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本編

46 狙いは

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 目を閉じても眠れなかった。

 精霊に祈る間もなくダイアナは拐われた。

 今は、どんな状況なのか。

 無事なのか。

 手荒なことはされてないとは思うけど、明け方近くになっても、精霊達は戻ってこない。

 まだ暗い中、天井を見上げながらダイアナ達の事を考えていると、不意に室内を人影が動いた。

 ガバッと体を起こした瞬間に、口を押さえられる。

 ヒヤリとする恐怖が全身を襲う。

 どうしてこんなに簡単に侵入されたのか、口に触れる腕を振り払って、ベッドから床に足をつけた瞬間だった。

 周りの風景が一変し、部屋にいたはずなのに、馴染みのない床板に足をつけていた。

 顔を上げて周りを見ると、狭い室内にいる。

 それに、独特の揺れに見舞われる。

 船の中。

 そうとしか考えられなかった。

 一瞬で、私は船の中に移動させられたようだ。

「エルナト様。手荒な事をしてすまない」

 それを言った目の前に立つ人は、以前、あの野営地にいたエンリケと呼ばれていた商人だった。

 私の口を、ついさっきまで押さえていたのに、彼も一緒にここにいる。

 もう一人、私の部屋にいたはずなのに、その人はいないようだ。

「さすがエルナト様だ。あの異変を一瞬で鎮めるとは。おかげで貴女をここに連れて来るのに余計な時間がかかった」

 この人は、どうして当たり前のように、私をエルナトと呼ぶのか。

「私を……こんな所に連れて来て、どうするつもりですか」

 エンリケは、人の良さそうな顔で語りかけてくる。

「イリーナは、いわゆる、魂を入れ替える事ができた。あの日、貴女とイリーナは入れ替わったのではないか?」

 この人は、イリーナと幼い頃からの知り合いだと言っていた。

 だったら、能力のことを知っていてもおかしくはない。

「貴女には少なからず同情している。王太子がアリーヤを選んだばかりに、始末されたようなものだ。王太子は浅はかな事をした。それに、アリーヤも。彼女は、昔から自分に都合の悪いものから目を逸らす癖がある。村娘として生きていく分には、それでも何の問題もなかったのに」

 私はあの人達に殺された。

 その事実以外、あんな女の性格など、今さら言ったところで何になると言うのか。

「だから、イリーナは責任を感じたのだろう。本当に、いい子だったんだ。俺が、商談であの地を離れている間に……」

 もう存在しないであろうイリーナの事を思ってか、拳を握りしめ、体を僅かに震わせている。

 それが怒りとなってこちらに向かないか不安だったけど、別の心配をしなければならないようだった。

「その体は返してもらうよ。君にわかるかい?俺の好きだった女の子に、他の男が触れている姿を見せつけられる気持ちが。イリーナに結婚を申し込める日を、心待ちにしていたのに」

 気持ちを落ち着かせるように一度息を吐いたエンリケは、

「俺は、月の大陸で王太子達の面会の調整役だけを請け負うつもりだった。でも、君の姿を見て、聖女誘拐の手助けをすることを決めたんだ。イリーナを取り戻すために。同胞でもある皇帝は、何かを察知して警戒していたのだろう。まさか君に常に護衛がつくとは思わなかった。この機会を得るのに苦労した。大丈夫。君を傷付けたりはしないよ。ただ、誰にも触れられない場所で、死ぬまで俺と過ごしてもらうだけだ。聖女として利用されたくはないだろう?だったら、君はしばらく黙っていた方が賢明だ。俺に任せて、君は喋ってはダメだよ」

 コクリと頷く。

 今は下手に騒いではダメだ。

 私にはしなければならない事がある。

 ダイアナが近くにいる。

 どうやったのか、ダイアナと同じ船に乗せられているようだ。

 レオン達を追い越して、ここに連れて来られている。

 これが、原初の民の能力なのか。

「これは、君のペット?」

 エンリケがつまむように持ち上げているのは、モフーだった。

 部屋にいた筈なのに、……わざわざ連れて来たんだ。

「ああ、やっぱり君の大切なペットなんだ。連れて来て良かった。海に捨てられたくなかったら、大人しくしててくれるな?」

 この場合はもうどうしようもない。

 エンリケに話しかける。

「エンリケ」

「君に、エンリケと呼ばれると泣きたくなるよ」

 それほどまでにイリーナは大切な存在だったのか、だからこそ、エンリケに取り引きを持ちかけることができる。

「ダイアナを解放してください。そうしなければ、この体は朽ちてしまいます」

「どう言う意味だ?」

「私は、拐われたダイアナの代わりに、月の大陸を支えています。その代償は私の魔力。膨大な魔力の消費は、生命力を削ります。それがいつ尽きてもおかしくはないのです。私は、アースノルト大陸を守る事をやめるつもりはありません」

 やはり、それを聞いてエンリケは顔色を変えた。

「命が、代償となるのか……ダイアナを取り戻す為にこちらに向かって来ている者達がいるだろう?彼らが港に到着次第、引き渡す。君さえいれば、大陸の天候は回復する。王太子達は、すぐにダイアナへの興味はなくなるだろう。それに、ロズワンドはそれどころではなくなるしね」

「それどころではなくなる?」

 今度は、私が尋ねる番だ。

「侵攻を受ける」

 そんな場所へ私を連れて行くつもりなのか。

 そして、ダイアナまで巻き込まれたらどうするつもりなのか。

 二人目の聖女まで失っては、今度こそこの世界は終わりだ。

「大丈夫。俺の同胞達は、協力的だ。みんな、俺の気持ちを分かってくれているし、アリーヤにイリーナを会わせたいとも思っている。それが済めば、君を安全な場所にすぐに連れて行くから、不安に思わなくていい」

 私の顔色を見て、エンリケは安心させるように話すけど、エンリケと共に行動しなければならない以上、そんな言葉に意味はない。

 海の上では、逃げ場はない。

 ドールドラン大陸まで大人しくするしかない。

 大人しくしていれば、イリーナの姿である私に、エンリケは丁重に接してくる。

 不安を押し殺して従順に過ごすと、港へ着いたのはそれから三日後だった。

 下船の途中で、ダイアナの姿を探すけど、見つからない。

 無事なのか、

「ダイアナは、王都で解放するよ。大聖堂から抜け道が繋がっているんだ。そこを使って、彼女を救出に来る騎士の所まで誘導する。だから、君はこっちに一緒に来るんだ」

 キョロキョロと見回す私にエンリケがそれを告げた。

 レオンと一緒にアースノルト大陸へ向かった港で、今度は王都に戻るためにエンリケの後ろを歩く。

 ダイアナの存在に意識を向けながら、無事に帰って欲しいと、それだけを願っていた。



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