになる日々を送りながら、ヘンリエッタは第一子を出産した。男の子だった。これでスチュワートの利用価値など婿入り以外になくなったなと頭の片隅で思う。
「ご出産おめでとうございます、姉上」
実家のグランディディエライト子爵家から年の離れた末弟が出産を祝いにやって来た。
「すみません。父上達は忙しくて……」
「いいのよ。お父様は商談があるでしょうし、お母様とお兄様はお義姉様の出産が控えているしね」
相変わらず実家は忙しいようで、折しも長男の嫁の出産も重なってしまい、手が空いていたのは三男・エドワードだけだったのだろう。ちなみに次男は父や兄に代わって現地に取引にいっていて、国外へ出ている。義両親も夫も時勢は読めないが善人で、初孫に喜んでヘンリエッタを大事にしてくれるので心細くはなかった。
産まれたばかりの赤子を乳母に預け、弟としばらくぶりにゆっくりとお茶をすることにした。
「学院はどう?」
「はい。第三王子殿下と同じクラスになりまして、よくお声を掛けていただいています」
「まぁ!凄いじゃない!」
同じクラスとはいえ子爵家の人間に声を掛けるなんて、第三王子ジャスティン殿下は中々に気さくな人間なのかもしれない。
「御婚約者でいらっしゃるラズライト伯爵令嬢ともお話する機会をいただいて……」
「ちょっと、それは大丈夫なの?」
ユージーン殿下とレイチェル、そしてスチュワートを彷彿させる関係性に、ヘンリエッタは蒼褪めたのだが、エドワードは笑って返した。
「姉上の心配は分かりますが大丈夫です。僕も自分の立場を弁えていますし、そもそもジャスティン殿下もラズライト伯爵令嬢も“同じ過ち”を繰り返さないように注意していらっしゃいますから」
年若い者達にも『過ち』と言わせてしまうのだから、あの事件の影響は凄まじいものである。
「ラズライト伯爵は、今は遠方のアルテに滞在しているとかで、そちらで買い付けた品で近々展覧会とオークションを行おうと計画されているようですよ」
「面白いわね。その話にうちの商会も噛ませてもらえるようにお願いできないかしら?」
「分かっています。ラズライト伯爵令嬢もうちの商会を利用しようと話を振ったのでしょう」
ラズライト伯爵は王宮での役には就いていないが、各地を旅して回り、独自の人脈を頼りに交易路を開拓していく稀代の外交家である。かつて外務大臣であったギベオン公爵も一目置いていて、グランディディエライト子爵家も随分と恩恵を与っていた。
展示品が芸術の都と名高いアルテのものだと分かれば、さぞ客足も伸びることだろう。想像するだけで心が躍るような気持ちになるのは、自分が根っからの商人気質なのだろうとヘンリエッタは思う。
「良いわねぇ。面白そう」
「姉上もこちらの家でも中々のご活躍と聞いていますよ」
「まぁ、やり甲斐がないとは言わないけどねぇ……」
スチュワートとメイベルが事業提携で婚約しているように、ヘンリエッタも事情があって嫁いで来ている。金勘定が苦手なテクタイト侯爵家は、自分達が損をしないように頭の切れる娘を嫁に欲しがったのだ。高位貴族とお近づきになれる上に、公共事業に口を挟めるとあって、ヘンリエッタ達の両親も喜んで娘を送り込んだのだった。
「今のところお金を儲けるというよりは、損をしない為に根回しをするくらいだから、何だか盛り上がりに欠けるのよね」
「強欲な姉上らしいですよ」
本格的に行動を起こすには、あと一人か二人子供を産んで、次期当主の妻としての立場を確固なものとしてからだろう。今の内にできることは義両親や夫から、より深く信頼を寄せてもらうように振る舞いつつ、使用人や屋敷に出入りする人間の心をつかむことだろうと考えている。
「奥様……」
慌てた様子のメイドがやって来て、エドワードに聞こえないように耳打ちする。
「……またスチュワートさんは不在ですって?」
今日は月初めの安息日。約束通り、メイベルがスチュワートを訪ねてやって来る日なのに、当の本人は不在で、どうしようかとヘンリエッタに確認に来たのである。流石に毎回毎回同じことが起きれば、使用人達であってもマズいことは分かるはずだ。本来であればスチュワートの方が頭を下げてオニキス伯爵家を訪問するべきなのだ。メイベルが許していることが、スチュワートがメイベルは自分を好きだと勘違いさせ、傲慢な態度を助長させているのである。
「仕方ないわね。メイベル様をこちらに呼んでくださる?」
「分かりました」
何故義弟の尻ぬぐいなどしなければならないのか。
「僕は帰りましょうか?」
「いえ、ちょっと私も久しぶりに他家の方とお話するのは疲れるから、貴方も手伝ってちょうだい」
いくら乳母や使用人がいるからといっても、赤子の世話を自分でもしているので、外に出かけることもない。話すことも身内の話ばかりになってしまって、気の利いた話ができないかもしれないと、ヘンリエッタは弟を引き止めたのである。
「女性は苦手なんですからね。貸しですよ、姉上」
「あら。お客様には愛想がいいお前が?」
「僕の笑顔には金銭が伴うんですよ」
「馬鹿なことを言って……」
軽口を叩き合っている間に、メイベルはやって来たのだった。
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