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本編
37 聖女のお茶会
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昼下がりに自室で課題の刺繍を施していると、扉が開かれたのは突然だった。
ノックも何もなく、はずみで指に針を刺しそうになった。
突然の来訪者に、針を指す手を止め、受けた教育も忘れてポカンと口を開けて見ていたかもしれない。
「貴様が、ダイアナ達が躍起になって守ろうとしているシャーロットか」
突如として現れたのは、下手したら女性よりも美しいのではないかといった男性で、傲慢とも言える態度で部屋の入り口に立っていた。
レインさんよりは少し年上のように見えるのに、遥かに年上にも感じられる。
不思議な雰囲気を持つ人だ。
彼の鋭い視線が値踏みするように私を見て、言い放った。
「いいだろう。我が帝国が貴様を保護してやる」
その口ぶりがこの人がどんな人なのかを表していたけど、まさかそんなはずはないと、その顔を凝視していた。
肩まで届いた黒髪はダイアナと同じく艶々としており、金色の瞳が、今度は猫のように細められて私を見つめている。
「ふっ。しかし、面白いことになったな。ディールの小僧が骨抜きにされている女か」
私を上から下まで見て、言葉の通りに面白そうに笑っている。
「同胞だが、同胞ではない者。数奇なものだな」
未だにこの状況についていけなくて、言ってることが、何一つ頭に入ってこない。
「壊れたオルゴールか?おい、何か喋れ」
「こ、皇帝陛下、何故ここにいらしているのですか!?護衛の騎士は……」
廊下側から誰かが慌てた様子で声をあげた。
やはり、この人がこの帝国を統べる皇帝なのか。
「レインも、いい加減に観念して覚悟を決めればいいがな」
レインさんが、
「覚悟を決める?」
「ふんっ、そこに反応するのか。生まれがどうとか言って女から逃げ回る奴には、ちょうどいい機会となるだろう。面白くなるだろうから、お前も協力しろ」
これは、世間話?
この皇帝は、一体、私に何を求めているの?
いつか何かに利用されると思っていたのに、何だか予想の斜め上のことを言われているようだ。
「まぁ。ルシウス様がいらしてたのね」
この状況と話についていけなくて皇帝の口が動くままを眺めていると、ダイアナが訪れて私と皇帝を交互に見た。
ニコニコしているダイアナとは対照的に、その背後に戸惑った様子のレオンもいる。
「ちょうどいい。俺相手だと喋らないから、お前も付き合え。レインへの愚痴ならいくらでも聞いてやる。それから、頼まれていた資料も持ってきてやったぞ」
「ふふっ。陛下自らありがとうございます。その代償は、恋バナなのですね。すぐにお茶会をセッティングしましょう」
皇帝を相手に、ダイアナからコイバナとの言葉が出てくるとは思わなかった。
「レオン、貴様は何処ぞへと見回りにでも行ってこい。邪魔だ」
「ルシウス様、そんな言い方では不安を与えるだけですよ。レオン、シャーロットのことは私に任せてもらえますか?」
レオンが私を見たから、頷いて大丈夫だと伝える。
何が起きても今さらだ。
すぐにレオンは一礼すると、言われた通りに何処かへ行き、ダイアナは手際良く“お茶会”の準備を済ませていた。
数十分後、隣には優雅に微笑むダイアナが座っており、目の前には皇帝が遠慮のない視線を私に向けて座っていた。
腹を括れば、お茶の味を楽しむくらいはできる。
「最初から思っていましたが、シャーロットは所作が綺麗ですね」
「少しは教育を受けていましたから」
無駄だと思っていたものが、こんな所で役に立った。
「ほら、これをそこの女に見せてやりたかったのだろう?」
パサリと、紙の束がテーブルに置かれると、ダイアナがそれを手に取り、内容を私に説明してくれた。
「これには、原初の民の能力のことが書かれています」
どうして私に説明しようとしているのか、その内容を聞いて、少なからず言わんとする事は察することができた。
「魂を入れ替え、別人に成りすます者」
「能力を奪い、自分のものとする者」
「言の葉を使い、相手を意のままに操る者」
「中には、不死と呼ばれた存在も確認されています」
不死者までいるとは、では、その人は今どうしているのか。
原初の民の能力は、それを行使されては怖いものばかりだ。
