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第一章

第1話 終わりの始まり

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 ずっと望んでいたことがある。

 誰でも一度は考えたことがあるだろう。今、生きているこの世界がバイオテロや生物兵器実験の失敗などによって動き回る死体で溢れ返ることを。いわゆるバイオハザードというやつだ。

 しかし、戦争をしないことや平和維持に力を注いでいるこの世界でそんなことが起こるはずもなく――それでも万が一の可能性を考えて、生き残るための物資を集め、装備を揃えて、体を鍛え、そして様々な媒体でゾンビの殺し方を学んできた。

 いつか必ず、この技術と知識が役に立つときが来ると信じて。

 だが――現実というのは残酷で、起こることは想像の斜め上を行く。

 十月七日、おそらくその時の俺は特に何も思うことは無く、静かに「へ~」とつぶやいたんだと思う。

『――アメリカ政府及びNASAの発表によると本日より一週間後、日本時間の午後八時頃、現在宇宙空間で観測されている複数の流星群が地球へ到達し……人類は終焉の時を迎えるだろう、とのことです。この発表に対して日本政府は早急な真偽確認と、詳細を把握するためJAXAへの協力要請を行っているとのことです。尚、明日の定例会見にて総理が今回の件について発言をすると政府筋からの情報もありますので、視聴者の皆さまは慌てることなく続報をお待ちください』

 夕方のニュース番組で、これが第一報だった。もちろん、眉唾だ。誰だって世紀末予言くらいに受け取っていた。だが、その発表が全局同時刻だったことと、全世界同時報道だったことにより信憑性は増した。とはいえ、アメリカとNASAの発表に懐疑的な国はそもそも報道自体をしていなかったり、ネット上でも信じていないような意見が溢れ返っていた。

〝エイプリルフールにしては遅すぎる〟〝もしくは早めのハロウィーンか?〟などというコメントで荒れる中、翌日には日本政府が自体の把握を発表し世界滅亡が事実であることを確認した、と総理自らの口で語った。

 その二日後にはNASAが観測した流星群の衛星写真及び映像を公開し、その日から全世界ネット生配信で地球へと迫る流星群の映像が見れるようになった。しかし、それでも信じていない者は多く、株価操作のために嘘を報道しているとか、終末理論に対する実験か、などと批判される中で、十月十一日に行われた新たな発表により世界は本当の絶望を知った。

 アメリカ大統領は同盟国及び先進国、通信手段を持つ全ての国とネット・電話会談をして、全世界に向けて宣言をした。

『本日より全ての為替・株式取引を中止する。そして、来たる終焉の日まで全ての義務を放棄することを許可する。皆が各々に好きなことをすると良い。家族と過ごすのも良い、愛する者と抱き合うのも、もちろん仕事を全うするのも良いだろう。だが、あくまでも人間的に過ごすのだ。死ぬときまで人間として生きていられれば、それ以上に名誉なことなど何も無い』

 その終末宣言と、空に浮かぶ無数の流星群が日に日に近付いてくることが視認できる頃になれば、皆が当然のように世界の終わりを受け入れていた。

 いくつかの国では暴動が起きたり犯罪の発生率が爆発的に上がったりもしたが、日本では自殺者数が跳ね上がった以外では大した変化も無く、学校が全て休校になったこともあり、家族で過ごすために仕事を辞めた親も増えたが、ほとんどの者が仕事を熟し、家に帰って家族と共に過ごすようになった。国民性と言ってしまえばそれまでだが、他国からすれば世界が滅びる最中に仕事をしている光景は異様に映るだろう。しかし、今となってはその現状を伝える国も無い。皆が皆、自分のために、自分が愛する者のために使う三日間を過ごしているから。

 かくゆう俺も大学が休校となりバイトも休みになって、することがなく実家へと帰った。最後の三日間――最初の一日目は中学・高校の友達と会って酒を飲み交わした。二日目は彼女と共に過ごしたが、最後の日は家族と共に過ごしたいという彼女の思いを受けて、それぞれ家族の下へと帰った。とはいえ、うちはそれほど思い入れの強い家族では無い。死ぬときは死ぬ、と事前のやり取りで諦めは付いていたから今になって感情を深めることはしない。


 空に浮かぶ流星が近付いてくるのをその眼に映し、世界中の人々は息を呑んだだろう。

 どこかの国では流星群を破壊しようとミサイルを飛ばしたらしい。

 どこかの国では宇宙飛行士たちが流星を止めるために飛び立ったらしい。

 どこかの国では新天地を求めて金持ちが作った宇宙船で火星に向かったらしい。

 どこかの国では核シェルターが大量に売れたらしい。

 どこかの国では戦争が終わったらしい。

 どこかの国では暴動が起き、殺し合いが起きて、大量虐殺が起きたらしい。

 それで世界が救えたかと言えば、そんなはずはない。


 降り注ぐ流星の明かりに包まれながら、恋人たちはキスをして、友人たちは肩を組んで酒を飲み交わし、家族は子供を抱き締めるだろう。

 そんなことを思いながら、俺は一人でベッドに入った。世界が滅びるのなら何かをする意味も無い。求めていた世界も見られないし、望んでいた未来も訪れない。それならせめて夢の中だけでも――覚めない夢と共に眠るように死ねたなら、未練は残るが文句は無い。

 戎崎えびすざき零士れいじ、二十一歳。十月十四日、全世界の人間と共に死す――か。

「まぁ、悪くないんじゃないか?」

 そんなことを呟きながら、窓の外で迫り来る流星群に背を向けたまま、最後の穏やかな眠りに着いたのだった。
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