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プロローグ4
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(陛下のお命を狙う者……?)
神剣を持つマルヘィラの手に力が籠もる。
「グリザァカスコリア、Strrm」
どこから来るとも分からぬ襲撃に身構えるマルヘィラとルーノの耳に、少女の声が届いた。
「楽譜魔法の使い手か」
手間のかかる敵だと言わんばかりのルーノの声。
楽譜魔法とは、シムを用いて発動させる魔法の総称である。シムファとsymβの2種類が存在しており、楽譜魔法の奏者は、使用できる魔法の種類によってシムファニアやシムレーアと呼び分けられている。
また、シムファとsymβの使用に際しては、スコリアと呼ばれる特殊な〈楽譜〉が必要とされる。これが、シムファやsymβを楽譜魔法と呼ぶ所以である。このスコリアに奏者が歌声や演奏を乗せることで、個々の楽譜が秘めた力を引き出し、具現化させ、利用することができる。
襲撃者が発した「グリザァカスコリア」とはsymβのための楽譜を指す。このsymβとは、シムファを模して人間が生み出したものである。威力や効力がシムファよりは劣るものの、シムファニアと呼ばれる、ごく限られた者にしか扱えないシムファに比べれば、symβを扱う適性を持つシムレーアの数は圧倒的に多い。一方で、グリザァカスコリアで発動するsymβは大気中のシムを用いるため、過度に使用した場合、周辺のシムが不足し、一時的に魔法を使えなくなるという欠点もある。
〈彼方から彼方へ吹き来る風よ、髪に触れよ、頬を撫でよ〉
幼さの残る声が、続けて歌う。それに合わせて、シムが空気を振動させることで生ずる音色がホール内に静かに響き始める。
「どこから……っ」
マルヘィラもルーノも歯ぎしりする。計算しつくして配置された反響板のせいだろうか、それとも秩序を欠いた群衆が発する怒号や悲鳴のせいだろうか、どこから声が聞こえてくるのか特定しづらい。
〈大樹の葉を揺らせ、行く手を阻む大岩を回り込め、
形なき風よ我が意のままに〉
クレッシェンド。少女の歌唱が進むにつれ、一同の耳に届く音が大きくなっていく。同時に、ホールの至る所で、いくつものつむじ風が生じる。しかし、吹き荒ぶのは単なる風ではない。正体の分からない細かな粉末も風と共に舞い上がる。視界が白く煙り、迂闊に粉塵を吸い込めば咳きこむような状態である。視界を邪魔し呼吸すら阻害する粉末に、出口に詰めかけている群衆は、更なるパニックを起こす。
〈翼をその目に焼き付けよ〉
ホール内の混乱など意にも介していないであろう少女の声が、続けて歌う。シムが奏でる旋律が、先程までとは違うものに変わっている。
〈剣たるこの翼、盾たるこの翼〉
いつの間にか、随所で白い粉を巻き上げていたつむじ風は姿を消している。しかし、依然として粉塵は天井付近まで舞い上がったままであり、貴族たちは周章狼狽の様子を極めている。
「ルーノ」
ホールを包む旋律を耳にしたマルヘィラは、背中合わせに剣を構えたルーノに呼びかけた。
「ああ」
ルーノも、マルヘィラと同じことに気付いている様子だ。
「ブランカスコリア……DefeedGlav、か?」
マルヘィラに、そして自身の記憶に問いかけるように、ルーノは呟いた。
symβに用いるスコリアは1種類のみだが、シムファのための楽譜には、天使が作成するブランカスコリア、悪魔が作成するノワルカスコリア、そして天地創造の神ルナリアファが作成したディオズスコリアの3種類が存在している。
3つのスコリアは、ルナリアファが眠るとされる〈月環〉から大量のシムの供給を受けることができる点が、大気中のシムのみを使用するグリザァカスコリアとの差である。そのため、これらのスコリアを用いれば強力かつ大規模な魔法を発動させることができる。ただし、複数人が同時に所有し使用することができるsymβ用のグリザァカスコリアに対し、シムファ用のスコリアには、ひとつの楽譜を複数人で所有し使用することができないという制約がある。
「おそらく。何度か耳にした覚えがある」
