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オニキス伯爵家02 『憂鬱な現状』

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メイベルとスチュワートが会う日時と場所は決まっている。
学院のカフェテリアにて月初めに一時間ほどお茶を飲むこと――それだけである。
王国では16歳の時にデビュタントを行い、本格的に社交界で活動することになるのだが、スチュワートと共に参加したのはデビュタントの時だけだ。後は全て一人で参加している。

ユージーン殿下の護衛として参加すると理由をつけているが、その殿下もまた昨年からは顔だけ出して、さっさと退出していた。もちろん婚約者のことなど歯牙にもかけない。大方呼び出したレイチェルと側近達と共に会っているのだろうとメイベルは見ている。

「先日の演習、拝見させていただきました。あまりにお強くて、とても格好良くて感激しました」

男子生徒は選択制で実技演習がある。騎士になるというスチュワートも履修していた。演習は見学することもできるので、メイベルも婚約者の手前、一応は見学に行っている。会話が弾まないスチュワートとの会話のきっかけにでもなればと思っているのだが、成果は乏しかった。

「演習など女性にはつまらないものだろう。私に気にせず、自由時間は好きに過ごして欲しい」

こちらの意図など全く汲み取ってもくれず、婚約者を気遣う言葉を使っているが、自分の領域に踏み込むことを許さない拒絶を感じる。

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、スチュワート様の御雄姿を拝見できる、またとない機会ですもの。来年度からは見られなくなりますから、今の内だけはお許しくださいね」

こうやって婚約者の機嫌を取っている様を、人は媚びていると蔑むかもしれない。けれども気のない男を振り向かせるには他にどんな方法があるというのか。化粧や服装を変えても気づく様子もない。こちらの話をしても上の空。怒って詰ったらメイベルの心に気づくかもしれないが、それより先に婚約の解消が待っていると思えば迂闊なことも出来やしない。

いっそ解消してくれれば良いのにとも思うが、テクタイト侯爵家とオニキス伯爵家は提携している事業がいくつかあって、その確約としての二人の婚約があるのだ。自分の愚行によって領民に苦労させてはならないとメイベルは我慢を続けている。

どんなに話題を振ったところで、盛り上げるどころか盛り下げることの天才であるスチュワートのお陰で二人の会話はなくなった。苦痛な時間ばかりが過ぎていく。そうしてきっかり一時間過ぎたところで彼は退出する旨を切り出した。

スチュワートの背中を見送っていると、彼を迎えに来たのかレイチェルとその取り巻き達が近づいてくる。

「婚約者の御機嫌取りなんて大変ね」

レイチェルが言えば、

「家の都合だから仕方がない」

と、スチュワートが言う。
終始御機嫌取りをしていたのはメイベルだ。スチュワートなど『あぁ』とか『うん』とか、取ってつけたような相槌ばかりで、脳みそをどこに置いてきたのかと疑うような無能ぶりだったというのに、あれで機嫌を取っていたつもりなのか。

わざわざ聞こえるような距離で言うことじゃないのに、メイベルに恥をかかせるようなことを言って彼らは笑い合う。取り巻き達が蔑むような視線を自分に向けるのを感じながら、それでもメイベルは堪えた。


「お疲れ様」

すっかり姿が消えた頃、友人のクララ・フローライトに声を掛けられた。
カフェテリアの従業員が先程までの茶器を片付けてくれて、そして新しい茶器と茶菓子を用意してくれる。きっとクララが気を回してくれたのだろうと思うと、強張った表情も和らぐものだ。

「このケーキ、今月の新作ですって」

月初めの茶会であるから、こうしていつも憂鬱な時間の終わりにクララは新作ケーキを携えてやって来る。

「美味しいわね」

温かい紅茶と一緒に頂きながら、先程も同じように何かを食べたのにメニューも味も思い出せないことに気が付いた。料理人達の労力を無駄にしてしまったと悔やまれた。

「貴女も聞いた?『例の件』」

フローライト伯爵家もオニキス伯爵家と同じく、コランダム公爵家に与している。彼女にも同じように話がいっているだろうと話を振ったのだが、クララは砂でも口に含んだような顔をしてフォークから口を離した。

「……あぁ、あの『お花畑の話』?」
「フフッ。そう、その『お花畑』」

面白い比喩を使うものだと思わず吹き出してしまう。メイベルはクララの自由な発想が好きだった。

「貴女のお家はどうするの?」
「我が家は婿殿にお任せしようと思っているわ」
「あら。失敗した時は簡単に切り捨てられるわね」
「えぇ。良い考えでしょう?有責で慰謝料を頂けるかもしれないわ」

軽口を言い合って笑う。内容はどうしようもないほどくだらなかったけど、そういう話でもしなければやっていられなかった。

「どうせ失敗するのに馬鹿馬鹿しい話よ」
「えぇ。私達があの『お花畑』達に与したところで何の旨味もないのに、どうしてお父様達は分からないのでしょうね」

ギベオン公爵は娘であるアデレードをとても可愛がっている。アデレードには双子の兄パトリックがいるのだが、彼女が男児であれば迷わず後継に据えたであろうと言われていた。パトリックも優秀でないとは言わないが、平凡の域から出ない青年であった。そんなアデレードを傷つけるような真似をしてタダで済むはずがない。

「とりあえず私達が無関係であると証明しないとね」
「それならもう『あの方』に渡りをつけてあるわ」

クララはニヤリと令嬢らしからぬ顔で笑った。
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