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02.泥棒猫の兄

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そうして日々は過ぎ去り、今年度の課程が半分ほど過ぎた頃。中庭で二人の男女が争う声がして、道行く生徒達の注目を集めていた。

「大人しく言うことを聞け!!」
「嫌よ!!私、絶対に行かないんだから!!」

一人は見知らぬ20代後半の男性と、もう一人は件のキャサリンだった。男性はキャサリンの腕を掴み、無理やりどこかへと引きずるように歩いている。

「学院長先生をお待たせしているんだ!早くしなさい!!」
「嫌!話すことなんて何もないわ!!」

話の流れからすると学院長室に向かうのだろう。男性はキャサリンの腕を引くのだが、彼女は泣いて暴れて手が付けられない。学院に在籍する淑女としての品位に欠ける姿に、ディアナは鼻白んだ。このような女性を、まさか王太子は本当に側室に迎えるのだろうか。これまで通り、下位貴族の娘が国王になる王子を産むのだろうかと思うと憂鬱な気持ちにさせられる。

「待ちたまえ!!」

そこへ二人を止める声が響いた。聞き覚えが有り過ぎて、ディアナはこれからどんな『見世物』を見せられるのだろうとかと、考えるだけでうんざりした。

「嫌だと言っている女性の腕を無理やり引くのは、あまりに紳士的じゃないね」

現れたのが王太子と分かると、すぐさま男性は跪いて礼を取る。しかし慌てた様子もなかったところを見ると、随分と肝が据わっているように思う。これ幸いとキャサリンは王太子の後ろへと隠れた。

「そなたの名は?」
「お初にお目にかかります。王太子殿下。キャサリン・メテオーアの兄、レオンハルト・メテオーアでございます」

すわ痴話喧嘩かと期待した面々の、肩透かしを食らった顔の何と下品なことか。

「キティの兄が学院に何の用か?学院長に話があるというのなら、私も同席しよう」
「御深慮いただきまして大変光栄でございますが、内々の話となりますので、殿下のお耳を汚す訳には参りません」
「私、ロディ様と一緒じゃなきゃ聞かないから!!」

重々しい空気の中、王太子とキャサリンの二人は見つめ合って微笑む。『キティ』は一般的にキャサリンの愛称であり、『ロディ』もまた王太子の名であるローデリヒの愛称である。お互いの呼び名だけで、その親密さは周囲に伝わったのだった。まるで演劇で見るような美男美女の様子に、うっとりと羨望の眼差しを向ける者達はいた。しかし、この兄と名乗る男は全く意に介した様子もなく、

「キャサリン。殿下の御名を口にするのは非礼である。止めなさい」

と、実家の爵位を理解し、弁えた振る舞いをするように諭した。

「名を呼ぶことを許したのは私だ」
「お言葉を返すようですが、年頃の娘が家族や親族でもなく、また婚約者でもない男性の名を軽々しく口にすることは非常にはしたない行為でございます」

彼の言う通り、おいそれと他家の令息の名を呼ぶことは淑女のマナーに反している。けれども、キャサリンは王太子の名を気安く呼ぶことを許され、その側近達のことも敬称も無しに呼ぶ始末。上位であるディアナでさえ礼儀を重んじ、下位の者を呼ぶ際もよくよく配慮しているというのに。

近年、学院では『爵位に関係なく平等であるべき』という謎の風潮が蔓延っている。本来は高位貴族の者達が自分勝手に下位の者を虐げないように諫める教育だったのだろう。だが、下位貴族の母やその後ろにいる者達が自分達を優遇させる為に王太子の教育を歪め、それが学院にも影響しているのではないかとディアナは考えている。

そんな慣れ合いにも似た学院の空気を一蹴したのが、このレオンハルトという男だった。

「レオンハルト・メテオーアといえば、最近よく父の口に上る名です」

近くにいた友人が、そっと耳打ちする声にディアナは頷いた。
彼女の父親は財務局に在籍する文官で、レオンハルトはその部下だ。これまで視界の端に入れないようにしていたものの、ディアナもまたキャサリンが王太子に近づいた時点で、メテオーア男爵家について調査している。国家に悪意を向ける者の差し金かと疑ったわけだが、全くもって何もないので肩透かしを食らったくらいだ。

レオンハルト・メテオーアは20代半ばと年が離れているせいでディアナは当時を知らないが、彼は歴代屈指の成績で王立学院を卒業し、当時は鳴り物入りで王宮に勤め始めたとか。その人格は実直で、驕ることなく人が嫌がる仕事も率先して引き受け、その仕事ぶりも丁寧な仕上がりと評判だ。少々堅物ではあるが気配りを忘れず、部下にも上役にも好かれる、見どころのある人物なのだそうだ。

そんな彼が、まさか創立以来の問題児であるキャサリンの血縁とは誰も思うまい。
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