上 下
24 / 27

雪氷溶けて

しおりを挟む
 ハーバートさんに付き添ってもらって、数年ぶりとなる公爵家の屋敷に戻りました。

 ここには辛い思い出もたくさんありますが、そこかしこでお母様と過ごした記憶が思い出されたら、懐かしくて泣きたくなりました。

 出迎えてくれた妹のエマに、一緒に来ていた子供達を託すと、案内された寝室におそるおそる足を運びます。

 ベッドの上で休んでいるお父様の姿が視界に映りました。

 記憶の中のお父様よりも痩せて、随分と小さく見えます。

 でも、やはり、私の中には恐怖する感情も残っていました。

 気持ちを落ち着かせようと、隣に立つハーバートさんを見上げます。

 安心させるように頷いてくれたので、ゆっくりとお父様に近付きました。

「エリザベス……」

 ベッドで横になったままのお父様が私をみつめています。

 その視線の中には、たくさんの後悔の想いが見てとれました。

「エリザベス……すまなかった……よく生きてくれていた。よく、ここに帰って来てくれた……ありがとう、ありがとう、エリザベスを救ってくれて」

 最後の言葉は、私の後方に立つハーバートさんにも向けられたものでした。

「すまなかった。私は、取り返しのつかない事をしてしまった。お前の母親は、お前のことを最後まで案じて、お前の幸せを願っていたのに。私は、恨まれて当然の仕打ちをお前にしてしまった。お前はよくやった。よく頑張った。自慢の娘なのに、私はそれを認めてあげることをしなかった」

 お父様の言葉を聞きながら、自分の中に最後に残っていた冷たい氷が、ゆっくりと溶けていくのを感じていました。

 お父様の言葉が、私の中を満たしていきます。

 辛かった記憶がなくなることはありません。

 あの時のことを思い出せば、今でも息苦しくなります。

 でも、自分の中の奥底にしまっていた、凍りついていた思いを探れば、私がずっとずっと欲しくて、切望したものが、今のお父様の言葉だったのです。

「お父様のことを恨んではいません。もう、私を自慢の娘だと言ってくれるのは、お父様しかいないのですから」

 私の言葉を聞いたお父様は、何かを言いかけて僅かに体を起こしかけましたが、すぐにベッドに背中を預けて目を閉じました。

「私を、赦してくれると言うのか……」

「私は今、とても幸せです」

 その言葉を聞いたお父様は、眉間にグッと皺を寄せて、何かの感情を堪えているように見えました。

「ハーバート君」

「はい」

 お父様に声をかけられたハーバートさんが、私の隣に並びました。

 そのハーバートさんに、かつてのお母様と同じような優しげな眼差しが向けられます。

「これまで、娘を守ってくれてありがとう。こんな言葉では足りないくらい、君には感謝している。これからも、娘と孫たちをどうか、頼む」

「はい。ご安心を」

 ハーバートさんの力強い言葉に、私も嬉しくなりました。

「お父様。私の大切な子どもたちに会ってくれますか?」

「こんな私に会わせてくれるというのなら、それ以上の赦しはない」

「僕が呼んできます」

 部屋の入り口に控えてくれていたエディーが、子どもたちが待っている部屋へと行ってくれました。

 ほどなくして、

「失礼します。お姉様、ウィルとモナを連れてきました」

 エマと一緒に子供たちが入室すると、まずウィルがベッドサイドに立ちました。

「はじめまして、お祖父様。ウィルです。お会いできるのを楽しみにしていました」

 綺麗なお辞儀を披露します。

「はじめまして、お祖父様。モナです。以後お見知りおきください」

 モナはスカートの端を持って、ちょこんと膝を軽く落としました。

 いつの間に覚えたのか、エマにありがとうと、小さな声でお礼を伝えました。

 お父様は子供達の姿を見ると、目尻に皺を作って嬉しそうに何度も頷いていました。




 この日から、私達は父との残された時間を穏やかに過ごすことができ、そして最期の時をエディーとエマと一緒に迎えることができました。

 父の葬儀が済むと、三人で墓碑の前に立ちました。

 ハーバートさんは、ウィルとモナと一緒に少し離れた場所で待ってくれています。

「まだ未成年なのに、貴方に大きな責任を負わせることになってしまって……ごめんなさい」

「僕は大丈夫です。姉様とハーバートさんがいてくれて、心強いです。それに、エマもまだまだ公爵家にいてくれますから」

「確かに大きな責任は伴いますけど、エディーは大した苦労とは思っていません。そこは、お姉様も信用なさって大丈夫です」

「エマも、エディーと公爵家のことをこれからもよろしくね」

「はい。ところで、私はいつお姉様の家に招待していただけるのでしょうか」

 エマは可愛らしく首を傾げて尋ねてきました。

「まだまだウィルとモナと遊び足りませんの。今度はエディーの婚約者もご紹介して差し上げたいし、私の大好きな婚約者にも会っていただきたいです」

 妹からの催促は、とても嬉しいものでした。

 お父様の墓碑の前で、家に妹達を招待すると約束してからこの日は別れました。

 そして、約束した通りにその後の幸福に満ちた再会もすぐのことでした。

















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は婚約破棄を回避するため王家直属「マルサ」を作って王国財政を握ることにしました

中七七三
ファンタジー
王立貴族学校卒業の年の夏―― 私は自分が転生者であることに気づいた、というか思い出した。 王子と婚約している公爵令嬢であり、ご他聞に漏れず「悪役令嬢」というやつだった このまま行くと卒業パーティで婚約破棄され破滅する。 私はそれを回避するため、王国の財政を握ることにした。

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

悪役令嬢の幸せは新月の晩に

シアノ
恋愛
前世に育児放棄の虐待を受けていた記憶を持つ公爵令嬢エレノア。 その名前も世界も、前世に読んだ古い少女漫画と酷似しており、エレノアの立ち位置はヒロインを虐める悪役令嬢のはずであった。 しかし実際には、今世でも彼女はいてもいなくても変わらない、と家族から空気のような扱いを受けている。 幸せを知らないから不幸であるとも気が付かないエレノアは、かつて助けた吸血鬼の少年ルカーシュと新月の晩に言葉を交わすことだけが彼女の生き甲斐であった。 しかしそんな穏やかな日々も長く続くはずもなく……。 吸血鬼×ドアマット系ヒロインの話です。 最後にはハッピーエンドの予定ですが、ヒロインが辛い描写が多いかと思われます。 ルカーシュは子供なのは最初だけですぐに成長します。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。

まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。 様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。 少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。 果たして彼は本当に落ち込んでいたのか? それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。

処理中です...