「これらの記録を見る限り、原初の民とは、同族に向けては能力を使う事ができないようですね。研究者の間では、かつて原初の民は王族として君臨し、後続の民を使役するための能力だったのではと考えられています」
私と言う存在が今ここにいるのは、原初の民の能力が関わっているのだと言いたいのだ。
「つまらん。その話は後にしろ」
テーブルに肘をついた皇帝の不機嫌そうな声に、ダイアナは紙の束を横に置いた。
「シャーロット、貴様に命令だ。レオンと結婚しろ。俺が許可する。そうでもしなければ、ダイアナが行き遅れる」
「はい?」
皇帝の予想だにしない突然の無茶振りに、まともな返事なんかできない。
「シャーロットさん、聞き流して構いませんよ。皇帝の戯れです。大切なのは、シャーロットさんの気持ちなのですから」
「問題ないだろ」
一度、そこから話題を逸らそうと、別の話題をダイアナに聞いた。
「ダイアナさんの家族は……?婚姻の事を何か……?」
「わかりません。もういないと、言った方がいいかもしれませんね。地方の教会の前で、生まれたばかりの赤子を抱いた女性が行き倒れていたそうです。女性の身元や名前はわからず、ただ、子供の名前がダイアナだと。それだけを告げ、そのまま息を引き取ったそうです。自分の両親がどんな人だったのか、帝国の力をもってしても私には知る術はありません」
話題を逸らしたつもりで、何だか悪い事を聞いてしまった。
でもダイアナは、気を悪くした様子はなかった。
「私は有難い事に、教会と帝国に大切に育ててもらいました」
「それだけではないだろう」
「はいはい。お話しますね。私がレインと初めて会ったのは3歳の時で、レインは7歳でしたね」
皇帝に促されて、やはり話はそこに戻るようだ。
「お友達が欲しい。話し相手が欲しいと言ったら、ディール家で一人過ごす事が多かったレインが教会に連れてこられました。同じ年頃の女の子ではなく、年上のお兄ちゃんが来て驚きましたが、今とは比べものにならないくらい、物静かで真面目な子だったのですよ」
レインさんの幼少期が全く想像できないけど、これ、黙って聞いていた方がいいのかな?
満足そうにしているのは皇帝だけのようだ。
レインさんにお世話してもらう事になった所から始まって、長々と話は続いたけど、
「レオンが来てからのレインは随分とお兄ちゃんぶって、可愛かったですよ」
年下の女性に可愛いと言われるレインさんが、ダイアナにはどんな風に見えているかを物語っている。
この意味のない話を私に聞かせて、この皇帝は何がそんなに楽しいのか。
ダイアナがレオンを選ぶ事はないと言った、その意味しか理解できる事はなかった。
ノックも何もなく、はずみで指に針を刺しそうになった。
突然の来訪者に、針を指す手を止め、受けた教育も忘れてポカンと口を開けて見ていたかもしれない。
「貴様が、ダイアナ達が躍起になって守ろうとしているシャーロットか」
突如として現れたのは、下手したら女性よりも美しいのではないかといった男性で、傲慢とも言える態度で部屋の入り口に立っていた。
レインさんよりは少し年上のように見えるのに、遥かに年上にも感じられる。
不思議な雰囲気を持つ人だ。
彼の鋭い視線が値踏みするように私を見て、言い放った。
「いいだろう。我が帝国が貴様を保護してやる」
その口ぶりがこの人がどんな人なのかを表していたけど、まさかそんなはずはないと、その顔を凝視していた。
肩まで届いた黒髪はダイアナと同じく艶々としており、金色の瞳が、今度は猫のように細められて私を見つめている。
「ふっ。しかし、面白いことになったな。ディールの小僧が骨抜きにされている女か」
私を上から下まで見て、言葉の通りに面白そうに笑っている。
「同胞だが、同胞ではない者。数奇なものだな」
未だにこの状況についていけなくて、言ってることが、何一つ頭に入ってこない。
「壊れたオルゴールか?おい、何か喋れ」
「こ、皇帝陛下、何故ここにいらしているのですか!?護衛の騎士は……」
廊下側から誰かが慌てた様子で声をあげた。
やはり、この人がこの帝国を統べる皇帝なのか。
「レインも、いい加減に観念して覚悟を決めればいいがな」
レインさんが、
「覚悟を決める?」
「ふんっ、そこに反応するのか。生まれがどうとか言って女から逃げ回る奴には、ちょうどいい機会となるだろう。面白くなるだろうから、お前も協力しろ」
これは、世間話?
この皇帝は、一体、私に何を求めているの?
