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第一章

第5話 仲間になる方法

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 無事にバンを発見して、運転は寺田に任せて俺は道案内のため助手席へ。

 向かうのは市役所だ。武器になるものは多くないだろうが、災害が起きた時のための保存食や水などの蓄えはある。その知識があって人数が集まれば籠城することは出来るが、問題は俺が調べた限りでは正面入り口を塞ぐ方法が無い、ということだ。いや、厳密に言えば方法はあるが、時間があって知恵が回れば可能ではある、ってくらいだな。

「入口の前に停めろ。俺が中を確認してくるから、お前らは車で待って何かあればすぐにこの場を離れるんだ。次の行き先は寺田がわかっているから、そこで合流とする。……まぁ、改めて確認する必要も無いか。二日経っても俺が合流しなければ那奈に従って次に進め」

 車を降りてバックパックを背負い、調達したスケボーと金属バットを手にして助手席のドアを閉めると、窓の開く音がした。

「零士。気を付けて」

「そっちこそな。じゃあ、行ってくる」

 さて――芋蔓式に連れて行く者を増やすつもりは無いが、助けを求める者がいる可能性がある限りは俺が行動しなければなるまい。

 正面入り口は無事だが、人ひとりが通れるくらいの隙間が開いている。手動に切り替えた上で誰かが中に這入ったか、外に出たのか。まぁ、どちらにしても今の俺にとって最悪の可能性は二つ――生きている者が大勢いることと、ゾンビもどきが大量にいる場合だ。後者の場合は究極的には逃げればいいが、前者の場合は……何か考えないとな。

 とりあえずスケボーは入口の前に立て掛けて、中に侵入した。明かりは点いていないが、日差しだけで十分に視界は確保されている。

「誰か居るか!?」

 声が反響する。

 ゾンビもどきに聴力は無いと思うが、仮に生きている者が居たとしても反応するとは限らない。どちらが居るにしても、行ってみなければわからないのが厄介だな。まぁ少なくとも、殺られる前に殺る。それだけ念頭に置いておけばいい。

 まずは一階から調べて逃げ道を確保しておく。

 管理室は相当荒れているが、血の痕も無いし埃も被っている。おそらくは流星群が落ちてくる報道の後にひと暴れして、放置されていたって感じだろう。あとは倉庫と小さな図書室か。おそらくは食料などを保管しているであろう倉庫部屋のドアの前に立ち、ノックをした。

「…………」

 鍵は、開いている。ドアを開けた瞬間にバットを振り上げながら距離を取った。

「……ま、そうそう出くわしても困るしな」

 住人の数と比べてもゾンビもどきと相対する回数は圧倒的に少ないが、昨夜見た光景から考えるに、夜になって外を出歩くゾンビもどき達は自らの家に帰っていると考えるべきだろうか。帰巣本望? だとすればスーパーで出くわすのはおかしいだろう。

 保存食の箱は開いていて、いくつか無くなっている。それに引き換え水が大量に無くなっているな。食べ物が無くても水さえあれば数日は生き延びられるが、持ち運び安さで言えば水よりも保存食のほうが良い。

 疑問は残るが図書室のほうに向かおう。ここの図書室は本を借りに来るというよりは勉強をしに来る子供が多くて、長机と椅子が多めに並べられている。ドアの無い向こう側に足を踏み入れた時――嫌な雰囲気を感じた。

 身を潜め、耳を澄ませればグチャパキッ、と咀嚼音が聞こえてきた。

「咀嚼……食うのか」

 覗き込んでみれば床に倒れている人を貪るゾンビもどきが居た。いや、これはもう普通にゾンビか? あと忘れていたが男も女も老人も居たんだ――そりゃあ、子供も居る。小学校低学年くらいが三匹。それなら容易いな。覚悟は、元よりできている。

 立ち上がりバットを握りながら図書室を進んでいくと、三匹はこちらに気が付き一斉に駆け出してきた。バットを振り下ろし、その小さな頭を蹴り飛ばし、抜いたナイフで首を刎ねた。

「こんな世界なんだ。謝りはしないが……まぁ」

 この場に来ていたのが俺だけで良かったと思うべきか。おそらく、俺以外に耐えられる光景では無い。多分、この場で正常だったのは食われていた女性だけだな。襲われていたということはゾンビもどきには成っていなかったということなのだろうが、相も変わらず共通点が見出せない。

 ここまで来ていちいち感慨に浸る意味も無いな。

 図書室を調べ終えて、もう一つある貸し部屋を調べようとしたが鍵が掛かっていた。

「…………ああ」

 記憶を辿ってみれば管理室の中にリングでまとめられた鍵が置いてあった。それを手にして一階の貸し部屋を覗き込んだが、思った通り誰も居なかった。

 これで逃げ道動線の確保は出来た。二階で何かあったとしても誰に邪魔されることもなく出ていける。

 階段を上る直前にあった構内図を確認してから二階に着いたのだが……これは予想外だった。もう一つ上に続く階段があるとは。そもそもが二階建ての市役所だから屋上に繋がっているのだろうが、念のために上に逃げる動線も確認確保しておくべきか? 