ルーノの言葉に、マルヘィラも同意する。幼い頃、頻繁に父を尋ねて来ていた、とある老紳士が戯れに歌っていたものと同じ楽曲が、今、奏でられているように思うのだ。
「行方知れずと聞いていたが……」
襲撃者の姿を探しながら、ルーノは言う。シャルハン軍中央部隊の中にも、ルーノらと同じくホールに響く楽曲に聴き覚えがある者がいるようである。臨戦態勢を取る何人かは、驚いたような表情をしている。
全てのスコリアは、作曲時には原本たるスコリアファイルに記されており、大半はスコリアライブラリや王宮のスコリア書庫が管理している。使用の際には、ファイルからスコリアを写し取り持ち歩くための魔装具であるアミュレットに、管理者より貸与を受けるという仕組みである。もっとも、アミュレットからアミュレットに直接スコリアを移動させることもできるため、スコリアがライブラリや書庫の管理下を離れてしまう事態も稀にある。
問題のスコリアは、十年近く所有者不明の楽譜である。以前の所有者は高齢のため亡くなったが、死亡時には既にスコリアを手離していたのだ。アミュレットの状態から何者かが使用権を引き継いでいることは明白だったが、いつ誰に譲り渡したか分からず、スコリアの管理をする各地のライブラリも、書庫の者も手を焼いていた。
〈さあ始めよう、凍てつく戦いを〉
一同が困惑する間も、大気中のシムが旋律を奏で、姿の見えない少女の声は歌い続ける。歌声に合わせて、無数の氷の剣が現れる。
「やはり、DefeedGlavか」
氷の剣を見て、ルーノもマルヘィラも確信を強めた。DefeedGlavは、応用によって形を変えることもできるが、発動時の基本形態は長剣の形をした氷柱である。
「氷なら――」
「火は駄目です!」
楽譜魔法を発動させようとする相棒を、マルヘィラは咄嗟に遮った。
おそらく、ルーノはBatalVirrnを使うつもりなのだろう。戦場を突き進む乙女の運命をイメージして悪魔が作ったというそのスコリアは、風と炎を操ることができる。ルーノが得意とするのは、風に乗せた炎の渦を周囲に展開して攻撃や防御に用いることである。今回、敵の攻撃が氷によるものであることを考えると、彼女は間違いなく炎を発生させるだろう。
だが。
神剣を持つマルヘィラの手に力が籠もる。
「グリザァカスコリア、Strrm」
どこから来るとも分からぬ襲撃に身構えるマルヘィラとルーノの耳に、少女の声が届いた。
「楽譜魔法の使い手か」
手間のかかる敵だと言わんばかりのルーノの声。
楽譜魔法とは、シムを用いて発動させる魔法の総称である。シムファとsymβの2種類が存在しており、楽譜魔法の奏者は、使用できる魔法の種類によってシムファニアやシムレーアと呼び分けられている。
また、シムファとsymβの使用に際しては、スコリアと呼ばれる特殊な〈楽譜〉が必要とされる。これが、シムファやsymβを楽譜魔法と呼ぶ所以である。このスコリアに奏者が歌声や演奏を乗せることで、個々の楽譜が秘めた力を引き出し、具現化させ、利用することができる。
襲撃者が発した「グリザァカスコリア」とはsymβのための楽譜を指す。このsymβとは、シムファを模して人間が生み出したものである。威力や効力がシムファよりは劣るものの、シムファニアと呼ばれる、ごく限られた者にしか扱えないシムファに比べれば、symβを扱う適性を持つシムレーアの数は圧倒的に多い。一方で、グリザァカスコリアで発動するsymβは大気中のシムを用いるため、過度に使用した場合、周辺のシムが不足し、一時的に魔法を使えなくなるという欠点もある。
〈彼方から彼方へ吹き来る風よ、髪に触れよ、頬を撫でよ〉
幼さの残る声が、続けて歌う。それに合わせて、シムが空気を振動させることで生ずる音色がホール内に静かに響き始める。
「どこから……っ」
マルヘィラもルーノも歯ぎしりする。計算しつくして配置された反響板のせいだろうか、それとも秩序を欠いた群衆が発する怒号や悲鳴のせいだろうか、どこから声が聞こえてくるのか特定しづらい。
〈大樹の葉を揺らせ、行く手を阻む大岩を回り込め、
形なき風よ我が意のままに〉