いつか何かに利用されると思っていたのに、何だか予想の斜め上のことを言われているようだ。
「まぁ。ルシウス様がいらしてたのね」
この状況と話についていけなくて皇帝の口が動くままを眺めていると、ダイアナが訪れて私と皇帝を交互に見た。
ニコニコしているダイアナとは対照的に、その背後に戸惑った様子のレオンもいる。
「ちょうどいい。俺相手だと喋らないから、お前も付き合え。レインへの愚痴ならいくらでも聞いてやる。それから、頼まれていた資料も持ってきてやったぞ」
「ふふっ。陛下自らありがとうございます。その代償は、恋バナなのですね。すぐにお茶会をセッティングしましょう」
皇帝を相手に、ダイアナからコイバナとの言葉が出てくるとは思わなかった。
「レオン、貴様は何処ぞへと見回りにでも行ってこい。邪魔だ」
「ルシウス様、そんな言い方では不安を与えるだけですよ。レオン、シャーロットのことは私に任せてもらえますか?」
レオンが私を見たから、頷いて大丈夫だと伝える。
何が起きても今さらだ。
すぐにレオンは一礼すると、言われた通りに何処かへ行き、ダイアナは手際良く“お茶会”の準備を済ませていた。
数十分後、隣には優雅に微笑むダイアナが座っており、目の前には皇帝が遠慮のない視線を私に向けて座っていた。
腹を括れば、お茶の味を楽しむくらいはできる。
「最初から思っていましたが、シャーロットは所作が綺麗ですね」
「少しは教育を受けていましたから」
無駄だと思っていたものが、こんな所で役に立った。
「ほら、これをそこの女に見せてやりたかったのだろう?」
パサリと、紙の束がテーブルに置かれると、ダイアナがそれを手に取り、内容を私に説明してくれた。
「これには、原初の民の能力のことが書かれています」
どうして私に説明しようとしているのか、その内容を聞いて、少なからず言わんとする事は察することができた。
「魂を入れ替え、別人に成りすます者」
「能力を奪い、自分のものとする者」
「言の葉を使い、相手を意のままに操る者」
「中には、不死と呼ばれた存在も確認されています」
不死者までいるとは、では、その人は今どうしているのか。
原初の民の能力は、それを行使されては怖いものばかりだ。
「これらの記録を見る限り、原初の民とは、同族に向けては能力を使う事ができないようですね。研究者の間では、かつて原初の民は王族として君臨し、後続の民を使役するための能力だったのではと考えられています」
私と言う存在が今ここにいるのは、原初の民の能力が関わっているのだと言いたいのだ。
「つまらん。その話は後にしろ」
テーブルに肘をついた皇帝の不機嫌そうな声に、ダイアナは紙の束を横に置いた。
「シャーロット、貴様に命令だ。レオンと結婚しろ。俺が許可する。そうでもしなければ、ダイアナが行き遅れる」
「はい?」
皇帝の予想だにしない突然の無茶振りに、まともな返事なんかできない。
「シャーロットさん、聞き流して構いませんよ。皇帝の戯れです。大切なのは、シャーロットさんの気持ちなのですから」
「問題ないだろ」
一度、そこから話題を逸らそうと、別の話題をダイアナに聞いた。
「ダイアナさんの家族は……?婚姻の事を何か……?」
「わかりません。もういないと、言った方がいいかもしれませんね。地方の教会の前で、生まれたばかりの赤子を抱いた女性が行き倒れていたそうです。女性の身元や名前はわからず、ただ、子供の名前がダイアナだと。それだけを告げ、そのまま息を引き取ったそうです。自分の両親がどんな人だったのか、帝国の力をもってしても私には知る術はありません」
話題を逸らしたつもりで、何だか悪い事を聞いてしまった。
でもダイアナは、気を悪くした様子はなかった。
「私は有難い事に、教会と帝国に大切に育ててもらいました」
「それだけではないだろう」
「はいはい。お話しますね。私がレインと初めて会ったのは3歳の時で、レインは7歳でしたね」
皇帝に促されて、やはり話はそこに戻るようだ。
「お友達が欲しい。話し相手が欲しいと言ったら、ディール家で一人過ごす事が多かったレインが教会に連れてこられました。同じ年頃の女の子ではなく、年上のお兄ちゃんが来て驚きましたが、今とは比べものにならないくらい、物静かで真面目な子だったのですよ」
レインさんの幼少期が全く想像できないけど、これ、黙って聞いていた方がいいのかな?
満足そうにしているのは皇帝だけのようだ。
レインさんにお世話してもらう事になった所から始まって、長々と話は続いたけど、
「レオンが来てからのレインは随分とお兄ちゃんぶって、可愛かったですよ」
年下の女性に可愛いと言われるレインさんが、ダイアナにはどんな風に見えているかを物語っている。
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