「んん……いや」

 予想外ではあるが不測の事態では無い。上に向かうにしても、一階でしたようにまずは逃げ道の動線を確保しておくべきだろう。目の前のことに気を取られずに、事前に立てていた計画通りに動くんだ。

 止めていた脚を二階の廊下へ踏み込むと、瞬間的に冷や汗が噴き出してきた。おそらく、この階にもゾンビもどきが居る。構内図によると貸し部屋は四つで、仕切りの無い休憩室と給湯室が一つずつ。貸し部屋の中にゾンビもどきが居たとしてもドアが閉まっていればすぐには出て来られないだろうから、まずは休憩室からだ。

「っ――」

 ああ、くそ。まずったな。

 ドアはドアだが、目線の高さがガラス張りのドアだったか。この場から見える部屋は二つで、どちらにもゾンビもどきが居た。しかも、こちらに気が付いてドアに体当たりを始めた。

「グ、アォォオ!」

 それだけでも厄介なのに、休憩室にも居た大人のゾンビもどき三匹が駆け出してきた。うん。これくらいなら焦らなくなってきたな。

「一匹――目ッ! 二匹――っ!」

 二匹目の頭をバットで弾き飛ばしたと同時に、貸し部屋のドアが壊されてゾンビもどきたちが一斉に飛び出してきた。その数、およそ――およそ――駄目だ。数えている余裕がねぇ!

 この数を相手取るのは無理だと判断して踵を返し、一直線に階段に向かって一階に降りようとした。のだが――

「なんっ――で、だよっ!」

 下りようとした先にゾンビもどきが居て、咄嗟に屋上へと繋がる階段を駆け上がってしまった。反射的な回避行動ではあるが、俺の読みが正しければ屋上からでもまだ逃げ道はある。

 屋上のドアに手を掛けたが案の定、鍵が掛かっていた。焦らずに落ち着いて鍵を取り出し――開いた。外に出てドアを閉めて距離を取ると、曇り空の中でも太陽が出ていることを確認した。駆け上がってくる足音と共にドアが勢いよく開くとゾンビもどき達が飛び出してきた。


 先頭のゾンビもどきに向かってバットを放り投げると頭に直撃して倒れ込んだが、あまり意味は無かったようだ。

「っ……なんだ?」

 追ってきた数を把握してはいないが、出てきているゾンビもどきは少ない。とはいえ多いものは多い。

「仕方がねぇ――やるか」

 取り出したハンマーを両手に握り、向かってくるゾンビもどきの頭をカチ割っていくがさすがに全部を一撃で仕留めるのは難しい。後退しつつ、一匹のゾンビもどきを倒すと、次にやってきた奴が倒れている奴につまずいて突っ込んできた。

 ――ハンマーが間に合わない。その代わりにハンマーを手放して寸前まで迫っていたゾンビもどきの服を掴み、片脚を軸にして後方に放り投げた。

「あっ」

 すでに屋上の際まで来ていたことに気が付かず、ゾンビもどきは腰高の柵を越えて地面目掛けて落ちていった。しかも、小雨まで降ってきた、と。とりあえず落ちたゾンビもどきを気にしたところで仕方がない。振り返ってハンマーを拾い上げたが、向かってくるゾンビもどきを倒し切れる気がしない。

 面倒だ。

 向かってくる二匹にはハンマーを放り投げて動きを止め、ホルスターに差していた拳銃を抜いて構えた。こちらも練習済みだ。頭を狙って引鉄を引くと、鉛玉は鼻先を貫通していった。

「ん? ああ、なるほど」

 これまで練習していた軽い弾に比べて、鉛だから落ちるのか。それさえわかればあとは少しの修正でいける。どうやら正確に頭を撃ち抜けば脳が破壊されるのかゾンビもどきは動きを止める。

 目に付く数匹を倒して即座に踵を返し、拳銃をホルスターに戻した。

 地上までは凡そ十メートル。だが、市役所の入口前に駐輪場の雨避けがあることは確認済みだ。

「追って来られるなら来てみろ!」

 柵に足を掛けて――飛び降りた。

 約五メートル下の雨避けの屋根に着地して、衝撃を体に残さないため流れるように次の行動に移り、縁を掴んで地上へと降りた。

 直後に聞こえたのは落ちてきた数匹のゾンビもどきが地面に激突する音だった。さすがに知性が無いだけあって勢いのまま飛び出してくるか。この際、スケボーは置いて行ってもいい、と車のほうへ向かおうとしたのだが――何も無い。

 車が無い。

 いつ車を出したのか気が付かなかったが、少なくとも移動せざるを得ないことがあったということだろう。落としてしまったゾンビもどきのせいか? ……いや、考えても仕方が無い。ここがゾンビもどきの巣窟だとわかった以上は早いところ移動しよう。建物を出てきてまで追ってくるかはわからないが、入口の前に置いておいたスケボーを手に取って、その場を離れた。

 向こうは車移動だ。スケボーの移動速度では合流場所へは夜までに間に合わない。どこかで夜を明かさなければな。

 ……あいつらに伝え忘れていたが、結果的にこの場にいないのは正しい。

 こんな世界なんだ。下手な情けは意味が無い。自分たちが生き残るためには他を切り捨てることも重要になる。想像していたような噛まれた者がゾンビになる世界では無かったが、それでも――自己の判断と、信じること――それこそが仲間と呼ぶ者に必要なことだ。
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