クレッシェンド。少女の歌唱が進むにつれ、一同の耳に届く音が大きくなっていく。同時に、ホールの至る所で、いくつものつむじ風が生じる。しかし、吹き荒ぶのは単なる風ではない。正体の分からない細かな粉末も風と共に舞い上がる。視界が白く煙り、迂闊に粉塵を吸い込めば咳きこむような状態である。視界を邪魔し呼吸すら阻害する粉末に、出口に詰めかけている群衆は、更なるパニックを起こす。
〈翼をその目に焼き付けよ〉
ホール内の混乱など意にも介していないであろう少女の声が、続けて歌う。シムが奏でる旋律が、先程までとは違うものに変わっている。
〈剣たるこの翼、盾たるこの翼〉
いつの間にか、随所で白い粉を巻き上げていたつむじ風は姿を消している。しかし、依然として粉塵は天井付近まで舞い上がったままであり、貴族たちは周章狼狽の様子を極めている。
「ルーノ」
ホールを包む旋律を耳にしたマルヘィラは、背中合わせに剣を構えたルーノに呼びかけた。
「ああ」
ルーノも、マルヘィラと同じことに気付いている様子だ。
「ブランカスコリア……DefeedGlav、か?」
マルヘィラに、そして自身の記憶に問いかけるように、ルーノは呟いた。
symβに用いるスコリアは1種類のみだが、シムファのための楽譜には、天使が作成するブランカスコリア、悪魔が作成するノワルカスコリア、そして天地創造の神ルナリアファが作成したディオズスコリアの3種類が存在している。
3つのスコリアは、ルナリアファが眠るとされる〈月環〉から大量のシムの供給を受けることができる点が、大気中のシムのみを使用するグリザァカスコリアとの差である。そのため、これらのスコリアを用いれば強力かつ大規模な魔法を発動させることができる。ただし、複数人が同時に所有し使用することができるsymβ用のグリザァカスコリアに対し、シムファ用のスコリアには、ひとつの楽譜を複数人で所有し使用することができないという制約がある。
「おそらく。何度か耳にした覚えがある」
ルーノの言葉に、マルヘィラも同意する。幼い頃、頻繁に父を尋ねて来ていた、とある老紳士が戯れに歌っていたものと同じ楽曲が、今、奏でられているように思うのだ。
「行方知れずと聞いていたが……」
襲撃者の姿を探しながら、ルーノは言う。シャルハン軍中央部隊の中にも、ルーノらと同じくホールに響く楽曲に聴き覚えがある者がいるようである。臨戦態勢を取る何人かは、驚いたような表情をしている。
全てのスコリアは、作曲時には原本たるスコリアファイルに記されており、大半はスコリアライブラリや王宮のスコリア書庫が管理している。使用の際には、ファイルからスコリアを写し取り持ち歩くための魔装具であるアミュレットに、管理者より貸与を受けるという仕組みである。もっとも、アミュレットからアミュレットに直接スコリアを移動させることもできるため、スコリアがライブラリや書庫の管理下を離れてしまう事態も稀にある。
問題のスコリアは、十年近く所有者不明の楽譜である。以前の所有者は高齢のため亡くなったが、死亡時には既にスコリアを手離していたのだ。アミュレットの状態から何者かが使用権を引き継いでいることは明白だったが、いつ誰に譲り渡したか分からず、スコリアの管理をする各地のライブラリも、書庫の者も手を焼いていた。
〈さあ始めよう、凍てつく戦いを〉
一同が困惑する間も、大気中のシムが旋律を奏で、姿の見えない少女の声は歌い続ける。歌声に合わせて、無数の氷の剣が現れる。
「やはり、DefeedGlavか」
氷の剣を見て、ルーノもマルヘィラも確信を強めた。DefeedGlavは、応用によって形を変えることもできるが、発動時の基本形態は長剣の形をした氷柱である。
「氷なら――」
「火は駄目です!」
楽譜魔法を発動させようとする相棒を、マルヘィラは咄嗟に遮った。
おそらく、ルーノはBatalVirrnを使うつもりなのだろう。戦場を突き進む乙女の運命をイメージして悪魔が作ったというそのスコリアは、風と炎を操ることができる。ルーノが得意とするのは、風に乗せた炎の渦を周囲に展開して攻撃や防御に用いることである。今回、敵の攻撃が氷によるものであることを考えると、彼女は間違いなく炎を発生させるだろう。
だが。
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